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空を知る旅

第18話 皆それぞれ言い分がありますわね

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 一行はリグリスで焼け野原になったオリーブ畑を見た後、予定どおり坂道を下って海側オセアーノ帝国に入った。
 標高の高いフォレスタから、海側オセアーノに移動すると、気温はぐっと上がる。

「暑いねぇ……姫様は大丈夫かい?」
「はい」

 カルメラは、甲斐甲斐しくネーヴェの世話を焼いてくれる。自分の分の水まで寄越そうとするので、さすがにそれは断った。
 傭兵のカルメラが暑いとこぼすくらいだ。
 頑強な男達も、真夏の太陽には勝てない。
 昼間の日差しを避けながら、朝と夕方の涼しい時間帯に歩いた。
 旅は順調で、翌日には予定どおり国境に到達した。
 国境には石のとりでがあり、入国審査をしている。ネーヴェ達は、おとなしく検閲の列に並んだ。それぞれ荷物から通行証を引っ張り出して準備をする。
 アントニオは商人として通行証を持っている。
 ネーヴェも、自分の通行証を父親の伝手つてで偽造していた。傭兵達は牙の同盟という組織があって、そこから通行証を発行してもらっている。
 では、シエロは?

「通行証を見せろ」
 
 オセアーノ帝国の兵士に促され、シエロがふところから出したのは、麦穂をくわえた鳥のペンダントだった。天恵印と呼ばれるもので、鳥は天使の象徴、麦穂は人に与えられる恵みを意味している。天翼教会の司祭や修道女が身分証として天恵印を持ち歩いており、通行証としても使えるものだ。

「司祭には見えんが」
「堅苦しいのは苦手でな。お望みなら、聖句を唱えてやろうか」
「ふん……」
 
 兵士はシエロの顔をちらと見て、通れと許可した。
 真偽を問いただすのは面倒くさかったのだろう。

「司祭の資格を持っておられるのですか」
「一応な……」
 
 ネーヴェは気になって聞いたが、シエロは説明したくなさそうな様子だった。彼は引退した司祭なのだろうか。それにしては若いが。
 天翼教会は、オセアーノ帝国にもある。だから、天恵印が通行証として使える。今までそれは知識として頭の中にあったが、旅に出てネーヴェは今更のように疑問に思った。

「オセアーノでも、天使様を崇めているのですか?」
 
 フォレスタは天使に守護された国で、教会が各地にある。しかし、オセアーノ帝国に教会があるのは何故だろうか。

「別に、オセアーノじゃなくても、この辺は天使信仰の国ばかりだよ」
 
 カルメラがさらっと言った。
 彼女は、傭兵として各国を旅しているから、当然情報通である。

「そうなのですか?」
「そうそう。確か、オセアーノがフォレスタに戦争仕掛けたのって、天使様が原因じゃなかったっけ」
「どういうことですか」
「カルメラさん、フォレスタでその話はちょっと」
 
 商人アントニオが制止した。
 しかし、カルメラが「ここはもうオセアーノだから、別にいいじゃないか」とうそぶく。

「姫の耳に入らないよう、皆黙ってたのさ。姫だけじゃなく、フォレスタ国民には受け入れがたい話だから、フォレスタではオセアーノ側の言い分は知らない人が多い」
 
 オセアーノ側の言い分……確かに、オセアーノ帝国が何故、わざわざきつい坂道を登ってまでフォレスタを侵略しようとしたのか、ネーヴェはよく知らない。
 何か、理由があるのだろうか。

「あたしも、詳しいことは知らないよ」
 
 ネーヴェの視線を受け、カルメラは困った顔をした。

「オセアーノが、フォレスタ特産のオリーブやワインを狙ってるのは確かさ。でも、他にも理由がある」
「聞かせて下さい」
「天使を奪ったからさ。これはオセアーノ側の言い分だけど、もともとオセアーノを守護していた天使様を、フォレスタは残虐にも翼を切り落として辱《はずか》しめ、自国のものにした」
「それは……」
 
 カルメラの説明に、確かにそれが事実なら、オセアーノ帝国がフォレスタに攻めいる理由は十分だと思う。
 天使のことは、教会関係者が一番詳しい。
 教会関係者……シエロと視線が合った。
 
「オセアーノの言い分も、自分に都合の良いものに過ぎない。フォレスタに天使の加護があるのは事実だ」
 
 シエロが淡々と言う。
 司祭の資格がある彼の言葉には、説得力がある。しかし、各国を旅してきたカルメラの説明も事実だろう。結局、どちらの国の主張する歴史が正しいのか、両者の言い分を聞いていると混乱する。
 ネーヴェは、首をかしげた。

「……そもそも、天使様は実在するのでしょうか」
 
 教会のステンドグラスには、白い翼を持った女性や男性の姿が描かれている。
 だから、どんな姿をしているかは知識として知っているが、ネーヴェは実際に天使に会ったことがない。
 口に出して呟いてから、失言だったと気付いた。

「お前、俺の前でよく、そんなことを言えるな?」
 
 シエロは怒っているのか分からない、軽い口調だ。
 これは自分が悪い。
 天使を奉る教会の司祭の前で、天使の存在を疑うのは、彼らの信心を試すのと同義だ。

「申し訳ありません」
「構わないが、俺以外の司祭や修道女の前で言うなよ。激怒されるぞ」
 
 彼は面白がっているようだった。
 気分を害していないと知り、ネーヴェは胸を撫で下ろす。

「シエロの旦那は、天使様に会ったことあるんですかい? 高位司祭は、天使様の世話をする者がいると、聞いたことがあるんですが」
 
 意外にも、アントニオが興味津々でくちばしを突っ込んできた。

「いや、姫様の言うことも分かるんですよ。会ったことがありませんしね。ただ、口に出す勇気は無いってだけで」
 
 教会関係者に、面と向かって質問する機会も少ないだろう。
 質問されたシエロは、肩をすくめた。

「天使に会うような重要人物が、田舎で畑を耕していると思うか?」
「あ~、それもそうですね」
 
 シエロの返事に、アントニオはあっさり引き下がる。
 聞いていたネーヴェは、本当に言葉どおりだろうかと、シエロの横顔をじっと見た。彼は只者ではないと思うのだが。
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