24 / 86
5.書道家の仕事
書道家の仕事③
しおりを挟む
俯いてそう言うとくすっと笑った声が聞こえた。
「香澄さん、からかったわけではないんです。嬉しくてつい。楽しみにしていますから」
テーブルの上に置いてあった手を思いがけなく握られて、香澄はどきんとする。きゅっと握ったその手はすらりと長く骨ばっていて男性らしい。自分とは違う手のひらや体温に香澄はどきどきと胸を高鳴らせていた。
食事を終えた二人は駐車場に向かい、神代の車に乗り込む。
香澄は普段から車に乗ることも多いがそれは運転手付きの車で後部座席に乗ることが多かった。だから「どうぞ」と言われて助手席のドアを開けられた時は少し戸惑ってしまったのだ。
(それは、そうよね)
交際しているのなら座るのはその席だろう。
「ありがとうございます」
ドアを開けてもらったお礼を言ってシートに座る。すぐに神代も運転席に回ってシートに座ってエンジンをかける。
「少し寄り道をしたいんですけどいいですか?」
慣れた様子でハンドルを切りながら聞かれて香澄は頷いた。
「はい。構いません」
夕食の時間に待ち合わせをして、ゆっくり食事をしていたけれど、多少寄り道をしても差支えのない時間ではある。それに遅くなることは問題ない。
(寄り道ってことは、泊まりではないものね)
そんなことを考えてあわてて香澄は首を振る。
なにを考えているのか。神代は紳士だ。そんなことはあり得ないはずだ……たぶん。
交際が初めての香澄にはこれから先どのようにお付き合いを進めていったらいいのか分からない。きっと神代は慣れているはずなのだから、任せるしかないのだ。
「さっき、少し迷っていましたか?」
「え?」
「車に乗る時。迷ったような戸惑ったような様子だったから。誘ってしまって大丈夫かなって思っています」
「あ……。実は、助手席に乗ることがあまりなかったんです。けど、確かにお付き合いをしているならこの席ですよね」
「あははっ、確かに香澄さんの環境ならそうでしょうね。ご希望なら後部座席でもいいですよ。この車はあまり快適ではないかもしれませんが」
よく見ると車にはドアが二つしかない。いわゆるツーシーターの車だった。スポーツカーだ。エンジン音も普段より大きいことに香澄は初めて気づいた。
「ドアが二つだけなんですね」
「そう。ツーシーターってやつです。趣味で乗っている車ですね。今は屋根がありますが、天気が良ければ屋根をしまってオープンにすることもできますよ」
「オープンカー! 話は聞いたことがありますが、乗ったのは初めてです」
「今度天気のいい日に、空気のいいところでオープンにしましょう。海際とかも気持ちいいですよ」
「はい! ぜひ!」
約束を少しずつ重ねてゆくことがこんなにも幸せなことだとは香澄は知らなかった。
「今日はどこに連れていってくださるんですか?」
「香澄さん、からかったわけではないんです。嬉しくてつい。楽しみにしていますから」
テーブルの上に置いてあった手を思いがけなく握られて、香澄はどきんとする。きゅっと握ったその手はすらりと長く骨ばっていて男性らしい。自分とは違う手のひらや体温に香澄はどきどきと胸を高鳴らせていた。
食事を終えた二人は駐車場に向かい、神代の車に乗り込む。
香澄は普段から車に乗ることも多いがそれは運転手付きの車で後部座席に乗ることが多かった。だから「どうぞ」と言われて助手席のドアを開けられた時は少し戸惑ってしまったのだ。
(それは、そうよね)
交際しているのなら座るのはその席だろう。
「ありがとうございます」
ドアを開けてもらったお礼を言ってシートに座る。すぐに神代も運転席に回ってシートに座ってエンジンをかける。
「少し寄り道をしたいんですけどいいですか?」
慣れた様子でハンドルを切りながら聞かれて香澄は頷いた。
「はい。構いません」
夕食の時間に待ち合わせをして、ゆっくり食事をしていたけれど、多少寄り道をしても差支えのない時間ではある。それに遅くなることは問題ない。
(寄り道ってことは、泊まりではないものね)
そんなことを考えてあわてて香澄は首を振る。
なにを考えているのか。神代は紳士だ。そんなことはあり得ないはずだ……たぶん。
交際が初めての香澄にはこれから先どのようにお付き合いを進めていったらいいのか分からない。きっと神代は慣れているはずなのだから、任せるしかないのだ。
「さっき、少し迷っていましたか?」
「え?」
「車に乗る時。迷ったような戸惑ったような様子だったから。誘ってしまって大丈夫かなって思っています」
「あ……。実は、助手席に乗ることがあまりなかったんです。けど、確かにお付き合いをしているならこの席ですよね」
「あははっ、確かに香澄さんの環境ならそうでしょうね。ご希望なら後部座席でもいいですよ。この車はあまり快適ではないかもしれませんが」
よく見ると車にはドアが二つしかない。いわゆるツーシーターの車だった。スポーツカーだ。エンジン音も普段より大きいことに香澄は初めて気づいた。
「ドアが二つだけなんですね」
「そう。ツーシーターってやつです。趣味で乗っている車ですね。今は屋根がありますが、天気が良ければ屋根をしまってオープンにすることもできますよ」
「オープンカー! 話は聞いたことがありますが、乗ったのは初めてです」
「今度天気のいい日に、空気のいいところでオープンにしましょう。海際とかも気持ちいいですよ」
「はい! ぜひ!」
約束を少しずつ重ねてゆくことがこんなにも幸せなことだとは香澄は知らなかった。
「今日はどこに連れていってくださるんですか?」
162
あなたにおすすめの小説
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~
葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。
「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。
小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。
若くしてプロジェクトチームを任される彼は、
かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、
遠く、眩しい存在になっていた。
優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。
もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。
それでも——
8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。
これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる