山猫に首輪は付けられない

空色蜻蛉

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*現在* 天空の城

181 緊急招集

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 新入生歓迎会から数日経った。
 その日、セイエルは急遽、休講を宣言した。
 やる事がないリュンクス達は、七階の臨時食堂もといリュンクスの研究室に集まった。
 リュンクスの研究室は、軽食や飲み物が提供されているので、生徒や教師達の憩いの場になっている。
 今日は、同級生のハスカルとシラユキが訪れていた。カノンとハスカルが魔術書を広げて議論する隣で、シラユキは給仕するセドリックに話しかける。
 
「セドリックさんは、生徒と認められたんですね」

 セドリックは幽霊だ。半透明の体をしており、基本的に宙に浮いて移動する。琥珀色の瞳に、白い長髪を三編みにした、どこか可愛らしい印象の少年である。

「そう! 君たちと同級生だよ!」
 
 セドリックは、にこにこ笑顔でシラユキに答えた。
 前代未聞の「幽霊の学生」だ。
 塔も粋な計らいをすると、シラユキは感心した様子だ。リュンクスも、セドリックから話を聞いた時は驚いた。だが、純粋な善意かというと……裏がない訳ではないらしい。
 
「卒業後は、塔で引き続き働く事になったんだ。セイエルが、臨時食堂を継続すべきだって」
「……先生、俺の卒業後もここに入り浸るつもりなのか」
 
 リュンクスは顔をしかめる。
 食堂は塔の外にある。十二階だての塔は、上の階になるほど登り下りが大変だ。七階に研究室を持つ教師セイエルは、リュンクスが開いた臨時食堂に大変喜んでいた。
 塔の上層部は食い気に負けたようだ。
 いくつか条件を付け、セドリックの要望を呑んだらしい。
 それにしても、セドリックは今セイエルと呼び捨てにしなかったか。
 生前のセドリックは、セイエルと同級生だ。しかし同級生だった頃に喋った事がなかったため、セドリックは大人になったセイエルが同級生だと長い間気付いていなかった。先日ようやく同級生だと分かり、旧交を温めたらしい。
 
「ハスカル、シラユキも、授業は休講なの?」
 
 リュンクスは菓子を焼きながら、たむろっている同級生に話しかけた。
 その問いかけに、カノンと話していたハスカルが振り返る。
 
「ああ。ロニセラ先生が休みだって」
「ちょっと待って下さい。シルフィール先生も、休講だと言ってます。もしかして、塔の教師は全員……」
 
 シラユキは慌てて口を挟み「自分も同じだ」と主張する。
 リュンクス達は塔で五年過ごしたが、こんな事は初めてだ。
 顔を見合わせて困惑した。
 
「一年生の担任のトルク先生以外は、十一階に集まって緊急会議だそうだ」
 
 カノンが疑問に答えるように言った。
 彼は、様々な学年や教師に人脈を持っており、塔の中の情報を掌握している。
 
「緊急会議って……何かあったのかな」
「分からん。だが、何かが起きている事は確かだ。詳細が分かり次第、お前たちには教える」
 
 王様と渾名あだなされるカノンの言葉に、ハスカルとシラユキは納得したようだった。こういった時、カノンは自然とリーダーの立場になる。
 リュンクスは漠然とした不安を感じていたが、口に出すのは控えた。どうせ夜になれば、誰よりも早くカノンの口から情報を聞ける。




 状況が分かるのは夜もしくは明日だろうとリュンクスは考えていたが、事態は思ったより進展が早かった。
 日が暮れる頃、セイエルの研究室に呼ばれたのだ。
 
「失礼します。リュンクスを連れて来ました」
 
 カノンに続き、リュンクスは部屋に入り、扉を閉める。
 
「座りなさい」
 
 奥に陣取るセイエルは難しい表情で、指を机の上で組んでいる。
 塔の賢者と呼ばれるセイエルは、教師の中では若い部類である。しかし、どっしりとした威厳のある佇まいと、鷹のような鋭い面差しで、他の教師と比べても存在感がある。
 実際、実績も抜きん出ており、教え子が各国の宮廷魔術師や有力者になっているので、幅広い人脈を持つ。塔の代表のように振る舞っても、誰も文句は言わない。
 セドリックの件が通ったのも、このセイエルの後ろ盾あっての事だった。
 
「今朝、天空城が接近しているという報告があった。塔の教師が集まって、話し合っていたのはその件だ」
「天空城?」
「空に生きる翼人の住処だ」
 
 耳慣れない言葉に首を傾げていると、セイエルは補足した。
 珍しくカノンも知らないらしく「ご説明をお願いします」と言う。
 セイエルは頷き、話し出した。
 
「お前たちも知っての通り、およそ三千年前、この世界にやってきた神々は竜種と戦いを繰り広げた。渡界の疲労で空腹だった神々は、妖精を喰って力を得ようとし、妖精の守護者である竜種と対立したのだ」
 
 それは魔術師の間では「蛮神の襲来」と呼称される大事件だ。世界の外側からやってきた神々と、世界に元から住んでいた竜種や妖精との、熾烈な争い。千年に及ぶ戦いで、地形も変わったという。
 神々は強烈な爪痕を残し、姿を消した。
 一般人は、神々がどこから来てどこへ消えたのか知らない。一部の国の王族貴族や、魔術師達の間で記録に残されるのみとなっている。
 二千年より前の人間は、後の世に記録を残す余裕が無かった。
 
「その頃の人間は、妖精や竜種の暴虐に怯えていた。今よりももっと、妖精や竜種の力が強かった時代だ。魔術を操る力ある存在が、人間を支配していた。彼らは人間を食物や玩具のように扱っていた。人間達は妖精や竜種に抗するため、神々に助けを求めた」
 
 外からやってきた神々が、土着の竜種と良い勝負をしたのは、人間を味方に付けたからと言える。
 神々は、人間にとって救世主だった。
 
「神は人間の一部に自らの力を与え、眷属とした。それが翼人。天空に浮遊する島に住み、天の神霊を崇める種族だ」
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