俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ

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挿話

The people who cut out the night. 〜 side 柾臣

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 深い場所で、静かに眠っていたのに。急に周りが騒がしくなったように感じた。

 煩くて、ふっと意識が浮上する。

 テキパキと飛ばされる指示。それに応じるたくさんの声。高い声も、低い声も、中性的な声も、それぞれが耳に届く。

 俺の身体に何かをされているらしい。容赦なく身体をまさぐられていく不快感。

(……)

 よくわからないけれど、とにかく今は眠たい。
 浮上した意識が、ふたたび昏い海の底に吸い込まれるように……失くなっていく。





 夢を見た。Maisieメイジーが優しく笑っている。
 夢を見た。知香ちゃんが、穏やかに笑っている。
 夢を、見た。が、琥珀色の瞳を細めて笑っている。

 夢を……見た。あの、女の子が。
 たびたび夢に出てきた、あの女の子りぃちゃんが、笑っている。

 たくさんの笑顔が俺の前にあった。その笑顔が、光に包まれて真っ白に消えていく。

 俺は、手を伸ばす。けれど、その手は空を切った。


 空を切った俺の指先の儚さの名残りだけが、俺の心を包ん、で。





 ふわり、と。どこまでも暖かくて、どこまでも優しい風が吹き抜けた。

 その風とともに。たくさんの笑顔を包んだはずの眩い光が、緩やかに俺の頭上から落ちてくる。





 俺は、手を伸ばす。そして。


 ―――目の前に落ちてきた、光の束を。


 俺は、掴んだ。





 目を開くと、目が眩むほどの眩い照明。ホワイトアウトした視界が戻りだす頃には、真っ白な天井が視界を占領していた。

(……かあさんも………、も……ずっと…こんな、けしきを…みてた、の、かな……)

 口の中に管が入っていて、不快だ。四方を真っ白な壁紙に囲まれている。視界を占領する天井、俺を囲む数多の機材、銀の光を湛えた点滴スタンドを……ただただ、ぼんやりと見つめていると。

「あっ!!気が付きましたか!?」

 耳に届いた大きな声に首を動かそうとするけれど、身体はあの時と同じく言うことを聞かない。目だけを動かしていくと、俺の周囲にはたくさんの看護師と思われる人間がいた。真っ白な世界の中に奇妙に浮かぶ、空色のマスクとガウン。それと同色の帽子を身に纏った女性が、ひどく驚いたような顔をして俺に駆け寄ってくる。

「意識が戻った!先生呼んで!」

 一拍遅れて駆け寄ってきた同じ服装の女性に指示を放ちながら、その女性が力の入らない俺の手に触れた。

「目を開けてください。閉じてください。私の手を握れますか?」

 矢継ぎ早に言葉が俺に向けられる。わけもわからず、その言葉に従う。ただただ、目の前の女性の言葉を飲み込み、手を動かし、瞼を動かす。

 次第にそれが、従命反応の有無、つまり、昏睡から覚醒しているかを診ている、ということに気が付く。そうして。


(……い…き、てる…?)


 生きている。黒川に背後から襲われ、肺を潰され、刺された。大半の血液を失い、吐血し、それでもなお最期の力を振り絞って、黒川を引き倒した。全体重とてこの原理を使って、黒川の肩を外し、身体能力を失わせ、智くんの到着を見届けて、知香ちゃんを黒川の狂気から護ることができた。

 最期の力を、振り絞った。俺の生命すべてをかけて、の大切なモノを護った。
 だから、もう生きる気力すら残っていなくて。死を、覚悟していた、のに。




 俺は―――生きて、いる。




 眦から、灼熱の雫が零れ落ちた。
 の大切なものを護りきれた。それだけでも、十分、だったのに。

(………いきて、る…)

 ただただ零れ落ちていく雫を、手を持ち上げて拭う事も出来なかった。





◇ ◇ ◇





 コンコン、と。病室の扉がノックされた。

 俺は手元の本から視線を上げて、ちらりと時計に視線を向けた。この病院の面会開始時間を少し過ぎたところ。ゆっくりと息を吸って、扉の向こう側の人物を招じる声を発した。

「どうぞ」

 俺のその声に、ゆっくりと扉が開かれる。ふわり、と。窓も開けていないのに、窓から見えるはずの金木犀の香りが鼻腔をくすぐった。

 コツ、コツ、と。入ってきた人物は、ヒールの音をさせながら歩いてくる。その後ろから、トン、トン、と。スニーカーの音が聞こえてくる。

 先んじて入ってきた人物が、ゆっくりと俺のベッドのわきに置いてある丸椅子に腰掛けた。


 瞳を大きく魅せるためのアイメイク。綺麗にカールされた長い睫毛。眉下で真っ直ぐに切り揃えられた前髪と、腰まで届く艶のあるロングヘア。



「………大きく、なったね。りぃちゃん」



 俺が声をかけると、りぃちゃんはじわりと瞳を湿らせた。

「…………マー…くん」

 りぃちゃん。それはあの夢に出てきた女の子の名前。

 今年の4月に通関部に配属になった『加藤莉奈』の、幼少期のあだ名。

 俺がまだ……真っ直ぐだった、世界は光に満ち溢れているのだ、と、信じ切っていた頃に出会った子。

 奇しくも。俺が今入院しているこの病院で、出会った子……だったのだ。


 母は、俺が15歳になる頃にイギリスの病院で癌と診断され、医療が進んでいる日本の専門病院に入院した。日本国籍を放棄していなかったことが幸いした。
 俺は面会のために時折、父親とイギリスから一時帰国をしていた。その母の病室が、小児癌患者の病室と近かった。そこで出会ったのが……今、目の前にいる、りぃちゃん、だった。


 俺が出会った頃の彼女は、空が好きだった。空を見ると、痛いのも痛くない、と言っていた。だからなのか、日頃からこっそりと病室を抜け出していく問題児でもあった。

 困った看護師さんのボヤきを聞いていると、何故だか興味が湧いた。1歳から病院ここにずっと入院していたこともあってか、クリーンルーム無菌室を出たばかりの幼少期の彼女は、ありとあらゆるものに興味を抱いて、目を惹くものが見つかれば鉄砲の玉のように病室を飛び出していく子だったのだそう。

 何気なく、好奇心旺盛な彼女に日本語とは違う言語を教えてみてはどうだと看護師さんにアドバイスをした。英語は奥が深い、そこまで好奇心旺盛なら一度興味を持てばちょっとやそっとじゃ放棄しないだろう。

 彼女は見事にその策略に嵌り、それ以降はずっとずっと、病室で教本を貪っていた。無闇やたらと病室を抜け出すことは無くなった。そうして、彼女なりに病と向き合い、それを克服して世界を見てみたいという夢を見つけた。


「……私、ずっと。マーくんに……片桐課長代理に、ありがとうって言いたかったんです。英語を好きにならせてくれて、病に打ち勝つ力を与えてくれた。その上、先週、あの事件の時に生命まで助けてくれた。本当に、感謝しています」

 りぃちゃんが、ゆっくりと頭を下げた。

「俺からも。俺の大切なひとを助けてくださって、ありがとうございました」

 りぃちゃんの後ろをついてきて立ったまま俺たちの会話を見守っていた、ガタイの良い男が勢いよく頭を下げた。


 面会謝絶が解けた今日。りぃちゃんは彼を伴って真っ先に会いに来てくれる、と、俺はなんとなくそう思っていた。


 彼は、確か、智くんの後輩の……藤宮、というのでは無かっただろうか。俺が極東商社に契約社員として入社し、智くんの情報を集めていた時に喫煙ルームで偶然出会った、若く元気な子。そうして、先週の事件の場にもいた、あの子。

「君が警察とか救急隊とかを誘導してくれたんでしょ?俺からも、ありがとう」

 へにゃり、と。いつもの人懐っこい笑みを浮かべ、彼に向けると。

「……俺は、先輩に言われてその通りに動いただけっス」

 目の前の彼は、居心地悪そうに俺から視線を外して、ツンツンとした髪を掻いていく。その様子を愛おしそうにりぃちゃんが眺めて、くすりと微笑んだ。



(……幸せそうで、よかった)

 あの時。母の退院が決まった時。りぃちゃんに、また会いに来るね、と、約束したけれど。子どもだった俺はひとりでは日本に帰してもらえなくて。結局、一度も会いに来れなかった。

 そうこうしているうちに、俺も大人になり闇の世界へ足を踏み入れて。光の世界を生きてきた自分を封印した。もちろん、彼女の記憶ことも含めて、幸せだった記憶を封印した。



 そうでもしなければ俺の心が壊れる、と……俺は本能的にわかっていたのだろうと思う。



 俺は、が言っていたように。欲張って、哀しみを抱えすぎていたから。俺のそばにあったはずの、大切な繋がりにすら気が付けなかったのだ。

 Maisieメイジーがいない世界を受け入れて。りぃちゃんと再会した4月に、この繋がりに気が付けていたら。

 光の世界に生きていた自分を思い出して、自分の弱い部分を認めて、苦しい悲しいと叫ぶ自分の心を開放させられていたら。

 俺は……道化を演じたまま、こうして大勢の人間を心配させるような真似は、しなかっただろう、と……そう思う。


(……ほ~んと…俺は、大莫迦野郎、だったね~ぇ?)

 あの時。黒川に殴られ、刺され、それでも知香ちゃんを庇いに行って……莫迦じゃないのかと言われたけれど、本当にそうだった。

 心の中で小さく苦笑していると、彼がりぃちゃんにやわらかく声をかけていく。

「りぃちゃん、そろそろ行こう。長居すると片桐さんの負担になるよ」

「うん」

 そうして、彼女がゆっくりと席を立っていく。あの時は短かった、でも、今はとても長い髪を揺らしながら。

「本当に、ありがとうございました」

 深く深く謝意を述べるふたりにベッドから手を振りながら、彼らを見送っていく。

「加藤さん」

 りぃちゃんが病室から出ていく直前。俺は彼女を呼び止めた。こちらを振り向く彼女の顔の輪郭に、さらり、と、長い髪が纏わりついていく。

「………ちゃんと。俺を怒ってくれてありがとう」

 彼女を見つめたまま、へにゃりと笑って俺がそう口にすると。りぃちゃんは、困ったように肩を竦めて。


「あのとき。階段で、約束したから」


 彼女はあの時と同じ笑顔で。

 ただ、それだけを口にした。
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