憧れの世界に召喚された変態

覚醒シナモン

文字の大きさ
3 / 24

第3話:盟約の力と温かな絆

しおりを挟む

ホードリング・ボアが倒れた後、洞窟内にはしばし重い静寂が支配していた。やがて、最初に口を開いたのは、杖を握りしめたまま呆然としていたバルドだった。
「……信じられん。まさか、あれほどの魔物を素手で……」
ゴルドも、脇腹を押さえながらゆっくりと身を起こした。彼の鎧には生々しい傷跡が残り、苦痛に顔を歪めている。
「レン殿……感謝する。おかげで命拾いした。しかし、一体あの力は……?」
俺は、まだ自分の両手を見つめていた。先程までの高揚感は薄れ、代わりに戸惑いが胸を満たしていく。ルナの髪の分け目の匂い。あの甘い香りが引き金になったとしか思えないが、それが何なのか、なぜあんな力が湧いてきたのか、皆目見当もつかなかった。
「俺にも……よくわからないんです。ただ、無我夢中で……」
「レンさん、大丈夫ですか? 怪我は……」
心配そうに駆け寄ってきたルナが、俺の顔を覗き込む。彼女の瞳には、まだ恐怖の残滓と、そして俺への気遣いが浮かんでいた。その純粋な眼差しに、俺は少しだけ救われたような気がした。
「ああ、俺は大丈夫だ。それよりゴルドさんこそ、傷の手当てをしないと」
ゴルドの傷は思ったより深いようだった。バルドが杖を取り出し、治癒魔法らしきものを詠唱し始める。淡い光がゴルドの脇腹を包み込むと、彼の表情がわずかに和らいだ。
「バルド殿、助かる。だが、完全には塞がらんな。一度、安全な場所でしっかりと治療が必要だろう」
ゴルドの言葉に、俺たちは顔を見合わせた。この洞窟の奥に何があるのかは不明だが、今のゴルドの状態では無理な探索は危険だ。
「ひとまず、洞窟の入り口付近まで戻って、少し休みましょう」俺は提案した。「そこで今後のことを考えませんか」
「それがよかろう」バルドも頷いた。「レン殿のあの力についても、少し話しておきたいことがある」
俺たちは、ゴルドに肩を貸しながら、慎重に洞窟の入り口へと引き返した。ホードリング・ボアの巨体は、まだそこに横たわっており、改めてその大きさに息を呑む。
入り口から少し離れた、比較的安全そうな場所に腰を下ろすと、ようやく緊張が解けてきた。バルドは、焚き火の準備を始め、ルナは水筒を取り出して皆に配ってくれる。その献身的な姿に、俺は自然と目がいった。
焚き火の暖かな光が俺たちの顔を照らし始めた頃、バルドが切り出した。
「レン殿。先程の力だが、儂はあれが『盟約の力』の一端ではないかと考えておる」
「盟約の力……?」
「うむ。古の文献によれば、勇者と呼ばれる者は、時に特定の誰かとの強い絆によって、内に秘めた力を覚醒させることがあると記されておる。それは、仲間を守りたいという強い意志や、深い信頼関係が奇跡的な力を呼び覚ますのだとか……」
バルドは、俺とルナを交互に見ながら続けた。
「レン殿がホードリング・ボアに立ち向かった時、ルナ嬢を庇い、彼女の助けを求める声に応えようとしていた。そして、あの時……何か特別な感覚はあったかな?」
特別な感覚。それは間違いなく、ルナの髪の匂いだった。あの甘く、懐かしいような香りが、俺の脳髄を刺激し、全身に力を漲らせたのだ。だが、それをどう説明すればいいのか。
「……ルナの、匂いです」
俺がぽつりと呟くと、バルドは僅かに目を見張り、ゴルドは意外そうな顔をした。ルナは、顔を赤らめて俯いてしまう。
「匂い、とな?」バルドが聞き返す。
「はい。ルナの髪の分け目から漂ってきた、甘い香りを嗅いだ瞬間、頭が冴えわたって、体が勝手に動いたような……そんな感じでした」
我ながら、おかしな説明だとは思う。だが、それが事実だった。
バルドは顎鬚を撫でながら、しばらく考え込んでいたが、やがて静かに口を開いた。
「なるほど……『盟約の力』の発現の仕方は、千差万別と聞く。特定の感覚がトリガーになることもありえんことではないのかもしれん。特に、ルナ嬢はエルフ族。エルフ族には、古来より不思議な力が宿るとも言われておるからのぅ」
「エルフ族……」俺はルナを見た。彼女の長い耳がぴくりと動く。
「レン殿。もしその力が本物なら、それは我々にとって大きな希望となる。しかし、その力を制御できなければ、諸刃の剣にもなりかねん。今はまだ、その力の全容も、発動条件も不明だ」ゴルドが冷静に付け加えた。
その通りだ。今回はたまたま上手くいったが、次も同じように力が発揮できる保証はない。それに、ルナの匂いがきっかけだなんて、あまりにも不安定な要素だ。
「……もっと、強くなりたいです」俺は思わず口にしていた。「自分の力で、仲間を守れるように」
魔法も剣術も知らない俺が、あの時感じたのは、圧倒的な高揚感と、そして自分の無力さへの焦燥だった。ルナを守りたい、ゴルドを助けたい。その一心だった。
俺の言葉に、ゴルドは静かに頷き、バルドは温かな眼差しを向けてくれた。ルナは、俯いたままだったが、俺の袖を小さく握りしめているのが分かった。その小さな手の温もりが、また俺の胸にじんわりと広がっていく。
「レンさん……」
顔を上げたルナの瞳は潤んでいたが、そこには確かな信頼の色が浮かんでいた。
「ありがとうございます。私、レンさんがいてくれて、本当に……心強いです」
彼女の言葉と、再びふわりと香った甘い匂いに、俺の心臓が小さく跳ねた。戦いの時とは違う、穏やかで、満たされるような感覚。
(この匂い……この温かさ……)
もしかしたら、この不思議な力は、ただ戦うためだけのものではないのかもしれない。ルナの存在そのものが、俺にとって何か特別な意味を持ち始めている。
「さて、ゴルド殿の傷も考えれば、今日はここで野営し、明日、一旦麓の村へ戻るのが賢明かもしれんな」バルドが提案した。「そこで情報を集め、体勢を立て直してから、改めてこの先のことを考えよう」
俺とゴルドもそれに同意した。洞窟の謎は気になるが、今は無理をすべきではない。
焚き火の火を見つめながら、俺は今日の出来事を反芻していた。初めての本格的な戦闘、謎の力の覚醒、そしてルナとの間に芽生え始めた不思議な絆。ゆるふわ天然パーマの俺が、本当に勇者なのかは分からない。でも、この仲間たちと共にいる限り、きっとどんな困難も乗り越えていける。そんな予感が、胸の奥で確かな温もりとなって広がっていた。
夜が更け、交代で見張りをすることになった。俺は、静かに寝息を立てるルナの隣で、空に浮かぶ月を見上げていた。彼女の髪から微かに漂う甘い香りが、夜風に乗って鼻腔をくすぐる。そのたびに、心が不思議と安らいでいくのだった。
この力と、この絆が、俺をどこへ導いてくれるのか。今はまだ、何もわからないけれど。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…

アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。 そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...