自惚れ貴族と婚活メイド

一重

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3、強烈な婚約者はいかが?

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  華やかな婚約式から数ヶ月が経ち夏の気配がしてきたこの頃、庭で花の手入れをしていたロレーヌは、丁度通りがかったシュバルツに真剣な表情で問いかけた。

「シュバルツさん」

「はい、なんでしょう」

「あれはどうしたらいいと思いますか?最近増えているようなのですが、……矯正すべきなのでしょうか?」

  庭から見える景色をちらりと確認したシュバルツはすぐに状況を確認したようで微笑んだ。

「好きにさせなさい」

「……え、でも」

「大丈夫です。お前の母が付いているでしょう?滅多なことにはなりません」

「なるほど」

  シュバルツの一言に悩む間もなく納得したロレーヌは、ほっとしたように笑顔を見せた。

  庭で繰り広げられているあの珍事が未来の主にどう影響を及ぼすのか不安であったが、シュバルツの言うとおり母であり、メイド頭であるリリアンヌが付いているならば確かに問題ないはずだ。
  気持ちが落ち着けば、目線の先で繰り広げられている最近の珍事も劇のようなものだと見ることもできた。




  庭園に一人の少年がいた。

  肩口までの髪が風にそよぐのがくすぐったいのか、溢れるような微笑を浮かべた少年は、ゆったりとした仕草で池のほとりまで歩みを進めた。
  
  日差しの差し込む木々の間、柔らかな陽光を弾く水面が静かに揺らぎ、風が遊ぶように再び少年の頬を擽る。

  葉擦れの音だけの静かな時間、少年は土がつくのも気にせず無造作にその場に膝を着いた。
 何を思うのか瞳を前に据え、少年はゆっくりと水面へと身を寄せた。



「――――――
……なんて美しいんだ。






…………僕」






「あ、母が『寝言は寝て言え』と鉄拳制裁しようとしていますね」

「…………流石リリアンヌですね……」

  少し離れた池の側に、腰が引けた状態のフリードと拳を固く握ったメイドが何か話しているようである。

「『流石に顔と体だけいい坊っちゃまに傷をつけたら、他に取り柄のない坊っちゃまが可哀想ですので』やめたようですね」

「…………ロレーヌ、ご本人には決して言ってはなりませんよ」

  母の受け売りなのか、リリアンヌがよく口にする言葉に一応釘は指しておくもののシュバルツも否定はしない。

「もちろんです。……あれ?今日はフリード様、青ざめていません?折角きらきらの典礼衣装をお召しなのに、嬉しくないんでしょうか」

「…………………………そうですね」

  常のリリアンヌに叱られては反抗するフリードの様子とは違うようで、今日は何かを怖がっているかのように後ずさっている。

  ちらりと木々の方を見やったシュバルツは、少し考えるように目を伏せたが特に何事もなかったかのように目線をはずした。

「あ」

  ロレーヌの声に苦笑を漏らしながら、シュバルツは木々の後ろから現れたメイド達の様子を眺めた。




  じりじりと寄ってくるメイドたちは各々小道具を持ちながらフリードを囲い込む。
  
  息が荒い者が大半を占めているように感じるが気のせいだろう。
  皆頬が上気し、目が潤んでいるような気がするのも、きっと気のせいだ。そうに違いない。
 思わずフリード少年が一歩後ずさった瞬間、まるでそれを合図のようにメイドが襲いかかった。

「や、やめろーーーーー!!」


  メイド達の手により式典用の服から平服へと着せ替えさせられているフリード少年。
  首から胸元まで大きくはだけた姿で、それでも抵抗を試みる少年の服装はみるみる貴族の平服へ取り変わっていく。

瑞々しい肌は抵抗のためかうっすらと赤みを帯び、その透けるような滑らかな肌から匂い立つ香りはまだあどけない。

悔し涙か、目元を微かに潤ませた少年は勝気に周りを見渡すが、悲しげに寄せられた眉を見れば、どうしようもなく庇護欲をそそるーー。

  誰のものかわからない、ごくりと喉の鳴る音が嫌に大きく聞こえた。

  その瞬間、背後から抑え込まれるような圧迫感が広がりメイド達が反射的に背筋を震わせたが、まるで幻のようにそれは瞬きの内に消えた。
  咄嗟に表情を引き締めたメイド達は即座にフリードの衣装を調え脇に控える。まるで走った後のような動悸を表に出さずひたすら無表情を貫いていた。

  フリードの荒い息遣いだけが妙に響く中、静かに年配のメイドリリアンヌが一歩前に進み出た。

「坊ちゃま。よろしいですね。こちらの正装一式、今後一切の私的な使用を禁じさせていただきます。既に旦那様と奥様の了承は得ております。また、勝手に着用された場合は、今の比ではない方法をとらせていただきますのでご了承くださいませ」

 淡々と述べるリリアンヌの顔には微笑みすら浮かんでいる。
フリードはうっすら浮かんだ涙を隠さず声を荒げた。

「なんでだよ!」
「おやまぁ。あなた様ともあろうお方がその理由をわからないとは……」
「…わ、わかるさ!でも…でも!」

たじろぐフリードにリリアンヌは冷ややかな視線を投げた。

「なんとも、この領地の次期当主ともあろうお方が、どれほど私が申し上げたところで全く聞き入れては下さらないのですね……。あぁ哀しい。では、私でダメならば、未来の奥様にお願いいたしましょう」

 その一言にさっと顔色を変えた彼を見遣り、リリアンヌは後ろを振り返った。耳をそばだてれば、穏やかな風に乗って何人かの女性の声が聞こえてくる。

「見つかって?まだ?全くどちらに……あら」

 垣根をくぐってやってきたのは、見るも鮮やかな花のような女性の軍団だった。よくよく見てみれば、先頭に立つ柔らかな髪の美少女の後ろに控えているのは、彼女の侍女たちらしい。
 主の少女はぱっちりとした瞳を和ませ、熟れた果実のような口元をほころばせて少年へと近づく。

「フリード様。こちらにいらしたのですか」

 鈴を転がすような声を響かせ、頭をたれる高齢のメイドの脇を当然のように通り過ぎる。
 少年が踵を返す前に周りを固める若手メイドたちががっちりと脇を固めた。少女はすべるように少年の前にたどり着く。

「まあ、これはまた普通のお召し物ですわね?いつぞやの夜会の服を持ち出していらっしゃったと耳にしたので伺ったのですが……一足遅かったようですわね」

 ころころと笑う少女の顔は年相応な無邪気さが覗く。
しかし、ふと笑いを収めた彼女の瞳は表情を消した。

「フリード様。私の未来の旦那様?いつまで逃げるおつもりかしら?婚約が約束されてから、はや三月。手紙の交流は何とか続けておりますが、代筆だとばればれです。しかも最近では露骨に避け始めている。何ともおかしな話だと思いません?」

 小さく首をかしげる少女の姿はまさしく完璧を体現している。少年と勝るとも劣らない滑らかな柔肌、風に弄ばれる髪は一本一本が最高級の絹糸のよう。女神がいるのだとすれば、この少女の数年後の成熟した姿だろうと実しやかに囁かれる美貌は、確かに少年と並べば一幅の絵のようだ。

「サリュク嬢。確かにあなたはお美しい。女性としては一番かもしれない。私と並んで遜色しない女性はあなたくらいだろう。だが、やはり……」

 先ほどまでの激昂はどこへいったのか、貴公子然とした格好にふさわしい落ち着きを取り戻した少年フリードは、女性に対して大変失礼な物言いだが、彼にとっては純粋な美への賞賛を口にした。
 その様子を前にして、美少女サリュクは不思議そうに首を傾げた。

「あら、あなたともあろうお方がどうなさったのです?美しさでは私のほうが上でしょうが、確かにあなたが男性としては麗しい方だと認めるのは吝かではありませんわ。しかし、結婚には同意してくださっていたでしょう?私たちのような美しい者は互いに傍にいるのが周りの者への最大の喜びになるのはご存知のはず。もちろん、あなたのお持ちの領土は実に魅力的ですわ。あなたも私の持つ資源が必要でしょう?やはり結婚するのが一番強固な繋がりになりますのに、その全ての点において及第点を持つあなたが私にとって最高のお相手なのは自明の理。

ーーフリード様。私が、あなたを離すとお思い?」

 にっこりと極上の笑みをこぼすサリュクの目が笑っていない。思わず後ずさったフリードの手を拘束具のようにがっちりと掴み、サリュクは宣言した。


「フリード様。逃がしませんわよ?」


 18歳にして猛禽のような鋭い目を会得しているサリュクの瞳に、美への追及が第一の、まだまだ発展途上のフリードが勝てるわけもなく。

「……!さ、サリュク姫、もう少し待っていただければ」
「何かおっしゃって?」
「……」

 二人の年若い婚約者たちは、連れ立って館へと戻っていった。心なしか少年の背が少し丸まっていたように見えたが、誰一人としてそちらへ目を向けようとはしなかった。



「………サリュク様、すごいですね」

「………………全くです」

  一連のやり取り遠目に見ていたロレーヌとシュバルツは、あまりにも頼もしい未来の奥方の様子にただただ感心するしかなかった。
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