ある聖女候補の生涯と守護する者の記録 或いは管理する天使の視点より

赤村雨享

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神の御子

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 それも神の意志か……いや、神は万物に干渉は出来ても滅多なことでは御力を行使しない。試練は飽くまで人の世にあまねく因果であり自然の摂理でしかないのだ。

 ともかく……流行病はアビゲイルに再びの悲しみをもたらした。休むことはないが愛する者を立て続けにうしなった心の傷に苦しむ日々が続く。
 そしてアビゲイルは……奉公先の仕事を辞めた。思い立ったかの様に医師の元を訪ね、蓄財をなげうち流行病の治療の手伝いをしたいと申し出たのである。

 自らも病に倒れることを恐れずアビゲイルは粉骨砕身働いた。分け隔てないその明るさと優しさは、多くの者の心と身体を癒す。そうして数年……流行病が落ち着いた頃、アビゲイルに救われたというある人物から多大な財産の贈与が為された。
 その人物は戦争の兵器開発で大金を得たものの、家族を喪い自らも老い先短い身……何らかの形で贖罪をしたかった様だ。

 アビゲイルはその老人と話し合い、財産を用い沢山の施設を創った。やがて老人の名を冠した病院、孤児院、企業が立ち上がる。その際、アビゲイルの過去の経験はしっかりと生かされた。

(全てをなげうち人を救うか……これもまた、素養……)

 世の為に行動するアビゲイルではあるが、決して傲《おご》らず自ら行動した。孤児院の院長を努め、多くの戦災孤児を含めた身寄りの無い者を育て上げた。アビゲイルは本当に滅私の精神であった。それは聖女と成り得たとしても異常と言って良い程だ。

(それにしても……何故、神は彼の者の前に奇跡を授けなかったのか……。そうすれば間違いなく聖女として扱われただろうに……)

 偉大なる神のお考えなど私に分かる筈もない。だが、アビゲイルは恐らく奇跡を示されても変わらぬままだったと思われる。奇跡たる天啓など必要が無かったということなのだろうか?

 アビゲイルはその後も人々の為に働いた。自らの幸せなどすっかり忘れ、多くの孤児達を我が子として立派に育てあげた。

 だが……アビゲイルの黒髪の中に白いものが混じり始めた頃、再びの悲しみが襲う。

 人はまた戦争を始めたのだ。前回同様に大きな戦……アビゲイルは愛をもって育てあげた義理の子供達を多く喪った。病院は再び怪我人で溢れ、世は不況となる。育て上げた子の子息を孤児院で引き取る際には流石のアビゲイルも涙を堪えられなかった。

(人の世にあるからこそ人の愚かさに巻き込まれ嵐に飲まれる……何という業の深さか)

 それでもアビゲイルは立ち止まらない。救う為に奔走し、救う為に心を砕く。やがて長い戦乱の嵐が過ぎ去り世に落ち着きが取り戻された。
 そこからは再び世に光が差した。アビゲイルは神への感謝を忘れず、決して運命を恨むことなく進む。更に多くの子を育て、以前より多くの病院を立ち上げた。社会に多くの仕事が産出され復興が進んだ裏にはアビゲイルの活動があったことを知る者は少ない。

 アビゲイルは笑顔であり続けた。いや……実のところ涙の数の方が多かった。人の世に於いて一生の内の幸せなど実に三割にも満たない。それでも……アビゲイルは世の為に全てを捧げ神を疑わず、感謝を忘れなかった。


 守護天使の加護によりアビゲイル自身が病に侵されることはなかった。しかし、つまりそれは人生全てで苦悩を受けなければならないということ……。それでもアビゲイル自身もまた途中で命を捨てるようなことはしなかった。


 そんなアビゲイルにも遂に最期の時が訪れる──。

 周囲には万人を超える者達が集い悲しんだ。全てがアビゲイルより救われた存在──だが、当人たるアビゲイルは今際いまわきわに微笑みながら言葉を残す。

「別れは辛いけど、それ以上に出逢える幸せを……。皆が皆との出逢いを幸せと思えるなら、きっとこの世界は天の国の次に幸せ。ふふ……だから私は皆に出逢えて幸せだった。私は皆も……そうなれると良いと思うのよ」

 アビゲイルは生涯を終える瞬間まで笑顔だった。その行為は確かに聖女そのもの……奇跡こそ無くとも紛うことなき神の御子であった。
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