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ルシファザの呪い
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「…………ルシファザが怒ってる」
あまりにも突拍子もない始まり方に俺の頭の中は一気にはてなマークで埋め尽くされた。まるで神話の出だしのような壮大な語り口に現実味が薄れてしまい、このまま話を聞き続けようか迷った。
しかし、レクシリルの表情は至って真面目で、嘘を語らおうとしているようには見えなかった。
「ルシファザは『自分のもの』を傷付けられるのを何よりも嫌う。そして、その『自分のもの』の中にはオレたちオルレードの民も含まれる」
「………………つまり、俺がオルレードの人に危害を加えたからルシファザが怒ってる、と」
「そう」
ありがちな伝説だと思った。
往々にして神という存在はどこの国においても善と悪の二面性を持っている。卓越した力を持っている分、懐が深くて残酷で、時に人間以上に人間臭い。人間の大元だと考えれば納得はできるのだが、その人間臭さのせいで厄災は起こる。
個人的にその手の話は、人間が自分たちの力の及ばない事柄に対することへの気持ちの折り合いをつけるための話だと思っているが、そこの受け取り方は当たり前だが、人によって違う。
特に宗教が深く根付いている国において、神という存在は絶対で真実だ。レクシリルにとってはこれが真実なのだろう。
「危害を加えたって言っても心当たりがないんだけど……」
俺がオルレードに来てからは殆ど他の留学生と過ごしていた。まともに関わったオルレード人と言えば、リュリュ、クレメリッサ、スーザラ、そしてレクシリル……。
「……あ、…………」
一つの答えに行き着きに口から息が漏れた。
どの面下げて心当たりがないなどと言ったのかと恥ずかしくなってくる。
俺は思いっきりレクシリルにトラウマを与えていた。
「あれか…………」
レクシリルは頷き、目を伏せた。
「あの時からルシファザは明世を呪ってる。その呪いはオルレードに近付くほど強くなってくる」
確かに、船に乗るために寄ったオルレードに一番近い国にいた時は身体の不調も無かった。国を出た途端――つまり、国という結界から守られなくなった途端に体調が悪くなり始めた。てっきり船酔いかと思っていたが、そうではないらしい。
しかし、未だにその呪いもただの偶然で片付けられる範囲のものだと思っている俺は更に質問した。
「……それで、なんでそれがレクシリルが俺にキスすることに繋がるんだ?」
そこが一番分からなかった。キスが原因で呪われたのに、その呪いを解く方法がキスなのは納得がいかない。
「ルシファザはオルレードの民が愛するものに手出しは出来ない」
「と、いうことは……」
「オレが明世を愛している限り、呪いが明世を蝕むことはない」
「………………」
なんだか、大変な話になってしまったということだけは分かった。逆に言うとそれ以外は全く分からなかった。というより分かりたくなった。
自分のせいとは言え、知らないうちに呪いを受け、それを抑えるためには、愛、つまりキスをしてもらい続けなければならない。
「で、でも、愛ってたくさん種類があるだろ。友情だって立派な愛だし、握手するだけとかでも……」
「それは無理」
「なんで……?」
「オレの明世への愛はそういうものじゃない。気持ちが伴っていないと意味がない」
はっきりと、ライクではなくラブだと宣言されてしまった。もう聞かなかったことにはできない。俺は別の意味で頭が痛くなるのを感じた。
「じゃあ、まぁ、レクシリルの俺への気持ちは置いといて」
横に置いておける類いのものではなかったが、とりあえず今は呪いをどうにかする方法を最優先事項に据える。
「気持ちがこもってれば、握手でもいいってことに……」
「駄目。ルシファザは態度で示さないと納得してくれない」
ルシファザは意外と下世話で人間臭い。そしてその人間臭さが厄介だと思った。
そもそも愛の形は様々だと叫ばれている昨今にルシファザの考え方は古すぎる、と、千年以上前の神に毒づくが勿論本人には届かない。
「ちょっと待てよ? それじゃあキスで呪いを抑えることはできても解くことは出来ないって事だよな? 俺一生呪われたままってこと?」
今後一切オルレードに近寄らなければ済む話かもしれないが、何となく呪われたままというのは気分が悪い。
「オレと結婚すれば大丈夫」
「え、無理」
確かに、レクシリルと結婚すれば俺はオルレードの民の一員になるのだろう。そうすれば晴れてルシファザの『保護対象』になることになる。自ずと呪いは消えるという通りは分かるが、流石に失うものが多すぎる。そもそもレクシリルは易々と結婚などと口にしていい立場の人間ではない。
その辺の認識が甘い辺りがまだ十代の青年という感じがする。
「レクシリルには婚約者がいるんだから無理だろ」
とりあえず、一番現実的で揺るぎようがない事実を突き付ける。
「明世が結婚してくれるなら今すぐにでも断ってくる」
「いやいやいやいややめてくれ」
「でもそうしないと明世と結婚出来ない」
「しなくていいんだよ!」
なんだかよく分からない方向に話が進み始めてしまった。
収集がつかなくなりそうだと思った俺は、一旦頭の中を整理するために黙った。
俺は今あの黒歴史のせいでルシファザに呪われている。その呪いを抑えるためには滞在中レクシリルからキスしてもらわないといけない。レクシリルはやぶさかでもなさそうだが、俺の方は心中複雑だ。
レクシリルの触れてくる唇が優しければ優しいほどムズムズとした気持ちになってくる。思い返している今ですら顔に熱が集まってくるのを感じる辺り、もしかしたら呪いより厄介かもしれないと思った。
「とりあえず…………レクシリルからのキスは必須ってことなんだな」
「うん。キスしないと言葉も分からなくなる」
まさかの翻訳機能付きだった。
通りで俺だけ言葉が通じたはずだ――と、考えて、ふと疑問を感じる。
「あれ? レクシリルにキスされたのって初日が初めてだよな? なんで俺、オルレードの言葉が分かったんだ?」
「初めてじゃない。二回目」
「二回目……? …………あ、」
オルレードに着く前日。いきなり船酔いが治ったのを思い出した。夢だと思っていたあのキスは実際に起こったとこだったのだと思い至る。
おそらく、苦しむ俺を見てレクシリルはキスしてくれたのだと思うが、意識がない内に初めてを一方的に奪われた屈辱は大きい。
別に自分の唇にそんな大層な価値があるとは思っていないが、それはそれ、だ。
しかし、こうなった以上キスは避けられないものとして考えるしかない。と、なったら最低限、同意の元行って欲しい。これ以上いきなりキスをされて情けない姿を晒すのが嫌だった。
「…………これからキスする時は一声かけろ」
「分かった」
「後、なんて言うか、その……手短にしろ」
「それは……努力はするけど、多分無理」
「無理ってなんでだよ……?」
「オレだって色々我慢してる」
「が、まん……!?」
横に置いておいた話題が再燃して固まる。
そう言えば、レクシリルは俺のことが好きなのだと思い出す。確かに好きなやつ相手に衝動を抑えながらキスするのは苦行だろうな、と同じ男として思う反面、ここで折れたら自分の身がどうなってしまうか分からない恐怖で断固拒否する。
「て、み、じ、か、に! そうじゃない雰囲気を感じたら俺は全力で抵抗する」
半ば脅しのようにそう言うと、レクシリルは眉を下げて、分かったと呟いた。
自分の欲よりも俺の心配をしてくれているのが分かる。本当に俺のことを好きなんだと変に実感してしまい、その後しばらくレクシリルの顔を直視することができなかった。
あまりにも突拍子もない始まり方に俺の頭の中は一気にはてなマークで埋め尽くされた。まるで神話の出だしのような壮大な語り口に現実味が薄れてしまい、このまま話を聞き続けようか迷った。
しかし、レクシリルの表情は至って真面目で、嘘を語らおうとしているようには見えなかった。
「ルシファザは『自分のもの』を傷付けられるのを何よりも嫌う。そして、その『自分のもの』の中にはオレたちオルレードの民も含まれる」
「………………つまり、俺がオルレードの人に危害を加えたからルシファザが怒ってる、と」
「そう」
ありがちな伝説だと思った。
往々にして神という存在はどこの国においても善と悪の二面性を持っている。卓越した力を持っている分、懐が深くて残酷で、時に人間以上に人間臭い。人間の大元だと考えれば納得はできるのだが、その人間臭さのせいで厄災は起こる。
個人的にその手の話は、人間が自分たちの力の及ばない事柄に対することへの気持ちの折り合いをつけるための話だと思っているが、そこの受け取り方は当たり前だが、人によって違う。
特に宗教が深く根付いている国において、神という存在は絶対で真実だ。レクシリルにとってはこれが真実なのだろう。
「危害を加えたって言っても心当たりがないんだけど……」
俺がオルレードに来てからは殆ど他の留学生と過ごしていた。まともに関わったオルレード人と言えば、リュリュ、クレメリッサ、スーザラ、そしてレクシリル……。
「……あ、…………」
一つの答えに行き着きに口から息が漏れた。
どの面下げて心当たりがないなどと言ったのかと恥ずかしくなってくる。
俺は思いっきりレクシリルにトラウマを与えていた。
「あれか…………」
レクシリルは頷き、目を伏せた。
「あの時からルシファザは明世を呪ってる。その呪いはオルレードに近付くほど強くなってくる」
確かに、船に乗るために寄ったオルレードに一番近い国にいた時は身体の不調も無かった。国を出た途端――つまり、国という結界から守られなくなった途端に体調が悪くなり始めた。てっきり船酔いかと思っていたが、そうではないらしい。
しかし、未だにその呪いもただの偶然で片付けられる範囲のものだと思っている俺は更に質問した。
「……それで、なんでそれがレクシリルが俺にキスすることに繋がるんだ?」
そこが一番分からなかった。キスが原因で呪われたのに、その呪いを解く方法がキスなのは納得がいかない。
「ルシファザはオルレードの民が愛するものに手出しは出来ない」
「と、いうことは……」
「オレが明世を愛している限り、呪いが明世を蝕むことはない」
「………………」
なんだか、大変な話になってしまったということだけは分かった。逆に言うとそれ以外は全く分からなかった。というより分かりたくなった。
自分のせいとは言え、知らないうちに呪いを受け、それを抑えるためには、愛、つまりキスをしてもらい続けなければならない。
「で、でも、愛ってたくさん種類があるだろ。友情だって立派な愛だし、握手するだけとかでも……」
「それは無理」
「なんで……?」
「オレの明世への愛はそういうものじゃない。気持ちが伴っていないと意味がない」
はっきりと、ライクではなくラブだと宣言されてしまった。もう聞かなかったことにはできない。俺は別の意味で頭が痛くなるのを感じた。
「じゃあ、まぁ、レクシリルの俺への気持ちは置いといて」
横に置いておける類いのものではなかったが、とりあえず今は呪いをどうにかする方法を最優先事項に据える。
「気持ちがこもってれば、握手でもいいってことに……」
「駄目。ルシファザは態度で示さないと納得してくれない」
ルシファザは意外と下世話で人間臭い。そしてその人間臭さが厄介だと思った。
そもそも愛の形は様々だと叫ばれている昨今にルシファザの考え方は古すぎる、と、千年以上前の神に毒づくが勿論本人には届かない。
「ちょっと待てよ? それじゃあキスで呪いを抑えることはできても解くことは出来ないって事だよな? 俺一生呪われたままってこと?」
今後一切オルレードに近寄らなければ済む話かもしれないが、何となく呪われたままというのは気分が悪い。
「オレと結婚すれば大丈夫」
「え、無理」
確かに、レクシリルと結婚すれば俺はオルレードの民の一員になるのだろう。そうすれば晴れてルシファザの『保護対象』になることになる。自ずと呪いは消えるという通りは分かるが、流石に失うものが多すぎる。そもそもレクシリルは易々と結婚などと口にしていい立場の人間ではない。
その辺の認識が甘い辺りがまだ十代の青年という感じがする。
「レクシリルには婚約者がいるんだから無理だろ」
とりあえず、一番現実的で揺るぎようがない事実を突き付ける。
「明世が結婚してくれるなら今すぐにでも断ってくる」
「いやいやいやいややめてくれ」
「でもそうしないと明世と結婚出来ない」
「しなくていいんだよ!」
なんだかよく分からない方向に話が進み始めてしまった。
収集がつかなくなりそうだと思った俺は、一旦頭の中を整理するために黙った。
俺は今あの黒歴史のせいでルシファザに呪われている。その呪いを抑えるためには滞在中レクシリルからキスしてもらわないといけない。レクシリルはやぶさかでもなさそうだが、俺の方は心中複雑だ。
レクシリルの触れてくる唇が優しければ優しいほどムズムズとした気持ちになってくる。思い返している今ですら顔に熱が集まってくるのを感じる辺り、もしかしたら呪いより厄介かもしれないと思った。
「とりあえず…………レクシリルからのキスは必須ってことなんだな」
「うん。キスしないと言葉も分からなくなる」
まさかの翻訳機能付きだった。
通りで俺だけ言葉が通じたはずだ――と、考えて、ふと疑問を感じる。
「あれ? レクシリルにキスされたのって初日が初めてだよな? なんで俺、オルレードの言葉が分かったんだ?」
「初めてじゃない。二回目」
「二回目……? …………あ、」
オルレードに着く前日。いきなり船酔いが治ったのを思い出した。夢だと思っていたあのキスは実際に起こったとこだったのだと思い至る。
おそらく、苦しむ俺を見てレクシリルはキスしてくれたのだと思うが、意識がない内に初めてを一方的に奪われた屈辱は大きい。
別に自分の唇にそんな大層な価値があるとは思っていないが、それはそれ、だ。
しかし、こうなった以上キスは避けられないものとして考えるしかない。と、なったら最低限、同意の元行って欲しい。これ以上いきなりキスをされて情けない姿を晒すのが嫌だった。
「…………これからキスする時は一声かけろ」
「分かった」
「後、なんて言うか、その……手短にしろ」
「それは……努力はするけど、多分無理」
「無理ってなんでだよ……?」
「オレだって色々我慢してる」
「が、まん……!?」
横に置いておいた話題が再燃して固まる。
そう言えば、レクシリルは俺のことが好きなのだと思い出す。確かに好きなやつ相手に衝動を抑えながらキスするのは苦行だろうな、と同じ男として思う反面、ここで折れたら自分の身がどうなってしまうか分からない恐怖で断固拒否する。
「て、み、じ、か、に! そうじゃない雰囲気を感じたら俺は全力で抵抗する」
半ば脅しのようにそう言うと、レクシリルは眉を下げて、分かったと呟いた。
自分の欲よりも俺の心配をしてくれているのが分かる。本当に俺のことを好きなんだと変に実感してしまい、その後しばらくレクシリルの顔を直視することができなかった。
応援ありがとうございます!
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