「夢楼閣」~愛玩AI『Amanda』~

大和撫子

文字の大きさ
5 / 8
第四話 

Power of healing

しおりを挟む
 リヒトの書斎にて、

「あの子は目が不自由な子を選んだのだな」
「ええ、意外でした」
「……自分と重ね合わせたのだろうな」
「恐らく……」

 セバスチャンは声を詰まらせる。リヒトとセバスチャンは、庭で植物の手入れをしながら白い子犬と戯れるアマンダを見下ろしながら会話をしていた。

「ちょうど良い。あの子は想いが治癒の力となるように作られのだ。それを伸ばす良い機会かも知れぬ」
「想い、ですか?」
「あぁ。法律では特に何の違法ともされていない。古来より民間療法の分野だからな。あの男も良いところを突いたものだ。AIに意思の力を持たせる事は法律で禁じられているし、まぁ、まだ誰も成功していないと表向きには言われているが。しかしあの男は、アマンダに意思の力を持たせる事に成功した。意思の力は持つが主《あるじ》の命令には絶対服従という機能をつける事で、違法に問われる事を避けた。大したものだ」

 リヒトは冷たい笑みを浮かべた。セバスチャンはなまじ、並外れた美貌の持ち主の為にその笑みはあやかしじみていて背筋を凍らせる。50年以上仕えてきても、未だにその本心が読めなくなる瞬間だった。けれども、主人が敢えて開示しない事には追求しない。セバスチャンはその姿勢を崩すことはなかった。

「あの男を呼んでくれるか? アポを取って話がしたい」
「畏まりました」

 セバスチャンは丁寧に頭を下げ、指示をこなす為その場を辞した。

 
 くぅうん、くぅん、と白い子犬は甘えた声で鳴き、アマンダの右手をなめる。

「うふふ、ジョイ。くすぐったいよ」

 アマンダは笑顔で子犬に話かけた。子犬はJoyジョイ(喜び)と名付けた。

「ジョイ、こんなに可愛いのに……」

 アマンダはいつもジョイの閉じたままの右目に優しく手を当てる。何となくそうすると良いような気がしたのだ。


 そして三週間ほどが過ぎたある朝……。


 ワン、ワンワン、早朝、庭に出て来たアマンダにジョイが早速まとわりつく。

「おはよう、ジョイ。……え? ジョイ?」

 アマンダは子犬の異変に気付き、

「ジョイ! やっぱり、可愛い」

 と感慨深気に抱きしめた。そして慌てたように邸内へと戻っていく。

「マスター! セバスチャンさん!」

 間もなくジョイを抱えたアマンダが、慌てたように小走りをしながら二人の名を呼ぶ声が響いた。

「こらこら、邸内で走るのではありませんよ」

 セバスチャンはすぐに姿を現し、穏やかに、されどきっぱりと窘めた。

「はい、申し訳ございません。あの、でもジョイが!」

 彼はアマンダの腕の中の小さない子犬を見た途端、

「おぁ! これは何と!」

 と感嘆の声を上げた。ほどなくしてリヒトが姿を現す。

「どうした? アマンダ。何の騒ぎだ?」
「マスター、申し訳ございませんでした。その、ジョイが……」
「ほぉ! アマンダ、よくやった。お前の本来の力が目覚める時が来たようだな」

 リヒトはJジョイを見るなり、アマンダを労い、彼女の頭を撫でた。ジョイの閉じられたままの右目が、左目と同じようにぱっちりと開かれ、巨峰を思わせる紫紺に輝いていたのである。

「私の、能力……ですか?」

 アマンダは遠慮がちにリヒトに問いかけた。

「そうだ。『想い』がそのまま『治癒』の力に変わるのだ。まぁ、だからと言って死者を甦らせる事は不可能だが。鍛え方次第で素晴らしい成果をあげる事が出来る。病や怪我のみでなく、メンタルの分野にまで及ぶかもしれない……」

 彼は恍惚とした表情で応じた。それはアマンダを通して誰か別の人を見つけている。そんな遠くを見るような眼差しだった。

……この方にはきっと、深い闇を抱えてらっしゃる。もし、私なんかで何かのお役に立てるなら、精一杯努めさせて頂こう……

 改めてそう感じた。

「お前には動物の世話も頼もう。実はね、お前がジョイに出会ったお店にいたような、ああいった事情の動物たちがまだまだ沢山いるのだ。そう言った動物達を引き取って、少しでも哀れな目に合う動物達が少なくなれば良いな、と思っていてね」

「はい! 承知致しました!」

 アマンダは迷わず即答した。彼の役に立てる事がただただ嬉しかった。

「沢山食べて、大きくおなり」

 アマンダは笑みを浮かべながら、牧草をモリモリ食べる羊たちに声をかける。そこは庭の一部に、およそ50m四方のミニ動物園が出来ていた。リヒトは様々な動物を引き取り、アマンダに任せていた。中にはライオン、トラ、ワシなどもいて、まさにミニ動物園と呼ぶに相応しい場所となっていた。

 それぞれが、人間に虐待を受けたり、捨てられたりして心身共に傷ついている動物たちが集められている。アマンダが心を込めてお世話をする事で、少しずつ傷が癒えていくのであった。

 そんなある日、門から見慣れない大きな黒い車が飛んで来るのを見かけた。来客があるとは聞いていないが、アマンダは客を迎える為に玄関へと走った。既にセバスチャンが玄関で待っている。

「セバスチャンさん、すみません!」

 何とか間に合わせた。

「おや、あなたはそのまま動物のお世話をしていて大丈夫でしたのに。ですから、声をかけなかったのですよ」

 彼は優しく笑った。

「でも……」
「では、一緒にお迎えしましょう」

 そして車はゆっくりと玄関先で止まった。セバスチャンとアマンダは出迎えに行く。車のドアは滑るように上に開くと、灰色のスーツ姿の男が降り立った。まだ顔はこちらを向けていないが、どうやら高身長の痩せた男のようである。
 男が顔をこちらに向けた瞬間、日の光に照らされて彼の銀縁眼鏡がギラッと光った。アマンダは一目見た瞬間に恐怖に身を強張らせた。

……あ、あの人は……

 アマンダが姉に心臓を差し出した後最初に目覚めた時、培養液のようなものの中から見たあの男だった。銀縁眼鏡、蛇を思わせる細く鋭い眼差し。

……どうして、この人が?……

 アマンダの様子がおかしい事にすぐに気づいたセバスチャンは、小声で素早く声をかける。

『アマンダ、どうしました? 例えどのような事があっても、仕事は仕事。しっかりと線引きしなさい!』

 ハッと我に返ったアマンダは、慌てて笑顔を取り繕った。マスターに恥をかかせる訳にはいかない! セバスチャンと共に男に歩よると、

「ようこそいらっしゃいました」

 と深々と頭を下げる。コツコツと革靴の音をさせたゆっくりと歩いて来る男。セバスチャンは男の鞄を両手で受け取ります。アマンダはサッと玄関に素早く行くと、ドアを開けて男が入るのを待った。男は笑顔でアマンダを見つめ入り口に入ると、深々と頭を下げているアマンダに

「見違えるように成長しましたね、アマンダ。私も鼻が高いですよ」

 と声をかけた。呆然と男を見つめるアマンダ。

「マスターがお待ちかねでございます」

 セバスチャンはすかさず男を誘導した。アマンダはただその場に佇み続けた。

……あの人とマスターと、何の関係があるのだろう?……

 アマンダは気になって仕方がなかった。あの男とマスターの目的が分かれば、自分の役割がハッキリするような気がしていた。

……私みたいな出来損ないを、マスターが雇ってくださった意味。恐らく、公に出来ない何か。少なくとも明るい理由ではないと思う。でも、マスターが望むならなんだってやるつもりでいる。だから、知りたい。盗み聞きなんてはしたないし、してはいけない事だけれど。私もAIの端くれならきっと、意識を集中すればあの二人の会話が聞こえる筈……

 アマンダは目を閉じ、マスターと銀縁眼鏡の男に意識を集中した。

……マスターの声だ。あの人の声も……

 徐々に、会話の内容まで聞きとれるようになって行く。



「……それにしても、あの子の成長ぶりには驚きましたよ。喜怒哀楽に意思の力。人間である時と同じように作りましたからね。あの自信なさげでオドオドびくびくしていた子が、あんなに生き生きとしていて……」

 男は言った。この男の名前は鬼道晃きどうあきら。通称ドクター・レオン。AI博士と言う肩書を持つ。

「世間ではあなたの事をマッドサイエンティスト、などと呼んでいるようですが、私はあなたを全面的に指示しますよ、鬼道晃さん」

「それは光栄ですな」

……あの人、鬼道晃、て名前なんだ……

 少しずつ、脳内に二人の様子も浮かんで来ている。まるで200年ほど前の2D映画のような感じで、アマンダの瞼の裏に映し出されていた……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...