欲しいのは林檎とあなた

天嶺 優香

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二 結婚式

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 二人の距離が縮まり、ゼイヴァルの端正な顔が近づいてくる。
 アランシアはぎゅっと目を閉じた。ゼイヴァルがかすかに笑ったのがわかる。怖くて、恥ずかしくて、彼の服の裾を掴む。
──しかし、待っていても何も起こらなかった。アランシアはそろりと目を開け、そして眉を寄せた。
 目の前の彼は額に汗を浮かべている。顔色も悪い。視線はアランシアにではなく、立ち並ぶ招待席の方へ注がれている。
 アランシアもそちらへ視線を向けて、顔から血の気が引いた。──白い床の上、女が血塗れで床をっているのだ。
「…………ッ!!」
 アランシアは口元を押さえた。
 血で湿った黒髪が床に広がり、青白い顔は力強く前を──ゼイヴァルを見ている。
「……にをしているッ!!」
 静まりかえった広間に、彼の声が響いた。
「衛兵! 捕らえろ!」
 どうやら先程の言葉は衛兵に向けられたものの様で、すぐに衛兵達は女を捕らえられる。しかし女はいつまでもアランシアの横を──ゼイヴァルを見つめる。ぎょろりと浮き出た目は血走っていた。
 そしてようやく女の姿が見えなくなり、アランシアは強ばらせていた肩の力を抜いた。
「……殿下」
 大司教が遠慮がちに声をかけた。彼は唇を噛みしめ、やがて顔を歪めて口を開く。
「……式を続ける。だが、皆も疲れている。大司教、簡潔に頼む」
「かしこまりました」
 アランシアが呆然としている中、再び式が流れていく。表面上は穏やかだが、参列者も少しざわついている。誓いの口づけはやらずにすんだ様だが、嬉しいような、しかしなんだかもやもやとした、複雑な感情が渦巻いた。
 そんな事を考えていると、ゼイヴァルの手がアランシアのヴェールの外に零れた金糸に伸びた。
「大丈夫か」
 アランシアはたじろいだ。まさか、心配してくれるとは思っていなかった。
 意外に思いながらアランシアは頷く。
 しかし、自然と床へとアランシアの視線が向く。
 まるで何事もなかったかの様に執り行われた式だが、白い床にこびりついた血痕は、妙な薄気味悪さを持たせたまま、そこに居座っていた。

 アランシア・ローズ。人生初の結婚式である。
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