俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ

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本編・第三部

130 押し潰されそうに、なっていた。

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「……知香。片桐のことだけど」

 俺の一言に、知香の身体がびくりと跳ねた。

「……」

 こんなタイミングで片桐と遭遇したくはなかった。





 知香を救い出したあの日の夜。盛られた薬が抜けるように水分を十分に取らせ、ゆっくり風呂に浸からせた。この腕の中に知香の華奢な身体をおさめ、ふたりで眠りについた。
 知香が眠りについたのを確認して、俺も眠りに落ちた。イタリアを発つ飛行機に搭乗する前の仮眠しか取っていなかったから、俺自身もスコンと簡単に眠りについた。

 しかし。真夜中に魘されている知香の声で飛び起き、その様子に血の気が引いた。
 きつく閉じられた瞼からポロポロと涙を零しつつ、俺の名前と、片桐の名前を交互に口にする。その薄い唇から紡がれる悲痛な声に、胸が抉られる想いだった。

 揺り起こしても、夢から目覚めない。このまま―――眠りから、醒めなかったら。そう考えるだけで、生きた心地がしなかった。
 目醒めなかったら…真っ先に病院に連れて行こう。何かしらの手がかりが掴めるかもしれない、と考え、知香の髪を撫でながら、大丈夫、大丈夫と声をかけ続けた。一睡も出来なかった。

 朝日が上り、知香はいつもの時間に目覚めた。それに心底ほっとしつつ嫌な夢だったろうと声をかけるも、『え?』と、声をあげ、きょとん、と俺を見上げてきたのだ。しかも、その焦げ茶色の瞳を不安気に揺らし、『智、目の隈取れてないよ?大丈夫?』と、逆に心配される始末。

 本当は、片桐が知香に触れて、しかも知香の左手の薬指に口付けていたことに対する怒りもあり、消毒と称して抱き潰してやりたいという浅ましいほどの劣情を抱えていた。知香を本当に壊してしまいそうなほどの…激しい、劣情を。あの夜、知香に月の障りが到来していたから、ある意味ほっとした部分もあった。



『知香ちゃんから手を引く。この約束は一生違えない』



 片桐が俺に告げた言葉。ヤツなりの降参の言葉だった。
 それでも、俺はその言葉を真っ直ぐに受け入れることは難しかった。

 ヤツは、危ない。あの喫茶店で遭遇した日から、俺の奥底に潜む本能がずっと警鐘を鳴らしているのだから。

 あの夜、知香が涙を流しながら俺の名前と片桐の名前を交互に口にする様子に、言いようのない恐怖を感じた。
 いつか……いつの日か。片桐が刻んだ暗示が花咲いて、知香が俺のもとを離れていくのではないだろうかという、なんの根拠もない恐怖。

 それ以降、毎日……この恐怖と、孤独に闘い続けている。

 知香の心は既に片桐にあって、本当はそれに気がついていないだけかもしれない。
 それが喩え―――暗示によってもたらされた偽物の感情だったとしても。



 知香を、奪われたく、ない。



 あの時、片桐が背中を向けて立ち去ったあと、知香を腕の中におさめたあの瞬間。心から実感した。俺は、知香がそばにいないとだめだ。心から愛している。

 だからこそ。もし、知香に……片桐と共に生きたいから別れてほしいと言われたら?
 想像するだけで、怖かった。知香からその言葉が出てきたら。俺は生きていけない。

 その日以降は真夜中に魘されている様子は全くなく、毎朝問いかけてもケロっとしている知香。日々過ごしているその様子に違和感を抱くこともないため、俺の考えすぎなのであろう。

 だって。いつもの通り、幸せそうに。極上の笑顔を俺に向けてくれるのだから。

 すれ違いをしたあの日。身体だけでなく、言葉も重ねようと約束した。それでも。

(この感情は、押し込めておくべきなんだ)

 俺が知香に向ける多くの感情を実感したからこそ。拒絶されれば、自分がどうなってしまうかわからない。あのすれ違いの時よりももっと酷いことを……それこそ、知香を手にかけてしまうかもしれない。それだけは避けたかった。



 今日は、4月1日。土曜日。
 知香と出会って、ようやく半年になる。

 始めは、俺を満たしてくれる存在だった。俺の興味を満たしてくれる存在。だから、知香が俺を追いかけるように仕向けた。
 それが次第に、知香の本質に惹かれ、堕とされた。追いかけさせられて、絡めとられた。
 身動きが出来なくなり、さらに―――知香の強さに堕とされて。


 俺は、知香の、全てが欲しい。全てが知りたい。あの焦げ茶色の瞳の奥に潜む感情の全てが欲しい。


 でも、知香は。自分の心に潜む、暗示として刻まれたかもしれない、片桐への想いに気づいていないだけ、なのかもしれない。
 知香の感情の全てが知りたいと思えど、知香が気づいていないかもしれない感情に、俺が触れてしまったらと思うと…俺は気が狂いそうになる。


 やっと、やっと気持ちが伝わって、やっと知香を手に入れて。
 初めて抱いてから、何度も何度も身体を繋げてきたのに、飽きるどころか…俺の方が、知香に、知香の全てに、嵌まりまくっている。

 知香が俺を追いかけるように仕向けたのに。俺だけが、知香を追いかけているような。そんな感覚に陥ってしまう。

 もう、俺は知香なしではいられない。知香なしでは、生きられない。

 それなのに知香は、俺なしでも、凛とひとりで立っている。そう、まるで…蓮の花のように。

 抱いている時の知香の身体は素直なのに、知香の言葉はひとつも素直ではなくて。俺の想い通りにならなくて、それが酷くもどかしい。

 どうにかして俺だけだけを見て欲しい。だから、何度果てたって知香を求めてしまう。
 身体を繋げているときだけは、俺だけを見てくれるように思えるから。

 だからなのか。セックスの時だけは、己の衝動を、制御出来なくなる。止められなくなる。
 いつだって、知香を抱いて……めちゃくちゃに、壊したくなる。

 こんなにも激しい劣情を抱えている俺でさえも、きっと、知香は包み込んでくれるだろう。知香は、強い。
 けれど。片桐への想いが刻まれたかもしれない知香は、今までの強さを消し去ってしまっているかもしれないのだ。
 今までと同じように、俺の気持ちをぶつけてしまえば……引かれてしまうかも、しれない。






「…知香は、今度から農産チームになるんだろう。片桐も、農産販売部に異動」

 ふたりで作ったサンドイッチをレジャーシートに並べながら、呟いた。

 通関部の組織再編に伴い、知香は農産物の通関を主に担当することになるそうだ。そうして…通関部から異動となった片桐は、農産販売部に異動。

 俺が望んだ、片桐との関わりが絶てるような形での異動ではなかった。会社員である以上、こればかりは仕方の無いこと。

 けれど…その事実に、俺の不安は増幅するばかりで。

「……うん。あの、智。なるべく…片桐さんに関わらないようにするから」

「…ん」

 ぽつり、と。知香が、俺の意図を組んで口を開いた。知香は、聡いからこそ…俺が絶対的に欲しい言葉をくれる。

(……知香も、こう言ってるんだ。だから…大丈夫)

 自分にそう言い聞かせて。心に抱えた恐怖の感情を押し殺して、ふっと、知香に笑って見せた。つい、と、視線を動かして。

「知香…下、見てみ?」

「え?」

 登ってきた石の階段の下を見下ろすと、開花したての桜が風に揺れて、川にゆらゆらと移り込む光景が目に飛び込んでくる。

「……綺麗」

 その言葉を呟いて……魂を抜かれでもしたかのように、茫然と真下の桜に魅入り続ける知香。その姿が、一瞬。







 ―――隣にいる俺でなくて、先ほど相対したヘーゼル色の瞳を見ているように、思えて。







 ぞわり、と。背筋が震えた。そんなはずはない、と、己を奮い立たせて。

「……知香。せっかく弁当作ったんだ。食おうぜ」

 そっと、知香の名を呼んだ。

「…えっ…!?あ、ああ、うん」

 知香が、はっと我に返ったように声をあげて。俺が敷いたレジャーシートの上に座り込んで、ふたり分の膝掛けを広げていく。




 知香さえいれば、それでいい。知香のために、この生命を燃やし尽くす。
 知香と幸せになるために、社長にまで上り詰めてやる、そう決めた。

 俺の原動力のすべては知香なのだ。




「美味しいねぇ」

 幸せそうにサンドイッチを頬張りながら、俺を見つめて。知香が、屈託なく笑った。
 いつもの通りの…極上の、笑顔。



 ……それなのに。知香の、焦げ茶色の瞳を見つめる度に。その瞳の向こう側に、ヘーゼル色の瞳がチラついてしまう。



 目の前に浮かんだ幻覚を、ふるり、と軽く頭を振って消し去って。自分の身体をレジャーシートに寝そべらせ、座り込んだ知香の膝に自分の頭をのせた。

「……せっかくだし。知香に膝枕してもらおう」

 下から見上げる知香の顔が、一気に真っ赤になって。思わず笑みが零れた。

「ちょっ…!こ、ここっ、外だよっ!?」

 真っ赤になって慌てふためく知香の顔が、途方もなく可愛かった。

「大丈夫だって。言ったろ?ここ、穴場なんだって。ほとんど人来ねぇよ」

 誰か来たら叩き起こして、と告げて、知香の膝の上でぎゅっと目を瞑る。




 ……昨晩、知香を思うままに抱いて、焦げ茶色の瞳にしっかりと俺が映っていることを認識して、愛の言葉を知香から受け取って。ひと安心した、のに。


(本当に…こんなタイミングで……片桐と遭遇したくはなかった、な……)


 もしかしたら。もしかしたら……俺は、知香を失ってしまうかもしれない。



 その恐怖と不安に。











 ただただ……押し潰されそうに、なっていた。




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