欲しいのは林檎とあなた

天嶺 優香

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七 狂気の理由

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 ベッドから降りて手足を少し動かしてみるが、少し楽になった。いまだに痺れは僅かに残っているが、歩けないほどではない。
 ゼイヴァルはアランシアを背後に控えさせて注意深く扉を開ける。
「何事だ」
 アランシアからは彼の背中しか見えないが、おそらく扉前で護衛している兵士に尋ねたのだろう。
「いや、それが……」
 口ごもる兵士の言い方に好奇心をそそられてアランシアはゼイヴァルの背中にくっついて彼の肩越しに扉の外を見ようとする。
「状況を報告しろ。まさか護衛兵が把握していない訳ではないだろう?」
 いつもより格段に低い声で兵士を脅しながら、彼の片手は半開きにした扉をこれ以上開かないように押さえ、そしてもう片手で覗こうとするアランシアの体を押し返して阻止してくる。
「いえ、その、王太子妃様のお部屋前に、し、死体が……」
「死体? 誰のだ」
 死体と口にしても彼は冷静に質問を重ねる。やがて彼が視線を兵士から床へ移し、嘆息した。
「なるほど。王太子妃の部屋の前に、王太子妃の侍女の死体があるわけか」
「私の侍女!?」
 まさかポーラが?
 くらりと目眩がして、膝が崩れる──が、すぐにゼイヴァルに支えられた。
「大丈夫だ。ポーラじゃない」
 そう言いながら彼は扉を開き、扉から少し離れた所にある死体を目に写した。
 しかし、顔には布がかぶせてある。死んだ人間の顔を見なくてすんだが、だらりと床に伸びた手足や、かぶされた布からはみ出た淡い茶髪に、思わず息を呑む。
 確かにポーラではない。
 その証拠に、ポーラは顔を真っ青にして、死体から少し離れた所で他の侍女達に支えられていたからだ。
 先程の悲鳴はおそらくポーラだろう。しかし殺されたのは、
「……ローテスなのね」
 ゼイヴァルに似せた髪色。最後に飲んだ紅茶はローテスが反省の証として煎れたもので、アランシアはその後、毒によって倒れた。
「ラリアが倒れたって言ってたけど……、それも彼女?」
「だろうね」
 危険がないとわかったからか、彼の口調が柔らかくなる。
「あなた、ローテスに何をしたの?」
 自分より背の高い夫を睨むように見上げると、彼は苦笑しながら肩をすくめてみせる。
「さあね。君達に嫉妬したんだろ」
 ローテスが嫉妬したのは間違いない。名目上、アランシアは彼の妻で、ラリアは彼の寵姫だ。──しかし。
「確かに嫉妬でしょうね。だけど、私が聞きたいのはそれを煽ったのは誰かと言うことよ」
「……何が言いたいのかな」
 ゼイヴァルの声が低くなった。その変化に、抗議する意欲がそがれそうになるが、自分を叱咤して表情を保つ。
「ローテスだけならもっと早かったはずよ」
 お付きの侍女として来たのなら、わざわざ離れずに近くにいればいい。それなのに仕事を離れて遠回りに命を狙うだなんてかなり効率が悪いはずだ。
 誰か協力者がいる。
 そして恐らく、王太子である彼がそれを知らない訳がない。
「全部話して」
 一人だけ何も知らないなんて嫌だ。もう無関心でいていい時期は過ぎた。アランシアは王女ではない。次期国王の妻だ。
「……君は、何も知らずに暮らして欲しかった」
 彼の手が、アランシアの頬を撫でる。
 自分を見る、彼の真摯な目に、アランシアは戸惑った。
──なぜ、そんな風に私を見るの?
 まるで、仮ではない本物の妻を見るみたいに。この関係が、偽物ではないみたいに。
「私は、あなたの妻よ。次期国王となるあなたの。何も知らずに暮らせるわけがないわ」
 そう言うと、ゼイヴァルはゆっくり息を吐いてアランシアの頬から手を離す。
「いいよ。一緒においで」
 知らなかった事。知りたくはなかった事。全て聞こう。ゼイヴァルの隣に立つというのは、そういう事。

    ***

 城内にあるどこの邸からも離れた場所に、ひっそりと佇む古びたその建物はあった。
「……ここ?」
「そうだよ」
 牢獄だとアランシアは様子を見て判断する。
 ゼイヴァルは驚くアランシアに構わず建物の地下への階段を降りていく。すぐに鉄格子の部屋がいくつも並んだ階に着いた。
 一番奥の牢獄に、誰か入っているようだ。黒いものが丸くなっているのが見える。うずくまっているのだと理解し、黒いものが全てぐしゃぐしゃに絡まって艶を失った長髪だと言う事に気づく。
「なに……?」
 アランシアの呟きが聞こえたのか、それはもそもそと動き、長い髪から異様にぎょろつく目でこちらを見た。
「……何しに来たの?」
 しゃがれた声は非常に聞き取りにくかった。恐らく半分喉を駄目にしている。
「……ラリアとアランシアの命を狙っただろう」
 冷たく固い声音でそう問いかける。──否、彼は断言した。
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