4 / 14
4. 幕間 ある熟練魔導師が見たもの
しおりを挟む
「ローシュさん、それじゃあよろしくお願いしますね」
「ああ、早めに終わらせてくるよ」
リュフタン領の都市メイクラッドのハンターズギルドで、受付の女性と男が話していた。
ローシュと呼ばれたその男は渡された紙切れに目を落としながら、トントンと指で木製のカウンターを叩く。
「しかしこんな場所まで雷狼……ラウォルグが出てくるとはね。目撃情報があったのは魔素の薄い地域なんだろう?」
「ええ、南方の農村に近い山中ですよ。ローシュさんのおっしゃる通り安定した地域なので高位の魔獣が出るはずないんですけどね……」
「ま、どっかから流れてきたんだろう。ラウォルグ位になると産まれた土地を離れる個体もいると聞く」
どちらにせよ、と肩をすくめてローシュは続ける。
「早めに駆除した方がいいのは変わりない。被害が出た後じゃ遅いからな」
「ええ。ローシュさん居てくれて助かりました。うちの管轄で動かせる戦力でフットワークが軽いの、ローシュさんくらいですし」
「ははは、そりゃもっと働けって嫌味かい?」
「いえいえ、そんな!」
軽口を叩くだけ叩くと、ローシュは手をひらひらと振りながらくたびれたマントを翻していった。
残された受付嬢はホッとしながらも、うちの戦力ももっと底上げしていかないとダメなのかなあ、なんてボソリと呟いていた。
「さて、とりあえず目撃情報があったっていう山を見に行ってみるか……飛ばせば二日以内には着くだろう」
受付嬢が言っていた通り、ローシュはハンターとしては特に身軽に行動できる人物だった。
普通のハンターは大抵三人から五人程度のチームを組んで活動するし、そうすれば必然的に移動方法も制限され、準備にも手間がかかるようになる。
きっと他のハンターに依頼を回していたら、手配だけでも二日、準備に一日、移動で三日はかかっていただろう。
そしてもしそうしていたなら……彼らは助からなかったかもしれないし、あの光景を誰かが目撃することも決してなかっただろう。
「ん……なん、だ……? 魔力の流れが、変わった?」
彼が異変に気付いたのは、目的地にあと半刻もすればたどり着く、といったところだった。
それまでは流し気味で地走鳥を走らせていたローシュだったが、肌にひりつく感覚に直感し、速度を上げる。
「こいつぁ……ラウォルグが暴れたあとか⁉︎」
山の麓まで辿り着いたローシュが目にしたのは、乱雑になぎ倒された木々の残骸だった。
その痕跡はさらに山中へと続いており、巨大な魔獣が獲物を追って走り回っていることを彼に想像させた。
「その獲物が人間じゃあなきゃいいんだけどな……しかしラウォルグ相手に逃げ続けられる獲物が人間以外にいるか……?」
ともかく、跡を辿るしかない。
嫌な予感を背筋に感じつつ、彼が走り始めようとした、その時だった。
轟! という圧倒的な魔力の奔流が、山中から天に向けて突き抜けていった。
それは、とても並のラウォルグが放つ一撃とは思えない、ローシュですら震え上がるほどの強大な魔力流であった。
とっさに魔力障壁を張らなければ、魔導師である彼は”酔って“しまっていたことだろう。
「い、今のは……本当にラウォルグなのか⁉︎ 古龍種にすら匹敵しそうな……」
とにかく、現場に急がないとマズい。
あの魔力流の原因がなんであれ、少なくともラウォルグが絡んでいることには違いないし、最悪の場合ということもあり得る。
ローシュはわずかに震える体を叱咤して、急ぎ始めた。
「おいおい、嘘だろ?」
その場所にたどり着いたとき、彼が見たのは三つの驚愕の光景だった。
まず一つは、瀕死の大人二人と、おそらく彼らの子供らしき少年が大穴の中央で倒れていたこと。少年は気を失っていたものの、幸いにも無傷だった。両親の方も、急いで応急処置を施せば命は助かるだろう。
二つ目は、その少年から膨大な魔力の残滓が漂っていること。つまり……状況から察するに、先ほどの魔力流はこの少年が解き放ったものだ、ということだ。
そして三つ目。それは、あれだけの魔力をぶつけられたというのにに、当のラウォルグの方は一時的に気を失っているだけ、ということだ。
「知りたいことは山ほどあるが……ともかくやれることを全部やるしかないな」
本当に幸いだったのは、この場に駆けつけたのがローシュだった、ということだろう。
彼は少年が解き放った魔力よりもずっと小さな魔力を体内で練り上げ、洗練された動きで、こう唱える。
「其は力なり、其は我が意によりて風となり、其は我が腕もて全て斬り裂く剣とならん」
それはたった三つの言の葉からなる、神秘の術理。
彼が言葉を紡ぐたび、小さな魔力はその輝きを大きく増す。
彼が言葉を紡ぐたび、輝く魔力は形を持ち、空気を震わせる。
彼が言葉を紡ぐたび、生まれた風は激しさを増し、やがて完全なる真空を生み出す。
だがそれでも、決して彼は揺らがない。
ただ悠然と右腕をかざし、そして、完成させる。
「解き放て――ヴァクス・フェル」
瞬間、音が止み、風が駆け抜けた。
首を失った魔獣は、完全にその活動を停止した。
「ああ、早めに終わらせてくるよ」
リュフタン領の都市メイクラッドのハンターズギルドで、受付の女性と男が話していた。
ローシュと呼ばれたその男は渡された紙切れに目を落としながら、トントンと指で木製のカウンターを叩く。
「しかしこんな場所まで雷狼……ラウォルグが出てくるとはね。目撃情報があったのは魔素の薄い地域なんだろう?」
「ええ、南方の農村に近い山中ですよ。ローシュさんのおっしゃる通り安定した地域なので高位の魔獣が出るはずないんですけどね……」
「ま、どっかから流れてきたんだろう。ラウォルグ位になると産まれた土地を離れる個体もいると聞く」
どちらにせよ、と肩をすくめてローシュは続ける。
「早めに駆除した方がいいのは変わりない。被害が出た後じゃ遅いからな」
「ええ。ローシュさん居てくれて助かりました。うちの管轄で動かせる戦力でフットワークが軽いの、ローシュさんくらいですし」
「ははは、そりゃもっと働けって嫌味かい?」
「いえいえ、そんな!」
軽口を叩くだけ叩くと、ローシュは手をひらひらと振りながらくたびれたマントを翻していった。
残された受付嬢はホッとしながらも、うちの戦力ももっと底上げしていかないとダメなのかなあ、なんてボソリと呟いていた。
「さて、とりあえず目撃情報があったっていう山を見に行ってみるか……飛ばせば二日以内には着くだろう」
受付嬢が言っていた通り、ローシュはハンターとしては特に身軽に行動できる人物だった。
普通のハンターは大抵三人から五人程度のチームを組んで活動するし、そうすれば必然的に移動方法も制限され、準備にも手間がかかるようになる。
きっと他のハンターに依頼を回していたら、手配だけでも二日、準備に一日、移動で三日はかかっていただろう。
そしてもしそうしていたなら……彼らは助からなかったかもしれないし、あの光景を誰かが目撃することも決してなかっただろう。
「ん……なん、だ……? 魔力の流れが、変わった?」
彼が異変に気付いたのは、目的地にあと半刻もすればたどり着く、といったところだった。
それまでは流し気味で地走鳥を走らせていたローシュだったが、肌にひりつく感覚に直感し、速度を上げる。
「こいつぁ……ラウォルグが暴れたあとか⁉︎」
山の麓まで辿り着いたローシュが目にしたのは、乱雑になぎ倒された木々の残骸だった。
その痕跡はさらに山中へと続いており、巨大な魔獣が獲物を追って走り回っていることを彼に想像させた。
「その獲物が人間じゃあなきゃいいんだけどな……しかしラウォルグ相手に逃げ続けられる獲物が人間以外にいるか……?」
ともかく、跡を辿るしかない。
嫌な予感を背筋に感じつつ、彼が走り始めようとした、その時だった。
轟! という圧倒的な魔力の奔流が、山中から天に向けて突き抜けていった。
それは、とても並のラウォルグが放つ一撃とは思えない、ローシュですら震え上がるほどの強大な魔力流であった。
とっさに魔力障壁を張らなければ、魔導師である彼は”酔って“しまっていたことだろう。
「い、今のは……本当にラウォルグなのか⁉︎ 古龍種にすら匹敵しそうな……」
とにかく、現場に急がないとマズい。
あの魔力流の原因がなんであれ、少なくともラウォルグが絡んでいることには違いないし、最悪の場合ということもあり得る。
ローシュはわずかに震える体を叱咤して、急ぎ始めた。
「おいおい、嘘だろ?」
その場所にたどり着いたとき、彼が見たのは三つの驚愕の光景だった。
まず一つは、瀕死の大人二人と、おそらく彼らの子供らしき少年が大穴の中央で倒れていたこと。少年は気を失っていたものの、幸いにも無傷だった。両親の方も、急いで応急処置を施せば命は助かるだろう。
二つ目は、その少年から膨大な魔力の残滓が漂っていること。つまり……状況から察するに、先ほどの魔力流はこの少年が解き放ったものだ、ということだ。
そして三つ目。それは、あれだけの魔力をぶつけられたというのにに、当のラウォルグの方は一時的に気を失っているだけ、ということだ。
「知りたいことは山ほどあるが……ともかくやれることを全部やるしかないな」
本当に幸いだったのは、この場に駆けつけたのがローシュだった、ということだろう。
彼は少年が解き放った魔力よりもずっと小さな魔力を体内で練り上げ、洗練された動きで、こう唱える。
「其は力なり、其は我が意によりて風となり、其は我が腕もて全て斬り裂く剣とならん」
それはたった三つの言の葉からなる、神秘の術理。
彼が言葉を紡ぐたび、小さな魔力はその輝きを大きく増す。
彼が言葉を紡ぐたび、輝く魔力は形を持ち、空気を震わせる。
彼が言葉を紡ぐたび、生まれた風は激しさを増し、やがて完全なる真空を生み出す。
だがそれでも、決して彼は揺らがない。
ただ悠然と右腕をかざし、そして、完成させる。
「解き放て――ヴァクス・フェル」
瞬間、音が止み、風が駆け抜けた。
首を失った魔獣は、完全にその活動を停止した。
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~
北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。
実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。
そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。
グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・
しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。
これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚
熊虎屋
ファンタジー
現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。
しかし職業は最強!?
自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!?
ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】
きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
【毎週火木土更新】
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。
その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ!
約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。
―――
当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。
なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。
英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~
ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。
彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。
敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。
この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。
「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」
無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。
正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる