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本編・第二部
76 *
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智さんが乱暴に脱ぎ捨てていたスーツのジャケットを、そっと私に羽織らせてくれる。
「……俺が……無理矢理、全部脱がせたから…寒いだろ?」
ワイシャツを乱したまま私を痛ましげに見つめてくる。その言葉に、ふるふると頭を振った。
「知香を迎えに行く前に、お湯溜めておいたから……入っといで」
「……」
いつもの智さんではない、打ちひしがれたような声が私の胸を苛む。それは、あまりにも悲痛な声で。智さんが、その見た目よりも繊細だということに改めて気が付かされる。
そっと、ワイシャツの袖を掴んだ。私の隣に腰掛けている座高の高い智さんを見上げるように、じっと見つめる。切れ長の瞳が驚いたように瞬いた。
「………俺も、一緒に…いいのか?」
「今だけは、一瞬も離れたくない」
たった一瞬でさえも離れたくない。私の言葉に、智さんが、呼吸をとめた。
普段、私が智さんに翻弄されているからこそ。こんな風に、私が智さんを翻弄出来ていることをとても嬉しく感じた。
ゆっくりと、智さんが立ち上がった。その手に連れられて、私もお風呂に向かう。
お風呂場には、むわむわと熱気が立ち込めていた。
「先に浸かっておきな。……冷えたろ? 俺が先に身体洗うから」
私のせいで、こんな風にさせたのに。それでも私を優先して、気配りをしてくれる。それだけで、私がどんなに愛されているのかを知る。
……本当に、申し訳ないことをした。こんなにも愛されているのに。それを踏み躙るような言葉を吐いてしまった。
後悔とともに、また涙が滲んだ。今泣いてしまえばまた智さんに気を遣わせてしまう。涙を隠すようにざばりと音を立てて湯船に浸かった。
智さんが荒っぽく身体を洗っていく。無言の時間が続いていく。私はぼうっと智さんの鍛えられた身体を眺めていた。
「……ランニング以外にも、何かされてるんですか?」
「ん?」
細いのにしっかり筋肉がついている。その身体に、ほうっと見惚れてしまうほどだった。私のその言葉に、智さんは少しだけ困ったように吐息を吐き出した。
「ここのマンション、地下にジムがあってな? たまに行ってる。ジムがあったのがこの部屋契約した決め手」
「へぇ……」
知らなかった。私がこっちにいる間は、もうずっと一緒に居たから。
「私も、ジム行こうかなぁ……」
仕事はデスクワークが主だからか、猫背とお尻のたるみが気になり始めていた。運動が得意な方でもないから、ランニングを始めても三日坊主で終わってしまう。けれど、智さんと一緒なら……続けられるかも。
「知香、交代」
智さんのその声にはっと現実に引き戻されて、私は湯船から上がった。
位置を交代して、ゆっくりと髪を流していく。ふわり、と、智さんと同じ香りが漂った。身体を洗おうとしたときに、智さんが、湯船から立ち上がった。
「……もう上がるんですか? もうちょっと浸かった方が…」
きょとんと首を傾げていると、ふっと智さんが笑って。
「洗ってやる」
そう呟いて、智さんの大きな手に優しく引き寄せられた。
ふんわりと泡立てられたボディソープが、石鹸の良い香りを漂わせている。
「あっ……っう、……」
左右の膨らみを、後ろからやわやわと揉みしだかれる。蕾を指で擦り上げられ、蕾が段々硬くなっていく。首筋やうなじに、智さんの熱い唇が押しつけられ、ざらりとした舌でゆっくりと舐め上げられる。
「んんっ……」
お風呂場独特の声の反響が、私の羞恥心を掻き立てる。声が漏れないように唇を噛み締めた。
「声、我慢すんな」
右の耳元で、囁かれる。耳たぶを食まれ、舐め上げられる。
「……っ、ぁっ……」
ぞわりと背筋を這い上がってくる感覚があって、思わず喉を仰け反らせた。反響する声が恥ずかしくて、ふたたびぐっと唇を噛み締める。
「……いつもより随分と強情だな?」
くっと、智さんが喉を鳴らす。ふくらみに指を食い込ませるかのように揉みしだかれて。指の関節で器用に蕾を挟み込んで、コロコロと転がされる。
「ああっ!! んっぁっ……」
「知香……」
熱に浮かされたように。智さんが私の名前を呼ぶ。まるで、私がここにいることを確かめるように。
とめどなく与えられる快感の狭間で、なんとなく理解した。
(そっか……まだ…………きっと)
きっと、私が何処かに行ってしまうのではないか、と。智さんは思考の片隅で、そう感じているのだろう。
そう。だって、そばにいる人が、離れていったのは……智さんにとっては、2回目。
私は、絢子さんとは違う。それを……智さんに、刻みつけたい。
その一心で。私は智さんの名前を呼んだ。
「……さ、としさ……」
「ん?」
私の膨らみに這わされていた手が止まる。荒くなった呼吸を整えながら……ゆっくりと言葉を紡いだ。
「凄く……変なこと、言ってもいいですか?」
智さんに後ろから抱きしめられているから、智さんの表情は見えない。だけど、智さんがきょとんとしたような顔をしているんだろうな、と想像出来て、なんとなく笑えてくる。
「私は……智さんに、救われたから。どんな智さんを見ても、引かないし、嫌いになんかなれない」
ぎゅう、と。智さんの腕を握りしめて、首を捻りながら後ろの智さんを見上げる。
「智さんをあの日、私の言葉で救いあげられたことを、一生忘れない。だから私は、智さんが本気で私を手放そうと思う時が来るまで、何があってもそばにいます」
ダークブラウンの瞳と、視線が交差する。
―――刻み込んであげる。私を。もう二度と、例え勘違いでも。私が貴方から離れていくなんて、思えないように。
その言葉を心の中で呟いて、出来うる限り……妖艶に。微笑んでみせた。
「私ね? もし……智さんが私を手放して、私が他の男の人に抱かれたとしても。絶対に智さんのことを思い出して……気が狂いそうになると思う」
ひゅっと、智さんが息を飲んだ。多少、重く感じられたって。それでもいい。智さんに、私という存在を刻み付けられるなら。
「気持ちよく、なりたいと願う度に。智さんを思い出しちゃうと思う。智さんが……私をそうさせたんですよ? だから……私の生命が尽きるその最期まで。責任、取ってくださいね?」
そう口にした瞬間。顎を掴まれて、強く口付けられる。
「……ふぅっ……ん……んんん……」
ぴちゃぴちゃと淫らな音がする。それが、私たちの口元から奏でられているのか、私たちの身体に纏わりついた水滴が落ちる音なのか、わからない。智さんの舌が、私の前歯をなぞり、這わせ、私の舌を捕らえ、強く吸い上げた。
硬くなった蕾を指の腹で弾かれて、捏ねられていく。くぐもった嬌声が響く。お風呂場独特の音の反響が、私の思考をさらに乱していく。
ゆっくりと、智さんの指が足の付け根に這わされて。秘裂から溢れた蜜を秘芽に擦り付けて、指の腹で……優しく、けれど容赦なく嬲り出す。
「はぁぅ!! んっ……ああっ…あっあぁぅっ」
あまりの快感に、智さんの唇を振り払う。
「ああっ、ゃあっ……はぁあっ……」
背中が弓なりに反って、快感から逃れるように喉を仰け反らせた。過ぎた快感に、イヤイヤと首を振って思わず智さんの手を抑える。
「知香……目ぇ開けて…前、見ろ」
右の耳元で、低く囁かれる。そっと目を開けてみると、目の前には浴室鏡面。
鏡の中の智さんが、獣の焔を瞳に滾らせて。後ろから抱き締められて、その大きな手で……ゆっくりと愛撫されている。それをまざまざと見せつけられている。かっと全身が沸騰して、思いっ切り顔を背けた。
「やだっ…!!」
「だ~め」
智さんの大きな手に顎を捕らえられ、強制的に前に向けさせられた。秘芽を嬲っていた智さんの角張った長い指が、すりすりと擦るような動きに変わる。
「知香……ちゃんと、見ろ。知香を抱いている、俺のこと」
「あ、あ、んんんっ、ふぅっ、」
鏡の中の私が、ひときわ淫らに喘いでいる。その事実に耐えきれなくてぎゅっと目を閉じた。
膝がガクガクしてくる。ゾワゾワと、背筋を這い上がってくるような。そんな感覚があって、それが弾けそうなほど膨らんでいく。
唐突に……智さんの指の動きが止まった。
「っ、ぇ……」
あと少しだったのに。呆けたように鏡の中の智さんを見遣った。私の不満げな表情に、智さんが愉しそうに口の端を釣り上げた。
「自分がどんな顔してイくのか……ちゃんと見てろ」
目を閉じたのがお気に召さなかったらしい。私の顎を固定していた手に、ぐっと力が入った。智さんの指が……私の秘芽に触れ、空いた指が同じタイミングで、秘裂につぷりと埋め込まれた。
「―――――ッ!!!」
ぞわり、と。腰から頭にかけて、肌の表面をなにかが一気に這い上がった。まぶたの裏が白く光って、身体が一気に弛緩した。
「はっ…はぁ…………はぁっ…」
智さんに抱きとめられていなければ、床に崩れ落ちていた。それほどの快感が、私を襲った。当然、残る余韻も強いもので。ヒクヒクと激しくナカが蠢いて、智さんの指の形を私に鮮明にさせていく。とろり、とろりと、蜜が溢れていく。太ももを伝っていくその感覚ですら、今の私には強すぎる刺激で。
「……いつもより締まりいーけど。鏡見せられて…感じまくってんな?」
くつりと喉を鳴らして、智さんが笑う。身体に沸き起こる熱と、お風呂の熱気にあてられて混濁する意識の中、鏡の中の智さんを見遣って……視線が交わる。
―――ダークブラウンの。意地悪な瞳が、そこにあって。
私を翻弄してくるその顔に、瞳に、不思議と安堵した。
自信家で、それでいて繊細で、誰よりも優しくて、だけど底なしに意地悪な―――いつもの、智さん。
その顔に、ふっと笑みが漏れる。
「なに? その顔……まだ余裕なんだ?」
その切れ長の瞳が面白くなさそうに細められて……指2本に増え、蜜壺が攪拌されていく。
「ああっ……だめっ、あっ、ぁあっ」
智さんに気持ちよさを教え込まれた身体は、もう抗う術がない。入口の上の壁を擦られて、ゆっくりと、それでもリズミカルに押されて。
ぐちゅぐちゅと、淫らな水音がお風呂場の壁に反響して。鏡に映る自分の姿に、まるで……自分が抱かれている姿を俯瞰して見せられているような感覚に陥った。一際大きな波が、襲い来る。
「っ、あああっ、んんん――っ!」
ばちん、と、瞼の裏が弾けた。下腹部から頭にかけてぶわりと快感が登ってくる。喉の奥が痙攣して、涙が溢れた。呼吸が乱れて、心臓どくどくと脈を打っている。
つぅ、と、智さんの指が私のナカから抜けていく。
崩れ落ちそうな私の身体を、鏡の中の智さんが腕1本で軽々と支えている。その様子にジムで鍛えているというのは本当なのだな、と、ぼんやり考えた。
「知香、手………前について」
絶頂を迎えたばかりで、現実と夢の間を微睡んでいるような思考の中、耳元で囁かれて素直に従う。壁に両手をつくと腰を引っ張られ、お尻を突き出すような格好になった。
「足に力入れて」
その言葉が終わる前に、智さんの熱い昂りが押し込まれた。
「―――っ!」
あまりの快感と質量に、がくり、と膝から力が抜ける。
「……っと……力入れてっつったろ?」
鏡の中の智さんが眉を寄せて呆れたように呟いた。智さんの腕に抱きとめられ、腕を壁に縫い付けられる。ぴとり、と、胸が鏡面にひっついて。鏡面のその冷たさが、更なる快感を呼んだ。
「…ぁあっ……む、りぃ……」
ビクビクと、ナカが蠢く。智さんの形を記憶するかのように、痙攣する。
「知香……ごめん、良すぎて、優しくできない」
最奥を突き上げるような激しい律動が始まる。
「あああっ、あっ、あっぁ、んっ、はああっ」
何処にもしがみつけなくて、鏡面を掻きむしった。
容赦のないストローク。お風呂場に反響する、淫らな水音と私の嬌声。鏡の中に映る、淫猥な私と。苦しそうな表情の、智さん。
もう、気が狂いそうだった。
「あぁっ! あっ、ぁう、くぅっ、ああっ、はあうっ」
一層強く叩き付けられて、智さんが小さく呻いて。
「―――――ッ!!!!」
途方もない波が、押し寄せた。
智さんが私を抱きかかえたまま、ふたりで荒く呼吸をする。ずる、と、私のナカから、楔が抜けていく。
パチン、と音がして。ゴムが、床に落ちていく。溜まっていた白濁がゴムの口からとろとろと流れ出ていく様をぼうっと見ていた。
(………お風呂にも……ゴム隠してたの…)
あちらこちらに飛んだ思考の中で、ふたたび鏡の中の智さんと視線が交わる。
「身体……また、綺麗にしてやるから」
ふっと、智さんが笑って。蜜が溢れる秘裂に指を這わせた。
「ぁあっ、やっ、まだ、まって……!」
敏感になりすぎたソコは、とろりとろりと、また蜜を溢れさせていく。智さんがまるで鏡に映る私に見せつけるように。蜜の絡んだ指を舐めとった。
「甘い……」
智さんの唇と指を繋ぐ蜜が、つぅ、と糸を引いて途切れる様が……得も言われぬほど、淫靡な光景で。シたばかりなのに、身体の奥がどくりと震えた。
「……そ、んな、わけないっ……」
恥ずかしくなって、震える声で返答する。身体の奥の熱を無視するように、思いっきり顔を逸らした。私の様子に、ふふふ、と、智さんが笑う。
「知香、今ちょうど…排卵期、だろ?」
「……え?」
そう言われれば、そうだ。生理が終わって、きっかり1週間。いつもの周期で言えば、今は智さんが言う通りの……排卵期にあたる。
「排卵期ってさ? エストロゲンっつーホルモンが分泌されんの。髪や肌が綺麗になって…異性を惹きつけるフェロモンが体外に放出される。だから………ココ。知香独特の、甘い香りがしてるんだ。俺を誘うように…な?」
智さんが、こてん、と、首を傾げて妖艶に微笑んだ。不意にマスターの言葉が脳裏に蘇る。
「……マスターが、言ってた…あいつは鼻と舌が、異様に効くって………」
だから。年末に、抱き締められていて…生理が来たってこと、気が付いたのか。何故気付いたのだろう、と不思議に思っていたけれど……智さんは鼻が利くから、血のにおいに気が付いた、と。答え合わせをされて、胸がストンと落ちていく……ある種の爽快な感覚に酔いしれていた、から。
智さんの顔が、酷く歪んだ瞬間を見逃していた。
「……僕に抱かれてなお…他の男のこと、思い出せるんですね? 知香さん」
「っ!!」
声のトーンと、口調が変わった。ざわりと肌が粟立つ。
(怒らせた……!!)
もう、わかっている。わかっているのだ。私は十分に学習した。こういう口調の時の智さんは、容赦なんてしてくれないのだ。
「こんなに…………こんなに、僕に抱かれて乱れている姿を見せつけられても…他の男のことを、考えられるんですねぇ……手加減したつもりはなかったのですけどねぇ?」
ふわり、と。鏡の中の智さんが、優しくも…残酷な笑みを浮かべて。
「……そんなワルイコには―――お仕置きが、必要ですね?」
右の耳元で、低く甘い声が響いた。
「……俺が……無理矢理、全部脱がせたから…寒いだろ?」
ワイシャツを乱したまま私を痛ましげに見つめてくる。その言葉に、ふるふると頭を振った。
「知香を迎えに行く前に、お湯溜めておいたから……入っといで」
「……」
いつもの智さんではない、打ちひしがれたような声が私の胸を苛む。それは、あまりにも悲痛な声で。智さんが、その見た目よりも繊細だということに改めて気が付かされる。
そっと、ワイシャツの袖を掴んだ。私の隣に腰掛けている座高の高い智さんを見上げるように、じっと見つめる。切れ長の瞳が驚いたように瞬いた。
「………俺も、一緒に…いいのか?」
「今だけは、一瞬も離れたくない」
たった一瞬でさえも離れたくない。私の言葉に、智さんが、呼吸をとめた。
普段、私が智さんに翻弄されているからこそ。こんな風に、私が智さんを翻弄出来ていることをとても嬉しく感じた。
ゆっくりと、智さんが立ち上がった。その手に連れられて、私もお風呂に向かう。
お風呂場には、むわむわと熱気が立ち込めていた。
「先に浸かっておきな。……冷えたろ? 俺が先に身体洗うから」
私のせいで、こんな風にさせたのに。それでも私を優先して、気配りをしてくれる。それだけで、私がどんなに愛されているのかを知る。
……本当に、申し訳ないことをした。こんなにも愛されているのに。それを踏み躙るような言葉を吐いてしまった。
後悔とともに、また涙が滲んだ。今泣いてしまえばまた智さんに気を遣わせてしまう。涙を隠すようにざばりと音を立てて湯船に浸かった。
智さんが荒っぽく身体を洗っていく。無言の時間が続いていく。私はぼうっと智さんの鍛えられた身体を眺めていた。
「……ランニング以外にも、何かされてるんですか?」
「ん?」
細いのにしっかり筋肉がついている。その身体に、ほうっと見惚れてしまうほどだった。私のその言葉に、智さんは少しだけ困ったように吐息を吐き出した。
「ここのマンション、地下にジムがあってな? たまに行ってる。ジムがあったのがこの部屋契約した決め手」
「へぇ……」
知らなかった。私がこっちにいる間は、もうずっと一緒に居たから。
「私も、ジム行こうかなぁ……」
仕事はデスクワークが主だからか、猫背とお尻のたるみが気になり始めていた。運動が得意な方でもないから、ランニングを始めても三日坊主で終わってしまう。けれど、智さんと一緒なら……続けられるかも。
「知香、交代」
智さんのその声にはっと現実に引き戻されて、私は湯船から上がった。
位置を交代して、ゆっくりと髪を流していく。ふわり、と、智さんと同じ香りが漂った。身体を洗おうとしたときに、智さんが、湯船から立ち上がった。
「……もう上がるんですか? もうちょっと浸かった方が…」
きょとんと首を傾げていると、ふっと智さんが笑って。
「洗ってやる」
そう呟いて、智さんの大きな手に優しく引き寄せられた。
ふんわりと泡立てられたボディソープが、石鹸の良い香りを漂わせている。
「あっ……っう、……」
左右の膨らみを、後ろからやわやわと揉みしだかれる。蕾を指で擦り上げられ、蕾が段々硬くなっていく。首筋やうなじに、智さんの熱い唇が押しつけられ、ざらりとした舌でゆっくりと舐め上げられる。
「んんっ……」
お風呂場独特の声の反響が、私の羞恥心を掻き立てる。声が漏れないように唇を噛み締めた。
「声、我慢すんな」
右の耳元で、囁かれる。耳たぶを食まれ、舐め上げられる。
「……っ、ぁっ……」
ぞわりと背筋を這い上がってくる感覚があって、思わず喉を仰け反らせた。反響する声が恥ずかしくて、ふたたびぐっと唇を噛み締める。
「……いつもより随分と強情だな?」
くっと、智さんが喉を鳴らす。ふくらみに指を食い込ませるかのように揉みしだかれて。指の関節で器用に蕾を挟み込んで、コロコロと転がされる。
「ああっ!! んっぁっ……」
「知香……」
熱に浮かされたように。智さんが私の名前を呼ぶ。まるで、私がここにいることを確かめるように。
とめどなく与えられる快感の狭間で、なんとなく理解した。
(そっか……まだ…………きっと)
きっと、私が何処かに行ってしまうのではないか、と。智さんは思考の片隅で、そう感じているのだろう。
そう。だって、そばにいる人が、離れていったのは……智さんにとっては、2回目。
私は、絢子さんとは違う。それを……智さんに、刻みつけたい。
その一心で。私は智さんの名前を呼んだ。
「……さ、としさ……」
「ん?」
私の膨らみに這わされていた手が止まる。荒くなった呼吸を整えながら……ゆっくりと言葉を紡いだ。
「凄く……変なこと、言ってもいいですか?」
智さんに後ろから抱きしめられているから、智さんの表情は見えない。だけど、智さんがきょとんとしたような顔をしているんだろうな、と想像出来て、なんとなく笑えてくる。
「私は……智さんに、救われたから。どんな智さんを見ても、引かないし、嫌いになんかなれない」
ぎゅう、と。智さんの腕を握りしめて、首を捻りながら後ろの智さんを見上げる。
「智さんをあの日、私の言葉で救いあげられたことを、一生忘れない。だから私は、智さんが本気で私を手放そうと思う時が来るまで、何があってもそばにいます」
ダークブラウンの瞳と、視線が交差する。
―――刻み込んであげる。私を。もう二度と、例え勘違いでも。私が貴方から離れていくなんて、思えないように。
その言葉を心の中で呟いて、出来うる限り……妖艶に。微笑んでみせた。
「私ね? もし……智さんが私を手放して、私が他の男の人に抱かれたとしても。絶対に智さんのことを思い出して……気が狂いそうになると思う」
ひゅっと、智さんが息を飲んだ。多少、重く感じられたって。それでもいい。智さんに、私という存在を刻み付けられるなら。
「気持ちよく、なりたいと願う度に。智さんを思い出しちゃうと思う。智さんが……私をそうさせたんですよ? だから……私の生命が尽きるその最期まで。責任、取ってくださいね?」
そう口にした瞬間。顎を掴まれて、強く口付けられる。
「……ふぅっ……ん……んんん……」
ぴちゃぴちゃと淫らな音がする。それが、私たちの口元から奏でられているのか、私たちの身体に纏わりついた水滴が落ちる音なのか、わからない。智さんの舌が、私の前歯をなぞり、這わせ、私の舌を捕らえ、強く吸い上げた。
硬くなった蕾を指の腹で弾かれて、捏ねられていく。くぐもった嬌声が響く。お風呂場独特の音の反響が、私の思考をさらに乱していく。
ゆっくりと、智さんの指が足の付け根に這わされて。秘裂から溢れた蜜を秘芽に擦り付けて、指の腹で……優しく、けれど容赦なく嬲り出す。
「はぁぅ!! んっ……ああっ…あっあぁぅっ」
あまりの快感に、智さんの唇を振り払う。
「ああっ、ゃあっ……はぁあっ……」
背中が弓なりに反って、快感から逃れるように喉を仰け反らせた。過ぎた快感に、イヤイヤと首を振って思わず智さんの手を抑える。
「知香……目ぇ開けて…前、見ろ」
右の耳元で、低く囁かれる。そっと目を開けてみると、目の前には浴室鏡面。
鏡の中の智さんが、獣の焔を瞳に滾らせて。後ろから抱き締められて、その大きな手で……ゆっくりと愛撫されている。それをまざまざと見せつけられている。かっと全身が沸騰して、思いっ切り顔を背けた。
「やだっ…!!」
「だ~め」
智さんの大きな手に顎を捕らえられ、強制的に前に向けさせられた。秘芽を嬲っていた智さんの角張った長い指が、すりすりと擦るような動きに変わる。
「知香……ちゃんと、見ろ。知香を抱いている、俺のこと」
「あ、あ、んんんっ、ふぅっ、」
鏡の中の私が、ひときわ淫らに喘いでいる。その事実に耐えきれなくてぎゅっと目を閉じた。
膝がガクガクしてくる。ゾワゾワと、背筋を這い上がってくるような。そんな感覚があって、それが弾けそうなほど膨らんでいく。
唐突に……智さんの指の動きが止まった。
「っ、ぇ……」
あと少しだったのに。呆けたように鏡の中の智さんを見遣った。私の不満げな表情に、智さんが愉しそうに口の端を釣り上げた。
「自分がどんな顔してイくのか……ちゃんと見てろ」
目を閉じたのがお気に召さなかったらしい。私の顎を固定していた手に、ぐっと力が入った。智さんの指が……私の秘芽に触れ、空いた指が同じタイミングで、秘裂につぷりと埋め込まれた。
「―――――ッ!!!」
ぞわり、と。腰から頭にかけて、肌の表面をなにかが一気に這い上がった。まぶたの裏が白く光って、身体が一気に弛緩した。
「はっ…はぁ…………はぁっ…」
智さんに抱きとめられていなければ、床に崩れ落ちていた。それほどの快感が、私を襲った。当然、残る余韻も強いもので。ヒクヒクと激しくナカが蠢いて、智さんの指の形を私に鮮明にさせていく。とろり、とろりと、蜜が溢れていく。太ももを伝っていくその感覚ですら、今の私には強すぎる刺激で。
「……いつもより締まりいーけど。鏡見せられて…感じまくってんな?」
くつりと喉を鳴らして、智さんが笑う。身体に沸き起こる熱と、お風呂の熱気にあてられて混濁する意識の中、鏡の中の智さんを見遣って……視線が交わる。
―――ダークブラウンの。意地悪な瞳が、そこにあって。
私を翻弄してくるその顔に、瞳に、不思議と安堵した。
自信家で、それでいて繊細で、誰よりも優しくて、だけど底なしに意地悪な―――いつもの、智さん。
その顔に、ふっと笑みが漏れる。
「なに? その顔……まだ余裕なんだ?」
その切れ長の瞳が面白くなさそうに細められて……指2本に増え、蜜壺が攪拌されていく。
「ああっ……だめっ、あっ、ぁあっ」
智さんに気持ちよさを教え込まれた身体は、もう抗う術がない。入口の上の壁を擦られて、ゆっくりと、それでもリズミカルに押されて。
ぐちゅぐちゅと、淫らな水音がお風呂場の壁に反響して。鏡に映る自分の姿に、まるで……自分が抱かれている姿を俯瞰して見せられているような感覚に陥った。一際大きな波が、襲い来る。
「っ、あああっ、んんん――っ!」
ばちん、と、瞼の裏が弾けた。下腹部から頭にかけてぶわりと快感が登ってくる。喉の奥が痙攣して、涙が溢れた。呼吸が乱れて、心臓どくどくと脈を打っている。
つぅ、と、智さんの指が私のナカから抜けていく。
崩れ落ちそうな私の身体を、鏡の中の智さんが腕1本で軽々と支えている。その様子にジムで鍛えているというのは本当なのだな、と、ぼんやり考えた。
「知香、手………前について」
絶頂を迎えたばかりで、現実と夢の間を微睡んでいるような思考の中、耳元で囁かれて素直に従う。壁に両手をつくと腰を引っ張られ、お尻を突き出すような格好になった。
「足に力入れて」
その言葉が終わる前に、智さんの熱い昂りが押し込まれた。
「―――っ!」
あまりの快感と質量に、がくり、と膝から力が抜ける。
「……っと……力入れてっつったろ?」
鏡の中の智さんが眉を寄せて呆れたように呟いた。智さんの腕に抱きとめられ、腕を壁に縫い付けられる。ぴとり、と、胸が鏡面にひっついて。鏡面のその冷たさが、更なる快感を呼んだ。
「…ぁあっ……む、りぃ……」
ビクビクと、ナカが蠢く。智さんの形を記憶するかのように、痙攣する。
「知香……ごめん、良すぎて、優しくできない」
最奥を突き上げるような激しい律動が始まる。
「あああっ、あっ、あっぁ、んっ、はああっ」
何処にもしがみつけなくて、鏡面を掻きむしった。
容赦のないストローク。お風呂場に反響する、淫らな水音と私の嬌声。鏡の中に映る、淫猥な私と。苦しそうな表情の、智さん。
もう、気が狂いそうだった。
「あぁっ! あっ、ぁう、くぅっ、ああっ、はあうっ」
一層強く叩き付けられて、智さんが小さく呻いて。
「―――――ッ!!!!」
途方もない波が、押し寄せた。
智さんが私を抱きかかえたまま、ふたりで荒く呼吸をする。ずる、と、私のナカから、楔が抜けていく。
パチン、と音がして。ゴムが、床に落ちていく。溜まっていた白濁がゴムの口からとろとろと流れ出ていく様をぼうっと見ていた。
(………お風呂にも……ゴム隠してたの…)
あちらこちらに飛んだ思考の中で、ふたたび鏡の中の智さんと視線が交わる。
「身体……また、綺麗にしてやるから」
ふっと、智さんが笑って。蜜が溢れる秘裂に指を這わせた。
「ぁあっ、やっ、まだ、まって……!」
敏感になりすぎたソコは、とろりとろりと、また蜜を溢れさせていく。智さんがまるで鏡に映る私に見せつけるように。蜜の絡んだ指を舐めとった。
「甘い……」
智さんの唇と指を繋ぐ蜜が、つぅ、と糸を引いて途切れる様が……得も言われぬほど、淫靡な光景で。シたばかりなのに、身体の奥がどくりと震えた。
「……そ、んな、わけないっ……」
恥ずかしくなって、震える声で返答する。身体の奥の熱を無視するように、思いっきり顔を逸らした。私の様子に、ふふふ、と、智さんが笑う。
「知香、今ちょうど…排卵期、だろ?」
「……え?」
そう言われれば、そうだ。生理が終わって、きっかり1週間。いつもの周期で言えば、今は智さんが言う通りの……排卵期にあたる。
「排卵期ってさ? エストロゲンっつーホルモンが分泌されんの。髪や肌が綺麗になって…異性を惹きつけるフェロモンが体外に放出される。だから………ココ。知香独特の、甘い香りがしてるんだ。俺を誘うように…な?」
智さんが、こてん、と、首を傾げて妖艶に微笑んだ。不意にマスターの言葉が脳裏に蘇る。
「……マスターが、言ってた…あいつは鼻と舌が、異様に効くって………」
だから。年末に、抱き締められていて…生理が来たってこと、気が付いたのか。何故気付いたのだろう、と不思議に思っていたけれど……智さんは鼻が利くから、血のにおいに気が付いた、と。答え合わせをされて、胸がストンと落ちていく……ある種の爽快な感覚に酔いしれていた、から。
智さんの顔が、酷く歪んだ瞬間を見逃していた。
「……僕に抱かれてなお…他の男のこと、思い出せるんですね? 知香さん」
「っ!!」
声のトーンと、口調が変わった。ざわりと肌が粟立つ。
(怒らせた……!!)
もう、わかっている。わかっているのだ。私は十分に学習した。こういう口調の時の智さんは、容赦なんてしてくれないのだ。
「こんなに…………こんなに、僕に抱かれて乱れている姿を見せつけられても…他の男のことを、考えられるんですねぇ……手加減したつもりはなかったのですけどねぇ?」
ふわり、と。鏡の中の智さんが、優しくも…残酷な笑みを浮かべて。
「……そんなワルイコには―――お仕置きが、必要ですね?」
右の耳元で、低く甘い声が響いた。
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その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
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登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
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