俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ

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本編・第三部

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「ちょっと。もしかしなくても響介が今回の元凶?」

 大きく目を見開いて驚いていた三木ちゃんがはっと自分を取り戻し、私と小林くんの顔をちらりと見遣る。ぱちりとした勝気な瞳に明らかな敵意を宿して背の高い浅田さんを睨みあげていた。

 三木ちゃんに睨みつけられた浅田さんは、怖ぇよお前、と肩を竦めた。そうして、すんっと鼻をすすり、呆れたように眉を寄せて。

「真梨。お前いつから煙草やってたんだ?」

 浅田さんの咎めるような声色が、シックな色の壁紙に弾かれて響いていく。

 ふわり、と香る煙草独特の苦い香り。この研修ルームの近くには喫煙ルームが設置されている。三木ちゃんは喫煙ルームに立ち寄って廊下に出てきたのだろうと察した。

「5年ぶりの第一声がそれ?私の大事な先輩に迷惑かけといて?」

 じと目を緩ませることなく、噛み付く勢いで三木ちゃんが鋭く返答する。いつも溌剌とした元気な声がすっと低く響いた。

「自分の仕事のペースを乱されると吸いたくなるの。誰のせいだと?」

 三木ちゃんは普段から吸っている様子は全くない。ここ数日べったりした日々を過ごしているからこそ、余計に実感する。

 彼女の言葉通り、仕事のペースを他人に乱された時に吸いに行っていることは私も気がついてはいた。直近だと、私がバレンタインの前に初歩的なミスをしたとき。あの時のことを思い出すと居た堪れない気持ちでいっぱいになる。その前は……確か、私の誕生日の翌日。小林くんが珍しく大きなミスをした時、だ。……出来れば身体のために禁煙してくれないかな、と思ってはいるけれども。

 誰のせいだと?という三木ちゃんの問いかけに、浅田さんが「うっ」と声を上げてたじろいだ。三木ちゃんほど整った顔をした子からそんな風に声を掛けられればこんな反応にもなるよね、と、内心苦笑する。

「というより、響介。いつ転職したのよ?あんた大卒で就職した先、丸永忠商社だったじゃない」

 問いかける、というよりは問いただすようなその口調と声色。低い位置にある三木ちゃんの整えられた眉が訝しげに顰められて、その二重の瞳は背の高い浅田さんを見据えたまま。

 そういえば。確かに、三木ちゃんが響介と呼んでいた再従兄弟の人は丸永忠商社に勤めていると言っていた。今目の前にいる浅田さんと交換した名刺は、三井商社のものだったはず。そう考えて、すっと手に持った名刺に視線を落として、『営業1課 係長 浅田響介』と記載されている文字をじっと眺める。

 三木ちゃんのその声に、あれ、言ってなかったっけ、と、浅田さんが髪をガシガシと掻いた。

「池野課長にヘッドハンティングされたんだ。5年くらい前だったかなぁ。……真梨こそ極東商社に就職したなんて聞いてねぇよ」

 その言葉に思わず呼吸が止まる。

(あの人……ほんと、やり手なのね………)

 池野さんは営業だけでなく、そういったこともやっていたのか。

 ……池野さんのような営業になりたい、と思っていた。だから、総合職に転換しないか、という山崎部長と田邉部長の言葉に乗っかった。
 けれど。営業ができるというだけでは、彼女のようにはなれないのだ、と。現実は甘くない、と突きつけられた気分だ。

 浅田さんの答えに、へぇ、と。三木ちゃんが興味が無い風に返答する。その声色に少しだけ苦笑いしながら、開いた研修ルームの扉に身体の重心を寄せ、より一層大きく扉を開き浅田さんと小林くんを廊下に誘いながら三木ちゃんに問いかけた。

「三木ちゃん。浅田さんが、例の再従兄弟さんなの?」

 私の動作に、浅田さんが小さく頭を下げて廊下に足を踏み出した。小林くんは研修ルームの中で立ち止まったまま、浅田さんの背中を見つめている。どうしたのだろう、と、こてん、と小首を傾げていると、廊下に立っていた三木ちゃんの低い声が一転して明るい声に変わった。

「はいっそうです!先輩、バカの隣にいるとバカがうつります、仕事とはいえ響介とは深く付き合わない方がいいですよ?」

 三木ちゃんのふっくらした唇から紡がれた棘のある言葉とは裏腹の、満面の笑顔。平然と違う口調に切り替えてくる三木ちゃんに、思わず笑いが込み上げる。   

 その笑顔に、言葉に。三木ちゃんと浅田さんは親戚同士とても仲が良い関係だったのだと察した。

 ただ……三木ちゃんと浅田さんは心を許し合っている関係だとしても、私と浅田さんは取引先同士で今日初めて接点が出来た……というだ。正確にはもっと前に接点があったけれども。

 どう返答して良いかわからず困惑していると、ふっと浅田さんが口の端をつり上げて、揶揄うように声をあげた。

「相変わらず二重人格だな。そんなだから彼氏も出来ねぇんだろ、お前」

「んなっ!よけーなお世話!」

 三木ちゃんが怒ったように小鼻を膨らませて、浅田さんのネクタイを掴もうと腕を伸ばした。その動作に、浅田さんは「おおっと」と、おどけたような声をあげ身体を捻らせて、三木ちゃんの腕をひらりとかわしていく。浅田さんは智と同じくらいの背丈だからか、足も長くて、一歩が大きい。その一歩だけで三木ちゃんの手の届かない位置に、浅田さんが立っていた。

「おまっ、あぶねっ……怒ったらすぐ胸倉掴みにいくその癖も相変わらずだな」

 浅田さんは呆れたように眉根を寄せ、パタパタと大きな手のひらで自分の胸元を触り、ジャケットとネクタイを整えている。

「響介も口を開くたびに私をイラつかせる天才なところは相変わらずだわ」

 にこっと満面の笑みを浮かべながら毒を吐く三木ちゃんのその姿が、なぜか智を彷彿とさせて。智のダークブラウンの瞳が脳裏をよぎる。

 もう5日も会っていないのか、と思うと。仕事中だというのに、胸の奥がズキンと痛んだ。その痛みを振り払うように、小さく頭を振って、研修ルームの中に立ったままの小林くんに声をかけた。

「小林くん。浅田さんをエレベーターまでお送りしましょう?……三木ちゃんも、浅田さんと親戚とはいえここは会社よ。少しだけ慎んでもらえると」

 そう。いくら仲の良い親戚同士とはいえ、ここは会社だ。こんな形での公私混同は褒められたものでは無い。廊下に視線を移し、ブラックのアイライナーに彩られた勝気な瞳を見つめて窘める。

「……はい…」

 しゅん、としたような三木ちゃんの声が廊下に響く。明らかに落ち込んでいるように肩を落として、ふわり、と、三木ちゃんの明るい髪が揺れた。

 彼女には可哀想だけれど、社会人としての線引きは大事だ。そう考えながら再び大きく扉を開いて、研修ルームの中の小林くんに視線を向ける。

「………小林くん?どうしたの?」

 小林くんは俯いたまま、じっと右手で自分のワイシャツをネクタイごと握りしめている。私の言葉に、びくりと大きく身体を震わせて、伏せていた顔を緩慢な動作であげた。

「…………そう、ですね。行きましょうか」

 私の問いかけに、自分の胸元を握りしめていた右手を離していく。行きましょうか、と、そう言葉を紡いだ綺麗な顔の一重の瞳を見つめた。その黒い瞳が、言いようのない複雑な感情で僅かに揺れている。

「……?」

 なんだか、小林くんの様子がおかしい。どうしたんだろう。

(……案件が解決をしたから、かしら)

 三井商社側のミス、ということがわかった。今後は税関に不服申し立てを行い、書類をいくつか揃えれば近日中には該当貨物の通関が切れるはずだ。
 小林くんのミスではなかった。異動したばかりで気を張っていたこともあり、一応の解決を見てほっとして気が抜けているのかもしれない。なんだか、彼らしくは無いけれども。

 浅田さんが私の言葉に慌てたように声をあげて、身体の前で手を横に振った。

「いえ、お見送りは結構ですよ。自分のミスだったのですから」

 固辞の言葉を外向けの声色で浅田さんが口にする。ぱちりとした二重の瞳が動揺で小さく揺れ動いているのを確認して。

(言われてみれば、確かに似てる、かも……)

 三木ちゃんも浅田さんも。ふたりとも目元がそっくりだ。はっきりした二重の瞳。再従兄弟というかなり遠い親戚とはいえ、血は確実に繋がっているのだなと察せられる。

(そういえば……智って、従兄弟とかいるのかなぁ)

 今まで、聞いた事なかった。私も智に詳しい親戚事情なんて話したことない。そりゃ、結婚式を挙げたりするのなら、招待するはずの親戚筋との関係を話さなければならないだろうけれども。

 そこまで思考を巡らせ、はたと気がついたことがあった。

(……てことは、智が出席する浅田さんの結婚式に三木ちゃんも出席するってことよね!?)

 あのふたりが。同じ結婚式に出席する。表面上は穏やかだろうけれども、水面下で火花が散る様子が目に浮かぶ。独占欲・所有欲丸出しの智に対抗して、三木ちゃんが私とべったりだったこの5日間のことを持ち出しかねない。

 そうなったら『誰のものなのかわからせるお仕置き』と称した被害を被るのは私だ。日記アプリでもせっかく伏せていられているのに……!!

 その場面を想像するとぞっと背筋が冷える。三木ちゃんに口止めしないと……と考えて、そんな場合じゃないとはっと我に返る。ここは会社だ。

 浅田さんのその固辞の言葉を受けて、それでも、と押し切って。エレベーター前まで見送ることになった。


 シックな色に囲まれた廊下を小林くんが先導し、その後ろを浅田さんが歩いた。にこり、と、浅田さんが笑みを浮かべながら口を開く。

「今年は満開が遅くて、例年に比べて桜を長く見られてよかったですね」

「……そうですね。まだ散り終えていない場所もありますし」

 浅田さんの問いに、小林くんも穏やかに返答する。他愛の無い時事的な雑談がふたりの間で続いていく。

 その後ろを歩いていた私の肩を、トントン、と三木ちゃんが叩いた。ひそひそと小さな声が響く。

「鍵、総務に返却してきます」

「え、いいの?」

 思わぬ申し出に、ぱちくりと目を瞬かせる。声をひそめて三木ちゃんに問い直した。

「分担した方がいいでしょう?通関部として同席したのは先輩ですから、先輩が響介の見送りをして、その間に私が返却してきた方が効率がいいと思います」

 確かに、言われてみればそうだ。そう考えて、研修ルームの鍵の返却を三木ちゃんに託し、エレベーターの下ボタンを私が押すと同時に、エレベーターホールの奥の螺旋階段に繋がる扉を三木ちゃんが押し開いていく。ギィ、と、蝶番が軋む音が響いた。

「真梨」

 浅田さんが、白い扉を押し開いていく三木ちゃんを振り返って呼び止めた。びくり、と身体を震わせて、三木ちゃんが私たちを振り返る。

「……なに?」

 訝しげな表情でじとっと浅田さんを見つめる三木ちゃん。その視線を受けた浅田さんが、ふっと。そのぱちりとした二重の瞳を和らげて。優しげな笑みを浮かべ、軽く右手を上げた。

「またな」

 その言葉を受けた三木ちゃんは、訝しげな表情をふわりと崩して、花が綻んだように穏やかに笑って。ふっくらした唇を、動かした。

「仕事ではもう二度と会いたくないわ?」

 そうして、ぎぃ、と。螺旋階段に繋がる扉が閉まり、三木ちゃんの明るい髪色が見えなくなる。

 ちん、と軽い音がして、エレベーターが到着したことを教えてくれた。無機質な音が響いて、エレベーターのドアが開く。

「では、失礼します」

 そうして、浅田さんがそのエレベーターに乗り込んで、一礼して。姿が見えなくなった。

「……解決してよかったわね。さて、フロアに戻りましょ」

 くるり、と、隣の小林くんを見遣って、にこりと笑みを浮かべる。

 小林くんが相談に来たときはどうなることかと思った。だって、不服申立てだなんて、あまり聞かない事例でもあったから。なんにせよこれで私も小林くんも、通常業務に戻れそうだ。

 小林くんは今は商品を売り込むバイヤーの営業をしている。一瞬の時間すらも惜しいはずだ。だから、こんなに早く解決を見たことは喜ばしいことだろう。

「………はい」

 小林くんは、じっと。ふたたび、自分の胸元に手を当てて、考え込むように視線を落としていた。


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