俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ

文字の大きさ
151 / 276
本編・第三部

【幕間】ほんの、些細な気持ち。 ~ end of spring.

しおりを挟む
 目の前に広がる、真梨さんの手料理。大量の小鉢の色鮮やかさに劣らない、春を連想させる料理の数々。思わず感嘆のため息が漏れる。

「……すごいですね」

 まだ実家に住んでいた頃。叔父に連れられて行った九十銀行の融資先の、五つ星の有名な料亭で口にしたような。

 そんな本格的な春の懐石料理が、目の前に広がっていた。

 真梨さんが、普段俺が立っているはずのキッチンとリビングを、せわしなく行き来している。その度に、ふわり、と、三木さんの明るい髪が揺れ動いている様子を、目の前に広がる料理に箸をつけながら視線だけで追っていく。

 最後の料理と思われる『止め椀』に、伊勢海老の味噌汁が目の前に置かれて、真梨さんが俺の隣に座り込んだ。そうして、少しだけ不機嫌な様子で口を開く。

「先輩を断りなく泊めたことは謝るけど。今日、あんたに食べさせる前に。……なんていうか……その、」

 そこまで勢いよく口にして、言いづらそうに口の先をすぼめた。ちらり、と横目で真梨さんを見遣ると、耳や首筋がほんのり赤くなっている。

「……」

 真梨さんのその表情で、なるほど、と。なんとなく合点がいった。小さく息をついて……素直じゃない真梨さんからの返答はないとわかっていながらも、小さく言葉を紡いだ。

「俺に食べさせる前に、を一瀬さんに食べてもらったってことですね」

 だから、俺に一瀬さんを泊めると言わなかった。というより、言えなかった。
 この料理を、いわば―――サプライズのように、俺に食べさせたかったから。

 その推測を口にしながら、真梨さんが注いでくれた日本酒をちびりと呷る。ふたたび、ちらり、と真梨さんの表情を盗み見ると、真梨さんはさらに赤くなって、頬を膨らませている。

 むすっとしたような真梨さんの表情が、なんだかおかしくて。少しだけ口元が緩む。

「……なによ。私の顔になにかついてる?」

 真梨さんを横目でじっと眺めていたのがわかったのだろうか。真梨さんがテーブルの上の小鉢に手を伸ばして。浅田に向けていたようなじとっとした目で、隣に座る俺を見上げている。

 真梨さんの真っ赤になったその表情に、なんともいえない、こそばゆい感情が湧き上がってきて。ふたたび日本酒の入ったグラスに、そっと口をつけた。

「………先輩に出したメニューとは、一部…作り変えてあるわ。それと、には私の料理を食べさせたことは一度も無いし、……6月25日にはアイツの結婚式があるの」

「……」

 響介、ではなく。浅田、と。真梨さんは口にした。それはきっと。いや、紛れもなく。俺への配慮だろう。

 真梨さんが。ぎゅう、と。手に持った淡いピンク色の、桜の形をした器を握りしめて。隣に座る俺とは反対の方向に顔を逸らせた。

「……その。お、男の人に…料理をっ、食べさせたの、は……」

 そこまで口にして、言い淀んだ真梨さんが逸らした顔を更に俯かせる。キラリ、と。俺が贈ったネックレスが、紅い華がチラチラと咲き誇る首筋に、その存在を主張するかのように煌めいた。

「……た…達樹が、は、じめて……だから……」

 絞り出すような。真梨さんの隣に座っている俺の位置でないと、聞き取れないような。そんな、囁くような小さな声が、ふわりと春の風だけが吹き抜ける静かなリビングに響いた。

 それはまるで。その赤い唇から紡ぎだす俺の名前言葉が、恥ずかしくて仕方ない、というような。そんな、素振りだった。

 その素振りに。ちっとも素直じゃない真梨さんは、恥ずかしさを必死に堪えながら。俺の不安を、俺の嫉妬を。そのすべてを包んでくれようとしている、と気がついて。

 俺はふたたび、少しだけ口元を緩ませた。




 歪な関係から始まった……とんでもなく口下手な俺と、とんでもなく素直じゃない真梨さんという、有り得ないほど不器用な組み合わせの俺たちは。

 俺たちなりの速度で、ゆっくりと。時にすれ違いながら、時に嫉妬しながら。時に、想いをぶつけ合いながら。

 それでも、一歩ずつ。

 不器用なお互いを、補うように。どちらかが先を歩くのではなく、一緒に。こうして、隣に寄り添って。

 俺たちの速度で、俺たちの思うように……ずっとふたりで。歩んでいければいい。

 そう、素直に思った。






 ふわり、と。開け放ったリビングの窓から、春の穏やかな風が吹き抜ける。

 その風に乗って。散ってしまった桜の、最後の甘い香りが漂ったような。




 そんな、気がした。



しおりを挟む
感想 96

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

あなたに溺れて

春宮ともみ
恋愛
俺たちの始まりは傷の舐めあいだった。 プロポーズ直前の恋人に別れを告げられた男と、女。 どちらからとなく惹かれあい、傷を舐めあうように時間を共にした。 …………はずだったのに、いつの間にか搦めとられて身動きが出来なくなっていた。 --- 「愛と快楽に溺れて」に登場する、水野課長代理と池野課長のお話し。 ◎バッドエンド。胸が締め付けられるような切ないシーンが多めになります。 ◎タイトル番号の横にサブタイトルがあるものは他キャラ目線のお話しです。 ◎作中に出てくる企業、情報、登場人物が持つ知識等は創作上のフィクションです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
【25th Anniversary CUP】にて、最終ランキング3位に入りました。投票してくださった皆様、読んでくださった皆様、ありがとうございました! 「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。