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第五話
リヒトの目的
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……あの人とマスターと、何の関係があるのだろう?……
アマンダは気になって仕方がなかった。あの男とマスターの目的が分かれば、自分の役割がハッキリするような気がしていた。
……私みたいな出来損ないを、マスターが雇ってくださった意味。恐らく、公に出来ない何か。少なくとも明るい理由ではないと思う。でも、マスターが望むならなんだってやるつもりでいる。だから、知りたい。盗み聞きなんてはしたないし、してはいけない事だけれど。私もAIの端くれならきっと、意識を集中すればあの二人の会話が聞こえる筈……
アマンダは目を閉じ、マスターと銀縁眼鏡の男に意識を集中した。
……マスターの声だ。あの人の声も……
徐々に、会話の内容まで聞きとれるようになって行く。
「……それにしても、あの子の成長ぶりには驚きましたよ。喜怒哀楽に意思の力。人間である時と同じように作りましたからね。あの自信なさげでオドオドびくびくしていた子が、あんなに生き生きとしていて……」
男は言った。この男の名前は鬼道晃《きどうあきら》。通称ドクター・レオン。AI博士と言う肩書を持つ。
「世間ではあなたの事をマッドサイエンティスト、などと呼んでいるようですが、私はあなたを全面的に指示しますよ、鬼道晃さん」
「それは光栄ですな」
……あの人、鬼道晃、て名前なんだ……
少しずつ、脳内に二人の様子も浮かんで来ている。まるで200年ほど前の2D映画のような感じで、アマンダの瞼の裏に映し出されていた……
リヒトは一通り鬼道晃と雑談を交わすと、鬼道を伴って部屋を出た。そのまま地下へと向かう。そして図書室の奥へと突き進んだ。
……え? そこはもう行き止まりなのでは?……
アマンダは感じた。だが、構わず図書室の奥へと突き進む。突き当りの壁に行き着くと、リヒトは右隣の本棚にある本に触れた。
……えっ? 隠し扉?……
突き当りの壁がドアのように開いた。二人はその奥へと入っていく。そして扉は閉まった。そこで脳内の映像が途切れてしまう。
「おや? アマンダ? どうしました?」
心配して戻ってきたセバスチャンに気遣わし気に声をかけられ、瞬時に現実に返る。
「すみません。少しぼーっとしてしまいました」
と慌てて仕事に戻ろうとする。
「いいえ。もう二時間ほど、ゆっくりしていなさい。たまにはそんな日もあるでしょう。お夕飯の準備の時に戻れば良いですから」
大方、客人と過去に何かあったのだろうと察したセバスチャンは、そう指示した。
「でも……」
「人の厚意は無にするものではありませんよ」
と彼は優しい笑みを浮かべる。その思いやりが身に染みた。
「有難うございます」
それしか言えなかったが、その気持ちは十分にセバスチャンには伝わった。アマンダの瞳に、涙が浮かんでいたから。彼は優しくアマンダの頭を撫でると、その場を立ち去った。
アマンダはそのままリヒトと鬼道に意識を集中させる。すると微かに会話の声、そして二人の姿が見聞き出来るようになって行った。最初は微かに、徐々にハッキリと。
『この娘《こ》が……』
鬼道が目の前の大きな培養液の中に居る者に見惚ている。
『ええ。何とか復活させたいのですが……』
心なしか沈んだ声のリヒト。
『アマンダの想いの力で治癒、そして完全復活を、と?』
『そうなのです。アマンダなら違法にならない。そして完全復活が可能だ』
にわかに熱っぽく語るリヒト。
『なるほど。政府に捻じ伏せられ、抹殺同然だった彼女を、アマンダの力で復活させるとは、最大の皮肉ですな』
とニヒルな笑いを浮かべる鬼道。
『ですが、そうなるとアマンダの意思の力が必要に……』
再び沈んだ声となるリヒト。
『大丈夫でしょう。彼女には意思の力がありますから。それに、マスターの命令は絶対です』
『ですが、無理強いはさせたくは無い』
『お優しいのですね。アマンダは精巧に人間に似せたAIです。元は人間ですがね。代わりはいくらでもいます』
……マスター……
鬼道の冷酷さと、リヒトの思いやりの深さがの対照的な姿が明確に浮き掘りとなった会話だった。
アマンダはリヒトの思いやりが嬉しかった。例えそれが、打算的な事から自分を利用するその罪悪感に過ぎなかったとしても。AIの出来損ないである自分に、衣食住だけでなく、尊敬する上司に、誇りを持ってあたれる仕事まで与えてくれたのだ。ここまでよくしてくれる人間が他に居ようか? こたえは否だ。
そしてその対象に意識を集中させる。
試験管をそのまま大きくしたような培養液の中、浮かばないように腰に黒いベルトを付け、大きな酸素マスクをつけている若い女性。少し前の自分の姿と重なる。
だがその姿は当然似ても似つかない。真珠のような肌に美しい金色の長い髪は波打ち、ゆらゆらと漂う。ほっそりとした体つき。しなやかで形の良い長い手足。豊かで形の良い胸。小さな卵型の顔の輪郭。高く上品な鼻筋。美しい金色の眉。長い金色の睫毛。瞳は閉じられていて色は不明だが、クッキリと気品のある二重から、さぞや美しい色。浮世離れした美女であることは容易に想像できた。
……この綺麗な方は、マスターの大切な女性《ひと》なのだ。この女性を甦らせる為に、私を選び、ここまで面倒を見てくださった。私に貸してくださったあの素敵なワンピースは、この方のものだったんだ……
アマンダはその時その瞬間、己がやるべき事、何の為に生まれてきたのかを悟ったのだった。
アマンダは気になって仕方がなかった。あの男とマスターの目的が分かれば、自分の役割がハッキリするような気がしていた。
……私みたいな出来損ないを、マスターが雇ってくださった意味。恐らく、公に出来ない何か。少なくとも明るい理由ではないと思う。でも、マスターが望むならなんだってやるつもりでいる。だから、知りたい。盗み聞きなんてはしたないし、してはいけない事だけれど。私もAIの端くれならきっと、意識を集中すればあの二人の会話が聞こえる筈……
アマンダは目を閉じ、マスターと銀縁眼鏡の男に意識を集中した。
……マスターの声だ。あの人の声も……
徐々に、会話の内容まで聞きとれるようになって行く。
「……それにしても、あの子の成長ぶりには驚きましたよ。喜怒哀楽に意思の力。人間である時と同じように作りましたからね。あの自信なさげでオドオドびくびくしていた子が、あんなに生き生きとしていて……」
男は言った。この男の名前は鬼道晃《きどうあきら》。通称ドクター・レオン。AI博士と言う肩書を持つ。
「世間ではあなたの事をマッドサイエンティスト、などと呼んでいるようですが、私はあなたを全面的に指示しますよ、鬼道晃さん」
「それは光栄ですな」
……あの人、鬼道晃、て名前なんだ……
少しずつ、脳内に二人の様子も浮かんで来ている。まるで200年ほど前の2D映画のような感じで、アマンダの瞼の裏に映し出されていた……
リヒトは一通り鬼道晃と雑談を交わすと、鬼道を伴って部屋を出た。そのまま地下へと向かう。そして図書室の奥へと突き進んだ。
……え? そこはもう行き止まりなのでは?……
アマンダは感じた。だが、構わず図書室の奥へと突き進む。突き当りの壁に行き着くと、リヒトは右隣の本棚にある本に触れた。
……えっ? 隠し扉?……
突き当りの壁がドアのように開いた。二人はその奥へと入っていく。そして扉は閉まった。そこで脳内の映像が途切れてしまう。
「おや? アマンダ? どうしました?」
心配して戻ってきたセバスチャンに気遣わし気に声をかけられ、瞬時に現実に返る。
「すみません。少しぼーっとしてしまいました」
と慌てて仕事に戻ろうとする。
「いいえ。もう二時間ほど、ゆっくりしていなさい。たまにはそんな日もあるでしょう。お夕飯の準備の時に戻れば良いですから」
大方、客人と過去に何かあったのだろうと察したセバスチャンは、そう指示した。
「でも……」
「人の厚意は無にするものではありませんよ」
と彼は優しい笑みを浮かべる。その思いやりが身に染みた。
「有難うございます」
それしか言えなかったが、その気持ちは十分にセバスチャンには伝わった。アマンダの瞳に、涙が浮かんでいたから。彼は優しくアマンダの頭を撫でると、その場を立ち去った。
アマンダはそのままリヒトと鬼道に意識を集中させる。すると微かに会話の声、そして二人の姿が見聞き出来るようになって行った。最初は微かに、徐々にハッキリと。
『この娘《こ》が……』
鬼道が目の前の大きな培養液の中に居る者に見惚ている。
『ええ。何とか復活させたいのですが……』
心なしか沈んだ声のリヒト。
『アマンダの想いの力で治癒、そして完全復活を、と?』
『そうなのです。アマンダなら違法にならない。そして完全復活が可能だ』
にわかに熱っぽく語るリヒト。
『なるほど。政府に捻じ伏せられ、抹殺同然だった彼女を、アマンダの力で復活させるとは、最大の皮肉ですな』
とニヒルな笑いを浮かべる鬼道。
『ですが、そうなるとアマンダの意思の力が必要に……』
再び沈んだ声となるリヒト。
『大丈夫でしょう。彼女には意思の力がありますから。それに、マスターの命令は絶対です』
『ですが、無理強いはさせたくは無い』
『お優しいのですね。アマンダは精巧に人間に似せたAIです。元は人間ですがね。代わりはいくらでもいます』
……マスター……
鬼道の冷酷さと、リヒトの思いやりの深さがの対照的な姿が明確に浮き掘りとなった会話だった。
アマンダはリヒトの思いやりが嬉しかった。例えそれが、打算的な事から自分を利用するその罪悪感に過ぎなかったとしても。AIの出来損ないである自分に、衣食住だけでなく、尊敬する上司に、誇りを持ってあたれる仕事まで与えてくれたのだ。ここまでよくしてくれる人間が他に居ようか? こたえは否だ。
そしてその対象に意識を集中させる。
試験管をそのまま大きくしたような培養液の中、浮かばないように腰に黒いベルトを付け、大きな酸素マスクをつけている若い女性。少し前の自分の姿と重なる。
だがその姿は当然似ても似つかない。真珠のような肌に美しい金色の長い髪は波打ち、ゆらゆらと漂う。ほっそりとした体つき。しなやかで形の良い長い手足。豊かで形の良い胸。小さな卵型の顔の輪郭。高く上品な鼻筋。美しい金色の眉。長い金色の睫毛。瞳は閉じられていて色は不明だが、クッキリと気品のある二重から、さぞや美しい色。浮世離れした美女であることは容易に想像できた。
……この綺麗な方は、マスターの大切な女性《ひと》なのだ。この女性を甦らせる為に、私を選び、ここまで面倒を見てくださった。私に貸してくださったあの素敵なワンピースは、この方のものだったんだ……
アマンダはその時その瞬間、己がやるべき事、何の為に生まれてきたのかを悟ったのだった。
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