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あの日の出来事
あの日の出来事④
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『俺が買ってあげたかったからだよ』
そう言って、彼女に微笑みかける。
彼女は、はにかんだ笑顔をうかべるはずだ。
『圭さんありがとう。嬉しい』
想像するだけでも幸せだった。
「お客様?」
「あ、はい」
ついぼうっとしていたら、急に呼ばれて、圭一郎は接客してくれていた店員に顔を向けた。
店員はにこにこしながら圭一郎を見ている。
「ラッピングはどうされますか?」
「可愛くしてもらっていいですか?」
「はい。彼女さんはとてもお幸せですね。こんなに素敵な人に素敵なプレゼントを頂いて」
「だといいですけど」
──素敵?
そう言われて、圭一郎はショーウィンドウに映る自分の姿を見る。
確かに以前は、自分の身なりを構うことはなかったけれど、最近はきちんとするようにはしている。
髪もさっぱり切ってもらったし、眼鏡もコンタクトに変えた。
どうしても眼鏡を使用しなければいけない時のために、眼鏡もデザイン性のあるものに買い換えた。
着るものは品の良さそうな店で店員にコーディネイトしてもらうようにしたのだ。
はっきり言って自分のセンスは、信頼できない。
それで周りの対応が変わってきていることも実感はしていた。
「北原先生、最近いいことありました?」
「え?」
看護師に言われて、初めて気づいた。
彼女を見守るようになって、機嫌が良くなっていたらしい。
姿を見るだけ。
ただそれだけなのに。
彼女は、大学近くのカフェでアルバイトしていて、お休みの日は祖母のお見舞いに行く。
それを見守るだけ。
見守っていて知ったこともある。
彼女はコーヒー好き。
けれど、コーヒーには必ずミルクを入れる。
そして、猫舌。
熱いものを口に入れるときは、無意識に必ずふー、ふー、と吹いてから口にいれるのだ。
その様子がとても微笑ましくて、圭一郎の好きな仕草なのだ。
あの日、圭一郎の目の前で起きた出来事は信じられないことだった。
彼女の祖母のお葬式はとても、静かなものだったのだ。
長い入院の後、回復することもなく手を尽くしたが残念ながら亡くなってしまったと聞いている。
体調を崩して入院が多かったこともあり、交流する人もほとんどいなかったようで、葬儀は静かにひっそりと執り行われた。
彼女にしてみればたった一人の身内を亡くしたのだし、ショックは大きかっただろうと思う。
心中を考えたら、圭一郎も胸が痛んだ。
だから葬儀を終えた彼女が家に入った後も気になって、彼女の家の前から離れることができなかったのだ。
そして彼女の家から怒号のようなものが聞こえ、彼女は泣きながら家を飛び出してきた。
危ない‼︎と思った時には遅かったのである。
急ブレーキの音と、大きな破壊音。
事故だ、とすぐに分かった。
自分の車に備えてある緊急用医療キットを持って飛び出したのは、医師の本能のようなものだ。
「桜井さん! 大丈夫ですか!?」
圭一郎が駆け寄ると、道の端で彼女はぐったりとしていた。
車は一瞬速度を落とし、信じられないことに、そのまま走り去ったのだ。
──嘘だろ⁉︎
けれど、今は車にかまけている場合ではない。
車種までは分からなかったけれど、セダンタイプ、シルバー、そしてナンバープレートをとっさに確認してしっかり覚える。
そして道端に倒れている彼女に、そっと触れた。
バイタルを確認する。呼吸や脈拍には問題はなさそうだが、脈が弱い。
「桜井さん? 俺の声、聞こえる?」
圭一郎はそっと彼女を抱きかかえ、優しく声をかけた。
うっすらと彼女の目が開いて、圭一郎を捉えた時、圭一郎は泣きそうになった。
よかった。意識はある。
「ん……あなたは?」
「俺は医者です」
「私……知ってる? 先生? なぜここに?」
覚えていてくれた。
その嬉しさで胸が満たされた時、ふわりと彼女が意識を手放した。
圭一郎はそっと身体を抱きかかえ、彼女を車に乗せた。
友人の病院施設が近くにあることを思い出す。
圭一郎は携帯で友人に連絡を取り、病院施設を借りる手はずを整えた。
「すぐに、診てあげるから」
助手席のシートを倒して寝かせた彼女の頭をさらりと撫でる。
ありがたいことに友人の病院は大きくはないけれど、簡単に検査ができる程度の施設は揃っていた。
普段はその病院から少し離れた場所に住んでいる友人が、すでに病院で待機してくれていて、検査の準備を整えてくれている。
そう言って、彼女に微笑みかける。
彼女は、はにかんだ笑顔をうかべるはずだ。
『圭さんありがとう。嬉しい』
想像するだけでも幸せだった。
「お客様?」
「あ、はい」
ついぼうっとしていたら、急に呼ばれて、圭一郎は接客してくれていた店員に顔を向けた。
店員はにこにこしながら圭一郎を見ている。
「ラッピングはどうされますか?」
「可愛くしてもらっていいですか?」
「はい。彼女さんはとてもお幸せですね。こんなに素敵な人に素敵なプレゼントを頂いて」
「だといいですけど」
──素敵?
そう言われて、圭一郎はショーウィンドウに映る自分の姿を見る。
確かに以前は、自分の身なりを構うことはなかったけれど、最近はきちんとするようにはしている。
髪もさっぱり切ってもらったし、眼鏡もコンタクトに変えた。
どうしても眼鏡を使用しなければいけない時のために、眼鏡もデザイン性のあるものに買い換えた。
着るものは品の良さそうな店で店員にコーディネイトしてもらうようにしたのだ。
はっきり言って自分のセンスは、信頼できない。
それで周りの対応が変わってきていることも実感はしていた。
「北原先生、最近いいことありました?」
「え?」
看護師に言われて、初めて気づいた。
彼女を見守るようになって、機嫌が良くなっていたらしい。
姿を見るだけ。
ただそれだけなのに。
彼女は、大学近くのカフェでアルバイトしていて、お休みの日は祖母のお見舞いに行く。
それを見守るだけ。
見守っていて知ったこともある。
彼女はコーヒー好き。
けれど、コーヒーには必ずミルクを入れる。
そして、猫舌。
熱いものを口に入れるときは、無意識に必ずふー、ふー、と吹いてから口にいれるのだ。
その様子がとても微笑ましくて、圭一郎の好きな仕草なのだ。
あの日、圭一郎の目の前で起きた出来事は信じられないことだった。
彼女の祖母のお葬式はとても、静かなものだったのだ。
長い入院の後、回復することもなく手を尽くしたが残念ながら亡くなってしまったと聞いている。
体調を崩して入院が多かったこともあり、交流する人もほとんどいなかったようで、葬儀は静かにひっそりと執り行われた。
彼女にしてみればたった一人の身内を亡くしたのだし、ショックは大きかっただろうと思う。
心中を考えたら、圭一郎も胸が痛んだ。
だから葬儀を終えた彼女が家に入った後も気になって、彼女の家の前から離れることができなかったのだ。
そして彼女の家から怒号のようなものが聞こえ、彼女は泣きながら家を飛び出してきた。
危ない‼︎と思った時には遅かったのである。
急ブレーキの音と、大きな破壊音。
事故だ、とすぐに分かった。
自分の車に備えてある緊急用医療キットを持って飛び出したのは、医師の本能のようなものだ。
「桜井さん! 大丈夫ですか!?」
圭一郎が駆け寄ると、道の端で彼女はぐったりとしていた。
車は一瞬速度を落とし、信じられないことに、そのまま走り去ったのだ。
──嘘だろ⁉︎
けれど、今は車にかまけている場合ではない。
車種までは分からなかったけれど、セダンタイプ、シルバー、そしてナンバープレートをとっさに確認してしっかり覚える。
そして道端に倒れている彼女に、そっと触れた。
バイタルを確認する。呼吸や脈拍には問題はなさそうだが、脈が弱い。
「桜井さん? 俺の声、聞こえる?」
圭一郎はそっと彼女を抱きかかえ、優しく声をかけた。
うっすらと彼女の目が開いて、圭一郎を捉えた時、圭一郎は泣きそうになった。
よかった。意識はある。
「ん……あなたは?」
「俺は医者です」
「私……知ってる? 先生? なぜここに?」
覚えていてくれた。
その嬉しさで胸が満たされた時、ふわりと彼女が意識を手放した。
圭一郎はそっと身体を抱きかかえ、彼女を車に乗せた。
友人の病院施設が近くにあることを思い出す。
圭一郎は携帯で友人に連絡を取り、病院施設を借りる手はずを整えた。
「すぐに、診てあげるから」
助手席のシートを倒して寝かせた彼女の頭をさらりと撫でる。
ありがたいことに友人の病院は大きくはないけれど、簡単に検査ができる程度の施設は揃っていた。
普段はその病院から少し離れた場所に住んでいる友人が、すでに病院で待機してくれていて、検査の準備を整えてくれている。
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