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【番外編:雅人くんには分からない】
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どうやら音楽を聴きながら家事をしているようだ。雅人は仕事さえきちんとしてくれれば問題はないので、音楽を聴きながらだろうが大声で歌いながらだろうが、構わない。
仕上がった料理に納得したのか彼女は「うん!」と満足げに頷いてフライパンを手にしていた。その笑顔に胸が波打った気がした。
誓って決して驚かせようと思ったわけではない。
「満足な仕上がりか?」
ついかけてしまった声で、雅人がいることに気づいて「きゃあ!」と大きな悲鳴を上げ、彼女はフライパンを落としてしまった。
それが足の上だったことに雅人は青ざめる。
黙って彼女を抱えてバスルームに向かい、履いていたスリッパを投げ捨て、思い切りよく水を足にかけた。
「あ……あの……」
「すまない。驚かせるつもりはなかった」
「こちらこそすみません。イヤホンなんてしていたから……」
幸いスリッパをはいていてくれたせいもあり、足の指先が少し赤くなっていたが、ひどい火傷や骨折には至らなかったようだ。
「オーナー……さんですよね?」
アプリだけの関係なのだから、部屋のオーナーである雅人の顔も当然知らなかったわけだ。
「ああ。いつも、ありがとう」
「いえ。あの、お食事の味とか大丈夫でしょうか?」
「いつも美味しくいただいている」
そんなことを話している場合ではないことは分かっていた。それでも彼女が必死な表情で聞いてくるから、つい答えてしまう雅人なのだ。
谷川に知られたら『真面目かよ!』とツッコミを入れられる場面だ。しかしこの場面でそんなことを聞いてくる彼女も相当なのだと雅人が気づくのはもっと後だ。
「あ……の、もう大丈夫だと思います」
とても小さな声で雅人は我に返る。
彼女の足先は少しだけ赤くなっていて、雅人はその足先にそっと触れた。
「大丈夫? 痛くないか?」
「少しだけ。でも多分大丈夫だと思います」
その足の小さいのに雅人はつい釘付けになる。
(女性の足ってこんなに小さいものか?)
「あの、私クビですか?」
震える声が雅人の耳に入る。
「どうして? いつもきちんとしてくれているし、クビにする素因なんて一つもないと思う」
「けど……仕事中にイヤホンを……」
ふっと雅人は微笑んだ。
「なんだ、そんなことか。仕事をきちんとやってくれれば、音楽を聴きながらだろうが、歌いながらだろうが構わない」
「歌……」
ふふっと彼女が笑う。なにか想像したのかもしれない。
「むしろ詫びるならこちらだ。急に声をかけてしまって申し訳なかった」
「いいえ。私の方こそ申し訳ございませんでした。今後こういうことはないようにしますので……」
そこまで言ったところで彼女の口からハクシュっと小さなくしゃみが漏れる。
「本当に重ね重ね申し訳……」
つい先ほどまで下肢にシャワーを当て続けていたのだ。身体が冷えているかもしれないと、抱き込んでしまっていた彼女を見て、雅人は戸惑った。
作業着代わりにしていたのだろうTシャツはしっとりと濡れて、下着まで透けてしまっていた。そっと目を逸らしながら口を開く。
仕上がった料理に納得したのか彼女は「うん!」と満足げに頷いてフライパンを手にしていた。その笑顔に胸が波打った気がした。
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黙って彼女を抱えてバスルームに向かい、履いていたスリッパを投げ捨て、思い切りよく水を足にかけた。
「あ……あの……」
「すまない。驚かせるつもりはなかった」
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「あ……の、もう大丈夫だと思います」
とても小さな声で雅人は我に返る。
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「大丈夫? 痛くないか?」
「少しだけ。でも多分大丈夫だと思います」
その足の小さいのに雅人はつい釘付けになる。
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「あの、私クビですか?」
震える声が雅人の耳に入る。
「どうして? いつもきちんとしてくれているし、クビにする素因なんて一つもないと思う」
「けど……仕事中にイヤホンを……」
ふっと雅人は微笑んだ。
「なんだ、そんなことか。仕事をきちんとやってくれれば、音楽を聴きながらだろうが、歌いながらだろうが構わない」
「歌……」
ふふっと彼女が笑う。なにか想像したのかもしれない。
「むしろ詫びるならこちらだ。急に声をかけてしまって申し訳なかった」
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そこまで言ったところで彼女の口からハクシュっと小さなくしゃみが漏れる。
「本当に重ね重ね申し訳……」
つい先ほどまで下肢にシャワーを当て続けていたのだ。身体が冷えているかもしれないと、抱き込んでしまっていた彼女を見て、雅人は戸惑った。
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