自惚れ貴族と婚活メイド

一重

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11.ド派手に登場メイドの特技

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煌びやかな装飾と、これでもかと灯された蝋燭の数々が日の落ちた館を照らし出す。
 ラルゴ家が執り行う舞踏会に招待された人々の顔は喜色に溢れている。事実、この場に居ることが出来ることがひとつのステータスとして今後語り継がれていくだろうことは想像に難くない。
 そしてその中心となるラルゴ家当主ロレンスと奥方レティと同じくらい本日の衆目を集めているのが、嫡男フリードとその婚約者サリュクであった。

「……フリード様?お顔が少々引きつっておりましてよ?私の旦那様になろうというお方が、どうなさったのです?」
「……気のせいですよ。サリュク姫」

 少々引きつった笑いをこぼすフリードは、華やかながら自らの美貌を最大限生かす衣装を翻し、サリュクへと手を差し伸べる。明らかにここへ至るまでの精神的疲労がひどいことが伺い知れる表情だが、広間に軽やかに流れ始めた流行のダンス曲に、エスコートした女性への礼儀は忘れない辺りフリードの性格、もとい、リリアンヌの教育的指導の成果が見える。
 優雅な所作でフリードの手を取るサリュクと連れ立って広間の中央へと歩を進める二人は、動く絵画といえるだろう。二人の周りだけ光がまとわりつくように華やぎが生まれ、周囲に霞がかかったようにさえ見える。華奢なサリュクの手を壊れ物を扱うように優しくそっと握り、柔らかい微笑を浮かべて歩くフリードは傍から見たら婚約者を宝物のように扱う素敵な青年に見える。彼らが通り過ぎるたびに、周りに集まる人々、特に年若い少女達からほうと熱いため息が漏れた。

「あぁ……。フリード様、今日もなんて素晴らしいの……!」
「本当に!あの笑顔を私だけに向けてくださったら……!はぁ……!」
「まぁ!大丈夫!?誰か!この方を休ませて差し上げて!」
「フリード様を見て気絶しそうになるのも無理はないわ。あぁ、私だけを見て私だけに触れてくださればどれほど嬉しいか……フリード様……」

 何とも激しいご令嬢たちが一心に見つめるフリードは、相も変わらずにこやかに微笑んでいる。
 ……が、その実フリードが心中怯えまくっていることを招待客は誰も知らない。ラルゴ家の者以外は。

(……見た目がいいってこういうとき役に立つわね。勝手にいいほうに解釈してもらえるなんて、うらやましい限りだわ)

 影のようにフリードの後ろに控えるロレーヌは、戦々恐々とする主の背中を見ながら心中大きなため息をついていた。
 舞踏会当日となり慌しくフリードの支度を済ませたロレーヌは、護衛の役も担う為自らも舞踏会用の衣装に身を包んで出席することを旦那様であるロレンスから突然告げられた。カラスの一人や二人会場に密かに配していれば十分だと、自分を蚊帳の外に置いていたロレーヌにとって寝耳に水ではあったものの、否やを言えるはずもなく、久しぶりに袖を通す控えめな装飾のドレスに身を包み今に至る。

(まったく肩がこる……。あぁ、早く婿探しがしたい……今日なんか絶好の機会だというのに、よりにもよってお子様……いえ、フリード様のお守りをしなければならないなんて)

 何度目か知らないため息をそっと吐いたときだった。

「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。ご歓談中かと存じますが、少々お時間を頂いてもよろしいかしら?」

 朗らかでありながら広場を貫くようによく通る奥方レティの声に、集まった人々の視線が集まった。今夜の舞踏会の裏の趣旨を知っている多くの招待客は、慶事の知らせを今か今かとにこやかに微笑みながらレティの次の言葉を待つ。

「皆様にご報告申し上げます。本日ここにおりますフリード・ラルゴと、その婚約者サリュク・レイドールは結婚……」
「認めないぞ!!!!」

 突如レティの言葉にかぶるように、ばたんと大きな音を立てて広間の正面入口の扉が開かれる。そこには後ろに怪しげな男達を引き連れて仁王立ちした複数の青年達が鬼気迫る形相で立っていた。

「サリュク様はお前になどやらん!フリード・ラルゴ!彼女は僕達のものだ!」

 顔を赤くして叫ぶ青年達に、周囲は困惑の表情を隠すことが出来ない。だが、当の本人達の反応ははっきりと正反対のものだった。

「ちっ。やはりヒヨコでは足りなかったようですわね」
「あぁ、救世主が……」

 闖入者たちのちょうど正面に位置するロレーヌは、女神のように美しいサリュクの口から舌打ちが聞こえたのはきっと気のせいだろうと、賢明な判断を下し、まるで魔王に連れ去られた乙女のような感想を述べる主人に教育的指導を体に叩き込みたい衝動をむりやり押さえつけ、極力無表情になることに努めた。
 というのも、目の前の彼らはどこからどう見ても良家のお坊ちゃん。しかも昨今の潮流にのったどこぞの貴族様の跡取りらしく、新たに雇ったのであろう護衛(という名の殺し屋集団)を引き連れているあたり、力技でこの場をねじ伏せようとする甘い考えがばればれである。

(あぁ……旦那様はこれを知ってたのね……)

 突然今日になって言われた命令に妙に納得している間に話は進んでいたらしく、青年達は顔を真っ赤にして(どうせラルゴ家の誰か……恐らく奥方様。あ、もしくはサリュク様?に何か言われたのだろう)叫んだ。

「かくなる上は致し方ない!やれ!」

 舞台役者のような台詞を言ったが早いか、後ろに控えていた男達が瞬時に動いた。

 速い。

 その無駄のない俊敏な動きに、ロレーヌは即座に臨戦態勢に入る。背後にいるフリードとサリュクの気配を察知し、少し離れた場所にいる奥方様と旦那様が既にカラスの手により保護されているのを確認したところで、一人目が目の前に迫った。
 ちらりと相手の目を見遣り、ロレーヌは悟られないほどに小さく笑んだ。この笑みがどこからくるのか本人も自覚しては居ないが、少なくとも戦いの最中しか出ることがないというのは間違いない。それをどう取るかは本人しだいである。
 相手の男の手に握られた月のように湾曲した刀が目の前の障害物であるロレーヌに振り下ろされる。胸をそらして避けた第一撃で、ロレーヌの中で男の力具合がカラスとヒヨコの中間と割り出される。次の瞬間、ロレーヌは身を低く落としたと思うと、男の足を狙う。流れるような攻撃に男もロレーヌの力量を悟ったか、少し飛びのき刀の持ち方を変えた。それはこの武器を使うものにとって最大限効力を生かすための形。つまり本気で挑んでくる証でもあった。

「いい心構えです」

 思わず甘く睦言のように囁いてしまったのは条件反射というものかもしれない。ロレーヌは、自身の顔が笑み崩れているであろうと感じつつ、身を低くした。
 男が怪訝そうな表情を一瞬瞳に上らせた瞬間、ロレーヌは男を地に伏せさせていた。

「なっ……!」

 驚愕の表情を隠せない男にロレーヌは甘い笑みをひらめかせ、続く他の男達の元へと軽やかに走っていった。




「……で?」
「どうかなさいましたか?」
「どうもこうもない!何でお前一人でここまでやった!」

 顔を赤くして憤るフリードの指差す先には、ぐるぐると縄で拘束された男達が複数名。ちなみに招待客には乱入者が出たことをわびてお取り引き願ったため、この場にはラルゴ家とサリュク、そして乱入者の面々しかいない。
 主人の理不尽な言い分にロレーヌはため息をこらえつつ、とりあえず言い訳を言ってみた。

「私の今日の役割は警護でございます。その私が賊を捕らえて何か問題がございますか?」
「それはわかっているが、問題はお前一人で片付けたことだ!カラスを使えばよかっただろう!」
「カラスの方々は既に動いていらっしゃいましたし、私一人でも十分だと判断致しましたので」
「だが、楽しんでいただろう!」

 図星を指されぴくりと眉を動かすにとどめたが、フリードの怒りはそれ見たことかとさらにヒートアップする。

「お前は戦いを楽しみすぎだ!自分の身を考えろ!」
「と、申されましても」
「そうそう。能力があるんだからいいじゃない。フリード」

 延々続きそうな平行線の会話をレティがやんわりと諌めた。口調は優しいがその瞳は笑っていない。

「だが、母上……!」
「そんなことより、あなた助かったと思っているでしょう?」

 鋭い瞳でひたとフリードを見つめるレティにフリードが平静を保てるわけもなく、それまでの熱はどこへ行ったのか借りてきた猫のように大人しくなり、目がふよふよと泳いでいる。

「い、いえ、そんなことは」
「はぁ、やっぱりそうなのね。ごめんなさいね、サリュクさん」
「いいえ、お母様。フリード様にとって今回のことは相当ショックだったのだと思いますの。あの方達は、前々からうるさかったので私のヒヨコで対応していたのですけれど……やはりまだまだでしたわ。お母様のカラスをお借りしておけば良かった……」
「まぁ、サリュクさん、そんなこと気にしなくていいのよ!初めは誰にでもあるのだもの」
「お母様……」

 フリードとそこら辺に転がされている乱入者たちを尻目に二人だけで盛り上がるレティとサリュクに、ロレーヌは一応の区切りがついたと安堵していた。この二人がここまで言うのであれば、事後処理は全て任せ、とりあえず自分に出来ることはもうないだろう。
 乱入者の事件に区切りがついた安堵感と同時に、ロレーヌは言いようのない高揚感をまだ燻らせていた。久しぶりに実戦をしたからか、以前と比べて少し触れ幅が大きい気がする。
 寝る前に水でも浴びようかと思っていたところ、背後からぽんと肩を叩かれた。

「久しぶり、ロレーヌ」

 あまり背後から気配を消して触れられるのを好まないロレーヌは、不快さを隠すことなく久しぶりに見た幼馴染に慇懃に頭を下げた。

「お久しぶりです。ヴァイス」
「相変わらず馬鹿丁寧だなー。ね、ロレーヌ、見てたよ。成人してからの実戦を見たのは初めてかも」

 にこにこと笑むヴァイスはいつものように髪を女物のリボンでハーフアップにし、体にぴたりと沿う黒尽くめの服を着てロレーヌを見下ろしている。
 ロレーヌが館に上がって知り合ったヴァイスは、あまり顔を合わせることはなかったものの、フリードという共通のお荷物があるからかどこか気安く話せる友人であった。最近はめっきり会う機会もなくなり、ヴァイスの言葉通り実戦を見てもらったのも遠い昔のことだ。

「いやー。痺れた。最高だよ。ロレーヌ」

 昔に思いをはせていたロレーヌはヴァイスの声音に顔を上げた。いつもの軽薄な感じのするものではなく、どことなくもっと深いような……。
 そして、ロレーヌはヴァイスの顔を見てしまったことを心底後悔した。

「…………それは、……どうも」

 これだけ返事を返せただけ上等だと、ロレーヌは心底思った。
 目の前に立つ男が、”カラス”になっていた。ロレーヌだけを見つめる瞳は爛々と輝き、その気迫は焔が立ったように紅い。その場に立つだけで圧倒される気配に無意識に畏怖の念が全身に巻きついてくる。それは捕食者の熱。蕩ける様な、焼き焦がしそうな視線はロレーヌの全てを浚うように向けられている。
 これは動物の本能だろうと瞬時に干上がった喉をかかえロレーヌは思った。目の前の絶対的な捕食者の前では、ロレーヌごときの技量では単なる地を這う獲物に他ならない。ロレーヌはただ翻弄されるしかない。

「……ホント、見逃さなくて良かった」

 深い深い、どこまでも深い声がロレーヌの体を絡め取るように囁かれる。

「……そうれはようございました。では仕事があるので」

 メイド頭としての経験か、はたまた母リリアンヌの教育の賜物か、ロレーヌは視線を引き剝がし踵を返した。

 ヴァイスは追わなかった。ただ、ロレーヌが足早に立ち去るのを黙ってにこやかに送り出したのだった。
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