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番外編/SS
al fine 〜 to the end 〜
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恋愛大賞エントリー記念に番外編を掲載いたします。
このエピソードは時系列で言えばプロポーズ後(本編終章「252話」と「253話」の間)のエピソードとなります。お楽しみいただけましたら幸いです!
- - - - - - - - -
「知香~。これ持ってっていーの?」
智が玄関から大きな声で寝室の大掃除をしている私に声をかけている。智がいう『これ』とは私が纏めて置いておいたゴミ袋のことだろう。
「うん、そう!お願いできる~?」
助かった。今年最後の出勤日を終えた翌日の今日から取り掛かった年末の大掃除。この地区の指定ゴミ袋の中でも一番大きなゴミ袋がパンパンになるほどゴミが出たのだ。この大きさと重量、マンションのゴミ置き場まで持っていくのに苦労するだろうなと思っていたけれど、智が持っていってくれるならこれほど助かることはない。そう考えて、私は雑巾掛けをする手を止めて玄関に向かって声を張り上げた。
「ん。じゃ、行ってくるから」
智の了承の声がして、ギィ、と、玄関が開く音がした。私はその音を聞き届けて、雑巾掛けする手を再度動かしていく。
(えっと、出来ればあと1時間くらいで大掃除終わらせて、実家に帰る荷造りを始めなきゃ……)
今年のお正月は智と一緒に私の実家に帰省する。つい数日前に、智からあのレストランでプロポーズをされて私は承諾をした。つまり、今回の帰省は結婚の挨拶も兼ねているのだ。
あれから、智も私も。明日からの帰省に合わせて慌ただしく日々を過ごしてきた。大掃除も分担してやっていたからあと少しで終われそうだ。
そんなことを考えながら寝室からベランダに続く窓を綺麗に拭きあげていると、ふ、と。智のPCデスクの上に見慣れない、それでいて縁の周辺が毛羽立っている……使い込んだような小さなノートが置いてあるのを視界の端で捉えた。
「……?」
智が仕事で愛用している手帳でもない。日々つけている日記帳でもない。一年近く一緒に毎日を過ごしているけれど、このノートは初めて見た。落ち着いたブラウンの裏表紙の、小さなノート。
(………)
見てはいけない、というのはわかっている。結婚の約束をした仲ではあるけれど、それでも不可侵の領域は保っていたほうがいいはず。
でも。このノートに。こんな使い込んだようなノートに、何が書いてあるのか。とても気になる。
(……表紙、だけ、だったら……いい、よね……?)
自分にそんな言い訳をしながら、そっと。その小さなノートを裏返すと、そこには。
智のしっかりとした字で『夢ノート』というタイトルが記されていた。
(夢、ノート……?)
夢日記のようなものだろうか。夢日記をつけると脳のトレーニングにもなって洞察力が磨かれる、ということをどこかで見た気がする。努力家の智だから、こうして日常の何かですら努力の種にしているのだと察した。
「すごいなぁ、こんなことまで……」
感嘆の声を漏らしながら、そっと。そのノートの表紙を捲った。するとそこには。
『知香にイヤリングを渡してYESを貰う』
『知香と一緒に二年詣りに行く』
『知香に合鍵を渡して俺の前で使ってもらう』
と、いう文字が並んでいた。思わぬ文字の羅列に驚いて息が止まる。そこから下にも、たくさんの文字の羅列があった。
『乾燥食材の部門を立ち上げる』
『一日でも早く管理職になる』
『会社の膿を出し切って三井商社を大きくする』
『知香を社長夫人にする』
『ホワイトデーに知香に花束を渡して喜んでもらう』
『知香と一緒にイタリアの夜空を見る』
『浅田と一緒に三井商社を大きくして上場させる』
『知香と一緒に薔薇祭りに行く』
『知香と一緒にノルウェーのオーロラを見る』
『片桐の証拠でもって黒川を潰す』
『黒川のような不正を起こさせない体制を作る』
『企画開発部を軌道に乗せる』
いくつかの文頭には赤いペンでチェックマークが入っていた。そのチェックマークの有無で、このノートが智にとっての叶えたい『夢ノート』、なのだと察する。
(……言霊、を……信じてる……って…浅田さんも言ってた……)
春先に、あの電車の中で。あのタイムリミットの話をしていた時に、浅田さんが智に向かって口にしていた、あの場面が。浅田さんの声とともに、鮮明に再生された。
「言葉は言霊で、自信がないと口にしてしまえば失敗するって考えてることも。それを何よりも一番に大事にしてる、っつうことも」
智は、言霊の力を心の底から信じている、ということを。改めて……思い知らされた、気分だ。こうして願いを書きとめて言霊としているのだろう。
そのほかにも。たくさん、たくさん書いてある。
『1.225カラットのタンザナイトを見つけて婚約指輪にする』
『レストランでプロポーズをしてYESを貰う』
『博之さんと彌月さんに結婚の許可を貰う』
『ジューンブライドの6月に結婚式を挙げる』
(……こんなにいっぱい。私と叶えたい夢が、書いてある…)
その事実に。智が私をどれだけ愛してくれているのか、を、身をもって実感した。なんだか嬉しさと恥ずかしさで、ドクン、ドクン、と。心臓が大きく鼓動を刻んでいるのを感じる。
叶えたい夢が浮かんだら、すぐにこのノートにメモして。叶ったら、赤いペンでチェックを入れていく。智がこのノートにペンを走らせていく、そんな様子がありありと想像出来た。
そのまま、そっと視線を滑らせていくと。
そのページの―――一番下に。
『知香と。死が分かつまで、共にいる』
力強く。その一行が、このノートに刻むように。強い筆跡で記されていて。
この文頭にチェックマークが入るまで。智はこのノートを持ち続けるつもりなのだ、と…察した。
その一文に目を通して。智の本心を、理解して。
込み上げてくる感情を抑えられなくて。
はらり、と。涙が、一筋……こぼれていった。
このエピソードは時系列で言えばプロポーズ後(本編終章「252話」と「253話」の間)のエピソードとなります。お楽しみいただけましたら幸いです!
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「知香~。これ持ってっていーの?」
智が玄関から大きな声で寝室の大掃除をしている私に声をかけている。智がいう『これ』とは私が纏めて置いておいたゴミ袋のことだろう。
「うん、そう!お願いできる~?」
助かった。今年最後の出勤日を終えた翌日の今日から取り掛かった年末の大掃除。この地区の指定ゴミ袋の中でも一番大きなゴミ袋がパンパンになるほどゴミが出たのだ。この大きさと重量、マンションのゴミ置き場まで持っていくのに苦労するだろうなと思っていたけれど、智が持っていってくれるならこれほど助かることはない。そう考えて、私は雑巾掛けをする手を止めて玄関に向かって声を張り上げた。
「ん。じゃ、行ってくるから」
智の了承の声がして、ギィ、と、玄関が開く音がした。私はその音を聞き届けて、雑巾掛けする手を再度動かしていく。
(えっと、出来ればあと1時間くらいで大掃除終わらせて、実家に帰る荷造りを始めなきゃ……)
今年のお正月は智と一緒に私の実家に帰省する。つい数日前に、智からあのレストランでプロポーズをされて私は承諾をした。つまり、今回の帰省は結婚の挨拶も兼ねているのだ。
あれから、智も私も。明日からの帰省に合わせて慌ただしく日々を過ごしてきた。大掃除も分担してやっていたからあと少しで終われそうだ。
そんなことを考えながら寝室からベランダに続く窓を綺麗に拭きあげていると、ふ、と。智のPCデスクの上に見慣れない、それでいて縁の周辺が毛羽立っている……使い込んだような小さなノートが置いてあるのを視界の端で捉えた。
「……?」
智が仕事で愛用している手帳でもない。日々つけている日記帳でもない。一年近く一緒に毎日を過ごしているけれど、このノートは初めて見た。落ち着いたブラウンの裏表紙の、小さなノート。
(………)
見てはいけない、というのはわかっている。結婚の約束をした仲ではあるけれど、それでも不可侵の領域は保っていたほうがいいはず。
でも。このノートに。こんな使い込んだようなノートに、何が書いてあるのか。とても気になる。
(……表紙、だけ、だったら……いい、よね……?)
自分にそんな言い訳をしながら、そっと。その小さなノートを裏返すと、そこには。
智のしっかりとした字で『夢ノート』というタイトルが記されていた。
(夢、ノート……?)
夢日記のようなものだろうか。夢日記をつけると脳のトレーニングにもなって洞察力が磨かれる、ということをどこかで見た気がする。努力家の智だから、こうして日常の何かですら努力の種にしているのだと察した。
「すごいなぁ、こんなことまで……」
感嘆の声を漏らしながら、そっと。そのノートの表紙を捲った。するとそこには。
『知香にイヤリングを渡してYESを貰う』
『知香と一緒に二年詣りに行く』
『知香に合鍵を渡して俺の前で使ってもらう』
と、いう文字が並んでいた。思わぬ文字の羅列に驚いて息が止まる。そこから下にも、たくさんの文字の羅列があった。
『乾燥食材の部門を立ち上げる』
『一日でも早く管理職になる』
『会社の膿を出し切って三井商社を大きくする』
『知香を社長夫人にする』
『ホワイトデーに知香に花束を渡して喜んでもらう』
『知香と一緒にイタリアの夜空を見る』
『浅田と一緒に三井商社を大きくして上場させる』
『知香と一緒に薔薇祭りに行く』
『知香と一緒にノルウェーのオーロラを見る』
『片桐の証拠でもって黒川を潰す』
『黒川のような不正を起こさせない体制を作る』
『企画開発部を軌道に乗せる』
いくつかの文頭には赤いペンでチェックマークが入っていた。そのチェックマークの有無で、このノートが智にとっての叶えたい『夢ノート』、なのだと察する。
(……言霊、を……信じてる……って…浅田さんも言ってた……)
春先に、あの電車の中で。あのタイムリミットの話をしていた時に、浅田さんが智に向かって口にしていた、あの場面が。浅田さんの声とともに、鮮明に再生された。
「言葉は言霊で、自信がないと口にしてしまえば失敗するって考えてることも。それを何よりも一番に大事にしてる、っつうことも」
智は、言霊の力を心の底から信じている、ということを。改めて……思い知らされた、気分だ。こうして願いを書きとめて言霊としているのだろう。
そのほかにも。たくさん、たくさん書いてある。
『1.225カラットのタンザナイトを見つけて婚約指輪にする』
『レストランでプロポーズをしてYESを貰う』
『博之さんと彌月さんに結婚の許可を貰う』
『ジューンブライドの6月に結婚式を挙げる』
(……こんなにいっぱい。私と叶えたい夢が、書いてある…)
その事実に。智が私をどれだけ愛してくれているのか、を、身をもって実感した。なんだか嬉しさと恥ずかしさで、ドクン、ドクン、と。心臓が大きく鼓動を刻んでいるのを感じる。
叶えたい夢が浮かんだら、すぐにこのノートにメモして。叶ったら、赤いペンでチェックを入れていく。智がこのノートにペンを走らせていく、そんな様子がありありと想像出来た。
そのまま、そっと視線を滑らせていくと。
そのページの―――一番下に。
『知香と。死が分かつまで、共にいる』
力強く。その一行が、このノートに刻むように。強い筆跡で記されていて。
この文頭にチェックマークが入るまで。智はこのノートを持ち続けるつもりなのだ、と…察した。
その一文に目を通して。智の本心を、理解して。
込み上げてくる感情を抑えられなくて。
はらり、と。涙が、一筋……こぼれていった。
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