74 / 278
恋心の自覚
第60話 却下だ
しおりを挟む
「却下だ」
背後でシエロが冷え冷えとした空気を発する。
「お前のような脳筋に、ネーヴェはやらん」
「……何様だてめえ」
どうやらグラートは非常に短気なようだ。
すぐさまシエロと睨み合う。
これは一体どういう状況かしら。シエロ様が怒っているのは……もしかして私のため?
ネーヴェは困惑する。
「おほん。グラートよ、その辺にしておけ。ネーヴェ姫が困っておるぞ」
バルドがわざとらしく咳をし、二人の男の殺気を散らした。
「ネーヴェ姫、婚約申し込みは早すぎた感があるが、一応うちの馬鹿孫について考えてくれんかの」
「それは……」
「我が侯爵家なら、君を万全に守ることが出来るだろう。孫のグラートも馬鹿だが誠実な男だ。のぅ、悪い話ではないだろう」
ネーヴェは思わずシエロを見た。
シエロは深海色の眼差しを細め、冷たい表情でわざとらしく視線を逸らす。その仕草に、胸を痛める自分がいる。
「……考えさせてください」
弱々しい声で、ネーヴェは答えた。
「うむ。ワシはネーヴェ姫のファンじゃから、無理じいはすまい。クラヴィーア伯爵への書状は、返事をもらってからにしよう。グラートよ、勝手に先走って文を送らぬように」
「う……分かったよ、爺様」
バルドは年上の貫禄で、やんわりと場をまとめた。
窘《たしな》められたグラートは、ばつが悪そうに後ろ頭をかいている。素直で実直な男だ。誠実かどうかは付き合ってみないと分からないが、そもそも貴族同士の縁談で、変な癖もなくちょっと短気なだけの男は上物の部類だ。掃除にも付き合ってくれている時点で、悪くないと思う。
シエロの考えは分かる。フォレスタでずっと暮らすなら、侯爵家は良い後ろ楯になる。ネーヴェがグラートを選ぶなら、彼は邪魔しないだろう。シエロはネーヴェの幸せだけを願ってくれている。
だが、その優しさは万人に向けてのものだろうか。自分だけ特別だと思うのは、自惚れだろうか。先ほど「お前のような脳筋にネーヴェはやらん」と言ってくれた時は嬉しかった。
求婚の衝撃で、ネーヴェは当初の目的を忘れてしまった。
掃除が終わったこともあり、自然な流れでバルドの屋敷を出る。
帰り道も、シエロは馬車に同乗する。
行きよりも馬車の中の雰囲気が重い。
項垂れているネーヴェを横目で見て、深い溜め息を吐き、シエロは言う。
「……一つだけ言っておく。誰かれとなく触らせるほど、俺の髪は安くない」
「!!」
行きに馬車の中で、シエロの髪をゆるくひとまとめにし、紺色の飾り紐で結っていた。
その紺色の紐が視界の端で、ひらりと揺れる。
思考を見透かされた気がした。ネーヴェは恥ずかしくなり、意地を張って視線を逸らす。フォローは嬉しいけれど、見透かされたくはない、そんな複雑な乙女心だ。
実はシエロの方は、ネーヴェの思考を見透かした訳でも、彼女を喜ばせてやろうとした訳でもない。彼はただ、自分は天使としてではなく男としてネーヴェを見ていると伝えたかっただけだった。
二人の会話は、一見噛み合っているようで、微妙に噛み合っていない。だが、馬車の空気は、ほんわり暖かくなる。二人は顔を背けたまま、別れるまで一言も喋らなかった。
背後でシエロが冷え冷えとした空気を発する。
「お前のような脳筋に、ネーヴェはやらん」
「……何様だてめえ」
どうやらグラートは非常に短気なようだ。
すぐさまシエロと睨み合う。
これは一体どういう状況かしら。シエロ様が怒っているのは……もしかして私のため?
ネーヴェは困惑する。
「おほん。グラートよ、その辺にしておけ。ネーヴェ姫が困っておるぞ」
バルドがわざとらしく咳をし、二人の男の殺気を散らした。
「ネーヴェ姫、婚約申し込みは早すぎた感があるが、一応うちの馬鹿孫について考えてくれんかの」
「それは……」
「我が侯爵家なら、君を万全に守ることが出来るだろう。孫のグラートも馬鹿だが誠実な男だ。のぅ、悪い話ではないだろう」
ネーヴェは思わずシエロを見た。
シエロは深海色の眼差しを細め、冷たい表情でわざとらしく視線を逸らす。その仕草に、胸を痛める自分がいる。
「……考えさせてください」
弱々しい声で、ネーヴェは答えた。
「うむ。ワシはネーヴェ姫のファンじゃから、無理じいはすまい。クラヴィーア伯爵への書状は、返事をもらってからにしよう。グラートよ、勝手に先走って文を送らぬように」
「う……分かったよ、爺様」
バルドは年上の貫禄で、やんわりと場をまとめた。
窘《たしな》められたグラートは、ばつが悪そうに後ろ頭をかいている。素直で実直な男だ。誠実かどうかは付き合ってみないと分からないが、そもそも貴族同士の縁談で、変な癖もなくちょっと短気なだけの男は上物の部類だ。掃除にも付き合ってくれている時点で、悪くないと思う。
シエロの考えは分かる。フォレスタでずっと暮らすなら、侯爵家は良い後ろ楯になる。ネーヴェがグラートを選ぶなら、彼は邪魔しないだろう。シエロはネーヴェの幸せだけを願ってくれている。
だが、その優しさは万人に向けてのものだろうか。自分だけ特別だと思うのは、自惚れだろうか。先ほど「お前のような脳筋にネーヴェはやらん」と言ってくれた時は嬉しかった。
求婚の衝撃で、ネーヴェは当初の目的を忘れてしまった。
掃除が終わったこともあり、自然な流れでバルドの屋敷を出る。
帰り道も、シエロは馬車に同乗する。
行きよりも馬車の中の雰囲気が重い。
項垂れているネーヴェを横目で見て、深い溜め息を吐き、シエロは言う。
「……一つだけ言っておく。誰かれとなく触らせるほど、俺の髪は安くない」
「!!」
行きに馬車の中で、シエロの髪をゆるくひとまとめにし、紺色の飾り紐で結っていた。
その紺色の紐が視界の端で、ひらりと揺れる。
思考を見透かされた気がした。ネーヴェは恥ずかしくなり、意地を張って視線を逸らす。フォローは嬉しいけれど、見透かされたくはない、そんな複雑な乙女心だ。
実はシエロの方は、ネーヴェの思考を見透かした訳でも、彼女を喜ばせてやろうとした訳でもない。彼はただ、自分は天使としてではなく男としてネーヴェを見ていると伝えたかっただけだった。
二人の会話は、一見噛み合っているようで、微妙に噛み合っていない。だが、馬車の空気は、ほんわり暖かくなる。二人は顔を背けたまま、別れるまで一言も喋らなかった。
624
あなたにおすすめの小説
冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます
楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。
伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。
そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。
「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」
神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。
「お話はもうよろしいかしら?」
王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。
※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」
公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。
死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」
目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。
「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」
隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。
そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……?
「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」
資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
【完結済】王女に夢中な婚約者様、さようなら 〜自分を取り戻したあとの学園生活は幸せです! 〜
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
王立学園への入学をきっかけに、領地の屋敷から王都のタウンハウスへと引っ越した、ハートリー伯爵家の令嬢ロザリンド。婚約者ルパートとともに始まるはずの学園生活を楽しみにしていた。
けれど現実は、王女殿下のご機嫌を取るための、ルパートからの理不尽な命令の連続。
「かつらと黒縁眼鏡の着用必須」「王女殿下より目立つな」「見目の良い男性、高位貴族の子息らと会話をするな」……。
ルパートから渡された「禁止事項一覧表」に縛られ、ロザリンドは期待とは真逆の、暗黒の学園生活を送ることに。
そんな日々の中での唯一の救いとなったのは、友人となってくれた冷静で聡明な公爵令嬢、ノエリスの存在だった。
学期末、ロザリンドはついにルパートの怒りを買い、婚約破棄を言い渡される。
けれど、深く傷つきながら長期休暇を迎えたロザリンドのもとに届いたのは、兄の友人であり王国騎士団に属する公爵令息クライヴからの婚約の申し出だった。
暗黒の一学期が嘘のように、幸せな長期休暇を過ごしたロザリンド。けれど新学期を迎えると、エメライン王女が接触してきて……。
※10万文字超えそうなので長編に変更します。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる