俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ

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本編・第三部

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 佐川くんから受け取った資料を手に持って、通関部のフロアに戻る。田邉部長はまだ昼休みから戻っていない。田邉部長が戻られたら事情を話そう、と考えて、資料を自分のデスク脇に置いた。

 そうして、すとん、と、自分の席に腰を下ろして、デスクに積みあがった書類を処理していく。

 社外メールをチェックしていると、三井商社のドメイン名から発信されたメールを複数受信していた。ひとつひとつ開いていると、ひとつは、智からのメール。移入承認申請の件の続きのメールだった。もうひとつは、池野さんからのメール。先ほどの智からのメールを補足する内容。そうして、もうひとつは営業2課の黒川さんから。冷凍ブロッコリーの通関にかかるメールだった。

(……ん??)

 黒川さんからのメールに、一瞬の違和感を抱く。カチカチとマウスを操作して、縮小化した智からのメールを再度表示する。

(……Ccが入ってない…?)

 智からのメールには、Ccで池野さんと水野課長が宛先に入っている。けれど、黒川さんからのメールは、私にしか届いていない。

 大抵の取引先とのメールにはCcに宛先が入っていて、担当者が休暇を取っていてもある程度情報が共有されている。担当者が不在の時はその都度遣り取りしているメールのCcを確認して、誰に尋ねたらよいかを判断していた。

(Bcc……なのかな…?)

 もしかしたら、三井商社の各営業課のルールとして、Bccを使うように定まっているのかもしれない。智の場合は新部門の立ち上げだから、統括しているはずの池野さんにも情報を共有していますよ、というアピールの目的もあって、Ccを使っているの……かも。

(…………)

 あのねっとりとした声が脳裏をよぎる。

 なんだか、腑に落ちない。取り扱い品目ごとのチーム制になる前は、三井商社の通関は全面的に田邉部長と水野課長が営業を担当、小林くんと私が補助的な業務を担当していた。ひとまず在籍中の水野課長に確認すべきだろう、と、直感でなんとなくそう思った。

 デスクトップの画面から視線を外し、身体をふいっと右側に寄せて、書類にペンを走らせている水野課長を呼んだ。

「水野課長、よろしいですか?」

「ん?」

 私の目の前のデスクに座る水野課長が端正な顔を上げた。つり目の瞳と視線がかち合う。

「三井商社農産チームの黒川さんから通関依頼が届いているのですが、メールの宛先が私のみなのです。……農産チームの方々は普段からBccを利用されるのでしょうか」

 私の質問に水野課長が訝し気につり目の瞳を細め、こてんと首を傾げる。さらり、と、耳の上で切り揃えられた黒髪が揺れた。

「いや、俺が遣り取りしていた時はCcに誰かしら入っていた。入れ忘れか、間違ってBccに入力したんじゃないか?……念のため返信するときに追伸で他に誰が担当か確認しておく方が無難だと思うが」

 そのアドバイスに小さく息を吐きながら、「わかりました」と水野課長に頭を下げる。確かに言われるとおり、サブ担当が誰かを確認しておかないと、不測の事態になった時に困るのは通関担当の私だ。要件を確認して返信するときに追伸に記載することを忘れないように付箋にメモをとり、視線を目の前のディスプレイに戻してPDFで添付されている通関依頼書をクリックし開いた。

(……冷凍ブロッコリーの輸出?初めてじゃないかしら)

 眼前に表示された通関依頼書の内容に疑問を抱き、思わず小首を傾げた。

 ゆっくりと椅子に深く腰かけ、補助的な業務をやっていた頃の記憶を遡る。三井商社は営業3課の水産チームは輸出が主だった。それに対して、1課の畜産チームと2課の農産チームは輸入が主だったはず。

 一度その資料を画面上で縮小し、極東商社で使用している売上入力システムを操作して三井商社との履歴を追う。冷凍ブロッコリーの『輸入』は前例があるが、『輸出』はやはり記憶通り初めてだ。

(う~ん……産地、グァテマラだし、もしかして返品とか?)

 規格外だったり品質に難があってグァテマラに返品するのかもしれない。それならば余計にサブ担当が誰かを確認しておいた方がいいだろう。

 ゴールデンウィーク明けの輸出だから、日程には余裕がある。ひとまず保管倉庫に三井商社からの出庫依頼がかかっているのかを確認しよう、と考え、保管倉庫のグリーンエバー社に電話をかける。

 該当の商品は黒川さんから既に出庫依頼がかかっているらしく、すんなりとバンニングコンテナ積込の日程が決まった。

(やっぱり返品なんだろうなぁ)

 こんなに早く出庫依頼がかかっているのなら、恐らく先ほど予想した通り返品のための輸出なのだろう。こんな場合の通関料金等もグァテマラ側の会社が負担するのだろうか、と、自分には関係のないことまで気にかかってしまう。

 とはいえ、『初めての輸出』という事例だからこそきちんと記録を取っておかないと、同じ農産チームの南里くんにこの業務を引き継いだ後に質問攻めに合って自分自身が苦労しそう。彼は疑問に思ったことを即座に聞いてくるからやりやすくはあるのだけれども。

 業務ノートとは別の特殊事例ノートを取り出し、今日の日付や先ほどやり取りしたグリーンエバー社の担当者の名前を書き留めていく。

(……そういえば、グリーンエバー社に見学に連れて行ったら、南里くんと加藤さんももっと通関の流れへの理解が早くなるかしら)

 座学だけではやはり難しい部分もある。私も先月田邉部長に見学に連れて行って、実際に商品が動いている様子を見せていただけたからこそ感じるものもあった。

 田邉部長が戻られたら打診してみよう、と心の中でひとりごちていると、田邉部長がフロアに戻って来た。田邉部長が席に座るのを待って、声をかける。

「田邉部長、2点ほどお話しが」

「はい、何かな」

 穏やかに笑みを浮かべながら、田邉部長が私に視線を向けた。1つ目に役員懇談会の実行委員会に南里くんか加藤さんのどちらかを推薦してほしいと言われた話しをしながら、佐川くんから預かった資料を田邉に手渡す。田邉部長が眼鏡を外してその資料をぺらぺらと捲っていくその姿を見つめつつ、言葉を続けた。

「それから2点目に、グリーンエバー社に南里くんと加藤さんを見学に連れて行ったらどうかなと思いまして」

 私が手渡した資料に目を通していた田邉部長がふっと顔を上げた。

「先月私も連れて行っていただいたからこそ、食品の物流に携わっている、その一端を担っているのだ、ということを改めて自覚しました。……彼らも見学に行くことで、食の安全を守る使命があるのだということを学ぶよい機会になるのではないかと思います」

 私の言葉をじっと聞いていた田邉部長が、ふっと優しく笑って。

「私も一瀬と同じことを考えていたよ。部下は似るものなのかもしれないね。グリーンエバー社の中河さんにアポ取って行っておいで」

 ふふ、と田邉部長がいつものように穏やかに笑みを浮かべた。その優しい声色に私もつられて笑みを浮かべる。

「ありがとうございます、アポ取ってみますね」

 田邉部長に軽く頭を下げながら、自分の席に戻る。田邉部長は根拠を示せば大抵のことには反対しない。自主性を尊重してくださる良い上司だということを改めて実感し、数日前に極東商社を退職する……という決断をしなくてよかった、と、心底そう思った。

 グリーンエバー社に再度電話をかけ薫に連絡を取ると、あと1時間ほどでうちの畜産販売部が輸入した貨物のデバンニングコンテナ下ろしが始まる予定ということだった。急いで総務部に内線し、社用車の空きがあるかを確認する。なんとも幸運なことに社用車が空いていた。よかった、と胸をほっと撫で下ろしながら、座ったまま田邉部長に視線を向ける。

「田邉部長、中河さんに確認したところ、今日、うちの畜産販売部のデバン作業があるそうです。社用車も空きがありましたので急ですが今から行ってきてよろしいでしょうか」

「おお、良いタイミングだったんだね。思いついた日が吉日だったということかな。うん、行っておいで」

 ニコニコと楽しそうに笑みを浮かべた田邉部長にふたたび謝意を述べて席を立ち、右手に座る南里くんと加藤さんに声をかける。

「ごめん、急だけどちょっと社会科見学に行くよ。総務部で社用車を借りる手続きも教えるわね」

 業務を覚えて新規顧客獲得のための営業にまで手が回るようになったら、社用車を使う機会が増える。これも田邉部長が仰るように良い機会だったのだろう。ふたりを連れて総務部で手続きを行い、エレベーターで一気に地下駐車場まで下って社用車に3人で乗り込んだ。
 ばたん、とドアを閉める音が響いて、助手席に乗り込んだ加藤さんが私をじっと見つめた。

「主任、普段から運転されるんですか?」

 その質問に少し苦笑しながら口を開く。

「普段はしないわ。車も持っていないし。でも、地元は田舎だったから、車はひとり1台持っているような環境でね?高校を卒業してすぐ免許取ったのよ」

 そう言葉を紡いで、かちゃりとシートベルトを締める。エンジンをかけてゆっくりと前進すると、後部座席に座る南里くんがしょんぼりと声をあげた。

「俺、免許持ってないので今後を考えて取りに行った方がいいですかね……」

 南里くんの言葉に加藤さんも「私も持ってないんです」と言葉を続けた。都会こっちは運転できなくても生活できる。私も普段は任意保険のこともあるし、運転は智に任せっきりだ。

「そうね、無いよりはあった方がいいと思う。営業に行く時には電車より社用車を使う方が効率が良いもの」

 今後の彼らのことを思いながらそうアドバイスを送りつつ、私はグリーンエバー社に向かって車を走らせていった。

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