俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ

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本編・第三部

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 ぱちり、と目を開く。ベッドサイドの時計を見遣ると、設定している目覚ましが鳴る数分前だった。そろそろ起きよう、と寝返りを打とうとして、身動きが出来なくて。くい、と、首だけを動かすと。

(……あ)

 私の後ろを見遣ると、智の寝顔がそこにあって。規則的な寝息が聞こえてくる。
 ちゃんとここに帰ってきていた、という安堵感で小さく吐息を吐き出した。もしかしたら終電に間に合わず、会社に泊まってくることになるのではないかと思って、着替えを持ってどこかで落ち合うかな、と考えていたから。

「……おかえり、お疲れさま」

 起こさないように。小さな声で、智に語りかける。

 昨晩は出張でも無いのにベッドの空白に猛烈な淋しさを感じて、なかなか寝付けなかった。結局、日付が変わる頃まで悶々と布団に包まり起きていたけれど、どうしても瞼が重たくて。智が帰ってくるのを待てずに夢の世界に旅立ってしまったのだった。

 そうっと私の身体の前に回された智の腕を解いて寝返りを打つと、目の前の智はワイシャツとスラックスのまま。
 きっと帰宅したあと、ネクタイとベルトを外してそのままベッドに潜り込んだのだろう、と察した。

(朝風呂……準備したら入ってくれるかな)

 ゆっくりと身体を起こしてベッドから抜け出す。しゅるり、と、シーツの衣擦れ音が響いた。

 お風呂場に向かって湯船をさっと洗ってお湯を張り、そのままキッチンに立って、お米を研いで炊飯器にセットする。お味噌汁を作ろうと鍋に水を張って。ふたたび寝室に戻り、智をゆっくりと揺り起こす。

「智……起きて。お風呂入ってないんでしょ?」

 掛け布団の上から、横向きで私を抱き枕にして眠っていた智の肩に手を置いて、智の身体を揺らしていく。
 私の呼びかけに、長い睫毛が瞬いて。焦点が合っていない、ダークブラウンの瞳が私を見つめていた。

「おはよう、智。お風呂、入れてるから……そろそろ起きて」

 私の声に、徐々に焦点が合ってくるダークブラウンの瞳。そうして、幾度かの瞬きをして、ガバリと智が飛び起きた。

「今っ、何時だ!?」

 焦ったような、それでいて寝起きの掠れたような声が響く。

「え……5時半、だけど……」

 思わぬ問いかけにきょとんとしながら今の時刻を伝える。私の返答に、智が慌てたようにベッドから降りた。

「やっべ、寝飛ばした!」

「え、ええ?」

 普段智が朝食を作ってくれるから、智はだいたいこの時間くらいには完璧に起きている。でも、今日は私が作るつもりだったし、なにより智が出社するには早すぎる時間だ。寝飛ばした、と口にした智の真意がわからなくて困惑していると、智が少し早口で言葉を紡いだ。

「昨日、最終施錠が俺だったんだ。だから今日は誰よりも早く行かねぇと……」

 智はそう言いながら焦ったようにワイシャツの前ボタンに手をかけ、浴室に向かって行った。私は智の背中を見つめながら、しばらくその場で呆然としていたけれど。

(じゃぁ、朝はごはんじゃなくて手早く食べられるサンドイッチの方がいい、かな……?)

 結局、あの桜味のクッキーも昨日は渡せなかった。だったら、手早く食べられるサンドイッチにして、クッキーも一緒に持たせて、会社で食べてもらったらいいだろう。

 そこまで考えて慌ててキッチンに向かい、食パンを取り出しミミを切り落とす。その流れでレタスとトマトをスライスして食パンで挟み、ラップで包んで。お花見に行った時にも使ったタッパーに出来たサンドイッチを詰め込んで、智のお弁当用のミニバッグに入れた。

 智がバタバタと浴室から出てくる音がする。その音を聞いて、寝室のクローゼットからスーツとワイシャツを取り出し寝室とリビングを仕切るドアケーシングに引っ掛けると、ガチャリ、と、脱衣所のドアを開く音が響いた。

「すまない、ありがとう」

 智は大きなバスタオルを肩にかけたまま、水が滴る髪もそのままにバタバタと私が準備したワイシャツに手をかける。手早く身支度を整えた智が、リビングに置きっぱなしだったビジネスバッグを手に持って玄関に向かおうとする様子を見て、慌ててキッチンに置きっぱなしのミニバッグを取りに行く。

「あっ、これ、サンドイッチ!朝ごはんに」

 パタパタと玄関に向かい、座り込んで革靴を履いている智に手渡す。

「ああ、ありがとう、帰ってきたら色々話すから」

 革靴から目を離さずにそう口にして、智は私に目もくれずに「行ってくる」という言葉だけを残して。玄関のドアを押し開いていった。

「……」

 呆気に取られながら、バタンと閉じた玄関を見つめる。

 昨晩、無事に帰ってきていたことは、嬉しい。けれど、こんな慌ただしい朝を迎えることは初めてで。

 何があったのか。ただただ、それが知りたかったけれど。

「……帰ってきたら…ちゃんと、話してくれる、よね…?」

 じっと。智の背中が消えていった、玄関のドアを見つめて、目の前にいない智に、小さく問いかけた。










「はぁ……」

 カタン、と音を立ててロッカーを開き、制服から私服に着替えていく。一日中、今朝の智の様子が気になってあまり仕事に集中できなかった。

(……黒川さんの、こと…よね、きっと)

 ぼんやりと考えながら、ベストの前ボタンに手をつける。智が昨晩、日付が変わっても帰って来なかった理由、というのが、黒川さんの件に関わることだったら。

(……あのメール…単にCcの入れ忘れ、なんだろうか)

 昨日、グリーンエバー社から戻ってすぐ、黒川さんからのメールに返信を入れた。グリーンエバー社からの搬出にかかるバンニングコンテナ積み込み日程が決まったことに加え、水野課長からのアドバイス通り、追伸として、この件がわかる人は黒川さん以外にいるのか、ゴールデンウイークを挟むから、黒川さん以外にわかる人がいるのなら念のため名前を教えて欲しい、ということを。

 今朝も、昼休みに入る直前も、終業前も。それに関する返信は、来ていなかった。

 手早くスキッパーブラウスを脱いで、トップスを着ていく。

(……何かを企んでいる、のなら、証拠を残さないため…?)

 Ccに誰も入れていない、というのが、単なる失念なのか、それとも意図的なことなのか。それによって、判断が変わってくると思う。

(とりあえず……智に、こちら側の現状の連絡だけは…先にいれておこうかな)

 三井商社の終業時刻を超えても智からの連絡はない。きっと今日も残業だろう。スマホを取り出して更衣室の中央に設置してある長椅子に腰掛け、メッセージアプリを起動する。

『お疲れさま。仕事終わったから、今から帰るね。参考になるかはわからないけれど、昨日、黒川さんからのメールが私宛てだけに来たの。Ccに誰も入ってなくて、Bccかなって思って―――』

 メッセージアプリに、そこまで打ち込んだ、その瞬間。

「主任、今日もお疲れさまでした」

 さらり、と、長い黒髪が揺れる。加藤さんが二重の大きな瞳を瞬かせて、ぺこり、と、頭をさげながら、加藤さんが自分のロッカーを開いた。

 思わず、さっとスマホを隠した。別に後ろめたいことがあるわけでもないけれど、万が一加藤さんにこのメッセージを見られたらなんとなく不味い気がした。

「うん、お疲れさま」

 一瞬、ひやっとしたけれど。それをおくびにも出さずに、にこりと加藤さんに笑みを向けた。智直伝のポーカーフェイスが根付いて来たのだろうか。それが良いことなのか、悪いことなのか、今はわからないけれど。

「今日も忙しかったですね……」

 加藤さんが、ぺこりと頭をさげて、すとん、と。私の隣に座った。彼女が疲れたように、ほう、と、ため息をついている姿を横目で眺める。


 先週はあまり自分から話しかけてくれなかった彼女が、あのお花見歓迎会を機に私や三木ちゃんによく話しかけてくれるようになった。心を開いてきてくれたのだろうか、と嬉しく思う。

 ふたりで他愛もない話を交わしていきながら、私服に着替えていく。着替えが終わりふたりで更衣室を出て、エレベーターに乗ってエントランスにおりた。

 智にメッセージを送りたかったけれど、この状況では諦めるしかない。加藤さんと別れてから連絡を入れるしかないだろう。

 そんなことを考えながら、オフィスビルの出入口にある自動販売機で缶コーヒーを買って、加藤さんの仕事の質問に答えていると、聞き覚えのある人懐っこい声が私の真横から割り込んでくる。

「やっぱり。知香ちゃんここに居た」

「……」

 なんとなく、この人が私に会いにくるだろう、ということは予想していた。だって、土曜日に。片桐さんのお母様の葬儀に参列したマスターに『香典返し』を手渡していたから。

「通関部に行ったら水野課長と真梨ちゃんに、知香ちゃんはもう帰ったって言われて。でも、まだ終業時間から時間経ってないから、ここかなぁってアタリつけてたんだ。俺のって昔から当たるんだよね~ぇ?」

 くすり、と。癪に障るようなその笑い声の方向に視線を向けると、片桐さんが長い脚を捌いて、私の目の前までゆっくりと歩いてくる。ヘーゼル色の瞳が、私をじっと静かに見つめている。

「……何か私の顔についていますか」

 この人にじっと見つめられるような間柄ではないはずだ。手に持った缶コーヒーをぎゅっと握り締めてピシャリと声を上げると、片桐さんが困ったように「あはは、変わらないねぇ」と、眉を歪めた。

「……はい。土曜日にマスターに渡していたから、わかっているとは思うけど。母の葬儀の時はありがとうございました」

 片桐さんが、手に持った紙袋を私に差し出して、ぺこり、と、頭をさげた。明るい色の髪が、ふわり、と揺れる。

「……いいえ、こちらこそ。お身体ご自愛ください」

 目の前に差し出された紙袋を受け取り、謝意を伝えた。もう、これで片桐さんの用事は済んだはずだ。早くここから退散してほしい。

 これ以上会話するつもりはないと言わんばかりに、隣に立っている加藤さんに、「それでね?」と、声をかけた。

 視線が交わった加藤さんが気の毒なほど居心地悪そうにしている様子を捉えて、巻き込んじゃってごめんね、と心の中で小さく謝る。

 私のその動作に片桐さんが思いっきり苦笑した。

「もう、ホントにつれないよねぇ、知香ちゃんってば」

 そして。その苦笑いが……人懐っこい笑顔に変わって。


「じゃぁ、俺、帰るね」


 片桐さんが踵を返して、ふわり、と。シトラスの香りが漂う。

 直前に見せた、片桐さんの、あの笑顔。

(……え?)

 ヘーゼル色の瞳が。あの痛みを孕んだ瞳ではなく、真っ直ぐに。



 

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