俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ

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本編・第三部

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 ただただ、妙な沈黙が流れていく。私と章さんは驚きのあまり微動だに出来ないし、薫は私と章さんの顔を交互に見ながら、何が何だかさっぱりわからないという表情をしている。

「……驚いた。かおちゃんの知り合いだったんですね、知香さん」

 沈黙を破ったのは、ホームに立っている章さんだった。その場所に繋がる階段を降りきれていない私に視線を合わせたまま、ダークブラウンの瞳が驚愕に彩られて大きく見開かれている。

 一見、肉食系チャラそうな雰囲気の智と、どことなく柔和な雰囲気がある章さんは、身に纏う空気感が全く違う。さらに言えば、ワイルドな顔立ちの智と比べて丸っこい輪郭の章さんは、ぱっと見は本当に兄弟なのかと思うくらい似ていないはずなのに、見れば見るほど目元はふたりともそっくりだ。

 章さんの声に現実に引き戻されて、心のままにゆっくりと口を動かしていく。

「わ、たしも……びっくりです。まさか、親友の彼氏さんが……章さんだったなんて」

 驚きのあまり、掠れた様な声が喉から飛び出ていく。



 こんな展開。誰が想像できるだろうか。



 章さんは、智の実家がある近辺を管轄している税関で働いていた、はず。この辺りの管轄税関ではない上に、章さんは空港での監視官の仕事をしていて……そのため、私は仕事上での付き合いはゼロ、だった。

 さっき。薫は、と口にしていたはずで。智は三井商社の社員で、特に被害を被った。対して章さんは、空港での勤務。今回の事件の接点はなかったはず。


 だから私は―――薫の話から推測するに。
 智、なのでは、と思っていた、わけで。


 章さんが困ったように眉を下げて、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

「ご無沙汰してます。あの時はご心配をおかけしましたが、この通り彼女が出来ました。……でもすみません、兄にはまだ内緒でお願いします。お盆に家族で集まった時に、亡くなった母も含めて一斉に報告しようと思っているので」

 私の目の前には、照れたような笑みを浮かべながら、唇に人差し指を当てている章さん。その言葉に、薫がぱちぱちと目を瞬かせた。

「……え?あっくん、どういうこと?」

 わけがわからない、というような表情を浮かべたまま、薫が歩み寄ってきた章さんの横顔を見つめている。

 章さんは、薫のきょとん、とした表情を見つめて、ふっと楽しそうに笑みを浮かべた。それはまるで、可愛いなぁ、とでもいうような優しい微笑みで。章さんが薫を溺愛しているのだ、と、すぐにわかるような表情だった。

 ぼんやりと、その幸せそうな笑みを見つめていると、唐突に。章さんがを投下していった。

「ん?知香さんは近いうちに俺のになるひと。つまり兄ちゃんの彼女さん」

 さらっと。なんでもないように落とされた爆弾に思わずぶっと吹き出した。ぼんっと音を立てて顔が赤くなる。

「ちょっ……章さん!?」

 落とされた爆弾に抗議しようと慌てふためきながら悲鳴じみた声で章さんの名前を呼んだ。思ったよりも大きな声が出てしまって、私の声が階段にうわんと反響する。周囲を歩く人たちの視線を一瞬だけ集めてしまい、焦って自分の手で自分の口元を塞いだ。

 いや、確かに、智にも。章さんはいずれ私のになる、と言われたことはある。けれど、この状況でこの言葉は語弊がありすぎる気がする。正式に婚約しているわけでもないし、正解なのは最後の一文だけだ。

 ゆっくりと口に当てた手を外すけれど、結局は上ずったような声が転がり落ちていく。

「後半しか合ってません!」

「いやいや、間違ってないでしょう?兄は知香さんを逃す気も手放す気もサラサラなさそうですし」

 くすくす、と。章さんが一見愉しそうな、でも、ほんの少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべて、私の不服申し立てを却下した。


 なんなのだ、この兄弟は。顔は似てないくせに意地が悪いところは一緒なのか。というより、紛らわしすぎるだろう。ふたりとも珍しい苗字エピソードを口説き文句に使わないで欲しい。


 自分の早とちりは思いっきり棚に上げて、心の中でこっそりと、それでも盛大に悪態をついていると。気がつけば……さっきまでの不快な耳鳴りは、いつの間にか消え去っていた。



 ようやく―――薫の彼氏が、智の弟である章さんなのだ、と。私の中に、ストンと落ちてきたように思える。

 裏切られているのだ、と、一瞬でも思った自分が阿呆あほうのようだ。章さんでさえも、智が私を手放す気はなさそうだ、と、勘付いていたというのに。

 一番近い場所にいるはずの、私が。いつだって愛をくれる智の真横にいる私が、一瞬でも智を疑ってしまったこと。その事実に、強烈な安堵とともに猛烈な後悔が押し寄せてくる。



 私たちの様子をぽかんと眺めていた薫が、ひゅっと息を飲んで驚いたように声を上げた。

「え……?じゃ、知香の彼氏って、三井商社の?あの邨上さん?なの?あっくんに全然似てないあの人?」

 薫は目をまん丸くさせつつ階段に立ったままの私に視線を向ける。その視線に、ようやく足が動かせるようになり、私は押し寄せる後悔の波を押し殺して、コツコツとヒールの音をさせながらホームに繋がる階段をゆっくりと降りきった。

「あ~……うん、そう。ごめんね、今まではっきり言わなくて」

 苦笑しながら、肩から下がり落ちそうな鞄の紐をぎゅっと握りつつ驚いている薫に視線を向けた。


 薫と私は、お互いに取引先同士。
 智と私も、それから智と薫も、取引先同士だ。

 智は新部門を率いる立場であるからこそ、極東商社に便宜を図ってもらっているのでは、なんていう勘ぐりを受けさせたくもなかったし、薫にもそんなことをさせたくなくて。交際中の彼は取引先の人、という言葉しか口にしたことはなかったから、名前は伝えたことが無かったのだ。


 私の言葉に、驚いたような表情をしていた薫がふわりと顔を綻ばせていく。

「凄いご縁だね、私たち。再会したのも偶然だったのに、お付き合いしてる人が兄弟だなんて」

 私もその言葉に自然と笑みがこぼれる。本当に、数奇なご縁もあるものだ。運命的、とでも言えるだろうか。

「うん、そうだね……まさかこんなご縁があるなんて思ってなかったよ」

 薫の口から飛び出してきた『邨上さん』の話し。該当するのは、智以外ありえないと思っていた。だって、家族構成や、最近の私たちを取り巻く環境条件が一致しすぎていた。


 でも、その相手が。智の弟である章さんなら―――当たり前の、事で。


「というより、章さん……空港の監視官をされていたんじゃなかったんですか?」

 章さんは隣の地区の管轄の税関に勤務していたはず。あちらはグリーンエバー社の管轄税関ではないから、薫との接点は無かったはずなのだ。

 しかも、不正事件をきっかけに迷惑をかけられたもの同士で仲良くなった、とのことだったけれど、あの冷凍ブロッコリーの輸出は海上コンテナでの輸出の予定だったはず。一体、どうやってふたりは知り合ったのか。

 訝しむような声色で問いかけた私の言葉に、章さんが小さく肩を竦めながら斜めがけしたビジネスバッグの肩紐に手を添えた。

「ちょっと諸事情あって、こっちの税関に出向しているんです。来週には向こうに戻りますけれどもね。年明けからお盆までの期間限定の出向の予定だったので、兄には伝えてなかったんですよ。ですので、知香さんがご存知なくて当たり前だと思います」

 苦笑したような声色で紡がれる章さんのその言葉に、ようやく腑に落ちた。


 関わりがなかったはずの、ふたり。仕事上の付き合いから同じ苦難を乗り越えて、ご縁が出来て……それが実を結んだのだ、と思うと、なんだか本当に不思議な気持ちになってくる。


 そこから会話は同じ業界に身を置く3人で、軽い雑談に流れていく。税関も、営業倉庫も、お盆前で非常に忙しいらしい。ついでにそんな中での久しぶりのデートなのだ、と、惚気られて、思わず顔が綻んだ。

 しばらくすると、薫がハッと我に返ったように声を上げて、腕時計に視線を落とした。

「あっくん、お店の予約の時間!」

 焦ったようなその声に、ふっと先ほどの記憶が甦る。

 薫は今から、章さんとお食事にいくことになっていたはずだ。さっき、階段を降りきって、まだ階段を降りている私をくるりと振り返って……幸せそうにそう口にしていたから。

「あ~、ほんとだ。知香さん、すみません、俺たちはこれで失礼しますね」

 章さんも薫と同じように腕時計に視線を落とし、私にふうわりとしたやわらかい笑顔を向けた。そうして、私に向かってぺこりと頭を下げて、隣の薫に視線を向けていく。ふたりはアイコンタクトのような何かを交わしてくるりと踵を返す。

「知香、またね!」

 章さんの言葉に会釈をすると、薫が別れの言葉を投げかけながらふりふりと手を振って、章さんの背中を追いかけていった。

 スーツ姿の章さんの背中と、颯爽とした印象のパンツスタイルの薫。お互いにトップスは半袖の白いシャツだから、視界に映る後ろ姿はペアルックのようで。ふたりの背中から、幸せオーラが漂ってきているのがありありと伝わった。


 さっき。章さんが、薫に視線を向けた時。そのダークブラウンの瞳に宿る、確かな愛情と情熱を感じ取った。
 薫はずっと、結婚前提の彼女さんがいるという人を好いていた。それは紛れもなく章さんのことだろう。
 その結婚前提の彼女さんを幸せにしたいとひとりで頑張ってきた章さんの努力は敢えなく砕かれて、絶望の淵にいたけれど。彼はその苦しみから立ち直って、こうして幸せを掴んで……お互いに愛情を向け合える相手に巡り会えたことを、目の当たりにして。


(本当に、よかった…)


 心の中で安堵のため息を吐きつつ、私が乗り込む電車とは反対方向のホームに向かってふたりが歩いていくのを眺めていると、不意に薫がピタリと立ち止まった。

 そうして、くるりと踵を返して、履いているヒールも何のそのと言う風にパタパタと私に駆け寄ってきて。ぐっと私の腕を引っ張って、章さんに背を向けた。思いっきり引っ張られたから、少しだけ身体がよろめいていく。

 そうして、薫は。私の耳元に口を寄せて。揶揄うような声色で言葉を紡いでいった。


「これでお互い結婚したら。私たちも義理の姉妹同士だね?」


「……っ!?」

 思わぬ言葉にかっと顔が赤くなる。

 薫は悪戯っぽく笑いながら、私の赤くなった顔を見つめて。


 私に駆け寄ってきた時と同じように、パタパタと章さんに向かって走って行った。
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