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第8話:森の巨獣と邂逅の剣戟
しおりを挟む森の奥から響く地響きと異様な咆哮は、俺たちの緊張を極限まで高めていた。木々の隙間から垣間見えた、赤黒い金属光沢を放つ巨大な脚。それが地面を踏みしめるたびに、空気が震え、大地が揺れる。そして、その轟音に混じって聞こえてくる金属音と鬨の声は、この森に俺たち以外の誰かがいて、あの正体不明の巨大な敵と交戦中であることを示唆していた。
「ゴルドさん、バルドさん、聞こえますか? あの音……!」
「うむ、間違いない。誰かがアレと戦っておるようだ!」ゴルドが剣を構え直し、険しい表情で音のする方向を睨む。
「このプレッシャー……並の魔物ではなさそうじゃ。そして、あの戦っておる者たちも、相当の手練れと見える」バルドも杖を握り直し、警戒を解かない。
ルナは不安げに俺の服の裾を掴んでいたが、その瞳には先程までの怯えだけでなく、未知の援軍かもしれない存在への微かな期待も宿っているように見えた。俺は彼女の肩を軽く叩き、安心させるように頷くと、自分自身も深呼吸して迫りくる脅威に意識を集中させた。
次の瞬間、森の木々が薙ぎ払われるように倒れ、ついにその巨体が全貌を現した。
「なっ……なんだ、あれは……!?」
思わず息を呑む。それは、巨大なムカデとカマキリを融合させたような、おぞましい姿の魔獣だった。体長は軽く10メートルを超え、無数の脚が地面を蠢き、頭部には巨大な鎌状の前脚が二対、鋭い切れ味を誇示するように構えられている。全身を覆う赤黒い甲殻は、まるで鍛え上げられた鋼のように鈍い光を放っていた。
「クシャァァァァッ!!」
魔獣が甲高い咆哮を上げると同時に、その鎌状の前脚の一本が、凄まじい速度で薙ぎ払われた。標的は……俺たちではなかった。魔獣の側面、やや離れた場所で、数人の人影がその攻撃を辛うじて回避しているのが見えた。
「やはり、誰かいるぞ! しかも、かなり手練れだ!」ゴルドが叫ぶ。
人影は全部で三人。一人は軽装鎧に身を包み、二本の短剣を駆使して魔獣の脚に斬りかかっている。もう一人は弓を構え、正確無比な射撃で魔獣の関節らしき部分を狙い撃ち、そして最後の一人は、何らかの魔法か特殊な道具を使っているのか、時折地面から土の壁を隆起させて魔獣の動きを阻害していた。彼らの連携は見事で、明らかに歴戦の戦士たちの動きだった。
しかし、相手が悪すぎる。魔獣の甲殻は硬く、短剣や矢はほとんど効果がないように見える。土の壁も、巨大な鎌の一撃で容易く粉砕されてしまう。三人は徐々に追い詰められているのが見て取れた。
「助太刀するぞ!」ゴルドが即座に判断し、魔獣に向かって駆け出した。「レン殿、ルナを頼む! バルド殿は援護を!」
「承知!」
俺はルナを庇いながら、バルドと共にゴルドに続く。
「ルナ、絶対に俺から離れるなよ!」
「はいっ!」彼女の返事には、固い決意が籠っていた。
「フレイムボール!」バルドの杖から放たれた火球が、魔獣の巨大な頭部付近で炸裂する。しかし、魔獣は僅かに顔をしかめただけで、ほとんど意に介した様子はない。
「硬いな! 通常の攻撃はあまり効いていないぞ!」ゴルドが、魔獣の脚に剣を叩きつけながら叫ぶ。彼の剣も、甲殻に浅い傷をつけただけで弾かれてしまった。
(どうすれば……あの甲殻を破れるんだ?)
俺が思考を巡らせていると、弓使いの放った矢の一本が、魔獣の鎌状の前脚の付け根、僅かに甲殻が薄くなっているように見える部分に深々と突き刺さった。
「グシャァッ!」魔獣が苦痛の声を上げ、動きが一瞬止まる。
「そこか!」俺は直感的に理解した。
あの弓使いは、冷静に弱点を見抜いていたのだ。
その時、魔獣の注意が、新たに参戦した俺たちに向けられた。巨大な複眼がぎょろりと動き、俺とルナを捉える。そして、あの恐ろしい鎌が、俺たち目掛けて振り下ろされようとしていた。
「させん!」
俺はルナを突き飛ばすようにして庇い、自分自身も地面を転がって回避する。鎌は俺たちがいた場所を抉り、土煙を巻き上げた。
(危なかった……!)
立ち上がろうとした俺の目に、転んだ拍子に少し服が乱れたルナの姿が映った。彼女の白いふくらはぎや、必死に顔を歪める表情に、またしても例の嗜好が頭をもたげそうになるが、今はそれどころではない。彼女の無事を確かめ、すぐに戦闘に意識を戻す。
「レンさん、ルナさん、大丈夫か!?」ゴルドの声が飛ぶ。
「大丈夫です!」
その時、例の三人組のリーダー格と思われる短剣使いの男が、俺たちに気づき、声を張り上げた。
「助太刀感謝する! こいつは『ギガンテス・スコローペンドラ』! 甲殻は異常に硬いが、関節や腹部は比較的脆い! それと、頭部の複眼も弱点だ!」
的確な情報。彼らはこの魔獣と戦い慣れているのか、あるいは事前に調査していたのだろう。
「了解した!」俺は叫び返した。「連携しましょう!」
短剣使いの男はニヤリと笑うと、再び魔獣の足元へ突進していく。その動きは俊敏で、まるで踊るようだ。
(あの人たち……何者なんだろう。そして、この森の奥で何を……?)
疑問は尽きないが、今は目の前の巨獣を倒すことが先決だ。
「バルドさん、あの鎌の付け根の関節を狙ってください! ゴルドさん、俺と一緒に腹部を!」
「うむ!」「任せろ!」
俺は、ホードリング・ボアや魔狼との戦いで得た、あの内なる力の感覚を呼び覚まそうと意識を集中させた。仲間を守りたい。ルナを、ゴルドを、バルドを、そして今、共に戦っている見知らぬ仲間たちをも。その強い想いが、再び俺の腹の底から熱いエネルギーとなって湧き上がってくるのを感じた。
「うおおおおっ!」
俺は地面を蹴り、ギガンテス・スコローペンドラの巨体の下へ滑り込む。無数の脚が蠢く中を駆け抜け、比較的装甲の薄い腹部へと肉薄した。
「そこだ!」
短剣使いの男も同じ考えだったのか、ほぼ同時に腹部へ斬りかかっていた。彼の短剣が、俺の拳が、硬いながらも僅かに柔らかい腹部の甲殻に叩き込まれる。
「グギュルルルルッ!」
魔獣が、これまでにない苦悶の叫びを上げた。その巨体が激しくのたうち回り、周囲の木々をなぎ倒す。
「今だ、バルド殿!」ゴルドが叫ぶ。
「ライトニング・アロー!」
バルドの杖から放たれた数条の雷の矢が、魔獣の鎌の付け根の関節部分に正確に命中する。バチバチという音と共に、関節部から黒い煙が上がった。
弓使いの援護射撃も的確に複眼の一つを捉え、魔獣は片方の視力を失ったようだ。
土使いの仲間(性別はまだ判然としないが、小柄で身軽そうだ)は、巧みに地面を隆起させたり陥没させたりして、暴れる魔獣の動きを巧みに制限している。
俺と短剣使いは、一度距離を取ったが、再び腹部への攻撃を試みる。何度も、何度も。
そして、ついにその時が来た。俺の渾身の拳が、ひび割れていた腹部の甲殻を突き破り、内部の柔らかい肉体にめり込んだ。
「ゴシャァァァ……ッ!」
ギガンテス・スコローペンドラは、断末魔のような絶叫を上げると、その巨体を大きく痙攣させ、やがて動きを止めた。
激しい戦闘の後、辺りには土煙と魔獣の体液の匂いが立ち込めていた。俺はその場に膝をつき、荒い息を繰り返す。全身が痛む。しかし、それ以上に、仲間たちと共に強大な敵を打ち破ったという達成感が胸を満たしていた。
「やった……のか?」
短剣使いの男が、まだ警戒を解かずに魔獣の骸を見つめている。やがて、彼はこちらに向き直り、ヘルメットのバイザーを上げた。汗に濡れた短い金髪と、鋭いがどこか理知的な青い瞳。歳は俺より少し上だろうか。
「見事な戦いぶりだった。あんたたちがいなければ、危なかった。礼を言う」男はそう言って、右手を差し出してきた。
「レンだ。こちらこそ、助かった」俺は彼の手を握り返した。ずしりと重い、鍛えられた戦士の手だった。
弓使いと土使いも近づいてきた。弓使いは長身で、フードを目深に被っており表情は窺えないが、しなやかな身のこなしから女性かもしれない。土使いはやはり小柄で、ゴーグルとマスクで顔の大部分を覆っているが、軽快な動きは若者のそれだった。
「俺はカイト。こっちの弓使いはシルフィ、土を操るのはロックだ」金髪の男、カイトが仲間を紹介した。「我々は、この森の資源調査と、最近頻発する強力な魔獣の出現原因を探りに来たギルドの者だ」
ギルド……。ミルブルック村では聞いたことのない組織名だ。
そして、資源調査。この言葉に、俺とバルドは顔を見合わせた。
「この魔獣の甲殻や体液……もしかしたら、何かの役に立つかもしれませんな」バルドが、倒れたギガンテス・スコローペンドラを観察しながら呟いた。「これほど硬質な甲殻は珍しい。武具や防具の素材として、あるいは何かの触媒としても……」
その言葉は、俺の頭の中にぼんやりとあった「村の発展」という目標に、具体的な光を投げかけるものだった。この森には、俺たちがまだ知らない価値あるものが眠っているのかもしれない。そして、目の前にいるギルドの者たちは、その知識や技術を持っているのかもしれない。
カイトは、俺たちの様子を見て何かを察したのか、口元に微かな笑みを浮かべた。
「このスコローペンドラの素材は、確かに価値がある。もしよければ、解体と利用法について、我々が知っていることを情報交換しないか? こちらも、あんたたちの強さと、その変わった力には興味がある」
彼の視線が、俺に向けられている。
新たな出会い。そして、村を発展させるための、確かな手がかり。
俺たちの冒険は、この森で新たな局面を迎えようとしていた。
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