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本編・第二部
94 ゼロから、始めるために。
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「じゃ、小林、片桐。警備の鍵置いておくから、最後に残った方が警備をかけて帰社してな。お疲れさん」
ひらひらと、大迫係長が手を振った。その様子に、俺たちはお疲れ様でしたと声を上げる。
バタン、と、フロアの扉が閉まったことを確認して。
俺は、小林くんに声をかけた。
「ねぇ、小林くん。俺ね、ペンダント拾ってもらって、気が変わったんだ。協力体制を取らない?」
「……」
俺の声に、緩慢な動作で小林くんが書類から顔を上げた。
揺さぶりをかける。ゆっくりと。じわじわと。
今日は本当にいいタイミングだった。1課の残業組の最後のひとり、大迫係長が帰社した。そのタイミングで、小林くんとふたりきりで残業ができる。
揺さぶりをかけるには、絶好のチャンス。とんとん、と書類を纏め上げながら、目の前にある小林くんの瞳を見据えた。
澄んだような黒い瞳。その黒い瞳に僅かな翳りが、あの日から浮かんでいる。
俺の教育係の、真梨ちゃんにも。同じ翳りが宿る瞬間がある。
俺の歓迎会の日。知香ちゃんに揺さぶりをかけたあと、ペンダントを落としたことに気が付いて、店に戻ろうとしたときに。呆然と、空を見遣る小林くんの姿と…真梨ちゃんが、小林くんの手を引いていくその姿を見て。
小林くんが―――この戦いから墜ちたのでは?と、疑念を抱いた。
「これ。歓迎会のあった日の週明け、机に入ってた。小林くんでしょ?」
鈍いブロンズの光を手に取って。胸元からロケットペンダントをみせてその手を軽く手を振る。
Maisie。これから君のことを、酷い形で利用するけど。君はきっと、笑って赦してくれるよね。
「……なんの、ことでしょう」
「しらばっくれなくてい~よ。気づいているから」
「……」
空を見上げるその手に、このペンダントがあったことを見逃すはずもなかった。
ペンダントを落としたことは故意ではなかった。本当に、偶然。知香ちゃんに揺さぶりをかけたあと、胸元を確認して。そこにペンダントが無くて……失くしたと思って酷く焦った。そうしたら、小林くんの手に、これがあった、というわけだ。
知香ちゃんをこの手にするためなら、どんな手段だって厭わない。Maisieさえ踏み台にしてやるんだ。もう…泣くことさえ出来なくなるのは、こりごりだから。
―――Maisie。利用させて、もらうね。俺が願う未来のために。
心の中で詫びながら。嘲るような微笑みを意識しながら、小林くんに向けた。
「実はね? 落としたのは、わざと。宣戦布告をしたと宣言した、強気な君に拾ってもらおうと思ったんだよね」
「………」
「俺のものだとわかるだろうからね。君がどう行動するか、見させてもらってたんだ」
黒い瞳が軽く見張られて、俺を真っ直ぐに貫いた。
「………俺を…試した、ってことですか」
試した、ねぇ。試すより、タチが悪いことをやってのけているんだけど、まぁ、君は気が付かなくていいよ。心の中でそう呟いて、俺はまた小林くんに向き直った。
「そうともいうね?」
「……性格悪いですね」
……かかった。
口の端が、にやりと上がっていく。小林くんから、性格が悪い、という言葉を引き出したかった。
そうして、俺は。決定的な一言を引き出すための言葉を紡いだ。
「やだな。知香ちゃんの代わりに真梨ちゃんを抱いた君にだけは言われたくな~いよ?」
「っ」
小林くんが……その目を見開いて、息を止めた。
―――BINGO.
Maisie。君のおかげだ。酷く利用して、ごめんね。でも、疑念を確証にできた。
はぁ、とため息をつきながら、同僚を心配する姿を演出するために、大袈裟に肩を竦めてみせた。
「君ねぇ、もうちょっとポーカーフェイスを覚えた方がいいよ。恋敵とはいえ心配になるよ」
「……どうして、それを」
呆然と小林くんが俺を見つめる。その表情に、俺は優雅に微笑んで足を組んだ。
「俺は知香ちゃんを手にするためならなんだってするよ? それを知れるいい機会になったんじゃな~いの?」
本当は、あの時の場面からあてずっぽうで口にしたのだけれど。
そうかぁ……小林くんと、真梨ちゃんがね。真梨ちゃん、小林くんみたいなのが好きだったんだ。
彼女の気持ちを考えるなら、本当にそれは酷なこと。真梨ちゃんの心のうちに思いを馳せ、すっと目を細める。
「偽りの関係にしがみついたってお互いが傷つくだけだよ。傷の舐めあいは何も生まない。どちらかが一歩を踏み出さなければ」
「……」
小林くんが強く唇を噛んだ。そんなことは俺に言われずともわかっている、という意思表示だろう。ここから先はこのふたりが考えることだ。俺が口を出さずとも。
……その先の結果なんて、興味もない。俺は、知香ちゃんを手に入れることができれば、それでいい。
すっと心が冷えていく。
そう。俺の目的は、知香ちゃんに出会ったあの日から変わっていない。
オフィスチェアに深く腰掛ける。ギシリ、と軋む音がした。
軋んだ音は、まるで小林くんの心の音のようだった。俺はその音を聞いて悦に入る。そうして、俺が思う結果に繋げるための言葉を、嘲るように嗤いながら紡いだ。
「まぁ、俺は感謝してるんだよ? 心からね。このペンダントを俺に戻してくれたこと」
小林くんの澄んだような瞳が、先ほどの俺の言葉の一言で。すっと……黒く、深く。澱んだことを見逃すはずもない。偽りの関係を盾に…揺さぶる。
「……」
ギリギリと。小林くんが持っていたペンを握り締める音がする。その澱んだ瞳に強い光を宿し、憎悪の焔を滾らせながら、俺を睨みつける。
その姿が、数年前の俺自身に被って。思わず大きなため息をついた。
「……あのさ。自分が選んだ結果でしょ? 君が弱いからこういう結果になったんだよ? 俺に八つ当たりしないでくれる?」
自分が選んだ結果。八つ当たり。自分で言葉を吐いておきながら、俺の心を深く抉っていく。その言葉を打ち消すかのように、心の内でゆっくりと頭を振った。
「……」
小林くんが唇を噛んで、瞬きをした。
話を、戻そう。いつまでも小林くんに自分を重ねていては、進まない。
「今度の期末慰労会。田邉部長が言ってたでしょ?2課は社内交際費も残ってるから、独身4人だけで二次会に行って領収証取ってこいって」
田邉部長が今朝俺たちに告げたこと。それを聞いて、俺はひとつの案が浮かんだ。それは、知香ちゃんを……海の中の網に、追い込むための…策。
「……」
黙ったままの小林くんの一重の瞳を見つめ返す。
小林くんの選んだ結果を利用すれば。それはいとも簡単に…実行できる。だから、今日、こうして小林くんと相対できることが、信じちゃいないが神のお導きのように感じた。
ふわり、ふわりと。その事実に、抉られた心が軽くなっていく。
「結構、予算残ってるって話しだからさ。半個室のお高いBARなんかいいんじゃないかって目星つけて、真梨ちゃんに提案中なんだよね」
纏めあげた書類に2穴パンチで穴を開け、綴り紐を通す。そして、また小林くんに視線を合わせて……再び、嗤う。
「まぁ、真梨ちゃんが君がいる二次会についてくるかどうかはわからないから、俺と君と知香ちゃんの3人になるかもしれないけどね~ぇ?」
「…っ、……」
小林くんを揺さぶり、そして…網を、張る。目の前の小林くんだって、すでに俺の張った網の中。もう……ここから逃げることなんて、赦さない。
「んで、ね? 知香ちゃんをそこに連れ出したいワケよ。それの誘導を協力しようってコト。連れ出せたら、後はもう恨みっこなしだ。どっちが知香ちゃんを堕とそうと、ね?」
小林くんがはっと息を飲んだ。
「あんた、なにを」
「電磁遮蔽って知ってる?携帯を金属で覆うと電波が届かなくなって、通話メールGPSが使えなくなる。つまり……鉄筋コンクリートのビルの真ん中にあるそのお店に知香ちゃんを誘導することで、一時的に智くんから引き離すことが出来るってワケよ」
小林くんが愕然とした表情を、その整った顔に浮かべている。
…そんなに驚くような作戦ではないと思うんだけどな。
定時で上がる際には下の交差点で待ち合わせ、知香ちゃんが残業の時は車で迎えに来ていることは把握済みだ。休憩中も頻繁に連絡を取っている。
あのふたりがここまでべったりになるとは思っていなかった。俺が知香ちゃんに出会ったあの日には、知香ちゃんが一歩引いているような、そんな雰囲気だったから。
それ故に……智くんから一時的にでも引き離せる瞬間ができるなら。それが大きなチャンスだ。というか、そこに賭けるしかなくなっている、というのが正直なところ。
「そこに連れ出して、自分のチカラで口説き落として鞍替えさせる。言ったでしょ? あとは、恨みっこなし。そういうこと。小林くんにも大きなメリットがあると思うけど?」
思い浮かんだ忌まわしげな顔を頭を振って打ち消し、ふたたび足を組み直す。
小林くんが少し考える素振りをみせた。
「……普段、仕事で長い時間接していても鞍替えさせられないくらいですから、そんな小細工をしても無駄かと思いますよ。特に、片桐さんはマイナスからのスタートなのですから」
一気にその言葉を紡いで、小林くんが軽く息を吐いた。手元の綴り紐を蝶々結びにし、デスクの引き出しに仕舞いながら、俺は言葉を続けた。
「普段はね? でも、双方にお酒が入ったら、わからないじゃな~い?」
「酔わせて口説くってことなら俺はお断りです」
澱んだ瞳に、瞬間的に澄んだ強い光が宿った。
……本当に、面白くない。俺が張った網から逃れられるとでも思っているのか。君には、もう、ただひとつの選択肢―――俺に、従うという選択肢しか、残されていないのに。
「ふーん、言うねぇ。知香ちゃんにバラされてもいいの?」
「っ」
感情のままに、嘲るように嗤ってみせる。もう、君の生殺与奪権は、俺が握っている、ということを。その身体に、その弱い精神に。叩きこんでやらなければ。
「知香ちゃん、真梨ちゃんのこと大層可愛がってるからねぇ。知られたら軽蔑されるだろうね?」
くすり、とふたたび嗤ってみせる。小林くんが、一番知られたくないであろうことを突き付けて。
だから、言ったでしょ? もう…君も、俺の網のなかにいるのだから。
そう、心の中で呟いた。
「……脅し、ですか」
小林くんの声が掠れている。
うん、いいね。その声。堪らない。ぞくぞくする。もう俺から逃げられないと悟った……その声が、堪らない。
「やだな、脅しだなんて。最初に言ったでしょ? 協力、だってば。本当に物騒だねぇ」
へにゃり、と、笑ってみせた。俺の真意なんて、君に掴ませやしないよ?
「……」
「無言ってことは、交渉成立ってことでいいんだね?」
「………そうするしか、ないでしょう」
低く、くぐもった声で。小林くんが返答する。その一言に、俺は久しぶりに心から笑った。
「ん。じゃぁ。そういうことで。お互い恨みっこなしね。さて、知香ちゃんは誰を選んでくれるのかなぁ。楽しみだね? 小林くん」
「……」
己の弱さを突きつけられ、苦汁を飲まされたような小林くんの表情を見て。柄にもなく、心が踊った。その表情に、くすりと嗤い声を上げて。俺は席を立つ。
「じゃ、俺、資料纏め終わったから。帰るよ。警備、よろしくね」
ガタリ、と音を立ててデスクを離れ、ひらひらと小林くんに手を振り背を向けた。
俺は、知香ちゃんを。なにがなんでも、手に入れるんだ。あの瞳が、哀しみに歪んだとしても。
―――俺の人生を、ゼロから、始めるために。
ひらひらと、大迫係長が手を振った。その様子に、俺たちはお疲れ様でしたと声を上げる。
バタン、と、フロアの扉が閉まったことを確認して。
俺は、小林くんに声をかけた。
「ねぇ、小林くん。俺ね、ペンダント拾ってもらって、気が変わったんだ。協力体制を取らない?」
「……」
俺の声に、緩慢な動作で小林くんが書類から顔を上げた。
揺さぶりをかける。ゆっくりと。じわじわと。
今日は本当にいいタイミングだった。1課の残業組の最後のひとり、大迫係長が帰社した。そのタイミングで、小林くんとふたりきりで残業ができる。
揺さぶりをかけるには、絶好のチャンス。とんとん、と書類を纏め上げながら、目の前にある小林くんの瞳を見据えた。
澄んだような黒い瞳。その黒い瞳に僅かな翳りが、あの日から浮かんでいる。
俺の教育係の、真梨ちゃんにも。同じ翳りが宿る瞬間がある。
俺の歓迎会の日。知香ちゃんに揺さぶりをかけたあと、ペンダントを落としたことに気が付いて、店に戻ろうとしたときに。呆然と、空を見遣る小林くんの姿と…真梨ちゃんが、小林くんの手を引いていくその姿を見て。
小林くんが―――この戦いから墜ちたのでは?と、疑念を抱いた。
「これ。歓迎会のあった日の週明け、机に入ってた。小林くんでしょ?」
鈍いブロンズの光を手に取って。胸元からロケットペンダントをみせてその手を軽く手を振る。
Maisie。これから君のことを、酷い形で利用するけど。君はきっと、笑って赦してくれるよね。
「……なんの、ことでしょう」
「しらばっくれなくてい~よ。気づいているから」
「……」
空を見上げるその手に、このペンダントがあったことを見逃すはずもなかった。
ペンダントを落としたことは故意ではなかった。本当に、偶然。知香ちゃんに揺さぶりをかけたあと、胸元を確認して。そこにペンダントが無くて……失くしたと思って酷く焦った。そうしたら、小林くんの手に、これがあった、というわけだ。
知香ちゃんをこの手にするためなら、どんな手段だって厭わない。Maisieさえ踏み台にしてやるんだ。もう…泣くことさえ出来なくなるのは、こりごりだから。
―――Maisie。利用させて、もらうね。俺が願う未来のために。
心の中で詫びながら。嘲るような微笑みを意識しながら、小林くんに向けた。
「実はね? 落としたのは、わざと。宣戦布告をしたと宣言した、強気な君に拾ってもらおうと思ったんだよね」
「………」
「俺のものだとわかるだろうからね。君がどう行動するか、見させてもらってたんだ」
黒い瞳が軽く見張られて、俺を真っ直ぐに貫いた。
「………俺を…試した、ってことですか」
試した、ねぇ。試すより、タチが悪いことをやってのけているんだけど、まぁ、君は気が付かなくていいよ。心の中でそう呟いて、俺はまた小林くんに向き直った。
「そうともいうね?」
「……性格悪いですね」
……かかった。
口の端が、にやりと上がっていく。小林くんから、性格が悪い、という言葉を引き出したかった。
そうして、俺は。決定的な一言を引き出すための言葉を紡いだ。
「やだな。知香ちゃんの代わりに真梨ちゃんを抱いた君にだけは言われたくな~いよ?」
「っ」
小林くんが……その目を見開いて、息を止めた。
―――BINGO.
Maisie。君のおかげだ。酷く利用して、ごめんね。でも、疑念を確証にできた。
はぁ、とため息をつきながら、同僚を心配する姿を演出するために、大袈裟に肩を竦めてみせた。
「君ねぇ、もうちょっとポーカーフェイスを覚えた方がいいよ。恋敵とはいえ心配になるよ」
「……どうして、それを」
呆然と小林くんが俺を見つめる。その表情に、俺は優雅に微笑んで足を組んだ。
「俺は知香ちゃんを手にするためならなんだってするよ? それを知れるいい機会になったんじゃな~いの?」
本当は、あの時の場面からあてずっぽうで口にしたのだけれど。
そうかぁ……小林くんと、真梨ちゃんがね。真梨ちゃん、小林くんみたいなのが好きだったんだ。
彼女の気持ちを考えるなら、本当にそれは酷なこと。真梨ちゃんの心のうちに思いを馳せ、すっと目を細める。
「偽りの関係にしがみついたってお互いが傷つくだけだよ。傷の舐めあいは何も生まない。どちらかが一歩を踏み出さなければ」
「……」
小林くんが強く唇を噛んだ。そんなことは俺に言われずともわかっている、という意思表示だろう。ここから先はこのふたりが考えることだ。俺が口を出さずとも。
……その先の結果なんて、興味もない。俺は、知香ちゃんを手に入れることができれば、それでいい。
すっと心が冷えていく。
そう。俺の目的は、知香ちゃんに出会ったあの日から変わっていない。
オフィスチェアに深く腰掛ける。ギシリ、と軋む音がした。
軋んだ音は、まるで小林くんの心の音のようだった。俺はその音を聞いて悦に入る。そうして、俺が思う結果に繋げるための言葉を、嘲るように嗤いながら紡いだ。
「まぁ、俺は感謝してるんだよ? 心からね。このペンダントを俺に戻してくれたこと」
小林くんの澄んだような瞳が、先ほどの俺の言葉の一言で。すっと……黒く、深く。澱んだことを見逃すはずもない。偽りの関係を盾に…揺さぶる。
「……」
ギリギリと。小林くんが持っていたペンを握り締める音がする。その澱んだ瞳に強い光を宿し、憎悪の焔を滾らせながら、俺を睨みつける。
その姿が、数年前の俺自身に被って。思わず大きなため息をついた。
「……あのさ。自分が選んだ結果でしょ? 君が弱いからこういう結果になったんだよ? 俺に八つ当たりしないでくれる?」
自分が選んだ結果。八つ当たり。自分で言葉を吐いておきながら、俺の心を深く抉っていく。その言葉を打ち消すかのように、心の内でゆっくりと頭を振った。
「……」
小林くんが唇を噛んで、瞬きをした。
話を、戻そう。いつまでも小林くんに自分を重ねていては、進まない。
「今度の期末慰労会。田邉部長が言ってたでしょ?2課は社内交際費も残ってるから、独身4人だけで二次会に行って領収証取ってこいって」
田邉部長が今朝俺たちに告げたこと。それを聞いて、俺はひとつの案が浮かんだ。それは、知香ちゃんを……海の中の網に、追い込むための…策。
「……」
黙ったままの小林くんの一重の瞳を見つめ返す。
小林くんの選んだ結果を利用すれば。それはいとも簡単に…実行できる。だから、今日、こうして小林くんと相対できることが、信じちゃいないが神のお導きのように感じた。
ふわり、ふわりと。その事実に、抉られた心が軽くなっていく。
「結構、予算残ってるって話しだからさ。半個室のお高いBARなんかいいんじゃないかって目星つけて、真梨ちゃんに提案中なんだよね」
纏めあげた書類に2穴パンチで穴を開け、綴り紐を通す。そして、また小林くんに視線を合わせて……再び、嗤う。
「まぁ、真梨ちゃんが君がいる二次会についてくるかどうかはわからないから、俺と君と知香ちゃんの3人になるかもしれないけどね~ぇ?」
「…っ、……」
小林くんを揺さぶり、そして…網を、張る。目の前の小林くんだって、すでに俺の張った網の中。もう……ここから逃げることなんて、赦さない。
「んで、ね? 知香ちゃんをそこに連れ出したいワケよ。それの誘導を協力しようってコト。連れ出せたら、後はもう恨みっこなしだ。どっちが知香ちゃんを堕とそうと、ね?」
小林くんがはっと息を飲んだ。
「あんた、なにを」
「電磁遮蔽って知ってる?携帯を金属で覆うと電波が届かなくなって、通話メールGPSが使えなくなる。つまり……鉄筋コンクリートのビルの真ん中にあるそのお店に知香ちゃんを誘導することで、一時的に智くんから引き離すことが出来るってワケよ」
小林くんが愕然とした表情を、その整った顔に浮かべている。
…そんなに驚くような作戦ではないと思うんだけどな。
定時で上がる際には下の交差点で待ち合わせ、知香ちゃんが残業の時は車で迎えに来ていることは把握済みだ。休憩中も頻繁に連絡を取っている。
あのふたりがここまでべったりになるとは思っていなかった。俺が知香ちゃんに出会ったあの日には、知香ちゃんが一歩引いているような、そんな雰囲気だったから。
それ故に……智くんから一時的にでも引き離せる瞬間ができるなら。それが大きなチャンスだ。というか、そこに賭けるしかなくなっている、というのが正直なところ。
「そこに連れ出して、自分のチカラで口説き落として鞍替えさせる。言ったでしょ? あとは、恨みっこなし。そういうこと。小林くんにも大きなメリットがあると思うけど?」
思い浮かんだ忌まわしげな顔を頭を振って打ち消し、ふたたび足を組み直す。
小林くんが少し考える素振りをみせた。
「……普段、仕事で長い時間接していても鞍替えさせられないくらいですから、そんな小細工をしても無駄かと思いますよ。特に、片桐さんはマイナスからのスタートなのですから」
一気にその言葉を紡いで、小林くんが軽く息を吐いた。手元の綴り紐を蝶々結びにし、デスクの引き出しに仕舞いながら、俺は言葉を続けた。
「普段はね? でも、双方にお酒が入ったら、わからないじゃな~い?」
「酔わせて口説くってことなら俺はお断りです」
澱んだ瞳に、瞬間的に澄んだ強い光が宿った。
……本当に、面白くない。俺が張った網から逃れられるとでも思っているのか。君には、もう、ただひとつの選択肢―――俺に、従うという選択肢しか、残されていないのに。
「ふーん、言うねぇ。知香ちゃんにバラされてもいいの?」
「っ」
感情のままに、嘲るように嗤ってみせる。もう、君の生殺与奪権は、俺が握っている、ということを。その身体に、その弱い精神に。叩きこんでやらなければ。
「知香ちゃん、真梨ちゃんのこと大層可愛がってるからねぇ。知られたら軽蔑されるだろうね?」
くすり、とふたたび嗤ってみせる。小林くんが、一番知られたくないであろうことを突き付けて。
だから、言ったでしょ? もう…君も、俺の網のなかにいるのだから。
そう、心の中で呟いた。
「……脅し、ですか」
小林くんの声が掠れている。
うん、いいね。その声。堪らない。ぞくぞくする。もう俺から逃げられないと悟った……その声が、堪らない。
「やだな、脅しだなんて。最初に言ったでしょ? 協力、だってば。本当に物騒だねぇ」
へにゃり、と、笑ってみせた。俺の真意なんて、君に掴ませやしないよ?
「……」
「無言ってことは、交渉成立ってことでいいんだね?」
「………そうするしか、ないでしょう」
低く、くぐもった声で。小林くんが返答する。その一言に、俺は久しぶりに心から笑った。
「ん。じゃぁ。そういうことで。お互い恨みっこなしね。さて、知香ちゃんは誰を選んでくれるのかなぁ。楽しみだね? 小林くん」
「……」
己の弱さを突きつけられ、苦汁を飲まされたような小林くんの表情を見て。柄にもなく、心が踊った。その表情に、くすりと嗤い声を上げて。俺は席を立つ。
「じゃ、俺、資料纏め終わったから。帰るよ。警備、よろしくね」
ガタリ、と音を立ててデスクを離れ、ひらひらと小林くんに手を振り背を向けた。
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