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二 結婚式
三
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「聞いてないわよ、結婚式が今日だなんて」
意見の食い違いに、お互い顔を見合わせ、それからアランシアはドアを指差した。
「今すぐゾアに確認してきて!」
「はい姫様!」
すぐにポーラは部屋を出ていき、驚くべき速さで部屋へ戻ってきた。ゾアはまだ愛人達の元から離れられずにいたのだろう。
「どうだった?」
「今から結婚式です」
これまた素早くポーラが返事をし、アランシアは髪をかきむしりたい気持ちになる。しかし、せっかく整えた髪を台無しにするのはポーラに申し訳なく、結局ベッドをぼすぼすと叩いた。
「ひ、姫様……」
ポーラが心配する声音で名前を呼んだが、悲しくてベッドを叩いている訳ではない。無論、泣いている訳でもない。
怒り狂って激情のままアランシアはベッドを叩いているのだ。
こういう時は下手に声をかけると自分にまで被害が及ぶと知っているポーラはそっと口を閉じた。
なにが結婚式なのだろう。あれほど愛人がいるならもう妃はいらないではないか。それともアランシアを愚弄して貶めたいのだろうか。
沸々とわき上がる怒りに任せてポーラの名を呼ぶ。
「ポーラ!」
「はいぃ姫様ッ!」
アランシアはゆらり、と怒りを纏って立ち上がる。
「なんて事なの。嫁いだ日には知らせもなく結婚式があったなんて、しかも嫁ぐ夫となる男の出迎えはなし。おまけに愛人がいるなんて……ッ!!」
拳をあらんかぎりの力で握り、まだ顔もわからない夫を思い浮かべて、睨み付ける。今目の前にいたら確実にその股間を蹴りで粉砕し、一生使えなくさせてやるところだ。
「……まあ、いいわ。ポーラのおかげで準備はできてるもの。無礼者の顔をおがもうじゃないの」
肩にかかった金髪を指で弾いて、鏡台にかかった白いヴェールをつける。レースが重なり、これでやや明るすぎる髪の色が落ち着いて見える。怒りで燃えると髪まで赤みを帯びて見えるのだから。
「準備はいいわね? ポーラ」
「は、はい姫様!」
高いヒールをカツカツと鳴らし、ドレスの裾を踏まないように軽く手で持ち上げ、ドアを開けた。
可愛い、という言葉はアランシアには似合わない。
ラガルタでじゃじゃ馬とも言われていたアランシアがこのままめそめそと泣きを見るなんて思ったら大間違いだ。
***
白い衣装を着た人々が、白い壁と床の広場に並ぶ。こうも白ばかりだとなんだか味気ない。
ゼイヴァルは実に面倒そうに大司教と共に最奥に立っていた。後は姫を待つのみだが、果たしてやって来るかどうか。そう思っていると入口に立つ兵士が侍女に何事かをささやかれ、そして息を吸う。
「──アランシア姫、ご入場!」
その呼びかけと共に重い扉が開き、人々が一斉に目を向けた。
心地よい風が広間に入り、婦人達の足元を通っていく。ゼイヴァルは扉に目を向け、固まった。
スカートがふんわりと揺れた。白い足が少し見え、しかしすぐにスカートに隠れた。
ヴェールから溢れる濃い金髪が日光で煌めき、アランシア・ローズという人間が、まるで聖女のような神々しい雰囲気を醸し出している。
結婚式の事は彼女に知らせてはいない。てっきり悲しんで結婚式に来ないものかと思っていたのだが、どうやら彼女を侮っていたらしい事にゼイヴァルは気付いた。
気後れした様子もなく堂々と歩いてくる彼女を見て、ゼイヴァルは口端を上げた。
聖歌隊の柔らかな歌が聞こえる。広間の袖に並ぶ人々が注目しているのがわかった。アランシアは胸を張り、前を見据えた。そして、夫となる男を見て、一瞬足を止めた。
慌ててすぐに足を進めるが、自分の胸が痛い。動悸が早い。
綺麗な男だ。金髪ではないが、茶髪でもない色。シャンパンを頭から浴びせた様な、こがね色。顔つきも繊細で、あまり男らしさは感じない。しかし女性かと言われればそうでもなく、男臭くなく優美な印象を受けた。
──失礼を承知で言いますが、あなたを見ていると不快です。
ゾアが道中で女に言った言葉。あの娘の髪色もこんな色だったのを思い出し、彼女を見て、誰を思い出させたのか理解した。
しかし、あの女よりもこちらは鮮明で、綺麗だ。しかし、どうやら幼い自分に雑草を渡した雑草男ではないらしい。彼は茶髪だったのだから。
アランシアはゼイヴァルの隣に立ち、小さくため息をついた。
──これじゃ、女達が寄ってくるでしょうね。
それまで自分の夫の顔に見惚れていたアランシアはようやくここで愛人の存在を思い出し、目の前の彼を罵倒したい気分になってくる。
「では、指輪の交換を」
どうやら考え事をしているうちにもう進行していたらしい。ゼイヴァルがアランシアの手をとり、指輪をはめた。白いリングピローを抱えたペイジ・ボーイに目を向け、そこからアランシアも指輪をとって男の指にはめる。
「では、誓いのキスを」
──は!?
アランシアは大司教のその言葉に思考停止した。それから一気に顔が赤くなる。
結婚式でそう言った誓いの儀式があるのは知っていたが、まさか自分がやるとは露程も考えていなかったアランシアは、顔を隠していたヴェールが彼の手で上げられて、狼狽えた。
意見の食い違いに、お互い顔を見合わせ、それからアランシアはドアを指差した。
「今すぐゾアに確認してきて!」
「はい姫様!」
すぐにポーラは部屋を出ていき、驚くべき速さで部屋へ戻ってきた。ゾアはまだ愛人達の元から離れられずにいたのだろう。
「どうだった?」
「今から結婚式です」
これまた素早くポーラが返事をし、アランシアは髪をかきむしりたい気持ちになる。しかし、せっかく整えた髪を台無しにするのはポーラに申し訳なく、結局ベッドをぼすぼすと叩いた。
「ひ、姫様……」
ポーラが心配する声音で名前を呼んだが、悲しくてベッドを叩いている訳ではない。無論、泣いている訳でもない。
怒り狂って激情のままアランシアはベッドを叩いているのだ。
こういう時は下手に声をかけると自分にまで被害が及ぶと知っているポーラはそっと口を閉じた。
なにが結婚式なのだろう。あれほど愛人がいるならもう妃はいらないではないか。それともアランシアを愚弄して貶めたいのだろうか。
沸々とわき上がる怒りに任せてポーラの名を呼ぶ。
「ポーラ!」
「はいぃ姫様ッ!」
アランシアはゆらり、と怒りを纏って立ち上がる。
「なんて事なの。嫁いだ日には知らせもなく結婚式があったなんて、しかも嫁ぐ夫となる男の出迎えはなし。おまけに愛人がいるなんて……ッ!!」
拳をあらんかぎりの力で握り、まだ顔もわからない夫を思い浮かべて、睨み付ける。今目の前にいたら確実にその股間を蹴りで粉砕し、一生使えなくさせてやるところだ。
「……まあ、いいわ。ポーラのおかげで準備はできてるもの。無礼者の顔をおがもうじゃないの」
肩にかかった金髪を指で弾いて、鏡台にかかった白いヴェールをつける。レースが重なり、これでやや明るすぎる髪の色が落ち着いて見える。怒りで燃えると髪まで赤みを帯びて見えるのだから。
「準備はいいわね? ポーラ」
「は、はい姫様!」
高いヒールをカツカツと鳴らし、ドレスの裾を踏まないように軽く手で持ち上げ、ドアを開けた。
可愛い、という言葉はアランシアには似合わない。
ラガルタでじゃじゃ馬とも言われていたアランシアがこのままめそめそと泣きを見るなんて思ったら大間違いだ。
***
白い衣装を着た人々が、白い壁と床の広場に並ぶ。こうも白ばかりだとなんだか味気ない。
ゼイヴァルは実に面倒そうに大司教と共に最奥に立っていた。後は姫を待つのみだが、果たしてやって来るかどうか。そう思っていると入口に立つ兵士が侍女に何事かをささやかれ、そして息を吸う。
「──アランシア姫、ご入場!」
その呼びかけと共に重い扉が開き、人々が一斉に目を向けた。
心地よい風が広間に入り、婦人達の足元を通っていく。ゼイヴァルは扉に目を向け、固まった。
スカートがふんわりと揺れた。白い足が少し見え、しかしすぐにスカートに隠れた。
ヴェールから溢れる濃い金髪が日光で煌めき、アランシア・ローズという人間が、まるで聖女のような神々しい雰囲気を醸し出している。
結婚式の事は彼女に知らせてはいない。てっきり悲しんで結婚式に来ないものかと思っていたのだが、どうやら彼女を侮っていたらしい事にゼイヴァルは気付いた。
気後れした様子もなく堂々と歩いてくる彼女を見て、ゼイヴァルは口端を上げた。
聖歌隊の柔らかな歌が聞こえる。広間の袖に並ぶ人々が注目しているのがわかった。アランシアは胸を張り、前を見据えた。そして、夫となる男を見て、一瞬足を止めた。
慌ててすぐに足を進めるが、自分の胸が痛い。動悸が早い。
綺麗な男だ。金髪ではないが、茶髪でもない色。シャンパンを頭から浴びせた様な、こがね色。顔つきも繊細で、あまり男らしさは感じない。しかし女性かと言われればそうでもなく、男臭くなく優美な印象を受けた。
──失礼を承知で言いますが、あなたを見ていると不快です。
ゾアが道中で女に言った言葉。あの娘の髪色もこんな色だったのを思い出し、彼女を見て、誰を思い出させたのか理解した。
しかし、あの女よりもこちらは鮮明で、綺麗だ。しかし、どうやら幼い自分に雑草を渡した雑草男ではないらしい。彼は茶髪だったのだから。
アランシアはゼイヴァルの隣に立ち、小さくため息をついた。
──これじゃ、女達が寄ってくるでしょうね。
それまで自分の夫の顔に見惚れていたアランシアはようやくここで愛人の存在を思い出し、目の前の彼を罵倒したい気分になってくる。
「では、指輪の交換を」
どうやら考え事をしているうちにもう進行していたらしい。ゼイヴァルがアランシアの手をとり、指輪をはめた。白いリングピローを抱えたペイジ・ボーイに目を向け、そこからアランシアも指輪をとって男の指にはめる。
「では、誓いのキスを」
──は!?
アランシアは大司教のその言葉に思考停止した。それから一気に顔が赤くなる。
結婚式でそう言った誓いの儀式があるのは知っていたが、まさか自分がやるとは露程も考えていなかったアランシアは、顔を隠していたヴェールが彼の手で上げられて、狼狽えた。
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