年下皇子が離れない

ことわ子

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 朝。それも早朝。
 俺はレクシリルより早く目を覚ますと起き上がって眼鏡をかけた。隣では昨日寝た時点より近い距離でレクシリルが寝息を立てていた。目を瞑っているといつもの無表情が分からない分幼く見えて、急に年相応に感じた。
 俺の方を向いて、膝を折り曲げて寝ている姿はどこか無防備で、顔についたクッションの痕も可愛いと、一瞬思ってしまった。
 しかし、俺は心を鬼にしてレクシリルの肩を揺すった。突然起こされたレクシリルは目を丸くしながら飛び起き、何が起こったのかと周囲を見回した。
 金色の髪の毛は目も当てられないほどボサボサだったが、全体の美しさは全く損なわれていないところが何だか癪だった。

「起こして悪い。ちょっと手伝って欲しいことがあって……」
「なに……?」

 まだ少し寝ぼけているのか、ふわふわとした返事が返ってくる。レクシリルはおもむろに髪の毛を後ろで纏めると、軽くあくびをした。

「いいから着いてきて」

 皇子に対して最低限の準備時間しか与えず、強引に外に連れ出した。
 早朝だというのに既に暑い。と、いうことは今日も見られるかもしれないと期待しながら歩みを進める。
 俺の歩幅に合わせて歩くレクシリルは何も聞かずに俺の顔をジッと見ていた。これならいっそ聞いてくれた方がマシだなと思い始めた時、それは見えた。

「良かった……!」

 七色に光輝くビーチが俺たちを出迎えた。
 昨日よりも輝きが強いような気がするのは俺の欲目だろうか。
 どうせなら、最高に綺麗なものを見せてあげたいと思っていた俺は、タイミングの良さに感謝した。

「レクシリルはそこに立って。俺がいいって言ったらクレメリッサに向かって喋って」
「え……?」

 急にそんなことを言われても困るだろう。
 しかし、俺は構わずポケットからスマホを取り出した。電源を入れると僅かに充電が残っているのが確認できた。
 カメラアプリを開いて動画の撮影を始めるとレクシリルに声をかけた。

「今動画撮ってるから、クレメリッサに伝えたいことあったら喋って」
「動画って何……?」
「いいから!」

 こういうのはライブ感が大事な気がする、と大御所の映画監督にでもなったような気分でスマホを向ける。レクシリルは一瞬躊躇した後、真っ直ぐにカメラを見据えた。

「…………いつか一緒に見に来よう」

 十分だと思った。
 クレメリッサだけじゃなく、その思いは俺にもちゃんと伝わった。
 俺は笑いながらオッケーの合図を出した。
 最後に七色に光るビーチを映して撮影を終えようとした。その時。
 俺の手からスマホが奪い取られた。
 スマホはレクシリルの手に渡り、仲良く自撮りをしているように肩を抱かれた。そうしてカメラを向けられたが、外カメラで撮影していたためちゃんと映っているか確認できない。俺が内心パニックを起こしていると、レクシリルが不意に呟いた。

「明世も一緒に」

 そうして俺にもたれ掛かるように頭を寄せた。
 
「…………そうだな」

 予定外の出来事だったが、満更でもない気持ちで俺はストップボタンを押した。
 動画の撮影は終わったのにいつまでも離れないレクシリルを引き剥がし、踵を返す。少し急いだほうがいいかもしれない。

「クレメリッサの部屋まで案内して」

 レクシリルは不思議そうな顔をした後、頷いて歩き出した。


 クレメリッサの部屋の窓を控えめにノックする。幸いなことにクレメリッサの部屋は地上に面していて、ドア以外からでもアクションを起こせた。
 兄であるレクシリルだけならともかく、外国人留学生の俺が皇女の部屋に、それもこんな早朝に向かうのはいくらなんでも怪しい……というより失礼だ。衛兵に見つかっても面倒くさいな、と考えていると、クレメリッサに用があるときはいつも窓を叩いて知らせていることを教えてくれた。
 コンコン。
 レクシリルの話ではこの布が垂れ下げられた窓の向こうにはクレメリッサのベッドがあるらしい。
 まだ寝ているならばすぐに気付くだろう。
 コンコン。
 三度目のノックで室内に動きがあったのが分かった。俺が焦れていると、レクシリルがクレメリッサを呼んだ。

「…………お兄さま?」
「うん。ここを開けて」

 レクシリルと同じようにふわふわとした声をしているクレメリッサは、窓に掛かっていた布を引き上げ顔を覗かせた。いつも高い位置で結われている髪は下ろされていて、雰囲気が違っていた。

「あれ? 明世も一緒なの?」
「クレメリッサに見て欲しいものがあって」

 俺はすかさずスマホを取り出すと、先ほど撮った動画を見せた。
 クレメリッサは最初はスマホ自体に興味を引かれたようだったが、次第に動画の中の海を食い入るように見つめ始めた。

「これ……」
「海だよ」

 キラキラと輝くビーチと同じくらい、クレメリッサの瞳が輝き始める。すごい、綺麗、と言葉では言い表せないくらい感動しているのが分かった。

「あ、お兄さま!」

 レクシリルが登場すると声を上げて驚いた。

『…………いつか一緒に見に来よう』

 レクシリルの声が、やけに響いたような気がした。
 クレメリッサは輝いていた瞳に大粒の涙を溜めると、レクシリルの方を向いた。レクシリルが柔らかい表情で笑いかけると、堰を切ったように泣き始めた。俺は慌てて動画を止め、クレメリッサの頭を撫でた。わんわんと大きな声で泣くクレメリッサを今度はレクシリルが窓越しに抱き寄せた。
 ぽんぽんと背中を叩かれる度にクレメリッサが嗚咽を漏らす。クレメリッサの伸ばした手はレクシリルの背中をしっかりと掴んでいた。
 俺は二人の邪魔をしないようにクレメリッサの部屋から離れると、ふぅ、と息を吐いた。
 正直、これが正解だったかは分からない。ただの俺のエゴだと言われればそうかもしれない。
 それでも抱き合うあの二人の光景が見れて、俺は胸がいっぱいになった。

「そう言えば、動画……」

 結局最後までは見せられなかったな、と続きを再生する。しばらくビーチが映った後、カメラが大きく動いた。レクシリルが俺の手からスマホを奪ったのだろう。すぐに俺とレクシリルが画面に映る。肩を抱かれた俺は情けないくらい緊張しているのが分かったが、レクシリルは相変わらずの表情だった。
 こんなに密着していても無表情なんて、やっぱり俺のことはライクなんだと思った。が。

『明世も一緒に』

 もたれかかっていただけだと思っていたレクシリルは俺の頭に触れるか触れないかのキスをしていた。

『…………そうだな』

 俺の答えに破顔するレクシリル。
 その顔から目が離せなくなった。
 動画が終わり、スマホの画面が暗転した。どうやら充電が切れてしまったらしい。それでも俺の目には先ほどのレクシリルの笑顔がまだ画面に映っているように見えた。
 ドキドキと、望んでもいないのに動き出した心臓は俺の顔が真っ赤になるまで緩めようとはせず、俺は深呼吸を繰り返しながら落ち着くのを待った。
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