ツクヨミ様の人間見習い

大和撫子

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第四話

狛……兎???【二】

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 「そちらが、所謂結婚指輪と呼ばれるものです」

 彼はそう言いながら、両手で黒のベルベッドの小箱を差し出す。タロットカードのアドバイス、『吊るされた男』のアドバイスに従い素直に受け取る。つい先ほど、契約書とやらを読まされた上にサインをしたところだ。
まぁ、あたしにとっては破格過ぎるほどの待遇だったので。彼の『想い人』とやらが無事に見つかってお払い箱にされるまでの間に、老後の資金としてしっかりとお金を貯め込もうと決意したのだが。

「宜しければ開けてお手に取ってみて下さい。出来たら、馴染ませる為にも今すぐに身につけて頂けましたら」

 頷いて肯定の意を示し、小箱の蓋をゆっくりと開ける。開けながら、ほんの少しだけ迷いが生じる。この迷いを無視すると……後々に罪悪感などという非常に頓珍漢で自意識過剰な感情が芽吹きそうだ。幼き時からの経験上、こう言った感情をそのまま放っておくとロクな事にならない。

「あの!」

 思い切って疑問を口に出すべきだ、そう判断し口を開いた。

「どうしました?」

 優しく尋ねてくれる。うん、きっとこういう優しさを、自分への好意だと勘違いしてしまう輩がこの人を追いかけ回したり過剰なアプローチをしたりするのだろうな。

「はい、もし紫柳さんの……」
「あぁそうそう、私の事はどうぞ粋蓮と呼んでくださいませ」
「え? そんな!」
(いやぁ無理です、て。付き合ってもいない、しかも初対面の人を名前で呼び捨てなんて!)
「形だけとは言え夫婦なのですから。苗字で呼ぶのは不自然ですよ」
「でも……」(あぁ、それは確かにそうだけど……)
「何事も慣れ、特に最初が肝心です」

「あ、はい。そうですね」
(まぁ、反抗する理由もないし、ま、いいか。話も進まないしね)
「えーと、では早速!……えーと……あの、す、すい……すい」
(ちょっと! あたし、何どもってしどろもどろになってるのよ?!)

 心なしか、顔も熱く感じてきた。まさか、赤くなっているのではないでしょうね?! 彼はそんなあたしの事を茶化す事もなく、穏やかな笑みを浮かべて見守ってくれている。一度だけ深呼吸をして、仕切り直しだ!

「す、すい……すいれ、すい……」
(頑張れ、自分! お名前を呼び捨てにするだけなんだから。そもそも何を恥ずかしがってるのだろう? お花のスイレンだと思ってサラッとさ)
「すいれ……ん、粋蓮……さ」
「どうぞ呼び捨てで」
「スイ、レ……ン」
「頑張って!」
「粋、蓮。粋蓮!」

 言えた! 思わずガッツポーズが出てしまう!

「言えましたね!」

 彼も嬉しそうな笑みを向けてくれた。とても思いやり深い人なのだろう。

「はい、有難うございます」
(んー? 礼を言う場面なの……か?)
「では私も。何ですか? 妃翠さ……ひ、ひす……い」

(あら? どうしたのかしら? 喉でも乾いて上手く話せないのかな?)

 彼は右手で口元をおさえ、あたしの名を呼ぼうとしている。気のせいか、顔が薄っすらと赤みが差しているような? ……これは気のせいだな。

「ひ、ひす……妃翠」

 彼はホッとしたように軽く息をついた。視線がかち合う。綺麗なオリ-ブグリーンの瞳がキラキラと輝いた。どちらからともなく微笑み合う。

「結構、照れるものなのですね?」

 と彼は言う。

「はい、そうですね」

 と応じながら、小箱の中に視線を落とした。ごくシンプルなシルバーリングが、黒いベルベットの中に鎮座している。それは少し幅広で、上品な輝きを放っていた。 

「日常的に身につけて頂けるよう、プラチナです。サイズはぴったりだと思いますよ」

 あ、そうだ。嵌める前に聞いておかないと。

「それで、これを嵌めるのは良いのですが……」
(形だけだしね)
「先ほど言いかけた事ですね? どうしました?」
「はい、もしその……『想い人』の方が……」
(緊張しているのか、変な日本語だな)
「見つかった時、この指輪を見たらご不快に思われるのでは?」

 彼は一瞬キョトンとすると、意味有りげに笑みを浮かべた。

「ご心配なく。彼女はそのような狭量ではありません。事情もすぐに理解を示すでしょう」
「あ、なるほど」

 随分、深く想い合っているのね。それじゃ嵌めてみますか。少しひんやりするそれを右手に取り、嵌めてみる。するりと左手薬指におさまった。

「ぴったりのようですね」
「はい」
「では私も…」
 
 と彼は右ポケットから黒いベルベットの小袋を取り出し、右手で中のリングを取ると流れるように左手薬指に嵌めた。私のリングより幅が広いようだ。なんだか少しだけ左薬指がくすぐったい気がする。

 その時、サッと目の前を横切った薄茶色の塊が見えた。
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