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棚からぼた餅

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 遊びに来い、という言葉を間に受けて、こんなに早く実行に移す人物は中々いないと、自分でも思う。
  冬火さんの秘密を知った日からたった三日したか経っていないが、オレは歌舞伎町を一心不乱に歩いていた。
 人生で初めてのスピード失恋を経験したのにも関わらず、オレはすぐに冬火さんに会いたくなっていた。恋人としてそばにいることは叶わなくなってしまったが、知り合い……いや、友達くらいにはなれたらいいなと思う。
 今日は店は定休日。時間に縛られる事なく冬火さんと話ができると思うと、もしかしたら迷惑かもしれないという懸念も小さくなってしまっていた。

「着いた……って、あれ……?」

 真夜中フラワーの看板の下に灯りはついていなかった。いつもなら、薄暗くなると店内に電気がつき、まるでランタンのように煌々と光っている。
 事前にヒロムさんから、ここの営業時間を聞いておいた。基本的に夜職の人たちや、その客相手の店だから夕方からしか開いていないらしい。
 そんなわけで、わざわざ休みの日の夜に歌舞伎町までやってきた、のに。

「…………まさか、休み……?」

 そしてオレはある事実に気がつく。

 …………もしかして、ヒロムさんの定休日と合わせた……?

 休みが同じなら、当然会う時間も作りやすい。
 冬火さんが店長なら、その辺のスケジュールも決められるだろう。
 あー、やだやだ考えたくない、と頭を押さえる。
 もう諦めたつもりでも、冬火さんの健気な行為にモヤモヤしている自分がいる。
 一気に脱力したオレは、もう帰ろうと踵を返した。
 
 すぐに寮に帰って布団に潜って何もかも忘れよう……
 
 腹の虫が鳴いているのも構わず、すっかり意気消沈したオレは力無く歩き出した。が。

「あれ? 小太郎?」

 今一番聞きたい声が聞こえて、思わず勢いよく頭を持ち上げる。

「もしかして、遊びに来てくれた? 早くね?」

 道の向こうから、オレを茶化すような悪い顔で笑う冬火さんが近づいてくる。いつものように店のロゴが入った黒いエプロンではなく、オーバーサイズのシャツにダボっとした黒のズボンを履いている。
 いかにも"オフ"という雰囲気の格好に飛びつきたくなるほどテンションが上がったが必死に堪える。

「あの、はい。今日休みだったんで……」
「あ、そーだよな。連絡くれれば良かったのに……って連絡先知らないか」

 やっぱり、店の休みを把握している。
 会えた喜びが一気に地に落ちて、気持ちが萎んでしまう。

「はい、これ、俺のID」

 項垂れかかったオレの目の前にスマホの画面が掲げられる。

「え……?」
「連絡先知らないと不便だろ」

 当たり前のようにそう言い、友達登録を促してくる。オレは焦りながら自分のスマホを取り出し、冬火さんを友達に加えた。
 自分のスマホに表示された『千代川冬火』の文字だけで落ち込んでいた気持ちが急浮上する。
 我ながら単純だと思うが、嬉しいものは嬉しい。

「今日店休みなんだわ。ちょっと用事あって店に来たんだけど……もしかしてここでずっと待ってた?」
「いや、今来たばっかりです! 休みだって分かってもう帰ろうかと思ってたところで……」
「あー、じゃあタイミング良かったな。ちょっと待ってて。すぐ用事終わるから飯食いに行こ」
「ふぁ……? へ?」
「さっきからすごいお腹鳴ってんの」

 冬火さんに指されたお腹がタイミングよく大きく鳴る。恥ずかしさで顔を赤くするオレに冬火さんが声を出した笑った。

「じゃあちょっと行ってくるわ」
「あ、はい!」

 成り行きとは言え、冬火さんとご飯に行ける。
 その事実がじわじわと嬉しくて、冬火さんが戻ってくるまでずっと反芻しては顔が崩れるのを我慢した。



「ほーら、小太郎、好きなの何でも頼んでいいぞ」
「だから犬扱いやめてくださいってば!」

 そう言いながらも満更でもなさそうな顔が隠せないオレを見て、冬火さんは笑う。
 オレはそんな冬火さんの視線を遮るように自分の前に立てたメニューで顔を隠した。

「ぱにーに、あまとりちゃーな、ぶる……すけった…………?」
「……何語?」
「そんなのこっちが聞きたいっすよ!」

 半泣きになりながらメニュー表を指差す。
 ど田舎では聞いたこともないような料理の羅列に頭がパンクしそうだった。

「イタリアンなんだからイタリア語だろ」
「そういう意味じゃなくて!」

 気の利いた店を知らないオレは、好き嫌いはないからと冬火さんに全てを任せてしまった。今思えばこれが良くなかった。適当なチェーン店の居酒屋に行くのかと思いきや、連れて来られたのはおしゃれなイタリアン。土地柄なのか、キャバクラの同伴らしき組み合わせが多く、店内はそこそこ混雑していた。
 半個室になった席に案内され、メニューを渡された時からオレは内心テンパっていた。
 イタリアンの注文くらいさらりとこなして、かっこいいところを見せたかった。だが、早々に諦めることになる。

「…………あんまり、こういう店来たことなくて」
「へぇー、普段どんなとこで飯食ってんの?」
「普段……」

 大体が、ヒロムさんに甘やかされて店でご飯を恵んで貰うか、カップラーメンかコンビニ弁当で済ましている。
 堂々と胸を張って言える食生活ではないことに気付き、言い訳を考える。

「あー、碌な食生活じゃないってことは分かった」
「なんで分かったんすか?」
「ヒロムもそうだしな」

 思わぬところからヒロムさんに繋がりドキッとしてしまう。冬火さんの僅かに柔らかくなった声色に嫉妬してしまう。

「じゃあ俺が適当に頼んじゃっていい? 好き嫌いはないんだっけ?」
「はい! 好き嫌いしたらバチが当たるって言われて育ってきたんで!」
「ふ、はは、なんか良いな、そういうの」

 何にツボったのか分からないが、冬火さんが笑ってくれて嬉しくなる。
 その後、運ばれてきた見たこともないような料理を食べながらオレはしゃべり続けた。

「そういえば、今更なんですけど、冬火さんイタリアン好きなんですか?」
「ん? あー……ヒロムとよくここに来るんだよ。あいつ、イタリアン好きだから」

 まただ、と思った。
 気を抜くとすぐヒロムさんの話題になってしまう。元々共通の知り合いがヒロムさんなのだから、自然な流れではあるものの、どうしても一瞬気まずい空気になってしまう。

「…………ごめん、ほんと俺かっこ悪いわ」
「え……?」
「ヒロム、ヒロムってそればっかり。今まで誰にも言えなかった分、小太郎に甘えてばっかで」

 甘えられているのだと、自覚した途端湧き上がってる高揚感に身体が熱くなる。

「もうとっくの昔に諦めるって決めたんだし、いい加減切り替えなきゃって思うのに上手くいかなくてさ」
「え、諦めたって!?」

 寝耳に水だった。
 てっきり、冬火さんは自分の気持ちを伝えるタイミングを伺っているものだと思っていた。
 
「友達として近くにいる方が幸せな場合もあるんだよ」

 冬火さんの言っている意味が分かるようになってしまったオレは、かける言葉が見つからなかった。

「そういう訳だから、応援は……してくれなくて大丈夫。ただ、たまーに愚痴とか聞いてくれたら嬉しい、かも」

 好きな人に頼られるのは嬉しい。
 それが、自分の失恋を抉ることじゃなければ。
 オレは渾身の作った笑顔で勿論と答えた。
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