天使と悪魔の新解釈「見習い悪魔は笛を吹けるか?」

大和撫子

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第五話

恵茉、最後の「人間期間」を過ごす

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「あーぁ、なんだかなー。何が楽しくて皆生きてるんだろうな」

 ベリアルが消えてから、恵茉は再び、飛び降りようとした13階に戻って来ていた。靴を履きに来たのだ。幸いな事に、まだ誰にも靴は見られてないようだ。

 べリアルに助けられて(助けてくれた、のだろうか?)から仮契約をしてここに戻るまで。ほんの16分程度だったから驚きである。時刻は16時6分。とりあえず、自室の3階へと戻る。

 鍵を開けて、中に入り、静かにリビングへと向かう。母親はまだ帰宅する時間では無いはずだが……。良かった。あの遺書見られたら大騒ぎだった、と思いつつ、遺書をビリビリと破る。万が一見つからないように鞄にしまい込み、テレビをつけながらソファに腰を下ろした。

 ちょうど天気予報をやっていた。今日から関東も梅雨入りをしたそうだ。続いて流れたニュースは……

『今日昼過ぎ、B駅のショッピングモールで、男が斧を振り回し、少なくとも13名以上の死傷者出ている模様です。男は通行人数名に取り押さえられ、駆けつけた警察官に現行犯で逮捕されたとの事です。「老後が不安だから、刑務所に入りたかった。人を殺せば、刑務所に入って三食ただ飯が食えると思った」と供述しているとの事です。では、詳しくお伝えしましょう。B駅現場にいる田中さん…』

 恵茉は大きく溜め息をつくと、

「まぁ、自己中心的な動機だけど…。大部分の大人がそうよね。要するに、自分は悪くない。悪いのは自分をこんな風に育てた親が、学校が、会社が、社会が悪い。と言いたいんでしょ。そんな大人に育てられたら、子供も無意識に刷り込まれて真似するよね。とは言っても、それに甘えて全て周りのせいにする子供側にも問題あるけど。まぁ、人のせいにして生きれば楽だもんねー。苛めだって、大人がよく格付けしあってるじゃない。口では相手を褒めながら、私のが上よー、て思って内心馬鹿にしてたりね。そんな姿見てたら、子供はそのまま人間関係で反映してくよね。ほーんと、人間てバ~カばっかり」

 そしてふと、高校の数学教師である父親と、薬剤師のパートをしている母親が脳裏を掠めた……。


 恵茉には、三つ年上の兄がいた。名を総一郎(そういちろう)と名付けられた。望まれて生まれた子だったらしい。それはそれは大層可愛がられて大きくなった。両親の期待通り、容姿端麗・成績優秀・文武両道・高徳。全て兼ね添えていた。

 恵茉は元々、さほど計画的に生まれた子では無かったのと、既に一生分の愛情を彼に注いでしまったようで、何も期待されず、わりと自由に育てられた。自由、まぁ放置プレイと表裏一体ではあるが。

 他人は、優秀な兄と恵茉を比べ蔑まれる事はよくあったが、元々何も期待していない両親は、兄を引き合いに出したりして比較する事はなかった。そもそも、楠家にとって総一郎は特別な存在だった。恵茉もまた、兄を尊敬し、そして憧れていた。末は博士か大臣か。誰もが総一郎の未来に希望を託し楽しみにしていた。


 8月のある夏休み。野球部の練習を終え、いつものように自転車で帰宅中だった彼は、信号が青に変わるのを待っていたところ、猛スピードで突っ込んで来たトラックに轢かれた。

 即死だった。

 享年16歳。恵茉13歳。トラックの運転手は、連日の超過勤務で過労による居眠り運転だった。恵茉も勿論ショックだったが、元気で溌剌としていた両親の落胆ぶりは、見るに忍びなかった。

 加害者側に最終的に下された判決は、懲役3年、執行猶予5年。あまりにも軽すぎる結果だった。

 両親を元気づける為、勉強とやらを頑張ってみた。特別に秀でた才能はなかったが、唯一美術の成績だけは良かったので、美術部に所属して絵のコンテストやらに挑戦もしてみた。

 一度も入賞した事はなかった。

 成績も、相変わらず中くらいの上程度だった。兄だったら、絵も成績も、全国トップレベルだったろうに。
 
 
 神は不公平だ。何の取り柄も無い自分は健康で生きていて、兄のように将来が楽しみな人間の未来を突然絶つなんて。彼が生きていれば、人類が衰退の一途を辿るのを食い止める何かを成し遂げたかもしれないのに。

『神は不公平で理不尽なもの。努力しても必ずしも報われるとは限らない』

 これが、恵茉が導き出した全ての答えだった。勿論、努力すればしただけ報われる者も多い。だが、必ずしも努力が望む通りの結果を示すとは限らないのだ。

 多くの人は、この事実を受け入れたくない。自分が平凡である事を受け入れるのは「負け」だと思っているらしい。だから、自分の下に人を作りたがる。だから、足の引っ張り合い、虐め、差別が絶えない。

 勿論、全員がこれに当てはまる訳ではないし、これだけが原因ではないが。

……平凡ではいけない。非凡であらねば……

 まるで強迫観念のように自分を追い込み、心身を病む人が少なく無いように思う。何も、世間が創り出した「成功」の形に自分を当てはめる必要など無いのに。人間て本当に馬鹿だな。恵茉は思うのだった。

「ただ今」

 母親が帰宅した。

「お帰りなさい」

 それ以上、特に何の会話も無い。別に喧嘩をしている訳でもいがみ合っている訳でもない。いつもの事だ。父親が帰宅する前にそれぞれ入浴を済ませ、父親の帰宅と共に夕食。父親が残業で遅くなる時以外は、大体そんな風な日々だった。学校もそうだ。恵茉は仲の良い友達6名と、部活以外はほとんど一緒に行動する。

 別にそうしたくてつるんでるのではない。そうして周りに合わせ、楽しそうなふりをしていた方が人間関係が円満で自分が楽だからだ。

 一週間、身辺整理やら思い出作りやら言われても、特に何もする事はなかった。

 ただ、機械的に日々が過ぎ去っていく。

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