「磨爪師」~爪紅~

大和撫子

文字の大きさ
18 / 65
第十八帖 斜陽③

長徳の変~奇縁血縁~

しおりを挟む
 衝撃を受けている様子の鳳仙花の様子と、嬉しそうに微笑む権中納言の様子を見てただならぬ何かを察した赤染衛門。鳳仙花が父上様と呼んでいるところを見ると、察するに長年音信不通だった父親との予期せぬ再会と見て良いだろうと判断する。

(あらあら、これは困ったこと。鳳仙花ちゃんを見るに、どう見ても再会を喜んでいるとうには見えないし。でも権中納言様は嬉しそう。紅さんに言えば会わせない事が予測されたもので、娘会いたさに私をダシに使った、て事かしら。紅さんに知り合いに紹介する、て言って大事な鳳仙花ちゃんをお預かりしてるのだもの。放っておく訳にはいかないわ)

 表面上は至って穏やかで落ち着いた風を装いつつ、内心では素早く思考を巡らす。

「久しぶりだね、鳳仙花」

 権中納言は嬉しそうに言う。

……何を言ってるの? 今まで全く何の連絡もして来なかった癖に!……

 戸惑い、狼狽えていた鳳仙花はその一言で腹の底がカッと熱くなった。胸が不快感でムカムカする。

……駄目よ、ここで感情を露わにしたら。女の子がハシタナイ、母上の育て方が、なんて言わせないんだから!……

 大きく深い呼吸を心がける。そうするとカッとした気持ちが静まって来る。『カッとなった時は一旦大きく深い呼吸をして、この場で怒りを露わにしたらどうなるかを想像します。殆どの場合、短気は損であるという結論に達すると思いますよ』これは保子から教わった方法だ。

 鳳仙花の唇が、弧を描く。弧を描く。ゆっくりと緩やかに。

「はい、お久しぶりです。此度は権中納言にご昇進なされたようで、おめでとうございます」

 落ち着いた声でそう言ってのけると、丁寧に頭を下げた。

(あら、立て直したみたいね。大したものだわ)

 冷静に様子を見守っていた赤染衛門は、娘の態度に僅かに戸惑いを見せる男に向かって声をかける。

「あの、権中納言様。これは一体……? 鳳仙花さんに、磨爪術を、娘様にやって欲しい、との事でしたが……?」

 如何にも困惑したように問いかける。

「おう、そうだ。よくぞ連れて来てくれた。例を言うぞ。勿論、悪いようにはせんよ。そなたにも、鳳仙花にもな。だから安心しておくれ」

 男は取り繕うようにして応じた。そして再び鳳仙花に視線を向け、破顔する。

「ささ、中へ。色々話を聞かせておくれ。娘も会いたがってるのだよ」

 と鳳仙花を促した。鳳仙花は赤染衛門に頷いて見せた。自分は大丈夫だ、という意思表示のつもりで。赤染衛門は心得た、というように頷いて応じる。

「では、私はこれで下がりますね」

 と引きがった。

「おう、ご苦労だったな。帰りはしっかりとわしが車で送るようにする故、安心されよ」

 と言い残して鳳仙花の手を引き、室内へと入っていった。

(はい、それではさようなら、何て馬鹿正直に帰る訳がないでしょ)

 心の中でペロッと舌を出す。そして近くに控えていた侍女に「あの、もし……」と声をかけた。


 鳳仙花の腰をおろした目の前の黒い台上には、木の器に盛られた唐菓子とうがしや、なつめの乾燥、そして白い湯飲みの中には麦湯が満たされている。遠慮せずに食べろと言われたが、素直にその言葉には従い兼ねた。唐菓子は大好物の一つではあったが、喜んで食べるほど父親を信用してもいなければ許しても居なかった。むしろ、今更近づいて来たのは、何かしらの企みがあっての事だろうと容易に想像がつく。

 気まずい沈黙が流れる。男も何かを言いたそうで迷っている様子だ。

(いつまでもこんな所で油を売る程暇じゃないわ)

 痺れを切らした鳳仙花は、先手必勝とばかりに口火を切った。

「……それで、娘様は? 磨爪術の事でお呼びにならたのだと伺っておりましたが?」

 男は少し寂しそうに笑みを浮かべる。

「そう焦らないでおくれ。久々に会えたのだ。積もる話でもしたいじゃないか」
「ええ。ですが私には唐突に、としか思えません。だからそのようにおっしゃって頂いても実感も湧きません」

 能天気な男に、再びムカッときながらも冷静に淡々と答える。すると男は溜息混じりに言った。

「そうか、やはりな。紅には何度かそなたとの対面を希望したい、と文《ふみ》を送ったのだがな……」

 (それは初耳だわ。でも母上私に何も言って来ないのは、会わせたくない。合わせるのは得策じゃない、そう思ったかに違いないもの)
「ですので、もし磨爪術のお話しが私と会う事が目的なのでしたら、私はこの辺でおいとまさせて頂きます。残念ながら暇ではありませんので」

 冷たく突き放すように言うと立とうとした。慌てる男。

「分かったよ、単刀直入に言うよ」

 引き止めるようにして話す。

「娘に磨爪術をして貰いたいのは本当だ。娘も会うのを楽しみにしている。少し話したら、挨拶に来させるから。日程の相談を話し合って欲しい」

 そして身を乗り出し、声を一段下げて話す。

「それとな、鳳仙花。お前に良い縁談があるんだ。以前紅にも進めてみたんだが、けんもほろろでな」

……何を言ってるの? この人。捨てた娘で出世を目論んでいる訳? 最低の男ね……

 同時に『宮中、貴族社会は魔物だらけだ』そう言った伊周の囁きが甦る。鳳仙花の怒りの導線に、再び火が着いた。キッと男を見つめた。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

【時代小説】 黄昏夫婦

蔵屋
歴史・時代
 江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。  そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。  秋田藩での仕事は勘定方である。  仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。 ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。   そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。  娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。  さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。    「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。  今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。  この風習は広く日本で行われている。  「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。  「たそかれ」という言葉は『万葉集』に 誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」 — 『万葉集』第10巻2240番 と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。  「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に 「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」 — 『源氏物語』「夕顔」光源氏 と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。  なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。  またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。 漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。  「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。  この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。  それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。  読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。  作家 蔵屋日唱    

江戸の夕映え

大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。 「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三) そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。 同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。 しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

楽将伝

九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語 織田信長の親衛隊は 気楽な稼業と きたもんだ(嘘) 戦国史上、最もブラックな職場 「織田信長の親衛隊」 そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた 金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか) 天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!

処理中です...