ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい

空色蜻蛉

文字の大きさ
92 / 120
5島連盟編

08 風の島アウリガ

しおりを挟む
 数日の空の旅を経て、今、アサヒの目の前には風の島アウリガが姿を現そうとしている。
 風の島アウリガは林檎の皮をくるくると剥いてぶらさげたような、平べったい帯が回転しながら上下にのびている形をしている。

「地面がこう、斜めってる訳だろ。住みにくくないのかな……」
「外から見ると住みにくく見えるかもしれないけど、実際はゆるやかな勾配で、特に街の立っている場所は平な地面と変わらないのよ」

 純粋な疑問に首をかしげたアサヒに、地元人のユエリが解説した。
 アウリガを眺めるピクシスの面々には緊張感がある。
 ここはもう敵地の前だ。
 念のため風の島から少し離れた場所で休憩をとり、竜騎士全員が動けるように態勢を整えていた。

「……まずは伝令を送る。事前の打ち合わせ通り、アウリガが応じないようなら飛行船ごと引き返す。追撃されて振り切れないようなら、飛行船は放棄し、乗組員は竜に乗せて帰島する」
「ああ」

 ヒズミが淡々と流れを確認する。
 万が一、飛行船を放棄するような状況になれば、飛行船に乗せたコローナの兵士達は空に放り出すことになる。だが、アサヒは彼らを最悪の状況でない限り見捨てるつもりはなかった。こちらは竜王が二人も付いているのだ。大概のことには対応できるだろう。

 一緒に来てくれたピクシスの竜騎士の一人に、伝令の旗を付けてアウリガに飛んでもらう。
 アサヒ達は固唾をのんで結果を待った。

 やがて、伝令が戻ってくる。

「……捕虜返還に応じるそうです」

 思ったよりスムーズに話が進んだらしい。
 アサヒは少し安心したが、同時に嫌な予感も覚える。

「話がうまくいきすぎるな……」

 同じことを考えていたらしいヒズミが腕組みをしたまま呟いた。

「でも、飛び込むしかないだろ。虎穴に入らずんば、って言うし」

 虎はこの世界では絶滅して存在しない動物だ。伝説で姿を見せるモンスターの類である。
 余談はともかく、アサヒ達は慎重に飛行船を伴ってアウリガに近づいた。
 アウリガからは複数の竜騎士からなる大部隊がやってくる。
 両者は距離をつめて向かい合った。

 敵の竜騎士の部隊の中から、ひと際大きい体格の鋼色の竜が進み出る。
 隊長騎のようだ。
 鋼色の竜の背に乗っているのは、痩せぎすの長身に立派な装飾の付いた胸当てを付けた男だった。何が楽しいのか、緊張した空気に不似合いな薄笑いを浮かべている。

「捕虜を返してくれるって?」

 低く軽快な響きの声だった。
 代表同士の話し合いのために、向かい合った敵味方の部隊の前で、ヒズミを先頭に立ててアサヒが斜め後ろに付く形で進み出る。竜同士が接触しないギリギリの距離まで寄せて、その男の顔を見た時、アサヒは戦慄を覚えた。
 聞き覚えのある声だ。この男とは会ったことがある。
 
 竜王の代理として先頭に立っているヒズミは、薄笑いを浮かべる男の態度に違和感を感じながらも、平静に答えた。

「そうだ。先日、我が島を襲った光竜王配下の、コローナの兵。中にはアウリガ出身の者もいる。天覇同盟の貴国にお返ししよう」

 もちろん、タダで返したり、普通はしない。
 一人につき身代金を請求する形にして、戦争でこうむった損害を少しでも取り戻す交渉が、捕虜返還の肝だ。良心のあるまっとうな国なら、国民の声を無視できないので捕虜返還に応じるものだが、アウリガはどうなのだろう。
 ヒズミの後ろでアサヒはこっそり敵の竜騎士達の様子を観察する。
 今回はヤモリは地味な方の姿に化けてもらっている。今のアサヒは、ヒズミという隊長クラスに付き従う部下に見えるはずだ。
 
「返してくれる、ってのはありがたいなあ。じゃあ、とっととその飛行船を置いて帰れよ。火の島の負け犬ども」

 あざ笑うように言った男の台詞に、アサヒは絶句した。
 はなから交渉無視と来たか。

「……貴国は、竜騎士以外の、一般の兵士の命はどうでも良いと?」

 一瞬、鼻白んだヒズミだが、相手のペースには応じずに淡々と返す。
 敵の男は笑った。

「そいつらを助けて何になる? たいして役にも立たねえ。わざわざ荷物を運んでくるなんざ、火の島の竜騎士も暇なんだな」
「伝令には、捕虜返還に応じると聞いたが」
「応じてやるぜ。お前らを殺してなあっ!」

 鋼色の竜は頭を伸ばして、ヒズミの深紅の竜に噛みつこうとする。
 深紅の竜はすばやく回避した。

「決裂か。残念だ」
「んん、その澄ました顔、どこかで見たことがあるぞ。ああ、そうだ。何年か前にピクシスに行った時に殺した奴にそっくりだな」
「……何だと?」
「あれは良かった、ブライドにたっぷり餌を食わせられたからな。まったく、光竜王様さまだぜ。他の島に戦争しに行く時くらいしか、竜に人間を食わせられないからな!」

 通常、竜は人を食わない。
 だが人を食った竜は強くなる、という根も葉もない噂があることは知っていた。
 アサヒは竜の背でゆっくり立ち上がる。
 むせ返る程の血の匂いと赤く染まった床、迫りくる炎の熱さがよみがえってくるようだった。

「……そうか。あんたが」
「あん?」

 忘れていた怒りが胸を満たしていく。
 立ち上がったアサヒを振り返り、ヒズミは眉を上げた。

「事前の打ち合わせでは、引き返すことになっていたが」
「予定変更だ、ヒズミ」
「仕方がないな。しかし私も、せめてひと槍撃たないことには気が収まらない」

 目の前の男は、自分達兄弟の運命を変えた元凶、両親を殺したと思われる仇だ。
 アサヒとヒズミは視線を交わして互いの戦意を確認する。
 抗戦の雰囲気を感じた敵の竜騎士が言う。

「おいおい、やるのか。そんな少ない人数で勝てると思ってるのかよ」

 ピクシス側は、飛行船一隻と十名に満たない竜騎士の数だ。
 それに対してアウリガの竜騎士部隊は数十~百騎におよぶ。
 数の上では圧倒的にピクシス側が不利だ、と向こうは思うだろう。

「あんたが悪党で良かったよ。遠慮なく叩きつぶせる」

 アサヒは冷笑した。
 戦意に同調するように足元から金色の火の粉が舞った。ヤモリが変身した竜が一声吠えて、偽装を解除する。枯れ葉色の体色は夜空のような漆黒へ、象げ色の角は王冠のように輝く黄金へ、平凡なコウモリ型の一対の翼は、黄金の炎を被膜から噴き出す二対の翼に変貌する。

「内なる大気エア、外なる世界コスモス……これは天が下せし裁定の火」
「……まさかっ?! 全軍、回避しろ……」
「遅い」

 こちらは少人数だ。油断すれば誰かを失うかもしれない。
 一切の手加減をせずに、アサヒは全力の炎を解き放った。

「燃え尽きろ、天津炎アステラス!!」

 空に黄金の流星が降る。



しおりを挟む
感想 122

あなたにおすすめの小説

ユニークスキルの名前が禍々しいという理由で国外追放になった侯爵家の嫡男は世界を破壊して創り直します

かにくくり
ファンタジー
エバートン侯爵家の嫡男として生まれたルシフェルトは王国の守護神から【破壊の後の創造】という禍々しい名前のスキルを授かったという理由で王国から危険視され国外追放を言い渡されてしまう。 追放された先は王国と魔界との境にある魔獣の谷。 恐ろしい魔獣が闊歩するこの地に足を踏み入れて無事に帰った者はおらず、事実上の危険分子の排除であった。 それでもルシフェルトはスキル【破壊の後の創造】を駆使して生き延び、その過程で救った魔族の親子に誘われて小さな集落で暮らす事になる。 やがて彼の持つ力に気付いた魔王やエルフ、そして王国の思惑が複雑に絡み大戦乱へと発展していく。 鬱陶しいのでみんなぶっ壊して創り直してやります。 ※小説家になろうにも投稿しています。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした

コレゼン
ファンタジー
小日向 悠(コヒナタ ユウ)は、クラスメイトと一緒に異世界召喚に巻き込まれる。 クラスメイトの幾人かは勇者に剣聖、賢者に聖女というレアスキルを授かるが一方、ユウが授かったのはなんと外れスキルの無能だった。 召喚国の責任者の女性は、役立たずで戦力外のユウを奈落というダンジョンへゴミとして廃棄処分すると告げる。 理不尽に奈落へと追放したクラスメイトと召喚者たちに対して、ユウは復讐を誓う。 ユウは奈落で無能というスキルが実は『すべてを無にする』、最強のチートスキルだということを知り、奈落の規格外の魔物たちを無能によって倒し、規格外の強さを身につけていく。 これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。

伯爵令息は後味の悪いハッピーエンドを回避したい

えながゆうき
ファンタジー
 停戦中の隣国の暗殺者に殺されそうになったフェルナンド・ガジェゴス伯爵令息は、目を覚ますと同時に、前世の記憶の一部を取り戻した。  どうやらこの世界は前世で妹がやっていた恋愛ゲームの世界であり、自分がその中の攻略対象であることを思い出したフェルナンド。  だがしかし、同時にフェルナンドがヒロインとハッピーエンドを迎えると、クーデターエンドを迎えることも思い出した。  もしクーデターが起これば、停戦中の隣国が再び侵攻してくることは間違いない。そうなれば、祖国は簡単に蹂躙されてしまうだろう。  後味の悪いハッピーエンドを回避するため、フェルナンドの戦いが今始まる!

俺は何処にでもいる冒険者なのだが、転生者と名乗る馬鹿に遭遇した。俺は最強だ? その程度で最強は無いだろうよ などのファンタジー短編集

にがりの少なかった豆腐
ファンタジー
私が過去に投稿していたファンタジーの短編集です 再投稿に当たり、加筆修正しています

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

序盤でざまぁされる人望ゼロの無能リーダーに転生したので隠れチート主人公を追放せず可愛がったら、なぜか俺の方が英雄扱いされるようになっていた

砂礫レキ
ファンタジー
35歳独身社会人の灰村タクミ。 彼は実家の母から学生時代夢中で書いていた小説をゴミとして燃やしたと電話で告げられる。 そして落ち込んでいる所を通り魔に襲われ死亡した。 死の間際思い出したタクミの夢、それは「自分の書いた物語の主人公になる」ことだった。 その願いが叶ったのか目覚めたタクミは見覚えのあるファンタジー世界の中にいた。 しかし望んでいた主人公「クロノ・ナイトレイ」の姿ではなく、 主人公を追放し序盤で惨めに死ぬ冒険者パーティーの無能リーダー「アルヴァ・グレイブラッド」として。 自尊心が地の底まで落ちているタクミがチート主人公であるクロノに嫉妬する筈もなく、 寧ろ無能と見下されているクロノの実力を周囲に伝え先輩冒険者として支え始める。 結果、アルヴァを粗野で無能なリーダーだと見下していたパーティーメンバーや、 自警団、街の住民たちの視線が変わり始めて……? 更新は昼頃になります。

追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件

言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」 ──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。 だが彼は思った。 「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」 そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら…… 気づけば村が巨大都市になっていた。 農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。 「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」 一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前! 慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが…… 「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」 もはや世界最強の領主となったレオンは、 「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、 今日ものんびり温泉につかるのだった。 ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!

処理中です...