奇跡を呼ぶ旋律

桜水城

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「皆ご苦労さん。腹が減っただろ? たくさん食べな」
 従業員専用の食堂でミラが言った。出された食事は客用の食材の余り物で作られたのだろうと思われたが、それでも量がたくさんあることで豪華に見えた。
 この食堂には椅子がなかった。立って食べるのだ。それでも、様々な国を旅してきた私は特段不自然だとは思わなかった。料理は数種類ある。用意された小皿にとりながら食べるのだと即座に私は理解した。
「ディンさん、どうでした? 初仕事は」
 ルーヴァが寄って来て私に訊いた。肉の腸詰めを口に入れようとしていた私は手を止めた。今いる部屋は涼しいが、それでも彼女の頬は赤い。その赤さは生まれつきなのだろうか。
「なかなか大変なものだったよ。皆偉いな」
 ルーヴァは微笑んだ。
「そうでしょう、そうでしょう。食堂の裏側はある意味戦争みたいなものなんです」
 私は苦笑いした。確かに目の回るような忙しさだった。しかし、戦争とは少し言い過ぎではないだろうか。私は戦争を直接は知らないが、こんな平和なものではない。
 この食事は少し遅めの昼食だった。朝食を食べられなかった私の胃袋は際限ないほど料理を求めていた。
「食べ終わったらまた早く仕事に戻っておくれよ。今日はまた新しいお客さまが来て忙しいからね」
 魚の骨の唐揚げを口にしながらミラが従業員全員に告げる。そういえば、今夜私はどこで寝るのだろう。私は一足先に食堂を出ようとしていたミラを捕まえた。
「今夜はどこで寝たら良いんだ? それから、天馬琴はどこにある?」
 ミラは呆れ顔で答えた。急いでいるのにくだらないことを訊くなという顔だった。
「昨日と同じ黄昏の間で構わないよ。それと、天馬琴っていうのかい? あの楽器ならその部屋だよ」
 助かった。天馬琴がなければ私の商売も上がったりだ。まあ、元々上がったりのようなものだろうが。私の全財産は銅貨が五枚しかないのだから。
 そして、ふと何かを思い出したかのようにミラが私の目を見ながら訊いてきた。
「あんた……吟遊詩人なんだよね?」
「そうだが……何か?」
 昨日も訊いたことをミラは覚えていないのだろうか。しかし、彼女の瞳はどこか切なげに見える。私の胸もちくりと痛む。いったい何だろうか。
「ひとつ頼みがあるんだ。夕食後の皿洗いが終わったら、そのまま水場で待っていてくれないかい?」
 世話になっている身で断るわけにもいかない。しかし、あまりにも無茶な頼みなら断らなければならないだろうが。
「私ができることなら力になろう」
 ミラは嬉しそうに頷いた。
「吟遊詩人なら簡単にできることさ。詳しくはまたあとで」
 手を振りながらミラは出て行った。私は四本目の肉の腸詰めにかぶりつきながら見送った。
 
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