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第十八帖 斜陽③
長徳の変~奇縁血縁~
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衝撃を受けている様子の鳳仙花の様子と、嬉しそうに微笑む権中納言の様子を見てただならぬ何かを察した赤染衛門。鳳仙花が父上様と呼んでいるところを見ると、察するに長年音信不通だった父親との予期せぬ再会と見て良いだろうと判断する。
(あらあら、これは困ったこと。鳳仙花ちゃんを見るに、どう見ても再会を喜んでいるとうには見えないし。でも権中納言様は嬉しそう。紅さんに言えば会わせない事が予測されたもので、娘会いたさに私をダシに使った、て事かしら。紅さんに知り合いに紹介する、て言って大事な鳳仙花ちゃんをお預かりしてるのだもの。放っておく訳にはいかないわ)
表面上は至って穏やかで落ち着いた風を装いつつ、内心では素早く思考を巡らす。
「久しぶりだね、鳳仙花」
権中納言は嬉しそうに言う。
……何を言ってるの? 今まで全く何の連絡もして来なかった癖に!……
戸惑い、狼狽えていた鳳仙花はその一言で腹の底がカッと熱くなった。胸が不快感でムカムカする。
……駄目よ、ここで感情を露わにしたら。女の子がハシタナイ、母上の育て方が、なんて言わせないんだから!……
大きく深い呼吸を心がける。そうするとカッとした気持ちが静まって来る。『カッとなった時は一旦大きく深い呼吸をして、この場で怒りを露わにしたらどうなるかを想像します。殆どの場合、短気は損であるという結論に達すると思いますよ』これは保子から教わった方法だ。
鳳仙花の唇が、弧を描く。弧を描く。ゆっくりと緩やかに。
「はい、お久しぶりです。此度は権中納言にご昇進なされたようで、おめでとうございます」
落ち着いた声でそう言ってのけると、丁寧に頭を下げた。
(あら、立て直したみたいね。大したものだわ)
冷静に様子を見守っていた赤染衛門は、娘の態度に僅かに戸惑いを見せる男に向かって声をかける。
「あの、権中納言様。これは一体……? 鳳仙花さんに、磨爪術を、娘様にやって欲しい、との事でしたが……?」
如何にも困惑したように問いかける。
「おう、そうだ。よくぞ連れて来てくれた。例を言うぞ。勿論、悪いようにはせんよ。そなたにも、鳳仙花にもな。だから安心しておくれ」
男は取り繕うようにして応じた。そして再び鳳仙花に視線を向け、破顔する。
「ささ、中へ。色々話を聞かせておくれ。娘も会いたがってるのだよ」
と鳳仙花を促した。鳳仙花は赤染衛門に頷いて見せた。自分は大丈夫だ、という意思表示のつもりで。赤染衛門は心得た、というように頷いて応じる。
「では、私はこれで下がりますね」
と引きがった。
「おう、ご苦労だったな。帰りはしっかりとわしが車で送るようにする故、安心されよ」
と言い残して鳳仙花の手を引き、室内へと入っていった。
(はい、それではさようなら、何て馬鹿正直に帰る訳がないでしょ)
心の中でペロッと舌を出す。そして近くに控えていた侍女に「あの、もし……」と声をかけた。
鳳仙花の腰をおろした目の前の黒い台上には、木の器に盛られた唐菓子や、棗の乾燥、そして白い湯飲みの中には麦湯が満たされている。遠慮せずに食べろと言われたが、素直にその言葉には従い兼ねた。唐菓子は大好物の一つではあったが、喜んで食べるほど父親を信用してもいなければ許しても居なかった。むしろ、今更近づいて来たのは、何かしらの企みがあっての事だろうと容易に想像がつく。
気まずい沈黙が流れる。男も何かを言いたそうで迷っている様子だ。
(いつまでもこんな所で油を売る程暇じゃないわ)
痺れを切らした鳳仙花は、先手必勝とばかりに口火を切った。
「……それで、娘様は? 磨爪術の事でお呼びにならたのだと伺っておりましたが?」
男は少し寂しそうに笑みを浮かべる。
「そう焦らないでおくれ。久々に会えたのだ。積もる話でもしたいじゃないか」
「ええ。ですが私には唐突に、としか思えません。だからそのようにおっしゃって頂いても実感も湧きません」
能天気な男に、再びムカッときながらも冷静に淡々と答える。すると男は溜息混じりに言った。
「そうか、やはりな。紅には何度かそなたとの対面を希望したい、と文《ふみ》を送ったのだがな……」
(それは初耳だわ。でも母上私に何も言って来ないのは、会わせたくない。合わせるのは得策じゃない、そう思ったかに違いないもの)
「ですので、もし磨爪術のお話しが私と会う事が目的なのでしたら、私はこの辺でお暇させて頂きます。残念ながら暇ではありませんので」
冷たく突き放すように言うと立とうとした。慌てる男。
「分かったよ、単刀直入に言うよ」
引き止めるようにして話す。
「娘に磨爪術をして貰いたいのは本当だ。娘も会うのを楽しみにしている。少し話したら、挨拶に来させるから。日程の相談を話し合って欲しい」
そして身を乗り出し、声を一段下げて話す。
「それとな、鳳仙花。お前に良い縁談があるんだ。以前紅にも進めてみたんだが、けんもほろろでな」
……何を言ってるの? この人。捨てた娘で出世を目論んでいる訳? 最低の男ね……
同時に『宮中、貴族社会は魔物だらけだ』そう言った伊周の囁きが甦る。鳳仙花の怒りの導線に、再び火が着いた。キッと男を見つめた。
(あらあら、これは困ったこと。鳳仙花ちゃんを見るに、どう見ても再会を喜んでいるとうには見えないし。でも権中納言様は嬉しそう。紅さんに言えば会わせない事が予測されたもので、娘会いたさに私をダシに使った、て事かしら。紅さんに知り合いに紹介する、て言って大事な鳳仙花ちゃんをお預かりしてるのだもの。放っておく訳にはいかないわ)
表面上は至って穏やかで落ち着いた風を装いつつ、内心では素早く思考を巡らす。
「久しぶりだね、鳳仙花」
権中納言は嬉しそうに言う。
……何を言ってるの? 今まで全く何の連絡もして来なかった癖に!……
戸惑い、狼狽えていた鳳仙花はその一言で腹の底がカッと熱くなった。胸が不快感でムカムカする。
……駄目よ、ここで感情を露わにしたら。女の子がハシタナイ、母上の育て方が、なんて言わせないんだから!……
大きく深い呼吸を心がける。そうするとカッとした気持ちが静まって来る。『カッとなった時は一旦大きく深い呼吸をして、この場で怒りを露わにしたらどうなるかを想像します。殆どの場合、短気は損であるという結論に達すると思いますよ』これは保子から教わった方法だ。
鳳仙花の唇が、弧を描く。弧を描く。ゆっくりと緩やかに。
「はい、お久しぶりです。此度は権中納言にご昇進なされたようで、おめでとうございます」
落ち着いた声でそう言ってのけると、丁寧に頭を下げた。
(あら、立て直したみたいね。大したものだわ)
冷静に様子を見守っていた赤染衛門は、娘の態度に僅かに戸惑いを見せる男に向かって声をかける。
「あの、権中納言様。これは一体……? 鳳仙花さんに、磨爪術を、娘様にやって欲しい、との事でしたが……?」
如何にも困惑したように問いかける。
「おう、そうだ。よくぞ連れて来てくれた。例を言うぞ。勿論、悪いようにはせんよ。そなたにも、鳳仙花にもな。だから安心しておくれ」
男は取り繕うようにして応じた。そして再び鳳仙花に視線を向け、破顔する。
「ささ、中へ。色々話を聞かせておくれ。娘も会いたがってるのだよ」
と鳳仙花を促した。鳳仙花は赤染衛門に頷いて見せた。自分は大丈夫だ、という意思表示のつもりで。赤染衛門は心得た、というように頷いて応じる。
「では、私はこれで下がりますね」
と引きがった。
「おう、ご苦労だったな。帰りはしっかりとわしが車で送るようにする故、安心されよ」
と言い残して鳳仙花の手を引き、室内へと入っていった。
(はい、それではさようなら、何て馬鹿正直に帰る訳がないでしょ)
心の中でペロッと舌を出す。そして近くに控えていた侍女に「あの、もし……」と声をかけた。
鳳仙花の腰をおろした目の前の黒い台上には、木の器に盛られた唐菓子や、棗の乾燥、そして白い湯飲みの中には麦湯が満たされている。遠慮せずに食べろと言われたが、素直にその言葉には従い兼ねた。唐菓子は大好物の一つではあったが、喜んで食べるほど父親を信用してもいなければ許しても居なかった。むしろ、今更近づいて来たのは、何かしらの企みがあっての事だろうと容易に想像がつく。
気まずい沈黙が流れる。男も何かを言いたそうで迷っている様子だ。
(いつまでもこんな所で油を売る程暇じゃないわ)
痺れを切らした鳳仙花は、先手必勝とばかりに口火を切った。
「……それで、娘様は? 磨爪術の事でお呼びにならたのだと伺っておりましたが?」
男は少し寂しそうに笑みを浮かべる。
「そう焦らないでおくれ。久々に会えたのだ。積もる話でもしたいじゃないか」
「ええ。ですが私には唐突に、としか思えません。だからそのようにおっしゃって頂いても実感も湧きません」
能天気な男に、再びムカッときながらも冷静に淡々と答える。すると男は溜息混じりに言った。
「そうか、やはりな。紅には何度かそなたとの対面を希望したい、と文《ふみ》を送ったのだがな……」
(それは初耳だわ。でも母上私に何も言って来ないのは、会わせたくない。合わせるのは得策じゃない、そう思ったかに違いないもの)
「ですので、もし磨爪術のお話しが私と会う事が目的なのでしたら、私はこの辺でお暇させて頂きます。残念ながら暇ではありませんので」
冷たく突き放すように言うと立とうとした。慌てる男。
「分かったよ、単刀直入に言うよ」
引き止めるようにして話す。
「娘に磨爪術をして貰いたいのは本当だ。娘も会うのを楽しみにしている。少し話したら、挨拶に来させるから。日程の相談を話し合って欲しい」
そして身を乗り出し、声を一段下げて話す。
「それとな、鳳仙花。お前に良い縁談があるんだ。以前紅にも進めてみたんだが、けんもほろろでな」
……何を言ってるの? この人。捨てた娘で出世を目論んでいる訳? 最低の男ね……
同時に『宮中、貴族社会は魔物だらけだ』そう言った伊周の囁きが甦る。鳳仙花の怒りの導線に、再び火が着いた。キッと男を見つめた。
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