「夢楼閣」~愛玩AI『Amanda』~

大和撫子

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第六話

愛玩AI「アマンダ」

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 それから数か月が過ぎた。何とかセバスチャンのサポート無く、一人で仕事をこなせるようになってきた。セバスチャンには安心して引退して欲しい、居場所と誇りを持って仕事に当たる事、そして植物や動物の世話という遣り甲斐を与えてくれたマスターには。感謝してもしきれない、早く恩返しがしたい、そう思っていた。
 
 だから、リヒトの大切なモノを生き返らせろ、と言って来るのを待っていた。だが、何も言っては来なかった。

……私の力が、まだ不十分なのかな……

 そう感じたアマンダは、想う力だけで動物や植物が立ちどころに元気になるように日々鍛えていった。

……この分だと、私の生命と引き換えに対象物を生き返らせる事を望めば出来そうだわ。きっと出来ると思う……

 どう確信出来るほどに自身がついたのは、セバスチャンが引退して邸を退く10日ほど前の事だった。


 もし、己の生命と引き換えにリヒトの大切なモノを甦らせるとしたら、セバスチャンが完全に引退してしまった後では代わりのメイドを探すのも大変であろう。

……マスターに申し出るのは今しかない!……

 アマンダはそう感じた。朝食後のハーブティーをテーブルに乗せ、リヒトの部屋のドアを叩いた。返事を待って静かにドアを開け、

「失礼致します」

 と声をかけて部屋に入る。リヒトは下の植物園を窓から見下ろしていた。その瞳が悲し気に見える。長い髪が窓から差し込む光に照らされ、神々しい程に艶めいている。ドキドキと鼓動が高鳴る。申し出るなら今だ! アマンダは直感した。

「マスター」

 穏やかに声をかけた。

「どうした?」

 優しい笑みを浮かべ、アマンダを振り返る。

……この極上の笑みを向けるお相手は、きっと隠し部屋に眠っているあの女性だ……

 痛い程に感じる直感。どう切り出そうか迷う前に言葉が勝手に口から飛び出していた。

「マスター、お蔭様で私の想いが治癒の力へと変換される能力は、願えば死者も甦らせる事が出来る程に高まりました。但しそれは一度だけとなりますが」

 己の生命と引き換えに対象物の完全復活をはかる為、一度行えばガラクタとなるからである。それは敢えて口にはしなかった。

 一瞬、驚いたように目を見開いたリヒトは、すぐに何かを悟ったように寂しそうの笑みを浮かべた。そして呟くように言の葉を紡いだ。アマンダを通り越して、誰か他の女性を見ているかのような不思議な眼差しを向けて。

「そうか。あの男、鬼道の言う通りになったな……」

……あの銀縁眼鏡をかけた蛇のような男だ……

 アマンダは感じた。そしてリヒトの言葉に耳を傾けた。

「あの男は、『その時が来たら、全てを悟ったアマンダ自身が申し出て来ますよ、必ずね。私はあの子の生みの親でもあるし、ある意味育ての親でもありますから。分かるのですよ。そうプログラミングしてあるのもありますが、それ以上に、あの子は人と心に敏感ですから。そして尚且つ、エスパーのような超自然的な能力も兼ね添えております故』とね」

……あの冷酷そうな男が?……

 アマンダは意外に感じた。それがそのまま表情に出ていたのだろう。リヒトはゆっくりと歩みよると、静かに右手を伸ばし、アマンダの頭を撫でた。

「あの男は冷酷そうに見えて、情が深かったりするんだ。お前の事も『あの子のお役目が済んでガラクタとなったら、私をまたお呼び下さい。あの子を可愛がって大切にしてくれる人が見つかるまで、何度でも復活させてやりますよ。あの子は「愛玩AI」。誰かに愛され、可愛がって貰う為にAIとなったのですから』と言っていたよ。なら、自分で可愛がってやれば良い、と言ったのだがね。『そんな事をしたら、我が家はAIだらけになってしまいますよ』と笑っていた」

 不器用であるがあの男にそれなりには愛されていのだ、と感じた。嬉しさが込み上げる。じんわりと心が温かくなっていく。もう、何も思い残す事はない、心から感じた。

「では、あの子の元へ連れて行こう」

 いつになく饒舌なリヒトは、そう言ってアマンダを促した。

……いよいよ、マスターのお役に立てる時が来たのだ……

 覚悟を決めた。

 リヒトは窓辺に置かれている部屋の灯りのリモコンを取ると、その中の一つを押した。するとゆっくりと入り口に近い床が沈んでいき、パカリと扉のように床が開いた。そこには、地下に通じていると思われる階段があった。

「ついておいで」

 リヒトはその階段を下りていく。すると手すりに等間隔に設けられたランプが次々と明かりを灯した。素直に彼の後に従いつつ、この階段を下りる毎に、ガラクタAIとなるのだ、と確信を深めて行く。

「この子だよ」

 その女性は、アマンダも脳裏に浮かんだままの姿で静かに目を閉じていた。

「本当に綺麗な方……」

 アマンダはうっとりと見つめた。

……この女性を復活させられるなんて、光栄だわ……

 と感じた。だが、心残りは彼女の瞳の色だ。ガラクタとなってしまったら瞳が開いた彼女は見られないだろう。

「この方の瞳のお色は?」

 考える暇もなく、素直に疑問を口にしていた。アマンダがあまりにも自然であまりにも穏やかな素振りを見て、リヒトは『あの男の言う通り、この子は全てを分かっているのだな』と確信した。

「この子はね『イブ』と名付けた。『アダムとイブ』に因んでね。瞳の色はルビー・レッドだよ」

 アマンダの脳裏に、金色の長い睫毛に囲まれた大きなルビー・レッドの瞳が思い浮かぶ。真珠のような美しい肌にさぞ生えるであろう。

「綺麗……女神さまみたい」

 と恍惚として呟いた。


「この子はね、政府の極秘事項で作られた『人工生命体』なんだ」

 彼はゆっくりと語り始めた。意外な事実に、目を見張るアマンダ。彼の次の言葉を待った。

「事の発端は、本当に人間そのままに。科学の力で人間そのものが作り出せるか? の実験だった。表向き、国民には禁じているが、政府は裏でそういう事を平気でしている。これはいつの時代も同じだな。まさに歴史は繰り返す、だ。まぁ良い。その実験の成功例が私だ」

……マスターが、人工生命体……

 並外れた美貌と知性、そして身体能力、そして地位。その謎が解けた気がした。故にさほど驚かなかった。

「政府はね、私が人間と同じように成長し、驚くほどの健康体でいるのを見てある実験をしようとイブを作り上げたのだ。私が七歳の時だったな。今度は

『喜怒哀楽の感情と意思の力はさることながら、善なる心のみを持つようにしてみよう。もしこれが成功したら、人間から悪しき心を抜き取って、善人だけの世界に出来る。そしたら未だに無くなる事のない戦争や差別、偏見、虐めなどのない、神の国のように平和が訪れるに違いない』

 政府はそう考えたのだ。そして『イブ』が作り出された。実験は成功し、本当に天使が舞い降りたのではないかというくらい愛らしく、光の存在そのものである子が生み出された。それを皮切りに、10人ほどの人工生命体は作り出されたのだ。男子5人、女子5人の割合だ。イブと同じように作られた。そしてイブを入れて11人だけでしばらく過ごさせてみよう、と観察された。誰もが平和で安心安全な生活を送れるだろう、とタカを括っていた。無論私もだ」

 彼はそこで言葉を切ると、自嘲気味に微笑んだ。アマンダは結果を聞かずともその行く末が見えるように感じた。


「人間はね、平和で平穏で物が豊かで、誰もが善人だけだと、どうも刺激と言うものが欲しくなるものらしい。徐々にイライラして行き、男子同士の殴り合いの喧嘩が勃発した。それを皮切りに女子同士、男子の誰が好きだったのに色目使うな、等と下品な言葉で相手を罵ったりと、乱闘騒ぎになってしまった。でも、しばらく様子を見る事にしたらしい。イブだけは、喧嘩に参加せず、必死で宥めその場をおさめようとしていたから。結果はね、それぞれが相手の息の根を止めるまで続いた。人間と同じように怪我や病気のダメージを受けるようにも設定してあるからね。ついに、イブ以外全員死んだ。人間は善なる心だけを持たされると、何が悪で何が善なのかその基準が分からなくなり、進んで「善悪」という基準を創り出すものらしい。そして平和平穏ばがりだと、何が平和か分からなくなって「平和」の基準を創り出す為に争い事を始めるらしい。つまり必要悪、悪もある程度は必要だ、という事だ。正反対のものが存在するから、その物事も善し悪しが判断できるのだ、当然と言えば当然だが。実験は大失敗に終わったが、イブは大切に保護された。私と共にその頭脳から、戦争根絶・平和の研究に携わるようになった。ある日イブは閃いた」

 彼はそこで言葉を切り、悲しそうに笑った。

「イブはね、こう閃いたのだよ。人間は平気で嘘をつき、自然を再生不能なまでに破壊し尽くし、平気で人を殺したり陥れたりする。いわば天使と悪魔の両方の心を併せもつ恐ろしき存在。人間こそ諸悪の根源である。彼らに作られた自分を含め、地球上から人間を抹消し、地球自体を自然に委ねれば良い、とね。言われてみれば、最もな事だ。けれども、政府はイブを危険因子として殺した。何の躊躇いもなく」

 リヒトは両手で拳を握り締める。全てを悟り切ったアマンダは静かに口を開いた。

「彼女の復活は、人類滅亡を意味するのですね」

 と。彼はこくりと頷いた。

「無意味な実験を繰り返し、罪も無い動物が消えて行く。人工生命体も同じだ。人間など、居なくなれば良いのだ」

 リヒトは続けた。アマンダは不思議と落ち着いて冷静だった。自分でも驚くほどだ。そして己の役目を果たすべく、穏やかに切り出した。

「イブ様を、私が甦らせましょう」

 リヒトは驚いたように目を大きく見開き、アマンダを見つめる。

「何を意味するのか分かっているのか? 皆、消えてしまうのだぞ?」
「ええ。ですがそれは結果です。私はただ、ここまで私を育ててくださったマスターのお役に立ちたいだけなのです」

 アマンダはそう言って微笑んだ。聖母マリアのような、慈愛に満ちた笑みだった。そしてイブへと近づいていった。

「お前自身も、消滅してしまうのだぞ!?」
「ええ、存じ上げております。マスターには本当によくして頂きました。これ以上は何も想い残す事はございません」

 慌てふためくリヒト。アマンダはその場で跪き、両手の平を胸の前で合わせ、静かに目を閉じた。彼女の体の内側から、太陽のような光が漏れ始めた。

 次の瞬間、アマンダはリヒトが背後から包み込むようにして抱きしめられることに虚を突かれた。

「私は、お前を失いたくない」

 絞り出すような声で、彼は囁いた。

「でも、イブ様は……」

……マスターの大切な女性ひと……と最後まで言えなかった。彼がそのままアマンダの顎を引き上げ、己の唇で彼女の唇を塞いでしまったから。

 生まれて初めての経験で、頭の中が薔薇色に包まれ、その後に続く彼の言葉を夢のように聞こえた。

「失いそうになって初めて気づいた。お前の孤独と寂しさは、私と似ている。だから初めて見た時、瞬時に惹かれた。私は愛し方を知らない。両親の愛情を知らずに育ったから。お前も同じだ。共に生きていこう。愛し方、愛され方を知らないもの同士寄り添って。これからはメイドではなく、妻として私のそばに居てくれ」

 それは恵みの雨のように、アマンダの心に沁み渡っていった。

「はい」

 初めて彼に会った時のように、夢見るように自然に頷いていた。
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