憧れの世界に召喚された変態

覚醒シナモン

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第7話:森の脅威と未知の痕跡

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魔狼たちの骸が転がる森の入り口に、重く冷たい沈黙が再び訪れた。しかしそれは、先程までの戦闘後の安堵感とは程遠い、新たな脅威をはらんだ不気味な静けさだった。森の奥深くから漂ってくる禍々しい気配は、まるで巨大な捕食者が息を潜め、こちらを窺っているかのようだ。
「……なんてプレッシャーだ。先程の魔狼どもとは格が違うぞ」
ゴルドが額に滲んだ汗を手の甲で拭い、低く呻いた。彼の表情には、先の戦闘で勝利したにも関わらず、油断のかけらもない。バルドもまた、険しい顔つきで森の奥を見つめ、杖を握る手に力を込めている。
俺は、まだ激しく脈打つ心臓を落ち着かせようと深く息を吸い込んだが、肺に入ってくる空気までもが重く感じられた。先程の戦闘で使った力の反動か、全身が鉛のように怠く、特に魔狼の爪を受け止めた両腕は、熱を持ったようにジンジンと痺れている。
「レンさん、大丈夫……ですか? 顔色が……」
俺の腕を掴んでいたルナが、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。彼女の瞳はまだ怯えの色を宿してはいるものの、その奥には仲間としての純粋な気遣いがはっきりと見て取れる。その眼差しに、俺は自分の疲労を悟られまいと、無理に口角を上げた。
「ああ、大丈夫だ。少し力を使っただけだよ。ルナこそ、怖かっただろう?」
俺がそう言うと、ルナは小さく首を横に振った。
「レンさんが……守ってくれたから……。でも、本当に無茶はしないでくださいね」
彼女の声は微かに震えていたが、その言葉には確かな仲間意識と感謝が込められていた。そして、俺の腕を掴む彼女の指先に、縋るような力が込められているのを感じる。その華奢な指の感触、伝わってくる彼女の生きている温かさに、俺は改めて守るべき仲間がいることの重みを感じていた。同時に、戦闘中に垣間見えた彼女の無防備な姿や、恐怖に歪んだ表情が脳裏に蘇り、個人的な嗜好からくる妙な興奮が胸の奥で燻るのを感じるが、それはそれとして心の隅に押しやる。
(今は目の前の脅威に集中しないと)
心の中で強く自分に言い聞かせ、気を引き締める。
「ひとまず、ここから少し下がりましょう」バルドが冷静な声で提案した。「この気配の主が何者かは分からぬが、今の我々の状態で深入りするのは危険すぎる。一度体勢を立て直し、情報を整理すべきだ」
ゴルドも頷いた。「バルド殿の言う通りだ。レン殿も消耗しているようだ。一度、もう少し開けた場所まで後退し、休息を取りながら今後の策を練ろう」
俺たちは互いに頷き合い、慎重に周囲を警戒しながら、森の入り口から少し離れた、比較的見通しの良い場所へと移動した。そこは小さな川が流れる開けた場所で、万が一の奇襲にも対応しやすそうだった。
荷物を下ろし、短い休息を取ることにする。俺は川辺に座り込み、冷たい水で顔を洗った。火照った顔には心地よかったが、体の怠さはなかなか抜けなかった。
その時、ゴルドが何かを見つけたように声を上げた。
「ん? これは……」
彼が指差す先には、まだ新しい焚き火の跡があった。燃え残った薪の様子からして、半日も経っていないだろう。そして、その近くには、人間のものと思われる足跡がいくつか残っていた。それも、俺たち一行のものとは明らかに違う、軽装のブーツのような跡だ。
「誰かいたのか……? それも、つい最近まで」俺は眉を寄せた。
バルドも焚き火の跡を注意深く観察している。「うむ。そして、この残り火の処理の仕方……手慣れた者の仕事じゃな。ただの村人ではあるまい」
この森の奥に、俺たち以外の誰かがいる。それは、新たな仲間となる可能性か、それとも……。
「レン殿、先程の力……やはり、尋常ではない消耗を伴うようじゃな」
バルドが、焚き火の跡から俺の方へ向き直り、心配そうに声をかけてきた。
「ええ、少し……。前回よりも強く力が出たような気はするんですが、その分、体への負担も大きいみたいです」
俺は正直に答えた。
バルドは顎鬚を扱きながら、思案顔で続ける。
「やはり、『盟約の力』は感情の昂ぶりに強く左右されるようじゃ。特に、仲間を守りたいという強い意志と、その危機的状況に対する共感が、力の奔流を引き起こしたのじゃろう。しかし、それは制御が極めて難しい諸刃の剣。使い方を誤れば、レン殿自身の身を滅ぼしかねん」
「制御……ですか」
「うむ。ただ感情に任せて力を振るうのではなく、その力を意識的にかたむける必要がある。それには、やはり仲間との精神的な繋がり……互いの信頼関係が不可欠となるじゃろう。そして何より、レン殿自身が、その力の源泉となる感情と冷静に向き合うことじゃな」
バルドの言葉は重く、俺の心に深く突き刺さった。仲間を守りたいという純粋な気持ち。それと同時に、ルナの特定の仕草や体のラインに反応してしまう自分の嗜好。これらがどう力に関わっているのか、まだ整理がつかない。
「レンさん」
考え込んでいると、ルナが水筒を手に近づいてきた。彼女は俺の隣にそっと腰を下ろし、水筒を差し出してくれる。
「ありがとうございます。少し、疲れましたか?」
その声は、川のせせらぎのように優しく、俺のささくれ立った心を宥めてくれるようだった。
「うん、少しだけね」俺は水筒を受け取り、一口飲んだ。冷たい水が喉を潤し、少しだけ気分が落ち着く。
ルナは何も言わず、ただ静かに隣に座っていた。彼女の肩が、俺の肩に軽く触れている。その近さに、仲間としての親密さを感じると同時に、彼女の柔らかな体温や、服越しに伝わる感触に、個人的な嗜好が刺激されるのを感じてしまう。もし、くすぐったりしたらどんな反応をするだろうか、という考えがまた頭をよぎるが、それはあくまで俺個人のファンタジーとして、胸の内に留めておく。
「あの……レンさん」ルナが、意を決したように口を開いた。「さっき、魔狼に襲われた時……本当に、怖かったです。でも、レンさんが助けに来てくれた瞬間、不思議と……安心したんです。レンさんの瞳が、すごく力強くて……何があっても守ってくれるって、そう思えたんです」
彼女はそう言うと、顔を上げて真っ直ぐに俺の目を見つめた。その潤んだ大きな瞳には、恐怖の残滓と共に、仲間への確かな信頼が宿っているように見えた。
「だから……ありがとうございます。また、助けてもらっちゃいましたね」
はにかむように微笑む彼女の表情に、俺は仲間としての絆を感じ、力強く頷いた。
「ルナが無事でよかった。仲間だからな、当然だ」
その時、森の奥から、地響きのような低い音が断続的に聞こえてきた。それは、巨大な何かが移動しているような音だった。そして、先程感じた禍々しい気配が、明らかにこちらへ近づいてきているのを肌で感じた。
「……来るぞ!」ゴルドが鋭く叫び、剣を抜いた。
バルドも即座に立ち上がり、臨戦態勢を取る。俺も、まだ残る疲労感を振り払うように立ち上がり、ルナを背後に庇った。
森の木々が大きくざわめき、獣とも機械ともつかない、異様な咆哮が響き渡る。そして、木々の隙間から、ついにその姿の一部が見えた。それは、赤黒い金属のような甲殻に覆われた、巨大な節足動物のような脚だった。その脚だけでも、俺の背丈ほどもある。
「あれは……一体……!?」
村で聞いた「奇妙な魔物」という言葉が、これ以上ないほど現実味を帯びて俺たちに迫っていた。
その巨大な脚が地面を踏みしめる音に混じって、微かだが、別の音も聞こえた気がした。金属がぶつかり合うような、鋭い音。そして、人のものらしき短い鬨の声のようなものも……。
(まさか……あの焚き火の跡の主か? この化け物と戦っているのか?)
新たな仲間の可能性と、目の前の巨大な脅威。俺たちの森での探索は、予想もしない局面を迎えようとしていた。
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