政略結婚かと思ったら溺愛婚でした。

如月 そら

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11.桜の木の下で

桜の木の下で②

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「菜都さん、人をからかうのはやめてもらっていいですか?」
 片倉は少しだけうんざりした様子を隠しもしない。

 浅緋にはそれだけ仲が良いように感じられて、何となく胸がつきん、と痛む。
──胸が痛いわ。

 体調がおかしいのだろうか。
 今まで感じたことのない痛みだ。

 きゅっと胸が痛くて、寂しくて、片倉にこっちを見てほしいような。

「だってー、今までどんな女性にも靡かなかった片倉さんがねえ……片時も側から離さない女性なんて、気になっちゃうわ」

「全く、人をなんだと……。菜都さんだってそうでしょう? 高羽課長は今日はいらっしゃってるんですか?」
「あちらよ」

 指先まで綺麗なネイルで彩られた指が人混みの中を指差すと、その中で冷たいような美貌の男性が女性に囲まれていた。

「相変わらずですね」
「相変わらずね。仕方ないわよ。あのご面相じゃね」

「それを言うなら菜都さんもでしょう?」
「それはそうだけれど……ねえ? 婚約者の方は? ご紹介して下さらないの?」

 そう言って、菜都と呼ばれた女性は片倉の横に立っていた浅緋に笑いかける。

「婚約者の園村浅緋さんです」
「あら、園村ホールディングスのお嬢様かしら?」

 苗字を聞いて、すぐに浅緋の正体に気付く辺りがすごい。
「そうですね」

「ふうん。あなたが政略結婚をする、と噂になっていたけれど、今回はそれを肯定するために来たの? それとも否定するため?」

「ご想像にお任せしますよ」
「食えない男ね。つまらないわ。ではお嬢様、ごきげんよう」

 つまらないと言いながらもなんだか、ご機嫌な様子で菜都と呼ばれた女性は去った。

 やはり政略結婚なのだと自分の知らないところでも噂になっていると聞いて、浅緋の顔からは血の気が引いた。

「浅緋さん、彼女の言うことは気にしないでください」
 その言葉に、浅緋は返事をすることができなかった。


 菜都との会話の後から、表情がすっかり沈んでしまった浅緋に、片倉はどうしていいのか分からなかった。

 先ほどまでは自然な明るい笑顔を見せてくれていたのだ。
 これでうまくいくかもしれないと考えた矢先に、菜都から政略結婚だのなんだのと聞かされて、そんなことが噂になっているのかと思ったら、浅緋が沈みこんでしまったのだ。

 やはり、政略だったのだと思い直したのかもしれない……。
 そんな風にも思えた。

「疲れましたか?」
「いえ……」

 けれど、そう答える浅緋の顔色はお世辞にもいいものとは言えなかった。

「もう、あらかた挨拶は終わりましたから、帰りましょう」
「いいんですか?」
「ええ。構いません」

 いつまでもこんなところにいたら、浅緋が疲弊するだけだし、だからこそ今まで園村も海千山千の人物ばかりがいるこんなところに浅緋を連れて来ることはなかったのだろうから。

 それでも、今日は誰が片倉の婚約者なのか、はっきりさせておきたかったから、浅緋を連れてきた。

 会話の中から浅緋が園村ホールディングスの令嬢であることは知れたと思うし、その相手が片倉であることも十分に周知できたと思う。

 いろんな風に考える輩はいるかもしれないが、片倉が片時も離したくないくらい浅緋を大事にしてることも、理解できただろう。
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