敏腕CEOは初心な書道家を溺愛して離さない

如月 そら

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2.本当の名前

本当の名前③

 神代は誠意があり優しいだけではない。察しも良いのだった。
「俺のこと、イヤですか? 嫌い?」

 そんなわけはない。
 ふるふるっと香澄は首を横に振る。
 するとそっと手を神代に握られてしまった。振り払うこともできず、捉えられたまま、ただ泣きそうな気持ちで神代を見つめることしかできなかった。

「事情があるなら今は逃げてもいいです。けど、俺は必ず追いかけてあなたのことを捕まえますよ」
 そう言って、神代は香澄の指先に口付けをする。
 あまりにも一瞬のことで香澄はどうしていいのか分からずに、ただ神代の綺麗な形の唇が自分の指先に触れるのを見ていることしかできなかった。
 
 香澄の書道家としての仕事は書道教室だけに限ったことではない。自分自身もまだ師匠について研鑽けんさんしている立場なのだ。
 あのお見合いから二週間後、道具を持って香澄は車に揺られていた。送迎はまだ続いている。

「ではまた終わる頃にお待ちしています」
「よろしくお願いいたします」
 師匠の稽古場の玄関前で運転手とは別れて稽古場の中に入る。師匠はテーブルで本をめくっていた。

 子供の頃は現在の師匠の父親にお稽古をしてもらっていたが、今は会派を継ぐご子息に見てもらっている。
 ご子息と言っても、年齢的には香澄のひと回りほども年上だ。また、書道歴は香澄の倍ほどもあり比べ物にならないほどだった。
 それでも年齢的に書道界の中では師匠は若造の部類に入るのだからつくづく奥の深い世界ではある。

「柚木さん、こんにちは」
「先生、よろしくお願いいたします」
「はい。そういえばそろそろ東部書道展に出品する作品の準備が要りますよね」
「そうなんです」

 書道とひとことで言っても書くものは、『漢字、仮名、調和体・近代詩文、小字数、篆刻』などいろいろある。

 香澄が書いているのは『調和体』というもので漢字仮名交じり文とも呼ばれていた。通常使っている日本語により近いこともあり、親近感があると言われている。
 漢字作品が素人では読みにくく内容を理解することも難しいと言われている一方で、調和体は誰にでも読めて親しめる分人気があるのだ。

 意外と書というのは身近にもあるもので、香澄も会席料理店のお品書きの仕事を依頼されたことがある。また店名を書で、というお店も結構ある。

 そういう依頼を受けて書くのも書道家としての仕事だ。後日看板が掲げられているのを見たり、自分の書が広告や名刺などいろんな形にデザインされているのを見ると嬉しくなったものだった。

 年に何度かある書道展に作品を出すのも仕事の一つである。
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