自惚れ貴族と婚活メイド

一重

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10、メイドの手のひらで踊りませんか?

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  貴族の催すものというのは、得てして時間と手間がかかる。
  そして徐々に全貌が明らかになるにつれて、周囲の期待や興奮も否応なしに高まるものだから、招待される側からしてみればその準備期間でさえひとつの趣向とも取れる。しかし、当の招待する側からすれば、その期間は怒涛の日々を約束された、最大の試練なのである。

「レースは届いた?」

「申し訳ございません!奥方様!二つ前の町で足止めをくったらしく、到着は二日後になるとのことです!」

「あらまぁ。二つ前の町……、あぁ、レギロス将軍の管轄内ね。さっさと一掃してもらいましょう。将軍に手紙を。銀食器は全て揃った?」

「はい!磨き上げも終わり、万事完了いたしました!」

「ん。素晴らしいわ。あぁ、クロスはもう少し華やかなほうがいいわね」

「かしこまりました」

 奥方レティの采配により、みるみるうちに舞踏会の会場が設えられていく。
 既に招待状の返事は全て揃い、あとは当日を待つのみ。舞踏会一週間前のことであった。


……………………


 館が活気付く数週間、そんな華やかさとは裏腹に一人重い空気を背負った青年がいた。
  いつものように庭の池のほとりに屈みこみ、波紋もたてない池に映った己を見つめるフリードである。

「…………はぁ。僕は、なんでこんなに美しいんだろう……」

「恐れながら、午後の予定の時間が迫っております。お早くお戻りに」

 自身の哀れな境遇に酔いしれていたフリードは、その言葉に顔を上げた。

「ロレーヌ!お前はもっと言葉を選べないのか!主人が落ち込んでいるのなら、言葉の限りを尽くして慰めるのがお前の役目だろう!」

 恨みがましく見上げるフリードに、ロレーヌは吐きたくなるため息をどうにか飲み込んだ。

  まかり間違っても貴族の嫡男。本来ならば威厳のひとつも漂う大人の男の仲間入りをしていてもおかしくない年齢のはずなのだが、いかんせん一般的な男性とは少しばかりずれた方向を歩んでいたフリードは、威風堂々を絵にかいたような同い年のわが国の皇太子と比べるとどうにも子供っぽい言動が目立つ。

 と、池のほとりに屈むフリードの上目遣いを冷静に分析するロレーヌの様子に、フリードはますますいきり立つ。

「なんだ!その心底哀れむような馬鹿にしたような目は!お前は僕が主人だときちんと理解しているのか!?」

「もちろんでございます。フリード様はロレンス様のご嫡男。ロレンス様よりご下命いただいたこの身には、フリード様の御身をお守りし、支え導き時には叱咤しお仕えするという使命が叩き込まれております。どうぞご安心を」

 恭しくこれ見よがしに美しい礼をとるロレーヌに、フリードは殊更大きなため息をひとつつき、おもむろに立ち上がった。そうしてみればロレーヌより頭ひとつ分高いフリードは必然的にロレーヌを見下ろすことになる。

「……まぁいい。それよりもこれからのことだ。舞踏会は一週間後。それまでに逃げなければ……いや、しかし『カラス』がいるか……。あぁ、どうすれば……」

 呆れた眼を隠そうともせず、ロレーヌはとある重大事実を告げるべきかどうか一瞬迷った。だが、目の前のお坊ちゃんにはいい薬だろう。

  大体何が嫌でこの結婚から逃げようとしているのかいまいちわからない。しかも今さらだ。それより、さっさと『今日』の舞踏会でサリュク様に絡めとられてしまえばいい。そうすれば自分の負担は大分減る。
 そう、フリードは知らされていないが実は今日が本当の舞踏会開催日なのだ。
 ことの起こりは一週間前。奥方様に呼ばれたロレーヌは今回の舞踏会の全容を聞かされた。表向きはサリュク姫の誕生祝だが、そこでフリードとの電撃結婚報告を敢行する。しかもフリードには開催日を一週間多く伝えていると。それを話す奥方様のきらきらとした楽しそうな瞳は忘れられない。あれが見られると、必ず自分達使用人に何かしかの災難が降りかかってくるのだ。悪戯好きというには少々、いやかなり際どいことをなさる奥方様がこの舞踏会をそれだけで済ませるとは考えられない。とりあえず、この情報を知ったら即国外逃亡に及びそうなフリードには絶対に漏らさないということでその場を辞し、今日に至る。

(しかし、この一週間はすごかった……)

 目まぐるしく過ぎ去った怒涛の一週間を思い出し、遠い眼をするロレーヌに気付かず、フリードは未だ頭を抱えている。

「あの、ロレーヌ様……」

 傍に控えていた若いメイドに促され、過去の自分の仕事を振り返っていたロレーヌははっと我に返った。気付けばもう日は中天を越えている。

「ありがとう。サラ。フリード様、本日の憩いのお時間はこれまでとさせていただきます」
「いや、あの国境は……、なんだと!ロレーヌ!なぜお前に決められなくてはならない!」

 今の今まで頭を抱えていたフリードは、勢いよく頭を上げてロレーヌを睨み付けた。しかし、若干十八にしてメイド頭となったロレーヌにかわいいお坊ちゃんの睨みが利くはずもなく。

「奥方様の命でございます。さ、館にお戻りになってお召しかえをお願いいたします」
「着替え?なぜそんな」
「本日は大切なお客様をお招きしての夕食会となっております。先ほど突然決定いたしましたため、お伝えするのが遅れてしまい申し訳ございません。全て準備は整っております。ご用意の時間もございますし、お早めにお戻りください」

 フリードの怪訝そうな表情を淡々と一瞥し、流れるような説明で口を塞いでしまえば、未だ納得していない様子ながら、しぶしぶといった体でフリードは歩き出す。
 その後ろをぴたりとついていきながら、手のひらで踊らされる自分の主人に嘆息するロレーヌの様子をフリード以外のメイド達はばっちり見ていたのだった。
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