憧れの世界に召喚された変態

覚醒シナモン

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第22話:残滓のオーブと変容の刻印

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「深淵の囁き」が消滅した祭壇跡地には、まるで魂が抜け殻になったかのような、虚無的な静寂が支配していた。俺、ルナ、そしてシルフィは、互いに言葉を交わすこともなく、ただ荒い息を繰り返し、魂の奥底に刻まれた禁断の三重奏の残滓に身を震わせていた。あの倒錯的な共鳴、感情の奔流、そして虚無へと至る調律の記憶は、あまりにも鮮烈で、俺たちの精神に拭い去れない痕跡を残していた。
ゴルドが、俺たちの異様な雰囲気に戸惑いながらも、力強い声で呼びかけた。
「レン殿、ルナ、シルフィ殿、大丈夫か!しっかりするんだ!」
彼の声は、現実へと引き戻す錨のようだった。バルドとカイト、ロックも心配そうにこちらを見守っている。
俺はゆっくりと顔を上げた。ルナとシルフィも、虚ろな表情ながら、かろうじて意識を保っているようだ。だが、彼女たちの瞳の奥には、以前とは明らかに異なる、何か得体の知れない光が宿っていた。それは、恐怖でもなく、感謝でもなく、もっと複雑で、そしてどこか共犯者同士が分かち合うような、歪んだ親密さにも似たものだった。
「……ああ、なんとか……な」俺の声は、自分でも驚くほど乾いていた。
バルドとカイトは、俺たちの様子を注意深く観察しながらも、まずは「深淵の囁き」が残した黒いオーブの調査に取り掛かった。オーブは親指ほどの大きさで、脈動こそしていないものの、周囲の微弱な負の感情や、俺たちが放つ精神的な残滓を、まるで呼吸するかのようにゆっくりと吸収しているように見えた。
「これは……危険じゃな」バルドが眉を顰める。「負の感情を糧とし、それを凝縮、あるいは増幅させる性質があるやもしれん。下手に刺激すれば、再び『囁き』が活性化する可能性も……」
カイトも頷き、ギルド製の特殊な容器を取り出してオーブを慎重に封印した。「ギルド本部に持ち帰り、専門の部署で解析する必要がある。だが、これが新たなエネルギー源となるか、あるいは制御不能な災厄となるかは、現時点では判断できない」
その言葉は、「王国発展」という目標に、また一つ重い課題を投げかけるものだった。未知のエネルギーは魅力だが、そのリスクは計り知れない。
俺は、自分の手のひらを見つめた。そこには、ゼータによって刻まれた幾何学模様の刻印の上に、さらに複雑で、まるで生きているかのように蠢く、禍々しい紋様が重なって浮かび上がっていた。それは、「深淵の囁き」との戦いで、俺の力がさらに変質し、より“深淵”に近いものへと変貌を遂げた証なのかもしれない。
そして、あの鋭敏化した感覚。特に、ルナとシルフィの感情のオーラが、以前にも増して甘美な「ご馳走」のように俺の知覚を刺激する。彼女たちの微かな体臭、髪の分け目から漂う個々の香り、そして衣服の下の柔らかな肌の感触までもが、まるで手に取るように感じられるのだ。その感覚は、俺の歪んだ嗜好を容赦なく抉り、抗いがたい渇望となって俺を苛んだ。
(俺は……本当に人間に戻れるのだろうか……)
ルナとシルフィは、俺のそんな内面の葛藤を察したかのように、互いに視線を交わし、そして静かに俺に近づいてきた。
「レンさん……」ルナが、震える手で俺の腕に触れた。「私たち……大丈夫です。あなたが、あの時、私たちを……使ってくれたこと……怖かったけど……でも、なぜか……嫌じゃなかった……ううん、むしろ……」
彼女の言葉は途切れ、その頬が羞恥とは異なる、熱っぽい赤みを帯びる。
シルフィもまた、俺のもう一方の腕にそっと手を重ねた。彼女の翠の瞳は、以前の冷静さを失い、どこか熱に浮かされたような、潤んだ輝きを放っていた。
「……あの共鳴……それは、確かに歪んでいた。だが、同時に……魂の最も深い場所で、あなたと繋がったような……不思議な感覚があった。私たちは……もう、以前の私たちではないのかもしれない」
二人の言葉と、彼女たちの体から放たれる、甘く熟れた果実のような、そして禁断の媚薬のような感情のオーラは、俺の理性を焼き切りそうになる。彼女たちもまた、あの倒錯的な「調律」によって、俺との間に特殊で危険な絆を形成してしまったのだ。それは、もはや純粋な仲間意識ではなく、共依存にも似た、歪んだ主従関係の始まりなのかもしれない。
ゴルドとバルド、カイト、ロックは、俺たち三人の異様な雰囲気に、言葉を失い、ただ遠巻きに見守るしかなかった。
その時、祭壇跡地を満たしていた森の瘴気が、まるで朝靄が晴れるように急速に薄れていくのを感じた。そして、以前「呼び声」をかけてきた、森の古き精霊たちの清浄な気配が、再び俺たちの周囲に満ちてきた。
『……歪なる調律者よ……そして、その魂を捧げし者たちよ……』
守り手たちの声が、今度は優しく、そしてどこか慈しむように響いてくる。
『汝らは、深淵の囁きを退けた。森は、一時的なれど、その呼吸を取り戻しつつある。これは、汝らの歪な力がもたらした、一つの結果じゃ』
彼らは、俺たちが「深淵の囁き」を(歪な形ではあれ)退けたことを認め、その報酬として、そして「新たな森の調律者」への期待として、俺たちに「森の祝福」を授けると言った。
それは、以前授かった「古の叡智」を、より深く理解し、この世界の法則に適合させるための精神的な触媒であり、また、この森でしか育たない特殊な薬草の種子や、汚染された土地を浄化する清らかな泉の場所を示す古地図だった。それらはまさしく、ミルブルック村の、そしていつか築かれるかもしれない「王国」の発展に、直接的に繋がる具体的な贈り物だった。
しかし、守り手たちは警告も忘れなかった。
『汝の力は、諸刃の剣。そして、汝ら三人の魂の共鳴は、あまりにも危険な調和を孕んでおる。その絆が、世界に何をもたらすか……我らにも予測はできぬ。心せよ、調律者よ。汝の選択が、この森の、そして世界の未来を左右するであろう』
その言葉を残し、守り手たちの気配は森の奥へと消えていった。
俺たちは、守り手たちからの「贈り物」と、彼らの警告を胸に、ひとまずミルブルック村へ帰還し、態勢を立て直すことを決意した。カイト、シルフィ、ロックも、今回の異常事態と「黒いオーブ」、そしてレンという特異な存在についてギルド本部に詳細な報告をするため、俺たちに同行することになった。
ミルブルック村への帰路、森の空気は確かに以前より明るく、清浄になっているのを感じた。だが、俺とルナ、そしてシルフィの間に流れる空気は、どこか重く、そして甘く痺れるような、濃密な緊張感を孕んでいた。互いの視線が絡むたび、あの禁断の「調律」の記憶が蘇り、背徳的な共犯意識が俺たちを繋ぎとめる。
(これが、俺の進む道……“王国”への、歪な道程……)
村の入り口が見えてきた時、俺の額の刻印が、再び鋭い痛みを伴って疼き始めた。そして、視界の端に、ミルブルック村の家々から立ち昇る、人々の無垢で、多様な感情のオーラが、まるで色とりどりの花畑のように、鮮やかに、そして抗いがたいほどに「美味しそう」に映り始めたのだ。
それは、俺にとって、新たな試練と、そして抗いがたい誘惑の始まりを告げているかのようだった。ゼータの監視の目は、常に俺に向けられている。そして、俺自身の内なる「深淵」もまた、静かに囁き続けていた。
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