俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ

文字の大きさ
83 / 276
本編・第二部

117

しおりを挟む
「ねぇ、知香ちゃん。知香ちゃんが智くんを好きって気持ち、それが智くんによって意図的に作られたものだったら……どうする?」



 意図的に、作られた、気持ち。その言葉の意味が飲み込めずに、身体が固まる。



「………ちょっと、片桐さん。失礼なこと言わないでください」

 数秒後、我に返ると同時に、やっぱり片桐さんは根本から失礼な人だと怒りの気持ちが湧き上がってきて、ぎゅっと目の前のヘーゼル色の瞳を睨みつける。

「さっき、徳永ちゃんに話してた、付き合う前の話し。あれね…割と有名な心理学の応用なんだ」

 そのヘーゼル色の瞳が、真っ直ぐに。真摯な光をその目に宿して、じっと。私を貫いていく。

 片桐さんの声が、すっと、低くなる。

「……付き合っちゃだめ、と思えば思うほど、付き合いたくなる。それは、カリギュラ効果っていうやつ」
「かりぎゅら……?」

 低く、低く、響く声。聞き慣れない言葉に、思考がまるで知恵の輪のようにこんがらがっていく。

「どっちが告白するかの勝負、だっけ。あれはね、ふたつの心理学的技法が組み合わさっている。ひとつは、ドーパミンの分泌を促進するための焦らし。ふたつめは、認知的不協和の解消」

 次々と、私の人生では触れないような専門的な用語が飛び出してくる。

「ドーパミンは脳内麻薬って言われるもの。ドーパミンっていう単語だけは聞いたことあるでしょ? 『幸せホルモン』っても言われるね。この先になにかイイことが起こる、って感じた時に分泌される。だから、智くん自ら告白せず焦らした」

 つらつらと告げられる衝撃的な内容に、混乱して、呼吸が乱れていく。話の内容に、理解が……追いつかない。

「認知的不協和の解消、っていうのは、自分の中で認知している事象と事実の間に矛盾が生じると、その矛盾を解消するために、脳は事実を都合のいい解釈に捻じ曲げちゃうんだ。これは人間の本能だよ。知香ちゃんは智くんと出会った時、恋愛感情は無かったんだよね? それからのデートで、智くんに振り回されている、翻弄されている、と感じた。すると、好きでもない男に振り回されている、という矛盾が生じる。だからこの矛盾を解消するために、私はこの人に惚れてしまってるんだ、って脳が認知して、ゼロの感情が好きに上振れしていく」
「え……え、と……すみません、よく、わからなくて……」

 ちょっと待って欲しい。紡がれた言葉を理解するための時間が欲しい。そう考えて、クラクラするような頭を必死に上げたままにしていると。

「あとさ。込み入った話を聞くけど。智くんって、セックスうまいでしょ?」

 再び、衝撃的な言葉が飛び出してきた。その言葉に、一瞬で全身が沸騰していく。

「なっ、なんてこと聞くんですか…!?」

 耳まで真っ赤にして返答する私の様子に、やっぱりね……と、ヘーゼル色の瞳が視線を落とす。

「人間って、苦痛には耐性があるんだけど、快楽には耐性が無いんだ。煙草なんかがいい例だよ。煙草を吸うと快楽を感じるホルモン…そう、さっき言ったドーパミンが出る。出なくなると、苦痛に感じる。だから、煙草がやめられない。快楽には抗えない。それと同じ。……心理学的な要素を使って知香ちゃんの気持ちを勘違いさせて、身体で絡めとった。それは、洗脳、に近い」
「せ、洗脳……?」

 私の復唱に、「そう」と、片桐さんが呟いた。

「これはカルト宗教にも使われる手口。言ったでしょ? 俺は宗教学専攻だったから、こういうのも……複合的に学んだ。……ねぇ、知香ちゃん。そんなの、愛とか、恋じゃ無いと思うな、俺は。偽物の気持ちを利用する、なんて」
「カルト……?」

 可哀想に。ヘーゼル色の瞳が、憐憫の光を宿して私を貫いた。

 私が智さんに抱く気持ちが、偽りの気持ちだったかもしれない。そんなことって、本当にあるのだろうか。



 心臓が痛いくらい跳ねている。呼吸が乱れていく。



「自分の欲望を叶えるために知香ちゃんを囲い込むばかりじゃなくって、知香ちゃんのこともちゃんと考えてくれる人と付き合ったほうが幸せになれると思うよ」

 考えれば考えるほど、深みに嵌る。まるで―――抜け出せない、沼に堕ちてしまったみたいに。

「まぁ、このネタ有名だから営業にも使えるし。智くんはかなり出来る営業マンっぽいし、智くんは知香ちゃんを手に入れるために無意識に使っていたのかもしれないけれどね」


 そして、はっと気がついた。


『知香を、落とす時。俺、かなり用意周到に罠を張ってた。知香は気づいてねぇだろうけど』

 引っ越した日。そんな風に言われながら、リビングで抱かれたことを、思い出す。燦燦と降り注ぐ真昼の光の中で、智さんの汗が、私にポタリ、と、落ちてきたあの光景が―――ふたたび、脳裏をよぎった。




 私が、自ら髪を切るように仕向けられたのも。何かしらの、心理学的要素が働いていたのだろうか。




 智さんは、用意周到に、罠を張っていた。


 それは、簡潔にいうと。



(わ、たしを………私を、洗脳、していたって、こと……?)



 私の、この好きという気持ちが作られたものだったら。智さんが身につけた、心理学を利用して……出会った時初めからそういう答えに導かれるように、仕組まれていたことだったとしたら。



 智さんの今までの行動の全てが、計算され尽くした罠だったとしたら。




 私は。




 ほんとうは……だれを、すきなの?




「またなにか気付いたことあったらいつでも話してね」





 私が、智さんを好きだというのは、本当の、気持ちなはず。だって―――そうじゃなきゃ、困る。



 眩暈がする。視界が明るくなったり、暗くなったり。ゆっくりと、明滅して……暗転していく、私の世界。




「あ、あれ……?」




 視界がぐわりと歪んでいく。脈拍が上がっている。体温が、かなり上昇しているのが自分でも分かる。

「あ~らら、ごめんね? かな」

 私の正面に座っていた片桐さんがすっと立ち上がって、長い脚を捌きながら、私の隣に座る。そうして、片桐さんが私の左手をその手に取って、私の脈拍を測っていく。

「……ん…脈、速いね。ごめん、今の話、知香ちゃんには刺激的すぎた。さっきの話しは忘れて? 智くんが迎えに来るまでに、ちょっと落ち着こう。深呼吸して落ち着こうか。俺に続いて?」

 そう告げられて、それに従いゆっくりと深呼吸をする。

「大きく吸って~…………大きく吐いて……」

 頭がクラクラする。なにも考えられない。混濁した意識の中で、ただただ、左耳に囁かれるように紡がれる言葉に従っていく。

「そう……上手。吸って…吐いて……吸って…力は出来るだけ抜いておこう?」

 目の前の人の言葉に従いながら深呼吸をすると、頭がぼうっしてくる。

「ほら、智くんの顔を思い浮かべて。幸せで胸がいっぱいで、頭の奥まで、身体の奥まで、幸せな感覚で満たされていく。ぼうっとして来て……その事しか考えられなくなって……幸せ。とても……心地良い」

 智さんの、が目の前にある。そう、いつも……私を愛して、翻弄してくる、瞳。

「お風呂に浸かっている時ってどんな気持ち? 段々と体が温かくなるよね? リラックスしているから、血流がしっかり回って、身体の奥までポカポカして。気持ちよくなれる。ほら、智くんがもうすぐ迎えにくるよ? だから、そうやってリラックスして、無駄な力を抜いて、可愛い知香ちゃんで智くんを迎えてあげよう?」

 ぼうっとしているのに、頭は回転し思考を続けている。必死なのは変わらないけれど、なぜか脳内に、自宅の湯船にゆっくりと浸かっている自分が思い浮かぶ。

「どう? 身体が楽になって来たかな?」

 その言葉に、ゆっくりと頷く。鼓動は早いけれど、さっきみたいな、視界が歪むような、クラクラするような感覚はもうない。

はリラックスして俺の言葉を聞いてて、な? 人間って、いろんな面を持ってんだ。笑うのも、怒るのも、悲しむのも、全部、偽りの姿でもあるし、本当の姿でもある。偽りの姿、っつうのは、人間はその気になれば演技ができるってこったな。なぁ、。俺がこうやってに話しかけている俺は、演技してる俺? それとも真実の俺?」

 目の前にいる人が、私の目を見ている。



(……な、んだろう…この、変な感じ…)



 酷く、既視感を感じる。


 ―――いるのに、



「俺だけを見て、


 私を捕らえて―――離さない。私は、もう、目の前の人から逃げられないと知っている。


「俺の目を見つめて? さぁ、俺の名前を呼んで?」


 名前? ……なんだっけ、この人の、名前…私を逃してくれない、人の名前…。


「なぁ、。今朝、何食べた?」


「…え…?」

 朝…何食べたっけ。


 パンっと、手を叩く音がして、身体がびくりと震えた。


? 


 目の前の人が、誰かはわからない。だけど、この人から逃げられないのは、本能的にわかる。だって……3ヶ月間、ずっと、この言葉をくれた人だから。


「ほら……。眠ろう。俺と一緒に」


 この人の横で眠るのは心地いいはず。だって…ずっと、一緒にいてくれた人、だから。


「階段を降りていくよ。一段、もう一段……ゆっくり、降りていく」


 頭の中に、地下に繋がる階段が広がっていく。この人と一緒に、歩いていく。


「……ほら。おやすみ、…」


 ぼんやりとした意識が、ゆっくりと、沈んで。瞼が降りて―――視界が暗く。ゆっくりと、暗くなっていく。







 くすり、と、目の前の人が、わらった声がしたような、気がした。








 遠のく意識の向こう側で。悲痛な声で、私の名前を呼ぶ誰かの声がしたけれど。



(……もう、眠いの…)



 だって、さっきから、訳の分からない話しばかりで。目の前の人の瞳のことだって、全然わからない。

 頭が混乱して、仕方ないから…ちょっとだけ、休ませてほしい。












 ゆっくりと。暗くなった空間に、意識を―――この身を委ねていく。









「やぁ。-----くん」




 暗くなる意識の中で、目の前のひとが、誰かの名前を、呼んだ。
しおりを挟む
感想 96

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

あなたに溺れて

春宮ともみ
恋愛
俺たちの始まりは傷の舐めあいだった。 プロポーズ直前の恋人に別れを告げられた男と、女。 どちらからとなく惹かれあい、傷を舐めあうように時間を共にした。 …………はずだったのに、いつの間にか搦めとられて身動きが出来なくなっていた。 --- 「愛と快楽に溺れて」に登場する、水野課長代理と池野課長のお話し。 ◎バッドエンド。胸が締め付けられるような切ないシーンが多めになります。 ◎タイトル番号の横にサブタイトルがあるものは他キャラ目線のお話しです。 ◎作中に出てくる企業、情報、登場人物が持つ知識等は創作上のフィクションです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
【25th Anniversary CUP】にて、最終ランキング3位に入りました。投票してくださった皆様、読んでくださった皆様、ありがとうございました! 「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。