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七 狂気の理由
二
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もう一度頬を撫でられて、目を閉じる。彼の手のひらに自分の頬を寄せて、息を吐いた。
──キスしたい。
純粋に、ゆるやかな欲求がこみ上げる。
だが、毒を盛られたのならそれは叶わない。少なくとも、体中の痺れが引くまでは叶わない。
「心配した?」
「心配したよ」
彼は即答する。
アランシアはそのまま問いを続ける。
「怖かった?」
「怖かったよ」
「……そう」
噛み締めるように呟く。
胸が、きゅっと掴まれるような心地。
──どうしよう。……嬉しい。
顔が赤くなるのを止められない。寝たままのこの体勢では顔を隠すことが出来なくて、彼に背を向けた。熱を持つ顔を意識しないようにしていると、ゼイヴァルの手がアランシアの髪を撫でる。
ふいに、彼が何か言おうとする気配がした。
だが、何も発せられない。
「……アラン」
「なに?」
何を躊躇っているのだろう。
不思議に思ってゼイヴァルの方を向くと、彼は珍しく顔を真っ赤に染めていた。
──可愛い。
男に使うのは間違っているかもしれないが、可愛いと思ってしまう。
「その……、いや。まだ体が辛そうだから、少し眠った方がいいよ」
何かを言いかけて、明らかに話題を変えた。
だが、にこやかに微笑まれて頭を撫でられると、逆らえない。アランシアは苦笑した。
「あなたもね、王子様」
愛しさと、皮肉を込めて微笑んだ。
ゆっくりと重い瞼を上げて、黒く塗りつぶされた闇が視界いっぱいに広がっているのを見つめる。
「夜……?」
目を覚ました時から何時間寝たのだろうか。
アランシアは起き上がろうとして──動けない事に気づいた。
誰かに抱きしめられている。同じ布団の中、同じシーツの上で、アランシアを抱え込むようにして抱きしめている、男。
耳をすませば緩やかな呼気が耳朶を掠めていく。アランシアは少し顔を動かして、眠っている夫を見つけた。長い睫がわずかに動いて、密着した暖かな胸はゆっくり上下している。
──よく眠ってるわね。
彼の寝ている所を見たのはこれで二度目だが、ベッドの上でこうしているのは初めてだ。片腕を伸ばして、顔にかかった髪を避けてやり、そのまま頬に指を滑らせた。
明るかった内に見た時は、彼の顔は青ざめて隈まであった。
三日間、瀕死の状態だったアランシアの側にずっと付いていてくれたのだろう。
──どうしよう。
狼狽える。向き合うように抱く彼の服をきゅっと握った。
──手放せない。
彼に想う人がいるなら、アランシアは形だけの妻になる予定だった。政略結婚で嫁いできた姫に、離縁という道はない。
離宮でひっそり暮らして身を引こうと思っていた。──それなのに。
彼を手放したくない。側にいたい。自分だけを見て欲しい。
溢れる独占欲に、困惑した。
こんな、不貞な男のどこにそこまでする必要があるのだろう。
しかし、冷静になれと自分に言い聞かせても、止められない。理不尽な扱いを受けたりする。──だが、思えば彼はいつでも優しかった。
この国にやってきた時、出迎えはしなかったが謝りに来た。新しいドレスを送ってくれた。喧嘩した時も様子を見に来てくれた。
現に今だって。
──駄目よ。駄目だわ。全部私がラガルタの姫だからよ。
そう自問自答して納得しようとしているのに、心の中で誘惑の声が響く。
──本当に?
彼は、本当にアランシアがラガルタの姫だから優しくしてくれるのか。答えは否だ。彼の好意を感じる時がある。それは決して自惚れではないはずだ。
アランシアは眠っているゼイヴァルにすがりつく。
──今だけ。体調が治って元気になったらきちんとするから。仮の夫婦らしくするから。 だから、今は私のものでいて。
静かな夜。
アランシアは自分の心を自覚した。
再び寝ていた時に、いきなりそれは響いた。
「きゃぁぁあああああ!!」
耳をつんざく、絶叫。
その声にアランシアはびくりと体を震わせて目を開ける。自分を抱えていたゼイヴァルも目を覚ましたようで、ゆっくりと彼は体を起こした。
「なに……?」
アランシアも体を起こすが、明かりもついていない闇ではあまり見えない。
「様子を見てくるよ」
そう言ってゼイヴァルがベッドから降りようとして、アランシアは慌てて彼の腕にしがみつく。
「待って、私も行くわ」
「危険だから君はここにいて」
「真っ暗な部屋に一人で待ってるなんて嫌よ。その方が危険だわ」
アランシアが首を横に振って駄々をこねると、彼は息を吐いた。ここで押し問答していても無駄だと思ったのだろう。
「わかった。けど俺から離れるな」
普段と口調が違った。初めに会った時や、他人に対して悪態をつく時に彼はやや口調が荒れていた。
気遣う余裕もないのだろう。彼はこの状態に動揺しているのだと悟る。
「いいわ。あなたから離れない」
──キスしたい。
純粋に、ゆるやかな欲求がこみ上げる。
だが、毒を盛られたのならそれは叶わない。少なくとも、体中の痺れが引くまでは叶わない。
「心配した?」
「心配したよ」
彼は即答する。
アランシアはそのまま問いを続ける。
「怖かった?」
「怖かったよ」
「……そう」
噛み締めるように呟く。
胸が、きゅっと掴まれるような心地。
──どうしよう。……嬉しい。
顔が赤くなるのを止められない。寝たままのこの体勢では顔を隠すことが出来なくて、彼に背を向けた。熱を持つ顔を意識しないようにしていると、ゼイヴァルの手がアランシアの髪を撫でる。
ふいに、彼が何か言おうとする気配がした。
だが、何も発せられない。
「……アラン」
「なに?」
何を躊躇っているのだろう。
不思議に思ってゼイヴァルの方を向くと、彼は珍しく顔を真っ赤に染めていた。
──可愛い。
男に使うのは間違っているかもしれないが、可愛いと思ってしまう。
「その……、いや。まだ体が辛そうだから、少し眠った方がいいよ」
何かを言いかけて、明らかに話題を変えた。
だが、にこやかに微笑まれて頭を撫でられると、逆らえない。アランシアは苦笑した。
「あなたもね、王子様」
愛しさと、皮肉を込めて微笑んだ。
ゆっくりと重い瞼を上げて、黒く塗りつぶされた闇が視界いっぱいに広がっているのを見つめる。
「夜……?」
目を覚ました時から何時間寝たのだろうか。
アランシアは起き上がろうとして──動けない事に気づいた。
誰かに抱きしめられている。同じ布団の中、同じシーツの上で、アランシアを抱え込むようにして抱きしめている、男。
耳をすませば緩やかな呼気が耳朶を掠めていく。アランシアは少し顔を動かして、眠っている夫を見つけた。長い睫がわずかに動いて、密着した暖かな胸はゆっくり上下している。
──よく眠ってるわね。
彼の寝ている所を見たのはこれで二度目だが、ベッドの上でこうしているのは初めてだ。片腕を伸ばして、顔にかかった髪を避けてやり、そのまま頬に指を滑らせた。
明るかった内に見た時は、彼の顔は青ざめて隈まであった。
三日間、瀕死の状態だったアランシアの側にずっと付いていてくれたのだろう。
──どうしよう。
狼狽える。向き合うように抱く彼の服をきゅっと握った。
──手放せない。
彼に想う人がいるなら、アランシアは形だけの妻になる予定だった。政略結婚で嫁いできた姫に、離縁という道はない。
離宮でひっそり暮らして身を引こうと思っていた。──それなのに。
彼を手放したくない。側にいたい。自分だけを見て欲しい。
溢れる独占欲に、困惑した。
こんな、不貞な男のどこにそこまでする必要があるのだろう。
しかし、冷静になれと自分に言い聞かせても、止められない。理不尽な扱いを受けたりする。──だが、思えば彼はいつでも優しかった。
この国にやってきた時、出迎えはしなかったが謝りに来た。新しいドレスを送ってくれた。喧嘩した時も様子を見に来てくれた。
現に今だって。
──駄目よ。駄目だわ。全部私がラガルタの姫だからよ。
そう自問自答して納得しようとしているのに、心の中で誘惑の声が響く。
──本当に?
彼は、本当にアランシアがラガルタの姫だから優しくしてくれるのか。答えは否だ。彼の好意を感じる時がある。それは決して自惚れではないはずだ。
アランシアは眠っているゼイヴァルにすがりつく。
──今だけ。体調が治って元気になったらきちんとするから。仮の夫婦らしくするから。 だから、今は私のものでいて。
静かな夜。
アランシアは自分の心を自覚した。
再び寝ていた時に、いきなりそれは響いた。
「きゃぁぁあああああ!!」
耳をつんざく、絶叫。
その声にアランシアはびくりと体を震わせて目を開ける。自分を抱えていたゼイヴァルも目を覚ましたようで、ゆっくりと彼は体を起こした。
「なに……?」
アランシアも体を起こすが、明かりもついていない闇ではあまり見えない。
「様子を見てくるよ」
そう言ってゼイヴァルがベッドから降りようとして、アランシアは慌てて彼の腕にしがみつく。
「待って、私も行くわ」
「危険だから君はここにいて」
「真っ暗な部屋に一人で待ってるなんて嫌よ。その方が危険だわ」
アランシアが首を横に振って駄々をこねると、彼は息を吐いた。ここで押し問答していても無駄だと思ったのだろう。
「わかった。けど俺から離れるな」
普段と口調が違った。初めに会った時や、他人に対して悪態をつく時に彼はやや口調が荒れていた。
気遣う余裕もないのだろう。彼はこの状態に動揺しているのだと悟る。
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