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空へ続く道
第59話 凱旋、そして⋯⋯
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邪竜との戦いでは、幸運にも死者が出なかった。
騎士団の面々が、邪竜の姿を目撃していたため、国境近くの失踪は邪竜によるものと、すぐに納得してもらえた。騎士団は、勇猛な女王と邪竜の一騎打ちを大げさに語り、すぐに噂は広まった。あっという間に、王都はその話題で持ち切りなった。
「まあ、邪竜を追い払ったのだから、勝利の凱旋と言って差し支えないわね」
「何を言っているのですか!」
ネーヴェは場を明るくしようと気楽な発言をしたが、宰相のラニエリは乗ってくれなかった。
「代わりに、あなたが呪われてしまうのは想定外です」
邪竜の炎がかすめた片腕には、黒い痣のような跡が残った。
放っておくと、体が真っ黒な呪いに侵されて死ぬらしい。
帝国の天使リエルの診断だから、間違いない。
世間は、収穫祭と邪竜討伐成功の話題で楽しんでいるが、ネーヴェの寝室はお通夜のような雰囲気だ。帰ってきてから、寝室に押し込められている。高位貴族たちが入れ替わり立ち代わり、女王の見舞いに訪れている。
「寝ていても良くならないので、外に出たいのですが」
「どこへ行くのですか」
「シエロ様のところへ。まさか、余命が限られている哀れな私の邪魔をしたり、なさりませんよね?」
にっこり笑って見上げると、ラニエリは苦虫を嚙み潰したような表情になった。
「……止めませんよ。あなたを救えるのは、あのいけすかない天使だけでしょうから」
言質《げんち》は取ったとネーヴェが浮かれていると、侍女が次の来客を告げる。
枕元に座っていたラニエリは「私はこれで」と腰を上げた。
「待ってください。次のお客様は、あなたに近しい方ですわ。一緒にいてください」
「は?」
引き止めると、ラニエリは怪訝そうな様子で振り返る。
遠くで扉が開かれ、近衛騎士の話す声と客人の足音が聞こえた。
そんなに待つ時間もなく、次の客は現れる。
「久しぶりですね、エミリオ様」
「……ああ」
入ってきたのは、エミリオ元王子だった。
ネーヴェは、改めてエミリオの顔を見上げ、軟弱な元王子がすっかり精悍な男になったと内心感嘆する。
「女王陛下。あなたは体調を崩され、政務をこなすのが困難だ。よって、私が引き継いで王の執務を行う」
「!!」
ティーセットを持ってきた侍女が驚いて立ち止まる。
この場で驚いていないのは、ネーヴェとラニエリだけだ。
エミリオは「これは皆で協議して決めたことだ」と言う。
最近ネーヴェが休んでいたことに加え、今回の戦いで傷を負ったことも考慮し、女王にこれ以上の負担を強いるのは無理だという結論に至ったらしい。権力を取り戻したい元王族派と、新女王派の間で妥協案が探られ、フォレスタ公の復帰が決定されたそうだ。
「やっと」
「……」
「やっと王子になられましたね」
ネーヴェがそう呟くと、エミリオは視線を逸らし「そうかもしれない」と答えた。会話が成立していることに、ネーヴェは新鮮な驚きを感じる。以前の、婚約者だった頃のエミリオは、傍若無人で自信過剰な若者だった。
「昔の私は、王位をただ輝かしい権威を示すアイテムくらいにしか捉えていなかったな。王冠の重さは、民の命を預かる重荷だと知らなかった」
「……」
「ネーヴェ、長く待たせて済まなかった。私はこの通り、戻ってきた。だから、君は自由になっていい」
その瞬間、彼と出会ってから始まった王都での生活や、戴冠にいたった道のりの思い出が怒涛のように押し寄せてきて、ネーヴェは胸が熱くなった。
感情の波が過ぎ去った後、体が軽くなって、とても愉快な気分になる。
「殿下! わたくし、初めて殿下から嬉しいプレゼントをもらいましたわ! ありがとうございます!」
満面の笑みで返事をすると、エミリオは困惑した表情になった。
「おそらく、そのように喜ぶのは、君だけだと思う……」
「出発の準備をしなければ! あ、リエル様に譲位の証人になってもらいましょう!」
正式な退位はシエロが戻ってからになるが、ひとまずエミリオが王となって公式の場に立ち、ネーヴェは相談役として彼を支える形で政治を行うことになる。
ネーヴェに権力が残るよう、親友であるサボル侯爵令嬢アイーダが間に入って、いろいろ調整してくれたらしい。女王の威光は今後も有効で、石鹸作りの事業やアウラとの交換留学の件も、ネーヴェが指示できることになっている。つまり、田舎にこもりながら、同時に政務にも関わることができる立場だ。
これでようやく、憂いなくシエロの元に行けると、ネーヴェは歓喜した。
騎士団の面々が、邪竜の姿を目撃していたため、国境近くの失踪は邪竜によるものと、すぐに納得してもらえた。騎士団は、勇猛な女王と邪竜の一騎打ちを大げさに語り、すぐに噂は広まった。あっという間に、王都はその話題で持ち切りなった。
「まあ、邪竜を追い払ったのだから、勝利の凱旋と言って差し支えないわね」
「何を言っているのですか!」
ネーヴェは場を明るくしようと気楽な発言をしたが、宰相のラニエリは乗ってくれなかった。
「代わりに、あなたが呪われてしまうのは想定外です」
邪竜の炎がかすめた片腕には、黒い痣のような跡が残った。
放っておくと、体が真っ黒な呪いに侵されて死ぬらしい。
帝国の天使リエルの診断だから、間違いない。
世間は、収穫祭と邪竜討伐成功の話題で楽しんでいるが、ネーヴェの寝室はお通夜のような雰囲気だ。帰ってきてから、寝室に押し込められている。高位貴族たちが入れ替わり立ち代わり、女王の見舞いに訪れている。
「寝ていても良くならないので、外に出たいのですが」
「どこへ行くのですか」
「シエロ様のところへ。まさか、余命が限られている哀れな私の邪魔をしたり、なさりませんよね?」
にっこり笑って見上げると、ラニエリは苦虫を嚙み潰したような表情になった。
「……止めませんよ。あなたを救えるのは、あのいけすかない天使だけでしょうから」
言質《げんち》は取ったとネーヴェが浮かれていると、侍女が次の来客を告げる。
枕元に座っていたラニエリは「私はこれで」と腰を上げた。
「待ってください。次のお客様は、あなたに近しい方ですわ。一緒にいてください」
「は?」
引き止めると、ラニエリは怪訝そうな様子で振り返る。
遠くで扉が開かれ、近衛騎士の話す声と客人の足音が聞こえた。
そんなに待つ時間もなく、次の客は現れる。
「久しぶりですね、エミリオ様」
「……ああ」
入ってきたのは、エミリオ元王子だった。
ネーヴェは、改めてエミリオの顔を見上げ、軟弱な元王子がすっかり精悍な男になったと内心感嘆する。
「女王陛下。あなたは体調を崩され、政務をこなすのが困難だ。よって、私が引き継いで王の執務を行う」
「!!」
ティーセットを持ってきた侍女が驚いて立ち止まる。
この場で驚いていないのは、ネーヴェとラニエリだけだ。
エミリオは「これは皆で協議して決めたことだ」と言う。
最近ネーヴェが休んでいたことに加え、今回の戦いで傷を負ったことも考慮し、女王にこれ以上の負担を強いるのは無理だという結論に至ったらしい。権力を取り戻したい元王族派と、新女王派の間で妥協案が探られ、フォレスタ公の復帰が決定されたそうだ。
「やっと」
「……」
「やっと王子になられましたね」
ネーヴェがそう呟くと、エミリオは視線を逸らし「そうかもしれない」と答えた。会話が成立していることに、ネーヴェは新鮮な驚きを感じる。以前の、婚約者だった頃のエミリオは、傍若無人で自信過剰な若者だった。
「昔の私は、王位をただ輝かしい権威を示すアイテムくらいにしか捉えていなかったな。王冠の重さは、民の命を預かる重荷だと知らなかった」
「……」
「ネーヴェ、長く待たせて済まなかった。私はこの通り、戻ってきた。だから、君は自由になっていい」
その瞬間、彼と出会ってから始まった王都での生活や、戴冠にいたった道のりの思い出が怒涛のように押し寄せてきて、ネーヴェは胸が熱くなった。
感情の波が過ぎ去った後、体が軽くなって、とても愉快な気分になる。
「殿下! わたくし、初めて殿下から嬉しいプレゼントをもらいましたわ! ありがとうございます!」
満面の笑みで返事をすると、エミリオは困惑した表情になった。
「おそらく、そのように喜ぶのは、君だけだと思う……」
「出発の準備をしなければ! あ、リエル様に譲位の証人になってもらいましょう!」
正式な退位はシエロが戻ってからになるが、ひとまずエミリオが王となって公式の場に立ち、ネーヴェは相談役として彼を支える形で政治を行うことになる。
ネーヴェに権力が残るよう、親友であるサボル侯爵令嬢アイーダが間に入って、いろいろ調整してくれたらしい。女王の威光は今後も有効で、石鹸作りの事業やアウラとの交換留学の件も、ネーヴェが指示できることになっている。つまり、田舎にこもりながら、同時に政務にも関わることができる立場だ。
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