俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ

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本編・第三部

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 カフェの入り口に目を向けて真っ先に視界に飛び込んできたのは、総絞りの赤い振袖。お端折りから裾にかけて入る金糸や銀糸が混じった熨斗柄が、三木ちゃんの整った顔をより引き立てていた。そんな彼女が、引き出物が入っているであろうこのホテルのロゴマークが箔押しされたアイボリーの紙袋を右肩にかけて、小走りで私に近寄ってくる。

「先輩~!やっぱりここにいらっしゃったんですね!」

 勝気な瞳に、嬉しそうな光を湛えている。いつもよりも大きなラメがのせられた瞼が、カフェ独特の落ち着いた照明にキラキラと煌めいた。三木ちゃんの姿と声を確認して、ひらりと手を振る。

「三木ちゃん、お疲れさま。走ると着崩れるよ?」

 三木ちゃんは浅田さんの再従兄弟ハトコで。親族としてのお呼ばれ、未婚女性の晴れ着である振袖を着ているもの至極当たり前のことだ。彼女と待ち合わせの約束はしていなかったけれど、可愛い後輩の晴れ着姿をこの目に映せたことは嬉しく思う。

 彼女がロビー奥のカフェここにいる、ということは、浅田さんの結婚式も恙無くお披楽喜を迎えた、ということを意味している。きっと、ややもすれば智も藤宮くんとともにこのカフェに姿を現すだろう。

「もう着崩れちゃってもいいんですよぅ!」

 走ってきた三木ちゃんがぷくっと頬を膨らませた。引き出物の入った紙袋を右肩にかけたまま、不満げな表情を瞬時に笑顔に切り替えて、手首のあたりで袖をきゅっと握り締め、くるり、と。軽くその場で回転する。

「このホテルの美容室、クチコミ通りヘアセットのセンスも良くて!あ、このヘアスタイルのデザインもぜーんぶ美容師さんにお任せしたんです!着付けも本当に上手でしたよぅ。あんなにいっぱい紐で固定されているのに、ちゃんとフルコース食べれちゃいましたっ」

 三木ちゃんが満足気に笑って、私が座っている席の隣に勢いよく腰かける。普段よりも饒舌な彼女。こうして近くでみると、彼女の頬は少し赤らんでいた。普段飲み会に出席しても顔が赤くならない三木ちゃんだけれど、やはり披露宴で親戚の方々にずいぶんとお酒を飲まされたあとなのだろうな、というのが見て取れる。

 彼女の少しだけ落ち着いた色に染めなおされた髪は綺麗にまとめられて、パールの髪飾りで彩られている。サイドの髪がゆるくウェーブかかったように垂れ下がり、艶っぽさもあって。ふっくらした唇は、目を引く赤い口紅が差されていた。はっと息を飲むくらいの美しさが目の前にあって、同性だというのにいつもと違う三木ちゃんにドキドキする。

「どうだった?浅田さんの結婚式」

 三木ちゃんの色っぽさに少しだけ胸が波打つのを感じつつ、智ももうすぐここに来るなら荷物を少し纏めておこうとぼんやり考えて。三木ちゃんに今日の結婚式の様子を訊ねながら、膝の上に置いていた通関士のテキストを鞄に仕舞い込んで、隣に座る三木ちゃんに視線を合わせた。

「響介は別にどうってことなかったですけど、お嫁さんがとっても綺麗だったですぅ!」

 そうして、「ほら、見てください!」と声を弾ませ、赤い振袖に映えるゴールドのバッグからスマホを取り出して、三木ちゃんが撮った写真たちを見せてくれる。こんなにも綺麗に着飾っているというのに、三木ちゃんの赤い唇からは相変わらず浅田さんに対しての辛辣な言葉が飛び出てきて。思わず苦笑いが零れた。

 三木ちゃんがスマホを操作して、たくさんの写真を見せてくれる。先ほどの言葉の通り、花嫁さん雛子さんはモデルさんかと思うほどキラキラしている。純白のドレスを身に纏った彼女は、神々しく神秘的で美しい。解語の花と表現するのが正しいような、そんな姿だ。浅田さんもすらりとした高身長だからか、白いタキシードが様になっていて、まるで王子様のようだ。

 生憎、今日は雨となってしまったけれど、三木ちゃんの話しによると、数日前の天気予報を見て、浅田さんがフラワーシャワーからチャペルの退場時に行うパールシャワーに切り替えていたのだそう。

「6月の誕生石がパールですし!ドレスのトレーンにヒラヒラと落ちていくパールとチュール生地のリボンたち……ほんと、綺麗でしたぁ」

 三木ちゃんがうっとりとした表情でスマホを眺めている。

 ブーケプルズでは、花嫁さんの親友さんがブーケを引き当てて、花嫁さんも親友さんも涙ぐんでいたことだとか、花嫁さんのご両親に向けての手紙の朗読は三木ちゃんも貰い泣きしそうになったことなどを、スマホにおさめた写真たちを私に見せながら色々と話してくれている。

 その様子を微笑ましく見つめていると、あっ、と。三木ちゃんが声をあげて、弾かれたように私に視線を合わせた。

「邨上さんのスピーチの動画、撮りましたよ!容量が大きいので、家に帰ったら圧縮データで送りますねっ」

 その言葉に思わず顔が綻ぶ。練習に付き合ってたから、本番がどうだったのか気になっていた。その様子を見届けられないのは少し残念に思っていたから。

「ありがとう、嬉しいわ?」

 にこりと笑みを浮かべて謝意を述べながら、テキストを仕舞い込んだ鞄を膝の上に引き寄せる。弾んだような声色で言葉を紡いだ三木ちゃんが、悪戯っぽい笑みを浮かべて、右手で持ったスマホを顔の横で揺らした。

「邨上さん、今日がお誕生日だったんですね?お嫁さんからの提案でサプライズがあったんですよぅ。邨上さんのポーカーフェイスが崩れる瞬間もとらえていますからっ」

「えぇ~?」

 三木ちゃんが口にした言葉に思わず変な声が自分の喉から飛び出ていく。智のポーカーフェイスが崩れるほどのこと。何があったのだろう、と呆気に取られていると、悪戯っぽい笑みを深めて、三木ちゃんがこてん、と小首を傾げた。

「邨上さん、響介と同い年ですし?プロポーズ、そろそろじゃないんですか?」

 うふふ、と。三木ちゃんがまるで小悪魔のように、とても可愛らしく、笑っている。

 プロポーズ。急にそんな話題になり、ぼんっと音を立てて顔が赤くなっていくのを自覚した。心臓がバクバクと大きく鼓動を刻んでいるのを感じる。

「先輩のドレス姿、綺麗なんだろうなぁ。誓いのキスとかも見たいし~?あっ、ファーストバイトで先輩が照れてるのもちゃんと写真におさめないと!」

「ちょっ…!?」

 三木ちゃんのふっくらした赤い唇から次々と紡がれていく私と智の未来予想図。三木ちゃんが口にしたような、そんなシーンはこれまで想像したことがなかったから。三木ちゃんの言葉でそれらのシーンが妙にリアルに脳内で再生されて、かぁっと全身が熱くなる。

「ほ~んと、先輩の結婚式が楽しみですぅ」

 ニヤニヤと。三木ちゃんが、確信犯のような笑い方をしている。滅多に赤くならない三木ちゃんの頬が赤らんでいるからか、彼女自身も呑まされたお酒に酔って、こんな大胆なことを口にしているのだろう。

 恥ずかしいからそんな風に揶揄わないでよ、と、慌てて三木ちゃんを静止しようとした、その瞬間。

「ひゃっ!?」

 ふわり、と。三木ちゃんが意表を突かれたような声をあげて、その身体が私の隣から消えた。消えた、というよりも、小林くんに右腕を掴まれて、腰を下ろしていた椅子から僅かに腰を浮かべているような状態。

 三木ちゃんの右側に立っている小林くんが、呆れたように眉を顰めて。小さく吐息を吐き出した。

「………悪絡みするのも大概に。一瀬さん、困っていらっしゃるじゃないですか」

 その言葉で、小林くんも。普段からあまり酔わない三木ちゃんが酔っている、と判断したのだろうと察した。それ故に、悪絡みのような形で私と会話をしているのだ、と。相変わらず聡い子だ。

 一方の三木ちゃんは、驚いたような表情をその整った顔に浮かべている。勝気な瞳が零れ落ちそうなほどに見開かれていて、そこに明らかな動揺の色が見てとれた。

(……そう、よねぇ。小林くんが三木ちゃんに対してこんな強引な応対をするなんて、これまで見たことが無かったもの)

 先輩と後輩、という間柄でもあるからか、三木ちゃんが小林くんに対して強い口調を向けたり、突き放すような態度をするシーンは度々目にしていた。
 逆に、小林くんが三木ちゃんに対してそういった態度をすることは、彼が入社して以降の一年間、目にしたことがなかった。小林くんの意外な一面を見た気がする。
 思わず目を瞬かせて、小林くんが三木ちゃんに向けている呆れたような表情をぼんやりと眺めた。

(……ん?……小林、くん。イライラ…してる?)

 小林くんの表情はいつもと変わらないようだけれども、「大概に」と口にした瞬間のその声色に、そうして、三木ちゃんを見つめている小林くんの黒い瞳に宿る鈍い光に。小さな違和感を抱く。

 普段から穏やかで寡黙な小林くんからイライラしているような雰囲気を感じ取るのは、二度目。一度目は、オフィスビルの1階にあるカフェで南里くんと相対していた時のこと。あの時は畜産販売部に異動して1週間というタイミングで、通関部といろいろと勝手が違うだろうから、その点でイライラしているのだろうか、と思ったけれど。今、彼がそういった感情を持ち合わせる要因たる心当たりがない。

 どうしたのだろう。きょとん、と小林くんの表情を見つめていると、小林くんがふたたび小さくため息をついた。そのまま、三木ちゃんの右肩にかかっている引き出物の紙袋の持ち手をするりと手に取って。を落としていった。

「引き出物、持ちますから。

「……………へ?」

 真梨さん、と。小林くんが、三木ちゃんの下の名前を呼んでいる。そうして、帰りましょう、と、口にした。驚きのあまり、素っ頓狂な声が自分の喉から転がっていく。

 小林くんが三木ちゃんの名前を呼んだ瞬間、硬直していた三木ちゃんがようやっと我に返ったようで。ひゅっと息を飲んで、慌てたように椅子から立ち上がり勢いよく小林くんの口を塞ぎにいった。その動作に合わせて、ひらり、と、総絞りの赤く長い袖が揺らめいていく。

「っ、ちょっ、小林!?先輩の前で名前っ……!?」

 背の低い三木ちゃんがきゅっと背伸びして、スマホを右手に持ったまま背の高い小林くんの口元を押さえに行っている。はらり、と、袖が捲れるような形になって、三木ちゃんの細く白い腕があらわになる。その腕もわずかに赤らんでいることから、相当動揺しているのだろう。

「っていうかなんでココにいんの!?私外で待ってなさいって言ったわよねっ!?」

 三木ちゃんが耳まで真っ赤にして、小林くんに問いただしている。対する小林くんは、シラっとした表情で。口元を押さえ込んでいる三木ちゃんの手を掴んでゆっくりと外し、淡々と言葉を紡いでいく。

「外、雨ですから。振袖とはいえ指定されていた待ち合わせ場所は寒いだろうなと。歩くのも濡れるでしょうし。真梨さんの自宅にある傘は全て普通サイズだったので、ここに来る道中で大きめの傘を買って来たのですが」

 三木ちゃんの、家。指定されていた、待ち合わせ場所。

 小林くんがこのカフェにいて、浅田さんの結婚式が終わるまで待っている、と口にしていたのは……藤宮くんを待っていたのではない、のだろうか。

 目の前で繰り広げられる、小林くんと三木ちゃんの会話。混乱のあまり、私はぽかん、と口が開いたまま、ふたりの表情を見つめることしか出来ない。

「っ、だからって!!こんな形で先輩にバラさなくても!?」

 三木ちゃんが悲鳴のような声色をあげて、小林くんに詰め寄っている。この場所が公共のカフェ、という認識はあるのか、声量を抑え気味にするだけの理性は彼女の意識の中に残っているらしい。


 こんな形。バラさなくても。


 このふたつの単語から導き出される結論。ゆっくりと噛み砕いて、身体が固まった。呼吸が、できなくなる。


 今、思い返してみると。


 お花見歓迎会で。三木ちゃんが、好きな人のことを『雪のようなひと』と表現した。普段は冷静で寡黙で……雪のように穏やかだけれど、いざとなると熱く滾り、水を通り越してお湯のようになるひと。それは―――誰の、ことだろう。

 智のノルウェー出張期間中。三木ちゃんの家にお世話になる、と口にした時の、小林くんの驚いた表情。てっきり、片桐さんが私を諦めていない、ということに対する驚きだと思っていたけれど。あの瞬間の彼は、「三木ちゃんの家」という言葉に驚いていたように思える。それは―――どうして、なのだろう。

 片桐さんの付き纏いを阻止してくれた時。小林くんは向こうの交差点で待ち合わせている、と口にした。あの時は藤宮くんと待ち合わせているのかと思っていたけれど、その藤宮くんは私と同じ電車に乗っていた。あの時の小林くんは―――誰と。待ち合わせを、していたのだろう。



 それらの答えが。全て、この結論に結びつく気がして。


 もしかしなくても。三木ちゃんに言い寄っていた南里くんと、相対していた小林くんの。あの瞬間の、彼のイライラした雰囲気の、理由。それは、南里くんに対する、苛立ち、だったのでは。

 もしかしなくても。三木ちゃんが、『好きな人』の誕生日プレゼントを悩んでいたとき。加藤さんに、ネクタイピンをもう贈ってしまったのか、と問いかけられて、真っ赤になっていた、その理由は。

(あ、れ……?春先から……小林くんは、ネクタイピンを、身に着けて……)



 もしかしなくても。小林くんが、異動願いを提出した、本当の、理由、は。



 ―――徳永さんが口にした理由と。同じ、なのでは?



 予想だにしていない展開に、思考回路がバフンと音を立てて綺麗にショートした。情報量の多さ。それらに思考回路が焼き切れた、と表現した方が正しいだろうか。


 呆然と。焦っているような三木ちゃんと、澄ましたような小林くんを。椅子に座ったまま見上げていると、背後から聞き慣れた……堪えているのに、全く堪えきれていない、心底愉しそうな笑い声が聞こえて来る。

 のろのろと。緩慢な動作で背後を振り返ると、涙を滲ませたダークブラウンの瞳と視線が交差した。

 智が、その大きな手のひらを。スーツの前ボタンがある腹に当てて。手を当てている部分を起点に、細身の身体を僅かに曲げて。愉しそうに笑みを浮かべている。

 そうして、その薄い唇が。


『やっぱ、知香って鈍いよな?』


 声を出さずに。そう動いた、気がした。
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