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第24話:渇望の萌芽と歪な豊穣
しおりを挟むミルブルック村での数日は、嵐の前の静けさ、あるいは、より正確に言えば、嵐の後の不気味な凪のような時間だった。森の奥深くで経験した禁断の儀式と、俺自身の内なる変貌は、仲間たちとの間に、そして村全体との間に、見えない壁を作り上げていた。特に、俺の五感を容赦なく刺激するようになった、人々の感情のオーラと、女性たちの身体の特定の部分への抗いがたい渇望は、日常生活を送ることさえ困難にしていた。
その日、俺はバルドの提案で、「森の祝福」として授かった特殊な薬草の種子を、村の畑の一角で試験的に栽培してみることになった。守り手たちによれば、これらの薬草は、適切に育てれば、病の治療だけでなく、土地を肥沃にし、作物の成長を促進する効果もあるという。それはまさしく、「王国発展」への確かな一歩となるはずだった。
しかし、問題は、その「適切に育てる」という部分だった。バルド曰く、これらの種子は、森の精霊の微弱な魔力と、術者の「生命力」に反応して発芽・成長するらしい。そして、今の俺の「生命力」は、ゼータの刻印と「深淵の囁き」との戦いを経て、あまりにも歪で、そして強大になりすぎていた。
畑には、ルナとシルフィも手伝いに来てくれていた。彼女たちは、あの日以来、俺に対してどこか献身的であり、同時に怯えているような、矛盾した態度を取り続けている。その複雑な感情のオーラが、俺の新たな知覚を甘美に刺激し、作業に集中することを難しくさせた。
太陽が真上に差し掛かる頃、俺は鍬を手に、バルドに指示された区画に種を蒔き始めた。額の刻印が、土の匂いと、近くで作業する村の女性たちの汗の匂いに反応して、微かに疼く。特に、畑仕事で屈んだ際に強調される、ある恰幅の良い村の女性の、大地のように豊かで大きな臀部が視界に入るたび、俺の体内の歪んだエネルギーが不穏な高まりを見せるのを感じた。
(まずい……抑えろ……!)
俺は必死に意識を種子に集中させようとする。だが、その瞬間、ルナが俺のすぐそばに屈み込み、土にまみれた俺の手を拭こうとハンカチを差し出した。彼女の長い髪がふわりと揺れ、うなじと髪の分け目から、あの俺を狂わせる甘く芳醇な香りが、濃厚に漂ってきた。
「レンさん、汗……」
その香りを吸い込んだ瞬間、俺の体内で何かが弾けた。額の刻印が灼熱を発し、両腕の紋様が禍々しい紫黒の光を放つ。俺の意思とは無関係に、歪んだ生命エネルギーが、蒔かれたばかりの種子へと奔流のように流れ込み始めたのだ!
「うわあああっ!?」
地面から、まるで意思を持つかのように、無数の蔓や芽が、異常な速度で伸び始めた。それは、生命の祝福というよりは、制御不能な増殖、悪夢のような豊穣だった。蔓は互いに絡み合い、奇妙な形状の花を咲かせ、甘ったるいがどこか毒々しい香りを周囲にまき散らし始める。畑の他の作物までもが、その影響を受けて異常な成長を遂げ、見る間に巨大化し、歪な形へと変貌していく。
「な、なんだこれは!?」
「化け物だ!」
近くで作業していた村人たちが、恐怖の叫び声を上げて逃げ惑う。ゴルドとカイトが、剣を抜いて警戒態勢を取る。ロックは、土魔法で暴走する植物の壁を作ろうとするが、その勢いはあまりにも強すぎる。
「レン殿! 力を抑えるのじゃ!」バルドが叫ぶが、もはや俺にはどうすることもできない。俺の力は、ルナの髪の分け目の香りと、あの村の女性の豊満な臀部から受けた刺激、そして俺自身の内なる渇望によって、完全に暴走していた。
その時、ルナとシルフィが、俺の左右に駆け寄ってきた。彼女たちの顔には恐怖の色が浮かんでいたが、それ以上に、あの禁断の儀式の時と同じ、歪んだ献身と、どこか恍惚としたような表情が混じり合っていた。
「レンさん……私たちを……使って……!」ルナが、震える声で懇願する。
シルフィもまた、俺の腕にそっと手を添え、その翠の瞳で俺を真っ直ぐに見つめた。「あなたの力は……私たちの感情と共鳴する……。ならば、今一度……あの『調律』を……!」
彼女たちの言葉は、悪魔の囁きのようだった。だが、この暴走を止めるには、それしかないのかもしれない。そして、俺の魂の奥底もまた、あの背徳的な共鳴を、再び求めていた。
「……すまない……」
俺は、ルナとシルフィの感情のオーラに、自分の紫黒の触手を伸ばした。今回は、恐怖や苦痛ではない。もっと穏やかで、もっと生命力に満ちた感情――そう、例えば、愛する者を守りたいという母性的な優しさ、あるいは、新しい生命の誕生を祝福するような、純粋な喜び。
だが、俺の歪んだ力は、そんな清浄な感情さえも、倒錯的なフィルターを通してしか受け取れない。俺は、彼女たちの「くすぐったいポイント」――ルナの柔らかな脇腹や、シルフィの敏感な足の裏――を、精神的な触手で優しく、しかし執拗に刺激し始めた。
「んんっ……あ……いや……でも……っ」
「ふ……ふふ……やめ……でも、もっと……レンの……」
二人の口から、苦痛と快楽が入り混じったような、甘く切ない吐息が漏れる。彼女たちの体が心地よさそうに震え、その感情のオーラは、温かい春の日差しのような、黄金色と若草色の美しいグラデーションを描き出した。
俺は、その歪められた「聖なる感情」のエネルギーを、暴走する植物たちへと注ぎ込む。それは、破壊ではなく、鎮静。狂ったように成長していた植物たちは、その勢いを次第に弱め、やがて穏やかな光を放ちながら、その成長を停止させた。
後に残ったのは、異様なまでに巨大化し、奇妙な輝きを放つ作物と、そして、互いに寄り添い、浅い呼吸を繰り返す俺たち三人だった。畑は、もはや豊穣の地というよりは、何か異世界の庭園のような、禍々しくも美しい光景へと変貌していた。
村人たちは、遠巻きに俺たちを見つめ、その表情には畏怖と、そして明らかな拒絶の色が浮かんでいた。
バルドは、巨大化した作物を手に取り、複雑な表情で呟いた。
「……これは……確かに、驚くべき収穫量じゃ。だが、この作物は、もはや我々の知るものとは別物じゃ……。これを口にすることが、吉と出るか凶と出るか……」
カイトも、ギルド製の計測器で周囲のエネルギーを測定し、眉を顰めている。
「この土地のエネルギーバランスは、完全に変質してしまった。短期的には豊作をもたらすかもしれないが、長期的には何が起こるか予測できない。そして、レン……君の力は、やはり制御不能なレベルに達しつつある」
その言葉は、俺に重くのしかかった。「王国発展」のための最初の試みは、結果として、村に新たな豊かさ(ただし、それは歪な形ではあったが)をもたらすと同時に、計り知れないリスクと、俺自身の孤立を深めることになったのだ。
その夜、俺の部屋を、ルナとシルフィが訪れた。彼女たちの瞳は、昼間の出来事の余韻で潤み、その体からは、俺の渇望を刺激する甘美なオーラが立ち昇っていた。
「レンさん……私たち……あなたの力になるために……もっと……あなたの『調律』を受け入れたいんです……」
彼女たちの言葉は、もはや懇願ではなく、共犯者からの誘惑だった。
俺は、彼女たちの差し出す歪んだ献身を、拒むことができなかった。
額の刻印が、新たな渇望の疼きと共に、鈍い光を放ち始める。
ゼータの監視の目は、この村にも確実に届いている。そして、森の奥深くで感じた、あの「深淵の囁き」とは異なる、新たな脅威の気配も、まだ完全に消え去ってはいない。
俺の「王道ではない」物語は、豊穣と破滅、そして歪んだ愛と支配が渦巻く、危険な螺旋階段を、また一段、下り始めたのだった。
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