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17.落としても探しやすい場所
落としても探しやすい場所②
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「そうなんだ。暗いんだ。結婚してくださいと真剣な顔をしていても互いの顔はよく分からない上、テンパって指輪なんか落としてみろ。動くな! と言って三十分は探した。嫁さんはよく結婚してくれたと思う」
課長は若くして警備部警備二課の課長となった、キャリアのエリートだ。テンパるというのにも驚いたし、指輪を落としたというエピソードには同情した。
「ま、それほどまでに緊張するシーンだということだ」
「落とさない場所にします……」
もしくは落としても探しやすい場所……。
これで果たしてプロポーズとして合っているんだろうかとますます鷹條は間違っている気がして仕方ない。
結局のところ、自分で考えるしかないようだと結論を出して鷹條は席を立った。
「お先に失礼します」
「あ、鷹條くん」
帰ろうとする鷹條を課長が呼び止めた。
「こういうのもいいと思う」
そう言ってクリアファイルを鷹條に渡した。
鷹條はその中身を見る。それは旅行へ行く際に許可をもらうための書類だった。
通常、旅行や帰省で県外に行く時、警察官は上司に届出をしなければいけない。クリアファイルに入っていたのはそのための申請書だ。
この申請書を出すのが面倒で旅行にはいかないという警察官も多い。帰省ならば許可が降りないことはないが、旅行の場合は仕事の状況によっては許可が降りないこともあると聞く。
鷹條の場合はまず係長である久木の押印をもらい、次に課長、部長、局長にまで押印をもらわないといけない。
久木はダメだというタイプではないが、課内の状況に応じて課長に認可を降ろしてもらうのが一番ハードルが高い。しかし今回はその課長が鷹條に書類を差し出してくれたのだ。
なかなかないことだった。
それほどまでに今回の功績は大きかったということなのだろう。
ちらりと向かいの久木を見ると、苦笑していた。
「課長がいいと言ってるのに、私がダメだとは言えません」
「近場に……します。なにかあれば呼んでください。亜由美はそういうの分からない人じゃないです」
鷹條が言うと、みんなが微笑ましそうになる。
美男美女のお似合いカップルだと評判だし、きっと怖かっただろうに一生懸命協力してくれた立役者でもあると聞いているのだ。
みんな心から鷹條のプロポーズの成功を祈っていた。
◇◇◇
「りょ、旅行っ!?」
駅前の居酒屋で二人で食事をしていたら、鷹條が「急なんだけど、近いうちに旅行に行かないか」と言ったのだ。
以前デートした時に旅行は許可がいるから事前に計画しなくてはいけないと鷹條が言っていたことを亜由美は覚えていた。
「旅行は許可がいるって言ってたよね?」
「ああ。その許可が降りて……というか、割と積極的に降ろしてくれた。今回の論功行賞的なものもあるかもな。亜由美にも感謝していると思う」
「私はすぐにでも有休は取れる……」
二人で思わず顔を見合わせてしまう。
「え、どうしよう、すっごく幸せ」
「そんなに遠くには行けないんだがいいか?」
「うん! もちろんだよ。旅行に行けるだけで嬉しい!」
「計画を立てよう」
鷹條がそう言うのに亜由美は笑顔で頷いた。
二人でスマートフォンを覗きながら近隣の旅行スポットを探す。
「ゆっくり、とかいうとやっぱり温泉とかだろうか?」
「温泉行きたい」
鷹條が宿泊サイトのホームページを開いてくれる。画像付きの案内を見ながら、二人で計画を立てるのはとても楽しくて幸せだった。
「遠くにはいけない分、少し贅沢な宿にしよう」
「露天風呂付き客室とか?」
「ああ、それいいな」
露天風呂付き客室なんて嬉しすぎる!
端正な顔立ちの鷹條のことだ。浴衣もとても似合うだろう。
想像すると亜由美はぼうっとしてしまう。
「温泉、すごくいいかも……」
「帰りにうちの実家に寄っていいか?」
「うん」
気軽に返事をして亜由美は、ん? となる。
「実家? 千智さんのご実家!?」
「そう。亜由美を両親に紹介したくて」
「そ……そうだよね」
課長は若くして警備部警備二課の課長となった、キャリアのエリートだ。テンパるというのにも驚いたし、指輪を落としたというエピソードには同情した。
「ま、それほどまでに緊張するシーンだということだ」
「落とさない場所にします……」
もしくは落としても探しやすい場所……。
これで果たしてプロポーズとして合っているんだろうかとますます鷹條は間違っている気がして仕方ない。
結局のところ、自分で考えるしかないようだと結論を出して鷹條は席を立った。
「お先に失礼します」
「あ、鷹條くん」
帰ろうとする鷹條を課長が呼び止めた。
「こういうのもいいと思う」
そう言ってクリアファイルを鷹條に渡した。
鷹條はその中身を見る。それは旅行へ行く際に許可をもらうための書類だった。
通常、旅行や帰省で県外に行く時、警察官は上司に届出をしなければいけない。クリアファイルに入っていたのはそのための申請書だ。
この申請書を出すのが面倒で旅行にはいかないという警察官も多い。帰省ならば許可が降りないことはないが、旅行の場合は仕事の状況によっては許可が降りないこともあると聞く。
鷹條の場合はまず係長である久木の押印をもらい、次に課長、部長、局長にまで押印をもらわないといけない。
久木はダメだというタイプではないが、課内の状況に応じて課長に認可を降ろしてもらうのが一番ハードルが高い。しかし今回はその課長が鷹條に書類を差し出してくれたのだ。
なかなかないことだった。
それほどまでに今回の功績は大きかったということなのだろう。
ちらりと向かいの久木を見ると、苦笑していた。
「課長がいいと言ってるのに、私がダメだとは言えません」
「近場に……します。なにかあれば呼んでください。亜由美はそういうの分からない人じゃないです」
鷹條が言うと、みんなが微笑ましそうになる。
美男美女のお似合いカップルだと評判だし、きっと怖かっただろうに一生懸命協力してくれた立役者でもあると聞いているのだ。
みんな心から鷹條のプロポーズの成功を祈っていた。
◇◇◇
「りょ、旅行っ!?」
駅前の居酒屋で二人で食事をしていたら、鷹條が「急なんだけど、近いうちに旅行に行かないか」と言ったのだ。
以前デートした時に旅行は許可がいるから事前に計画しなくてはいけないと鷹條が言っていたことを亜由美は覚えていた。
「旅行は許可がいるって言ってたよね?」
「ああ。その許可が降りて……というか、割と積極的に降ろしてくれた。今回の論功行賞的なものもあるかもな。亜由美にも感謝していると思う」
「私はすぐにでも有休は取れる……」
二人で思わず顔を見合わせてしまう。
「え、どうしよう、すっごく幸せ」
「そんなに遠くには行けないんだがいいか?」
「うん! もちろんだよ。旅行に行けるだけで嬉しい!」
「計画を立てよう」
鷹條がそう言うのに亜由美は笑顔で頷いた。
二人でスマートフォンを覗きながら近隣の旅行スポットを探す。
「ゆっくり、とかいうとやっぱり温泉とかだろうか?」
「温泉行きたい」
鷹條が宿泊サイトのホームページを開いてくれる。画像付きの案内を見ながら、二人で計画を立てるのはとても楽しくて幸せだった。
「遠くにはいけない分、少し贅沢な宿にしよう」
「露天風呂付き客室とか?」
「ああ、それいいな」
露天風呂付き客室なんて嬉しすぎる!
端正な顔立ちの鷹條のことだ。浴衣もとても似合うだろう。
想像すると亜由美はぼうっとしてしまう。
「温泉、すごくいいかも……」
「帰りにうちの実家に寄っていいか?」
「うん」
気軽に返事をして亜由美は、ん? となる。
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「そ……そうだよね」
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