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(第二部)第三章 ここからもう一度
08 旧友との再会
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樹の秘密の実験場である畑には、先ほど倒した骸骨の怪物の骨が散らばっている。
どうやって片付けようかと考えていた樹の背に、声が掛かった。
「……いやはや。さすがイツキ殿だ。イツキ殿のいたチキュウでは、農作物が走るのだな」
「馬鹿にしてるのか?」
ムッとして振り返る。
月明かりに背の高い男性の姿が浮かび上がった。
中世の貴族のような、袖や襟元にフリルの付いた服を着た美貌の男だ。男にしては長い紅茶色の髪は整えられていて、深い赤紫の瞳は闇の中で猫の目のように光っている。
「アルス」
樹は男の名前を呼ぶ。
彼は樹の旅の仲間であり、地球に戻る少し前に別れた吸血鬼の青年だ。あれから百年ほど経ったせいか、頼りない青年の印象は消えて、大人の男性の風貌になっている。
「久しぶりだな、イツキ殿。いつ戻って来られたのだ?」
「つい最近だ」
「声を掛けてくれれば良かったのに。会いたかったのだ、イツキ殿」
アルスが目を細めて樹を見る。
その視線を受け止めながら、樹は掛けていた眼鏡を外してズボンのポケットにしまった。抑えていた精霊の力が溢れる。翠玉の瞳が夜の闇の中で鮮やかに光り、樹の身体の輪郭に沿って微かな燐光が流れ出した。
「で? お前は仕事中なんじゃないか。ツェンベルンの街を襲う仕事の途中なんだろう」
「そんな仕事よりイツキ殿と話す方が重要だ」
彼は魔族側だろうと推測した樹の言葉は当たったようだ。
アルスは否定せずにさらっと流してくる。
「イツキ殿は今、人間の味方なのか?」
「どうだろうな」
「まさか、精霊を魔晶石に閉じ込めて力を奪う人間どもを守ろうなんて、考えてはいないだろう? イツキ殿は世界樹の精霊、精霊達の王のような存在だからな」
「……」
「我等、魔族に力を貸してくれないだろうか。我等の王は、イツキ殿と話がしたいと言っている」
「魔王が?」
「そうだ」
樹は眉をしかめた。
畑に散らばった骨に目を走らせる。
「断る」
「?!」
「僕は今、サトウキビの栽培で忙しいんだ。魔王に、話があるならそっちから出向けと伝えてくれ」
畑の片付けをして、逃げ出した作物を捕獲しなければいけないのだと、樹は胸を張って言った。
「お前も農作業を手伝うか?」
「イツキ殿! イツキ殿は人間と魔族、どちらの味方なのだ?!」
「……百年経ってお前はだいぶ、頭がボケたんじゃないか。僕に、誰の味方か、なんて聞いてくるなんてな」
フンと樹は鼻を鳴らす。
誰の味方でもなく、己の意思によって動く。それが樹の性格だと、アルスは知っていたはずだった。
アルスは予想外の返答に狼狽したようだが、樹の様子を見て不穏な空気を身にまとう。
「私もこの百年の間に魔法を鍛えたのだ。イツキ殿、悪いが我が主の元へ引きずってでも連れていくぞ」
宣言と同時に、アルスの足元から紫の光を放つ鎖が伸びる。鎖はうねりながら地を這って伸び進み、逃げようとしない樹を取り囲んだ。
樹はそのまま動かずに鎖を観察する。
「いつもの拘束鎖じゃない……?」
「気付いたか」
動かない樹の手足に巻き付く、魔力の鎖。
足元でとぐろを巻く鎖の中に、透明な色の無い鎖が混じる。それは樹の身体を貫くように、身体に入り込む。
「っつ……」
「精霊は物理的には拘束できない。この霊体拘束鎖は、霊的な存在を固定できるのだ」
「へーえ。随分、理論的なんだな」
他人事のように感心する樹は、涼しい表情だ。
アルスは動じない樹に向かって声を荒げた。
「イツキ殿! 貴方は精霊の王ではないのか?! 精霊は貴方の民だ。なぜ彼等を救うために天空神と戦おうとしない?!」
悲痛な感情がこもった声を聞いた樹は、冷静なまま、少し眉を下げて苦笑してみせた。
穏やかに言う。
「ならアルス、僕も聞くぞ。あの時、別れる直前に話した時は、お前は自分が魔王になると、そう言っていたな」
「……!」
「あの時の言葉はどうした? 魔王? 我が主?」
「それはっ」
痛いところを突かれたアルスは動揺した。
対する樹は淡々と言葉を続ける。
「アルス、僕は自分から精霊の王だと名乗ったことは一度もない。自分が王にふさわしい存在だと自惚れてはいない」
「……世界樹の精霊である貴方が精霊の王でなければ、誰が王なのだ!」
「精霊に王という概念はない。そして僕は、僕だ。たまたま精霊に選ばれた、カガミイツキという只の人間だ。だけど……こんなちっぽけな鎖に拘束されるほど弱いつもりもない!」
樹の宣言と共に、薄氷が割れるような音が響く。
鎖が砕け散った。
紫色の鎖も、無色の鎖も、その両方が樹の身体に接したところから砕け、光の破片になってパラパラと地面に落ちる。
「そんな馬鹿な……?!」
「お返しだ」
樹は片腕を上げると真っ直ぐにアルスを指し示した。
腕を上げた樹の周囲の土が盛り上がり、いくつか緑の芽が生える。
あっという間に伸びた豆科のツルが弧を描いてアルスに襲いかかった。勿論、アルスも無抵抗という訳でもなく、鎖を操って迎撃しようとしていたが、緑の光を帯びた植物のツルは鎖を難なく叩き落とす。
一瞬でツルはアルスの近くまで到達した。
「ふふっ、つーかーまーえーたー」
「しまった!」
樹が不気味な笑い声を上げる。
捕まえるつもりが逆に捕まえられてしまったことに気付いたアルスは、さーっと青ざめた。
どうやって片付けようかと考えていた樹の背に、声が掛かった。
「……いやはや。さすがイツキ殿だ。イツキ殿のいたチキュウでは、農作物が走るのだな」
「馬鹿にしてるのか?」
ムッとして振り返る。
月明かりに背の高い男性の姿が浮かび上がった。
中世の貴族のような、袖や襟元にフリルの付いた服を着た美貌の男だ。男にしては長い紅茶色の髪は整えられていて、深い赤紫の瞳は闇の中で猫の目のように光っている。
「アルス」
樹は男の名前を呼ぶ。
彼は樹の旅の仲間であり、地球に戻る少し前に別れた吸血鬼の青年だ。あれから百年ほど経ったせいか、頼りない青年の印象は消えて、大人の男性の風貌になっている。
「久しぶりだな、イツキ殿。いつ戻って来られたのだ?」
「つい最近だ」
「声を掛けてくれれば良かったのに。会いたかったのだ、イツキ殿」
アルスが目を細めて樹を見る。
その視線を受け止めながら、樹は掛けていた眼鏡を外してズボンのポケットにしまった。抑えていた精霊の力が溢れる。翠玉の瞳が夜の闇の中で鮮やかに光り、樹の身体の輪郭に沿って微かな燐光が流れ出した。
「で? お前は仕事中なんじゃないか。ツェンベルンの街を襲う仕事の途中なんだろう」
「そんな仕事よりイツキ殿と話す方が重要だ」
彼は魔族側だろうと推測した樹の言葉は当たったようだ。
アルスは否定せずにさらっと流してくる。
「イツキ殿は今、人間の味方なのか?」
「どうだろうな」
「まさか、精霊を魔晶石に閉じ込めて力を奪う人間どもを守ろうなんて、考えてはいないだろう? イツキ殿は世界樹の精霊、精霊達の王のような存在だからな」
「……」
「我等、魔族に力を貸してくれないだろうか。我等の王は、イツキ殿と話がしたいと言っている」
「魔王が?」
「そうだ」
樹は眉をしかめた。
畑に散らばった骨に目を走らせる。
「断る」
「?!」
「僕は今、サトウキビの栽培で忙しいんだ。魔王に、話があるならそっちから出向けと伝えてくれ」
畑の片付けをして、逃げ出した作物を捕獲しなければいけないのだと、樹は胸を張って言った。
「お前も農作業を手伝うか?」
「イツキ殿! イツキ殿は人間と魔族、どちらの味方なのだ?!」
「……百年経ってお前はだいぶ、頭がボケたんじゃないか。僕に、誰の味方か、なんて聞いてくるなんてな」
フンと樹は鼻を鳴らす。
誰の味方でもなく、己の意思によって動く。それが樹の性格だと、アルスは知っていたはずだった。
アルスは予想外の返答に狼狽したようだが、樹の様子を見て不穏な空気を身にまとう。
「私もこの百年の間に魔法を鍛えたのだ。イツキ殿、悪いが我が主の元へ引きずってでも連れていくぞ」
宣言と同時に、アルスの足元から紫の光を放つ鎖が伸びる。鎖はうねりながら地を這って伸び進み、逃げようとしない樹を取り囲んだ。
樹はそのまま動かずに鎖を観察する。
「いつもの拘束鎖じゃない……?」
「気付いたか」
動かない樹の手足に巻き付く、魔力の鎖。
足元でとぐろを巻く鎖の中に、透明な色の無い鎖が混じる。それは樹の身体を貫くように、身体に入り込む。
「っつ……」
「精霊は物理的には拘束できない。この霊体拘束鎖は、霊的な存在を固定できるのだ」
「へーえ。随分、理論的なんだな」
他人事のように感心する樹は、涼しい表情だ。
アルスは動じない樹に向かって声を荒げた。
「イツキ殿! 貴方は精霊の王ではないのか?! 精霊は貴方の民だ。なぜ彼等を救うために天空神と戦おうとしない?!」
悲痛な感情がこもった声を聞いた樹は、冷静なまま、少し眉を下げて苦笑してみせた。
穏やかに言う。
「ならアルス、僕も聞くぞ。あの時、別れる直前に話した時は、お前は自分が魔王になると、そう言っていたな」
「……!」
「あの時の言葉はどうした? 魔王? 我が主?」
「それはっ」
痛いところを突かれたアルスは動揺した。
対する樹は淡々と言葉を続ける。
「アルス、僕は自分から精霊の王だと名乗ったことは一度もない。自分が王にふさわしい存在だと自惚れてはいない」
「……世界樹の精霊である貴方が精霊の王でなければ、誰が王なのだ!」
「精霊に王という概念はない。そして僕は、僕だ。たまたま精霊に選ばれた、カガミイツキという只の人間だ。だけど……こんなちっぽけな鎖に拘束されるほど弱いつもりもない!」
樹の宣言と共に、薄氷が割れるような音が響く。
鎖が砕け散った。
紫色の鎖も、無色の鎖も、その両方が樹の身体に接したところから砕け、光の破片になってパラパラと地面に落ちる。
「そんな馬鹿な……?!」
「お返しだ」
樹は片腕を上げると真っ直ぐにアルスを指し示した。
腕を上げた樹の周囲の土が盛り上がり、いくつか緑の芽が生える。
あっという間に伸びた豆科のツルが弧を描いてアルスに襲いかかった。勿論、アルスも無抵抗という訳でもなく、鎖を操って迎撃しようとしていたが、緑の光を帯びた植物のツルは鎖を難なく叩き落とす。
一瞬でツルはアルスの近くまで到達した。
「ふふっ、つーかーまーえーたー」
「しまった!」
樹が不気味な笑い声を上げる。
捕まえるつもりが逆に捕まえられてしまったことに気付いたアルスは、さーっと青ざめた。
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