俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ

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終章

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「せ~の、ご結婚、おめでとうございま~す!」

「お~!みんなありがとうなぁ」

 純白のタキシードを身に纏い、キラキラした幸せそうな大迫係長の笑顔が目の前にあった。通関部のメンバー、それから畜産販売部へ異動したけれども過去通関部所属だった小林くんを加えて高砂に赴き、大迫係長へ祝福の言葉を投げかけていく。


 あっという間に秋が深まり、大迫係長の結婚式の日、11月25日を迎えた。会場は浅田さんの結婚式が執り行われたホテルと同じホテル。

 白亜のチャペルに足を踏み入れると、高い天井とギリシャ神話を彷彿とさせるような内装でその荘厳さに思わず吐息がもれた。花嫁さんが入場される時のお母様からのベールダウンでは、おふたりの表情から思わず貰い泣きしそうになるほど。誓いのキスでは、大迫係長のはにかんだような笑みが思わず可愛らしく感じた。

 そんな素晴らしい挙式を終え披露宴に移り、田邉部長が祝辞を述べ乾杯を経て歓談が始まり、職場関係者で揃って高砂に出向き……私たち女性陣の音頭で祝福の言葉を投げかけた。

「小林もありがとうなぁ。畜産販売部は今ロシアでの畜産展覧会の準備で大わらわだろうに」

 大迫係長が上半身を伸ばして私たちの後ろに立っていた小林くんに視線を合わせて、申し訳なさそうに身体の前で小さく手を合わせた。

「いえいえ。お祝いごとですしもちろん馳せ参じますとも。それに企画アイディアが浮かばず詰まっていたので気分転換にもなってますから。お気になさらず」

 小林くんはその言葉を受けて、苦笑したように後頭部をガシガシと掻いている。大迫係長が口にしたように、小林くんが所属する畜産販売部は、年末にロシアで開かれる食品の見本市に出店することとなっていたのだ。睡眠時間すら削って準備をしているようだ、ということを三木ちゃんから聞いていたけれど、小林くんの顔色はそこまで悪くない。私も内心でほっと安堵のため息を零した。

「すみませーん!写真お願いします!」

 三木ちゃんがスタッフさんに自分のスマホを手渡し、高砂で会社メンバーの集合写真を撮ってもらう。こんな時にパッと動けるのが本当に三木ちゃんの凄いところ。

 写真撮影を終えて各自で思い出話しに移っていく。わいわいと会話が続く中、田邉部長が穏やかに声を発した。

「大迫。結婚したのならそろそろ深酒は控えないとね?」

「うっ……」

 大迫係長はその声に席に座ったまま動揺したようにたじろいでいる。その様子に私たちからどっと笑い声が漏れた。

「そろそろ降りないと、ご友人方が来れなくなっちゃいますよ~」

 その後も思い出話で全員が盛り上がる中、そっと口を開いて高砂から降りるように促していく。


 ぽつり、と。私たちが高砂から降りていくときに。大迫係長が、私たちに聞こえないくらいの小さな声で呟いた。



「本当は……片桐も祝ってくれたら、よかったんだけどなぁ」



(…………)

 大迫係長は片桐さんと仲が良かった。馬が合ったのだろう、片桐さんが通関部に所属していた時も、休憩中に一緒に喫煙ルームに入っていく姿を時折目にしていたし、3月の期末慰労会の時も、あのシンポジウムの場でも。彼らは隣り合って楽し気に会話をしていた。だからこの場に彼がいないことは大迫係長にとってはとても残念なこと、だろう。

「……」

 高砂に登りあがる階段を降り、大迫係長の寂しげな表情をそっと見つめながら私は自分の席に腰をおろした。テーブルを見ると、私たちが高砂に写真撮影にいっている間に、魚料理が並んでいた。メニュー表に目を落とすと、『スズキとエンジェルクルペット』となっている。小ぶりながらも目を引く鮮やかなオレンジ色の海老がなんとも目出度い。カトラリーを手に取って、目の前の料理にそっとナイフを差し入れた。



 ……あの事件があって、大怪我を負った片桐さんは集中治療室ICUに入院となり、生死の境を彷徨った。一命を取りとめたものの、黒川さんに対して『意図的に肩を外し身体に害を及ぼした』ということで傷害罪が成立することとなり、本人の体調を鑑みての警察の事情聴取等が優先され、回復後もしばらくの間は面会謝絶となっていた。

 報道によると、黒川さんはまず、裏口に近い階段からあの階に侵入し、お手洗いの陰に潜んで懇談会会場へ乗り込む機会を窺っていた。しかしちょうど潜んでいた場所からひとりきりの片桐さんの姿が見え、まずは彼を狙った。その後、片桐さんを刺した刃物を持ったまま懇談会会場に乱入したものの、私の姿が見当たらない。恨みを募らせていた片桐さんへの宿願は果たせた、ではもう遁走しようと会場を飛び出し、来た時と同じように裏口に繋がる階段に向かうと私と加藤さんに鉢合わせ……ということだった。

 私と加藤さんがお手洗いの中で聞いたあの甲高い悲鳴のような声は、黒川さんが懇談会会場に乗り込んだ時のものだったのだ。

 そうして、逮捕された彼は罪を認め、これまでの行いを素直に供述しているらしい。不正事件を暴かれたことがきっかけで片桐さんを逆恨みし、その恋人であると誤認していた私を狙っていたこと。帰り際を待ち伏せていたが上手くいかず、いつからか極東商社が入るオフィスビル周辺のパトカーの巡回が増え、結局、役員懇談会に乗り込むという形を取ったということ。それから、不正事件を引き起こしている最中に、三井商社管理部門の女性に害を及ぼしていたこと。それについても全てを自供しているとのことだった。

 銃刀法違反で現行犯逮捕された黒川さんだけれども、現在は片桐さんへの殺人未遂、それから私と私のそばにいた加藤さんへの暴力行為等処罰法違反での取り調べが進んでいる。

 私と加藤さんは、黒川さんに刃物を向けられても無傷だった。殺人未遂とは、斬りかかられて多少負傷したり押さえつけられたりの有形力の行使がないと成立しないのだそう。

 擬律判断としては、無傷だった私たちに対する殺人未遂は成立しない。しかしながら、黒川さんは私たちに向かって「殺す」と口にしていたことから、危害を加えることを宣言する行為に加えて凶器を示したことで、脅迫罪よりも重い暴力行為処罰法違反が成立し、そういう形での処分となるらしい。

 黒川さんの弁護士さんから破格の金額での示談の申し出があったが、私も加藤さんも拒否している。

 彼はこれまで、こうした事件を起こしていても、父親である三井商社の社長さんに幾度も援助されてきたのだそうだ。それが今回の件に繋がったと私は思う。だからこそ、いくらお金を積まれようと、お金で解決できないこともあるのだ、ということを知って欲しい。

 裁きを受け、罪を償い、そうしてまたゼロから始めて。私の知らないところで私の知らない幸せを掴んで欲しい、と、そう願っている。

 片桐さんも「意図して黒川さんの身体を傷付けた」と素直に自分の非を認め、捜査に協力していたようだった。しかし、結局、今回の事件の加害者でもあり被害者でもある黒川さん本人が「怪我をさせたことに関しては処罰を受けて欲しい」ということで被害届が提出され、片桐さんは傷害の容疑で在宅捜査を経て書類送検された。まぁ、当然のことながら、社会通念上、不起訴という形で収まったのだけれども。

 そうして。彼は黒川さんの逆恨みに気が付き、私に害が及ばないように遠回しに私を守るという方向性にしたことや、嘘の行動を起こしながら、私の知らないところで私をずっと守ってくれていた、ということを。参考人として受けた事情聴取の際に、刑事さんから改めて知らされた。



 その感謝と、これまで片桐さんに放った失礼な言葉たちを謝罪したい。私も智も、その一心で、仕事が終わり次第彼が入院している病院に足を運び、面会謝絶が解けていないかを毎日確認しに行っていた。面会出来るようになるまでを、今か今かと待っていたのに。

(私は…結局、会えなかったんだよね……)

 ほう、と、ため息をつきながら程よく火の入ったスズキを口に含んでいく。バジルソースの風味がうま味を引き立たせているように感じた。

 面会謝絶が解かれた当日は、通関士の試験の日だった。日中に智が面会に行き、会話を交わした。順調に回復しているようで顔色もよく元気だった、ということは聞いている。智から面会できた、という連絡を受け、受験後すぐに病院に直行したけれど、その日は生憎面会時間を過ぎてしまっていた。


 気を取り直し翌日に訪問した時には―――片桐さん本人の希望で面会が出来なくなっていた。


 理由がわからなかった。前日、智が会いに行っていたのに。智が面会した後には大迫係長が面会していたらしいのに。どうして彼は急に、面会を希望しなくなったのか。

 それからも私は毎日足を運んだ。受付の看護師さんに何度も「会いたい、話したい」という言伝を片桐さんに向けて頼んだ。けれど無情にも「面会はご希望されていません」、という言葉が淡々と返ってくるだけ。

 そうして、翌週にはリハビリに強い別の病院に転院してしまわれた。当たり前だけれども、個人情報だから、と……転院先の病院は教えて貰えなかった。


 片桐さんの親戚である槻山取締役の話によると、片桐さんは「運よく逮捕・起訴されなかっただけ。日本の法を犯した自分は上場企業である極東商社の社員としては相応しくない」と強く希望され、10月末日付で退職されてしまった。その後の彼の行方は、仲の良かった大迫係長ですらもご存じでない。槻山取締役はその口ぶりから彼の居場所をご存じのようだけれども、もちろん教えては貰えていない。


 今、彼はどこにいるのだろう。後遺症等無く元気で過ごしているのだろうか。せめて、ありがとう、今までごめんなさい、という事だけは伝えたかったのに。


 歓談のBGMと、周囲の人たちの楽しそうな声を聴きながら目の前に出された料理を口に運び、中座や余興などを楽しみながらも、時折ただただ物思いに耽っていると。ふと、遠くから名前を呼ばれた気がした。

「…………瀬さん。一瀬さん」

 気がつくと、キャンドルサービスの時間になっていた。会場内は照明が落とされて、テーブルにはゆらゆらと揺らめく蝋燭の光が灯されている。

 私の隣に座っている西浦係長が、そっと。テーブルの下に隠しながら、明るさを落としたスマホの画面を私に見せていた。遠くから声が聞こえたように感じたのは私が考え事をしていたから、らしい。

「………?」

 なんだろう。よくわからないまま、差し出された画面を凝視する。

「……!!」

 表示された画面。通関士試験の、合格発表画面。


 そこに―――


 その意味を瞬時に理解した。弾かれたように顔をあげると、西浦係長が穏やかに笑って、「僕もです」と、小さく頷いていた。




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