天使と悪魔の新解釈「見習い悪魔は笛を吹けるか?」

大和撫子

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第十九話

ベリアル、回想す!

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楠恵茉くすのきえま、と言ったか? どんな感じだ?」

 低めだがよく通る声で、その男はべリアルに話しかけた。まるでコントラバスのように地に響き渡るような声だ。

 彼を見つめるその切れ長の瞳は、得も言われぬ美しいプラチナ色だ。それは藍色の長い睫毛に囲まれ、よりミステリアスな光と影を醸し出す。優雅な藍色の眉、高く上品な鼻。形の良い唇。面長の輪郭にこの上無く整った顔立ちの周りを縁どるのは、藍色の艶髪だ。それは見事にストレートで、腰の下まで伸ばされている。先端が尖った耳には、小さなオニキスの丸玉ピアスがつけられている。

 男はかなりの長身のようだ。鍛え上げられた肉体を覆う、蝋のように青白く透き通るような肌。長い手足を優雅に伸ばし、ゆったりと寛いでいる。

 背筋がゾクリとする程の美しい男だ。そんな男が、全身濡れているのだから、妖しいまでに艶めかしい。それもその筈。男はべリアルと『魔界山麓の水晶の湯』つまり温泉に浸かっているのだから。

 しかもここは、この男のプライベート温泉なのである。防音、プロテクトともに完璧な空間だ。男が心から信頼を寄せている数名しか、この場所には入れない。

 この男の名はルシファー。またはルシフェル。発音の違いだけなので、どちらかお好きな方で呼んで頂けたらと思う。

「なんだか掴み所の無い小娘だ」

 とベリアルは苦笑した。

「……まぁ、あの年代特有の不安定さもあるだろうが……」

 ルシファーは遠くを見るような眼差しで目を細める。少しの間そうしていると、やがて

「……人間界では生きにくい思考の持ち主なのだろうな」

 と締めくくった。そして

「すまんな。最高幹部のお前が、このように中間管理職のような役目を……」

 と言いかけるルシファーを

「何を謝る?魔族不足なんだ。お前だってあちこちの様子を見に奔走してるだろう。そんな状態の時に、トップクラスが椅子にふんぞり返っていたら、あっという間に自滅だ!こんな時こそ、上層部が体と頭脳の両方を使うもんさ。そうじゃ無いと、人間みたいに愚か者になっちまうぜ」

 とベリアルはニヤリ、と皮肉な笑みを浮かべた。

「人間な。自らが選択し、自滅の道へと突き進む……」

 ルシファーはそう答えると、冷たい笑みを浮かべた。あまりにも冷たく、見た者の背筋が凍る程の冷酷な微笑だった。

「さて、俺は部屋でワインでも飲みながらゆっくりするかな」

 とベリアルは風呂から上がった。

「ワインは相変わらず赤か?」

 魔王は穏やかに話しかける。

「あぁ。白はどうも好かん」

 と笑って答えた。ベリアルはそのまま脱衣所に向かうと、真っ白でフワフワなタオルで全身をくまなくふき取り、畳んでいた背中の羽を大きく広げた。そして右中指と親指でパチンと鳴らすと、天井から風がそよぎ始めた。

 羽を乾かしているのだ。完全に羽が乾くと、ローブを身につける。そして消えた。

 魔王は徐に風呂から立ち上がると、そっと背中の羽を広げた。髪から、顔から、肩から。全身を玉のようになって流れる水滴で益々艶めかしく、扇情的な美貌を際立たせる。

 かつて、天界では神に次ぐ地位の持ち主『最高天使~セラフィム~』であった。美形しかいない天使の中でも、この男の美貌明らかには群を抜いていた。神々の寵愛を一心に受け、その名をルシファー(ルシフェル)~光をもたらすもの~と名付けられた。

 その背には美しい純白の大きな翼があった。

 だが、今この男の背にあるのは、6対…左右で計12枚の混沌の闇色の羽。それは禍々しい「気」を放ち、見るものの血を凍らせる。

 男は堕とされても尚美しかった。まるで泥の中から凛と美しく咲く、清らかな「白い蓮」のように…。醜い姿に変えられて堕とされたものも多い中、この男が変えられたのは羽だけだった。

 それは、神々の最後の「情け」か?それとも「罪悪感」か……。

 ルシファーはゆっくりと脱衣所に向かった。




「くーーーーっ! 風呂上りはワインもいいけど、やっぱりギンギンに冷えたビールだぜっ!」

 そう言って自室で寛ぐベリアルの右手にあるのは『魔界山麓の安心安全ビール! ~魔界山麓の麦より作りました~』と書かれていた。金色と白の地に、麦の絵が描かれていて見たところ人間界のビールとさほど変わらない。

 ソファに座る彼の、目の前にある小皿には枝豆がこんもりと盛られていた。テーブルの端には、『魔界山麓の安心安全のウコン』と書かれた粉末が置かれている。

 彼はふと真顔になると、少し前の事に思いを馳せた。

「俺が、淫らで悪徳で放埒で嘘つきで…挙句『無価値なる者』と人間達にレッテル貼られてるのは、完全にアイツのせいだよなぁ」

 ベリアルは苦笑しつつ、少し前までパートナーを組んでいた魔族「サタナキア」を思い浮かべた。


 サタナキア。全ての女を意のままに操る大悪魔であった。『七つの大罪』の内彼の担当分野は「色欲」である。細身、長身、色白。鮮やかなオレンジ色の髪は肩の位置で切り揃えられ、サラサラと風に靡く。オレンジ色の長い睫毛に囲まれた瞳は、柔らかなシアンブルーだ。端麗な甘いマスクで、一言で言えば優男である。一見すると、魔族には見えない。淡いオレンジ色のローブを身に纏い、優雅に歩く。人間の女に姿を見せたら、大抵の女はコロリといってしまう。

 彼の両耳より上に生えている約15cmの二本の白い角。それは紛れもなく牡山羊のそれであるのだが、白というカラーのマジックのせいか牡鹿の角のように見える。背中の黒い翼は、何やらファッションの一部に見え、全体的に柔らかな印象の彼にアクセントを与えているようだ。

 ベリアルの担当分野は「怠惰・堕落」である事から、サタ ナキアとのペアで、人間を『家庭内不和』へと導く事が課せられていた。

 主にサタナキアが女…妻を誘惑し、背徳へと誘う。女が好みであれば、人間に変化して背徳へと誘(いざな)い、好みでなければ、人間の男…男側は独身でも既婚でも拘り無く。と出会わせ、背徳へと導くよう囁きかける。或いは、夫の方に女を出あわせ、背徳へと囁く。

 ベリアルはその家族一人一人を怠惰に導く役目を担った。例えば、真面目に働くのが馬鹿馬鹿しくなり、酒に溺れていく。或いは一攫千金を夢見てギャンブルに走る、など。

 正直、あまり好きな仕事ではなかったが、仕事とはそういうものである、と割り切って任務に当たっていた。だから正直、魔王が全悪魔を収集し、魔族不足の深刻さが伝えられ

①二体一組は解消、魔族は一人で任務につく事。

②パートナーは以下より自分で見つけ出す事。

A:人間界より

B:妖、幽界より

C:妖精より

③見つけ出したパートナーは最後まで責任を持って育てる事。


 と発表され、一人ひとりの個性にあった仕事が再度与えられたのだった。

 ベリアルは自分の得意分野を生かす仕事が出来る事が嬉しかった。

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